第3章 02
その頃、黒船は採掘現場の近くに停泊中。
2人部屋の船室に、カルロスが一人。明かりも点けず真っ暗な部屋の中で、二段ベッドの下段に腰かけ深くうな垂れ、両手に顔を埋めて深い溜息をついている。
カルロス(…護の探知がこんな事になるとは…。もしあの時、護を探知しなかったら、こんな事には)そこでハッ、と何かに気づく。(…リキさんが部屋に戻って来る。寝たフリをしなければ。)とベッドに横になり目を閉じる。暫くして船室のドアが開くと、リキテクスが入って来て部屋の明かりを点ける。
リキテクス「おや。」と言いカルロスの所に来ると「監督。…カルロスさん。カルロスさん」
カルロス「ん…」
リキテクス「ゴハン食べないと。」
カルロス「ああ…いつの間にか寝ていた」と起き上がる
リキテクス「ジュリアさんが心配してました。貴方、お昼を食べてないそうで。」
カルロス「野暮用をしていたら食べる暇がなくなった。」
リキテクス「急がないと夕食も食べられなくなりますよ。」
カルロス「うん。」と言い部屋を出る。そして通路を歩きつつ(…食べられるだろうか)と喉元を抑える。食堂の手前で立ち止まると(…食べる事が、恐怖だ…。)
暫し立ち止まっていたカルロスは、意を決したように歩き出して食堂に入る。
するとジュリアが「あ、来た。遅かったですねカルロスさん。」
カルロス「うん。」と言いつつカップを手に取りお茶を注ぐ。食堂にはジュリアとカルロスの他には誰も居ない。
ジュリアがカウンターの上に野菜炒め定食が乗ったトレーを置く。それを受け取って、ジュリアのいる方向を背に席に着くカルロス。ご飯を少しだけ口に運ぶが(…飲み込めない…)と苦しそうな顔をする。
カルロス(でも、食べなければ不審がられる。体調不良なのかと、問い詰められる。)
やや震える手でご飯を口に運び、苦し気に飲みこむ。
カルロス(…吐き気が…。でも、こんなに残す訳にも…。)苦しさを堪えて何とか必死に食べる。
カルロス(…体調不良は、人工種には、あってはならない……)
暫し後。
青い顔でトイレから出て来るカルロス。洗面所で手を洗いつつ
カルロス(散々苦労して食べた食事を全部吐くとは…。アホみたいだな…。)と溜息をつく。(そういや昔、拒食症とかいう人間の病についてテレビでチラッと見たが、まさか人工種の自分が人間の病になるとは…)そこで、ふと(あっ!まずい、昴がこちらに来る。…トイレか。)
慌てて洗面所を出ると、採掘準備室への階段を降りる。
カルロス(こんな時、自分が探知人工種で良かったと思うが、情けない…)と思いつつ、常夜灯だけが灯る薄暗く誰も居ない採掘準備室に来ると、ため息をつく(…護を探知しただけで、なぜこんな症状が。今までこんな事は無かった。護の探知に一体何が…)と思った瞬間、ポロリと涙が零れる(…いかん、また…。)
ポケットからハンカチを出して涙を拭うと(どうして泣くんだ私は。なぜ涙が!…私は壊れたんだろうか。この症状は治るんだろうか。)
壁にもたれかかるようにしてその場に座り込むと、膝を抱えて顔を伏せて(もう…終わりだ…。こんな壊れた人工種は。…どうせ黒船にはもう上総がいるし、遅かれ早かれ自分は捨てられる…。)
そして深い深い溜息をつくと、(…もう、食べられない事を誤魔化すのは疲れた…。船長に正直に言うか…。そしてメンテナンスに送られて、黒船から降ろされて、…私はどうなるのだろう…。普通ならば新しい職を与えられるが、壊れた人工種に職はあるのだろうか…。)
『…護の所へ、行きたい。』
その想いと同時に目から涙が溢れ出る。
カルロス(…護が羨ましい。人間の居ない世界で楽しそうに生きている護が…。私はもうこんなに壊れてしまった。どうせいつか処分されるなら、…ここから逃亡してしまうか…。…私の位置を探知できる人工種はいない。私は、誰にも気づかれずにここから逃亡する事が出来る…。しかし。)
カルロス、首に付けられたタグリングを触りながら(…これがある限り、管理は私を見つけるだろうな…。)と深い溜息をつく
暫しそのまま虚ろな目でボーっとしていたカルロス、突然、ハッ!と何かに気づく。
(…見つからなければいいんだ。…全力で、管理の探知を妨害すればいいんだ!)
それから生気を取り戻した目で(そう、そうだ。…私が、全力で…。)と思いながら、拳を固く握りしめる。
(…処分される位なら、逃げてやる。例え途中で野たれ死んだとしても、管理に処分されるよりはマシだ。…そう、これは、探知人工種の、生死を懸けた管理との勝負…!)
決意を秘めた眼差しになると、ゆっくりと立ち上がり、大きく深呼吸すると
『よし。…護の所へ行こう!』
数日後、イェソド
護が入った木箱を吊り下げて快晴の空を飛んでいるターさん。
護、木箱の中から空を見つつ(…この広い空の彼方にアンバーやブルーが居るのかな…。皆どうしてるかな。…会いたいな…。)と思ってから(…穣さん、貴方に教えてあげたい。世界は皆が思っているよりずっと広かったって事を…。)それからちょっとため息をついて(でも、もう戻れないしな…。寂しいな…。)
暫くすると、遠方の空に有翼種の一団と、天井の無いボートのような形をした大型の船が見えて来る。
ターさん「見えて来た。あれが有翼種の採掘船だよ」
護、船の方を見て「…人工種の採掘船と全然違うなぁ。」
船から何人かの有翼種が木箱の傍に飛んで来る。
有翼種「なんだなんだ。人工種って木箱で運ぶのか」
ターさん「うん。飛べないから」
有翼種たちは木箱を揺らして「落としてやろう」
護「ちょ、ちょっと!」
すると船のほうから「ター!ここに降ろせ」と場所を指示する声が。
ターさんは船の上の指示された場所に護入り木箱を降ろす。
船上には白石斧を担いだ有翼種が数人。一人は黒石剣を持っている。
護、斧を持って木箱から出ると「初めまして、有翼種の採掘船の見学に来た護と申します。宜しくお願いします!」
リーダーの有翼種「普段は余計な奴は乗せないけどな、ターの頼みだし、まぁ俺も人工種の採掘師に興味がある。」と言うと、メンバーに向かって「さて、出発だ!」
動き出す船。
護、キョロキョロと船を見つつ(簡単なイェソドエンジンと、浮き石…なんてシンプルな航空船)
暫くすると、船は雲の中に突っ込む。辺りは霧で真っ白。
護「視界が…」
するとターさんが「護君、この霧は死然雲海(しぜんうんかい)と言うんだ。これから雲海切りをする。」
護「雲海切り?」
その時、黒石剣を持った有翼種が「この辺りでーす」と黒石剣で前方を指し示す。
有翼種「じゃあ始めよう!ドゥリー、切ってくれ」
ドゥリー「行きます」と言うと船の前方に向かって飛び上がり、黒石剣で前方を薙ぎ払う。
黒石剣から物凄いエネルギーが放散され雲海が切り拓かれ、前方に巨大なケテル鉱石柱が姿を現す。
護「ほぇ…!」驚愕
採掘師たちはまず白石斧で鉱石柱を少し切り刻み、石を輝かせると、リーダーの有翼種がピィーと笛を鳴らした瞬間、リーダーともう一人の有翼種がガンガンガンと鉱石柱の上方に斧の刃を入れ、上段を切り落とす。仲間がそれを押さえて持ち上げ、船の甲板に載せる。
護、目を丸くしてそれを見つつ「な、な、なんつー採掘…。」
さらにピィーという笛の音で鉱石柱の中段、同様に下段も切り落として船に載せる。
護「はぁー…。」と感嘆の声をあげつつ作業を眺めていると、リーダーの有翼種がやって来て、護の白石斧を指差し「その斧で、アンタもやってみるか?」
護「ええ?!」と驚いて「あんなの絶対無理!だって飛べないし」
リーダーの有翼種「浮き石は使えるかい」
護「使えますけど」と腕に着けた浮き石のブレスレットを指差す。
リーダーの有翼種「なら落ちながら切るって手もあるな」
護「はぁ?」と言い、「下で切るんじゃダメですか」
リーダーの有翼種「お前にはまだ切れない。上は多少失敗しても、活かせる。最初に細かく削っただろ、あれは『活かし切り』って言って、眠っている部分の一部を切る事で全体を起こしてやるのさ。」
護「あぁ…。」
リーダーの有翼種「よしお前、活かし切りをやってみよう。」
護「えええ」
ターさん「大丈夫、最初はどこでもいいから落ちながら切ればいい。」
護「落ちながら?! そもそもこんな高さ、飛び降りた事ないんですが。」
ターさん「じゃあ最初に飛び降りる練習しようか。」
護「ほぇ?」と固まる
ターさん、白石斧に付いているベルトを指差し「そのベルトを自分の腕に着けて。斧の落下防止だ」
護「これ、その為のベルトだったの」と言いつつ斧に付けてある皮ベルトの一端を自分の腕に巻き付けると「でも自分ごと落下したら意味ないような」
リーダーの有翼種、護の腕を引っ張って船の縁まで連れて行くと「いいからとっとと飛び降りろ」
護「ま、待って。下が雲で見えませんが」
リーダーの有翼種「早く行け」
護「く、くぅ」と言いつつ思い切って飛び降りる。
落下する護「ううう浮き石ぃぃぃー!」と絶叫
そこへ有翼種が飛びながら護に「身体を立てろ!斧を構えて!」
護、(無茶言うなぁぁぁ!)と思いつつ何とか体制を立て直して斧を持って地面に着地、クッタリとへたり込む
護(恐えぇぇぇぇ…!)
するとリーダーの有翼種がガッと護を抱えて飛び上がり「飛べないって、めんどくせぇなぁ。」
護「すみません人工種なので!!」
リーダーの有翼種、意地悪そうに笑いつつ「面白い」
護(お、面白いって…!)
暫く落下練習をする護。だんだん空中で体制を保てるようになり、浮き石で速度を緩め、立って着地できるようになる。
護「立てるようになった…」
リーダーの有翼種「ヨシヨシ、やっと普通になったな。」
護「こんなの普通じゃありません。」
リーダーの有翼種「ここでは普通なの。」と言うと「じゃあ本番行こうか、人工種」
護「俺は護って名前です!」
リーダーの有翼種、ケラケラ笑う
暫し後、採掘船はやや大きな鉱石柱に近づいて止まる。
リーダーの有翼種「さぁどうぞ人工種さん。『活かし切り』よろしく!」
ターさん「まぁ適当に切ればいいから。」
護「う、うん。」と言い、真剣な眼差しで石を見つめる
リーダーの有翼種、そんな護を見て密かに(いい目するねぇ)
護、思い切って船から飛び降りつつ『活かし切り』をするが、一ヶ所切れただけで後はブンブンと斧を空振りしながら落ちていく。採掘師達は大爆笑。
リーダーの有翼種も笑いつつ「気迫はいいけど空振りだ!」と言って落下した護を拾って抱えると、上空の船へと運ぶ。
護、悔し気な顔で(もぅ…。自分、全然ダメじゃん!畜生…)
護、ちょっと涙目で「役立たずですみません!」と言いつつ(どうせ自分なんかぁぁぁ!)
リーダーの有翼種「まぁいいや。今日はこのまま一緒に仕事しよう。」と楽しそうに言う。
護、その言葉にビックリして「え…?」(仕事の邪魔じゃないのか…?)
数時間後…
数本のケテル鉱石柱を積んで飛んでいる船。
その甲板の隅で、クッタリと座り込んでいる護。(疲れた…。しかも失敗ばっかで全然出来ないし。皆に迷惑かけてばっか…。はぁ…)と溜息をつく。
そこへドゥリーが「お疲れさん!今日はあんまり採れなかったけど、面白かった。」
護「…ご迷惑かけてすみません…」
ドゥリー「まぁ、その斧を使い込んで、感覚を磨くといいよ。」
護「はい…。」
そこへリーダーの有翼種が来ると「ターに基本を色々教えてもらえ。そしてまたウチの船に手伝いに来い。」
護、「え?!」と驚いて、思わず「来ていいの?」
リーダーの有翼種「手伝いなら、いつでも歓迎する。もし腕のいい採掘師になったら、契約もするぜぇ?」と意味深な表情をすると「ただ、飛べないのがネックだな。本気で採掘師で食っていきたいなら相当腕を磨かないと。」
護「…。」唖然
リーダーの有翼種「そんな顔するな。大丈夫だ、地道にやれば」
ドゥリー「一緒に頑張ろうー!」
護(な、なんだこれ。何で皆、俺を責めないの…)
リーダーの有翼種「おっと。名前を言い忘れていた。俺はカルナギ・ブルートパーズ。」
護「…十六夜護です。」と言いつつ(優しい人達だ…)とちょっと涙ぐむ
カルナギ、ターさんに「んじゃ、ター、この人工種を持って行ってくれ。」
ターさん「行こうか護君」
護はターさんの木箱に入ると、カルナギ達に「あの、また来ますので、宜しくお願いします!今日はありがとうございました!」
カルナギ、ニヤッと笑って手を振る。
ドゥリー「またねぇー!」
有翼種たちも「またなー」と手を振る。
護と妖精を乗せた木箱を吊り下げて、ターさんは夕空へ飛び立つ。
護、(こんな世界があったんだ…)とコッソリ嬉し涙を拭う。
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