第9章 01

一方、真っ白な霧の中に立ち往生する黒船では。

上総「また探知できなくなった…。」と言い「多分、この霧のせいだ…。」

総司「厄介な霧だな。」

上総、イライラしたように「アンバーが見つからない…!!」

駿河「今は管理の船さえロストしなきゃいい。」

そこへコンコンとノックがあってブリッジのドアが開くと「失礼します。」とジェッソが入って来る。

ジェッソ「状況が気になりまして。…アンバーは?」

上総「見失いました。…あの人のせいで」

ジェッソ「あの人?」

駿河「カルロスさんです。上総の探知を妨害している。」

ジェッソ「!」と驚き「…彼がアンバーに?」

駿河「いや所在は不明」

上総「あ…やっと霧が晴れて来た。アンバーは…。」と言い探知をかけて「あれ?」

駿河「どうした」

上総「…アンバーを見つけましたが、進路がヘンです。こっちに向かって来る。」

駿河たち「こっちへ…?」

総司「ウチの船に何かするつもりか?」

上総「あ!アンバーにカルロスさんがいる!」

駿河「なに」

上総「…なのに探知妨害しないって…。」

ジェッソ「ちなみに護は」

上総「います。どうやらあの2人を乗せて戻って来たみたいです。」

ジェッソ「2人とも無事だったか。しかし一体何があったんだ…?」

駿河「アンバーに直接聞いてみよう。」と言い緊急電話の受話器をとる。


アンバーのブリッジ。カルロスと護もいる。

剣菱を挟んで右側に護とカルロス、左側にマリアと穣、その近くの開け放たれたドアから通路にかけて、透や悠斗たちが立っている。

剣菱「天下の管理様も有翼種の存在には手も足も出ないだろ。有翼種を盾にすりゃいいんだよ。」と言いカルロスを指差して「アンタは逃亡したんじゃなく有翼種に出会ってしまい、その有翼種が上総君の探知を妨害した事にしよう!」

カルロス「いや私は上総に逃亡すると言って出て来たので」

剣菱「あぁわざわざ自己申告してきたのか。するとー…。」と言ってふと護を見ると、ニコニコしている。

剣菱(…イイ顔してんなぁ)

護、剣菱の視線に気づいて「何か?」

剣菱「…前は仏頂面だったのに、今はニコニコしてるから」

護「だって嬉しいんです。皆に会えたことが」

マリア「私も護さんに会えて嬉しい」

穣、カルロスに「とりあえずアンタは有翼種に会いたくて逃亡した、でいいんじゃねぇの。探知はしたけど実際に確かめるまで皆に言えなかったから無断で行ってみた!これでどうだ。」

カルロス「そんな所だな。」

そこへ緊急電話のコールが鳴る。

剣菱「黒船からだ」と言い受話器を取って「はい。」と出る

駿河『駿河です。なぜ戻って来たのですか』

剣菱「ちょっとMKFに行く用事が出来てな。」


黒船の駿河「MKF?…というとマルクト霧島人工種研究所…。なぜ人工種の管理本部へ?」

剣菱『カルロスさんが船を買うので。』

駿河「船を、買う?…何のために」

剣菱『そりゃ勿論、有翼種と一緒に採掘する為だ。その許可を取りに行く』

駿河「そんな許可が降りる訳が無い。大体、人工種は船長にはなれないし、…有翼種と一緒に採掘なんて…。」

剣菱『まぁそんな訳だ。余計な邪魔はしないでくれ。では。』

駿河「ちょっと待って下さい。」

剣菱『まー、邪魔しないとアンタが管理に叱られるもんな』

駿河「…どうせ傀儡ですから」

剣菱『何で黒船の船長にしがみついてんだ。』

駿河「…。」暫し黙って「俺が居なくなれば、また…。」と言い、(…でも、その方がいいのかもしれないが…。)と思いつつ、「今、そちらにカルロスさんが居るはず。」

剣菱『いるよ』

駿河「…話をさせて頂けませんか。逃亡した理由を本人の口から聞きたい。」


アンバーの剣菱「あー。ちょいとお待ちを。」と言うとカルロスに「駿河船長がアンタに逃亡した理由を直接聞きたいそうだ。」

カルロス「…別に話す事でもない。」

剣菱「まぁそう言わんと。」

カルロス「今は話せない。」

剣菱、受話器に「…だそうだ。話せないと。」


黒船の駿河「そうですか…。」と、そこへ

上総が「あ、あの。俺、どうしてもカルロスさんに聞きたい事が。お願いします!」

駿河「…。」ちょっと黙ってから「上総が話したいというので代わります。」と受話器を上総に渡す。

上総、受話器を受け取って「突然申し訳ありません!上総と申します。どうしてもカルロスさんに聞きたい事があって、何とか話をさせて頂けませんか。」


アンバーの剣菱、カルロスに「上総君がどうしても話がしたいそうだ。」

カルロス「…何の話を」

すると受話器から『カルロスさん!ちょっとだけ電話に出て下さい!お願いします!』

カルロス「…。話せない。」

剣菱「…。」暫し黙ると困ったように「まぁちょいと弟子の話を聞いてやれや」と言い、受話器に「カルロスさんに聞こえるように外部スピーカーに切り替えるんで、言いたい事を思いっきり話してくれ。」と言いボタンを押してスピーカーに切り替えて「どうぞ。」

上総『あの…、カルロスさん、聞こえてますか、上総です。一つだけ聞きたいんです、貴方がなぜ俺にだけ逃亡すると言って行ったのか…。ホントに逃亡するなら何も言わずに行ったらいいじゃないですか、だって俺、探知なんですよ!貴方の後継機なんですよ!なのに、…なんで、逃亡するから本気で死ぬ気で探知して欲しいとか、バカですか貴方は。俺が貴方を探知出来る訳ないじゃないですか!』

思わずカルロス「…そんな事は」そこへ剣菱が受話器をカルロスに押し付ける。

上総『どれだけ必死に探しても、貴方を探知出来なかった…!』

カルロス「…。」渋々受話器を受け取って「…その歳でそれだけ探知できたら十分だろう…。」


黒船の上総「えっ」と驚いて目を見開く

カルロス『だってお前…。私がその位の歳の頃は、お前より探知出来なかった。』

上総「…え。…う、嘘ですよね?」

カルロス『ここで嘘ついてどうする。』

上総「だって、じゃあどうやって、そんなに凄くなったんですか…。」

カルロス『どうやって、って。…まぁとにかく流石は私の後継機って事で、いいじゃないか。そのまま黒船の探知として頑張ってくれ。凄いよな、その歳で黒船のメイン探知って。』

上総「貴方が居なくなったからです!何で逃亡したんですか!」

カルロス『それはまぁ…。』

上総「外部スピーカーにしますから皆に話して下さい!」と言い「船長!」と駿河を見る

駿河、ボタンを押して外部スピーカーに切り替える。

カルロス『…。上総お前、何でそんなに怒ってんだ。』

上総「そりゃ、だって!…貴方が突然いなくなったお蔭で、…。」と言って言葉に詰まると「…貴方が背負ってたものの重さがよくわかりました!」と涙声で絞り出すように言う。

カルロス『…。』

上総「聞かせて下さい、貴方が逃亡した理由!」


アンバーのカルロス、暫し黙ってから、はぁと深いため息をついてうな垂れると「こんな所で何を話せと…。」と呟くように言ってから、剣菱や護達に背を向けて、ポツポツと話し出す。

カルロス「…昔、俺は採掘が嫌だった。人工種の自分が嫌だった。何で人間の為に、製造師の望むような事をしなきゃならんのかと思っていた。勝手に期待ばかりして、望んだ成果が出なければ勝手に失望する。俺は自分を作った周防を憎み、…殺してやりたいと思っていた。そんな俺に…」と言い「だったら他人が望む生き方ではなく自分の望む生き方をすればいいと言った、馬鹿がいる。採掘船の人間共だ。…それは、人間だから出来る事であり、人工種の俺には望むべくもない。それに、採掘の為に作られた人工種が、それを捨てて他にどうやって生きればいいのか、生き方がわからない。誰も教えてはくれない。…それどころか」と言って言葉を切ると「…周囲は疑問も抱かず素直に採掘する奴ばかり!なぜ素直に、なぜ人間の望むままに生きられるのか俺にはわからん。それで幸せそうに生きてて、採掘が嫌だと苦しむ俺を、軽蔑する奴らが、本当に、憎かった…。」と言い大きくため息をつくと

「それでも、俺には探知しかなく…。人間に捨てられないように、役に立つ人工種で居ようと、ただその恐怖だけで働き続けて、でも黒船の採掘監督になった時…、もっと言えば、上総が来た時に自分はもう終わったと思った。自分はもう捨てられるのかと…。あとは後継機を育てて自分は退くだけだと。どれだけ頑張っても、どれだけ成果や地位を得ても、避けられない世代交代…。もはや自分には何の未来も希望も無く…、そんな時に、コイツが、護が!」と言い暫し言葉を切ると「あの時、俺が探知したのは、まるで子供のように無邪気で楽しそうな護のエネルギー。…人間からも人工種からも離れて、未知の存在と共にいる、自由な護が羨ましい…!だから、…飛び出した。」と言い「これでいいか!」


黒船の上総、涙を流しつつ「う、うん。」

駿河(…そんなに苦しんでいたとは…。全く気付けなかった…。)と目を伏せる。

カルロス『…では、……あ、そうだ。一つ、駿河に言いたい事が…。』と言うと『その…。』と言って、暫し黙る。

上総は駿河に受話器を渡す。

カルロス、言葉を選んでから『…駿河、貴方が船長で、良かった。』

駿河「えっ」

カルロス『もし、ティム船長だったなら、私は逃げられなかった。貴方が船長だったから、私は自由になれた。だから、本当に、感謝している。』

駿河、唖然として「…え…」と呟く

カルロス『…だって、貴方は、逃がしたかったんだろ?…その為にずっと船長を続けている。』

その言葉に駿河、目を見開き絶句して立ち尽くす。その目からポロリと涙が零れ落ちる

上総たち(…え…。泣い…てる?)

駿河、呆然として、掠れた声で「なぜ… 貴方が… それを…。」と絞り出すように言い、「でも、貴方が自由になるのか、それとも倒れるのか、それが恐くて…。」と言うと、少し黙ってから「…ずっと、辛かった。」

カルロス『…すまん。』

駿河「…でも、死ぬ覚悟で逃亡したから大丈夫だと信じていました。」

カルロス『…お蔭で護の所に辿り着けた。』

駿河「よかった。」と泣き笑いしつつ微笑む

カルロス、暫し黙ると『…では、このへんで。』

駿河「ありがとうカルロスさん。…俺は、貴方が船を持つ事を全力で応援します。いつか、貴方の船と黒船とアンバーで、皆で有翼種の所へ行きましょう!」

カルロス、ちと驚いて『…う、うん。では、…これで。』と言いプツッと通信が切れる。

駿河、受話器を置いてハンカチを出して照れ臭そうに涙を拭うと「…ちょっと、取り乱してしまった。」と恥ずかしそうな笑顔で言う。

上総、駿河に「…管理の味方じゃなかったんですか。」

駿河「うんまぁ。」

するとジェッソが「謎が解けましたよ。駿河船長」

総司も「伊達に7年も黒船に乗って無かったんだなぁと」

ジェッソ「うん。あの言葉は嘘じゃなかったんだなぁ」

駿河「…あの言葉?」

ジェッソ「大好きな人工種の役に立ちたいと」

すると駿河、メッチャ照れて「…あれはな、あの頃は俺も駆け出しの操縦士で」

ジェッソ、上総に「上総、船長は子供の頃、テレビで採掘船の番組見て人工種ってカッコイイと思って採掘船の操縦士を目指したらしい。人工種が大好きで、皆の為なら」

駿河「とにかく!」とジェッソの言葉を遮りつつ「アンバーのサポートをしたいんだがベテラン船長の剣菱さんと違って俺は傀儡船長ですので管理の言う事を聞かないとブッ飛ばされる…。」と一気に言い「もういい。例え管理にクビにされても自分のやりたい事をしよう…。」

総司「クビになんてさせませんよ、人工種をこんなに愛してくれてる人を」

駿河「愛って何だ」

ジェッソ「まぁまぁ」と言い「貴方は表向きは傀儡ですが…実の所、防波堤。一人で耐えるのはもう疲れたでしょう。」と言い駿河の肩にポンと手を置き「大丈夫。ここからは、一人じゃありません。」と微笑む

駿河「…。」