第3章01

 2日後の朝。

 護が乗った木箱を吊り下げ、浮島の上空を飛んでいたターさんは、ケテル石が採れる場所に到着するとゆっくり木箱を降ろして着陸する。

 木箱から護が出て来るのを待って「多分、君は黒石剣よりこっちの方が合うと思うんだ」と言い自分の斧を見せると「今日は君の白石斧を作ろう」

「俺の?」

「うん。まずは斧の刃になりそうな硬いケテル石を探して、黒石剣で板状に切る。幅と高さはこれより一回り大きく。大雑把でいいから」と自分の斧を立てて見せつつ護に指示する。

 護は「なるほど」と言うと「自分の採った石で作る斧か」と嬉しそうな顔をする。

「自分専用の斧だよ。いいだろ?」

「うん!」笑顔で元気な返事。

「じゃあ俺は別の所で採掘してくる」

 ターさんは木箱を持って飛んでいく。

「よし、かなり硬い奴を探さないと」

 独り言を呟き、護は黒石剣を片手にあちこちのケテル石をコンコンと叩き始める。妖精たちは面白そうに護に付いて歩く。

 暫くアチコチ走り回って石をコンコン叩いていた護は崖近くのケテル石を叩いた時に「ん」と何かに気づき、ちょっと強めに叩く。それから叩き切ってみるが、うーん、と悩んで再びウロウロし、またケテル石を見つけては叩いたり切ったり。

 やがて切った石をいくつか地面に並べて悩むと、妖精たちに「どれがいいと思う?」と聞く。

 すると一匹の妖精が、長い耳でクイクイと合図してトコトコと歩き出す。護が付いて行くと、妖精は鈍い輝きのケテル石柱の上に乗る。

「これ……?」

 本当かなぁと思いつつコンコンと黒石剣で叩くと、他の石とは全く違った感触が返って来る。

「おや、これは!手ごたえが違う!」ビックリしながら妖精を見て「さすが石の妖精!」

 妖精は嬉しそうにポコポコと跳ねて踊る。

「さてさて、これをどう切ったものか。上手く切らないと、石を活かせないぞ」

 真剣な表情で石をよく見て触ったり叩いたりして考える。

 それから所々をちょっと削り落とすように切り、「よぉーし」と気合を入れ、黒石剣を握り直すとドキドキしながら緊張した面持ちで、「ハッ!」という掛け声と共に一気に石柱の根元を叩き切り、柱を押さえて静かに横に倒す。

 ふぅ、と一旦息を整え、倒した柱の右側面を切り、左側面を切り、そこで黒石剣を地面に置くと、板状になった石を持ち上げて空に掲げて「採れた!」

 すると背後からパチパチと拍手が聞こえる。振り向くとターさんが居る。その後ろには石を積んだ木箱。

「なかなか良い石みつけたな。じゃあそれを斧にしよう。それ、この辺りに置いて」

「はいっ」

 指示された通りに護は石を寝かせる。

 ターさんは腰につけた道具入れのポーチからノミと金槌を取り出すと、板状のケテル石のアチコチをコンコンと叩き、狙いを定めてノミで亀裂を入れ始める。そして亀裂を入れた部分をガンと割り、暫くすると石板が大雑把な斧の形になる。

「よし。あとは街に行って職人に頼んで仕上げてもらおう」

「街?……もしかして有翼種の街?」

 ターさんは頷くと、切り落としたケテル石を指差して「この破片は売れるから持っていく」と斧と一緒に木箱に入れる。

「今日はこれから街に行くよ。」

 護は「俺が行ってもいいのかな」と不安げな顔をする。

「行かなきゃダメじゃん。君の服を買ったりしないと」

「あ、そうか。いつまでもターさんの服を借りていられない。代金は働いて返しますので」

 その言葉にターさんはニヤリとして「じゃあ頑張って売れる石を採らないとね!」

 護は自信無さげに「う、うん」と返事すると「迎えが来るまでに……」

「もう来ないんじゃない?」

「え」否定を含んだ驚きの顔でターさんを見る。

「だって昨日も来なかったし。君の無事が分かって安心しちゃったんだよ、きっと」

「そうかなぁ……」眉間に皺を寄せて首を傾げる。

「ここに来るの大変だからね。諦めたんだろ」

 すると護は口を尖らせ「それちょっと寂しいなぁ……」その顔にターさんがアハハと笑う。

「ともかく街に行くよ!今日は久々に街に泊まりだ。美味いゴハン食べてこよう!」


 暫し後。護入りの木箱を吊り下げて森のすぐ上を飛んでいたターさんは、高度を下げて森の中に入り、木々の間を抜けて道幅1メートル程の街道に出る。街道に沿ってゆっくり飛びながら「あ、ちなみに今夜、護君は一人で宿に泊まってくれるかな。俺は実家に行くので」と伝える。

 護は「実家?」と聞き返してから「そうか、あっちは仕事の為の家か」

「うん。流石に突然、人工種を連れて実家に行けないから」

「大丈夫、どこでも寝ます!あっ宿代は」

 すかさずターさんが「売れる石を採ったら支払って」と言い「えーと、確かこの辺りだったような……」と何かを探して周囲を見ながら呟く。すると突然何かにバチンと弾き飛ばされて木箱が大きく傾き、積み荷の一部と護が木箱から落ちる。

「うわ!」

 そこへ「おーい」と声がして屈強な有翼種が飛んで来ると「ターさん……」と言い掛けて護を見る。

「あれ?引っ掛かったのはこっちか」

 ターさんが「はい」と返事をする。

 有翼種は「良かった。『壁』が間違えてターさんを弾いたのかと思った。無断で友達を外に連れ出しちゃダメだろ、ちゃんと申請しないから弾かれる」そう言って護を見て「じゃあ君、翼から古い羽根を一枚……あれっ?」と何かに気づく。

「君、羽根は?」

「ありません。人工種なので」

「えっ?」と言ってから聞き返すように「なんだって?」

 ターさんが護を指差し、繰り返す。

「彼は人工種だから」

 有翼種は唖然として目を見開く。

「人、工、種?!……これが?」と護を指差す。

「はい。十六夜護と申します。行き倒れていた所をターメリックさんに助けて頂きました」

「た、助けたって」有翼種は非難するような目でターさんを見て「とんでもない奴を」

「だって見殺しには出来ないし」

「まぁ、それは、だが、しかしだ。とにかく、ちょっと待った、相談してくる。すぐそこだ!」

 バッと飛び立ち、来た方へ戻ろうとした有翼種は「あっ!」と叫ぶとその場で「ここに居ろよ!動くなよ!」と叫んで急ぎ飛んで行く。

 護はターさんに「どういう事?」

「ここに、イェソドを守る為の『壁』と呼ばれる見えないバリアがあるの」

「イェソド?」驚いたように聞き返す。

「イェソド鉱石の、イェソド。ここはイェソド山の麓だよ。これから行くのはケセドの街」



 30分後。護は石造りの家が並ぶ有翼種の街の中を、三人の警備の有翼種に囲まれて歩いている。

 ターさんはいないが、数匹の妖精が護の後を付いて来る。

 護は、これが有翼種の街かとキョロキョロ周囲を見回して、ケテル石を使った建物の多さにケテルがメジャーな石材ってこういう事かと納得する。

 (それにしても、なんか通行人から変な注目されて、恥ずかしい。罪人になった気分……)


 目の前に、大きな庁舎のような建物が見えて来る。

 中に入ると受付カウンターのあるロビーのような場所に、数人の有翼種達が集っていた。

 護はその集団の中央にいる初老の有翼種の前に立たされる。

 警備の有翼種が報告する。

「連れて来ました。人工種です」

 護は緊張の面持ちで初老の有翼種に挨拶する。

「初めまして、十六夜護と申します。ご迷惑かけて、大変申し訳ありません」

 初老の有翼種はじーっと護を見て、それから護の周囲をトコトコと歩き回る妖精たちを見る。

「……妖精に好かれとる」ボソッと呟いて、再び護を見ると「貴方はどうやってイェソドへ来たのかな?」

「事故です。採掘作業中に地下の川に落ちて、流されて、気が付いたらターメリックさんに救助されていました」

「すると仲間は貴方を探していますね」

「……恐らく、はい」

 初老の有翼種は護の目を見ながら「仲間の所に戻りたいですか」

 その問いに、護はちょっと目線を落として「もし、仲間が探しに来てくれたらその時は戻るかもしれませんが、そうでなければ、ここに居たいと思います」

 驚いたように「なぜ」と問う初老の有翼種。護は即答する。

「ターメリックさんと一緒に採掘するのが楽しいので」

 すると初老の有翼種は一瞬キョトンとした顔をして、意外だという風に「ほぉ」と言う。

「楽しい。どんな所が?」

「自由な所、でしょうか」

「すると人工種の採掘には自由が無いと?」

 護は若干、困ったように「ええまぁ……」

 すると周囲の有翼種たちがヒソヒソと何か話し始める。

 初老の有翼種は少し大きな声で「人工種は人間の命令で動く、自己意志の無い人形だ、という話は本当だったらしい」

「いや、そんな事は」と言い掛けた護の言葉を遮り、初老の有翼種が問う。

「貴方はイェソドの有翼種について何か聞いた事はありませんか」

「全くありません」

「……遥か昔、人間と有翼種はイェソドエネルギーの源泉を巡って争いをした。しかし人間はイェソドエネルギーに弱い。そこで人間の手先として有翼種と戦い源泉を採る為の存在が作られた、それが人工種という」

 護は思わず「え?!」と驚く。

「有翼種は、人工種と人間から源泉を守る為に『壁』を作って閉じ籠った。まぁ今は完全に閉じている訳ではありませんが、『壁』はある」

 唖然としながら話を聞いていた護は「なんですかそれ。そんなの初めて聞きました。人工種は単に人間に代わって鉱石を採る為の存在として作られた筈、源泉なんて……ん?」そこで首を傾げて「源泉って何ですか」

「源泉は……源泉だな」

「イェソド鉱石が沢山あるとか?」

「そんなのそこら中にゴロゴロ転がってるが」

「えっ?」護は目を丸くして「ゴロゴロって、イェソド鉱石が?」

「皆、適当に採って使ってる」

 思わず驚きで「なんですと?」と口から飛び出て慌てて「そんな」と言い直す。

「人工種は鉱石を採るのに物凄い苦労をしてるのに!」

 初老の有翼種は淡々と「そうだったのか」と言うと、護を指差し

「ちなみに貴方は人間に『源泉を採れ』と言われても断れますか?」

「当たり前……」と言い掛けて、ハッと無意識に右手で首のタグリングを触る。

 だがその右手をグッと握り、力強く「勿論断りますが、そもそも人間はそんな事は言いません!」

 初老の有翼種は「なるほど」と言い、護の目をじっと見つめる。



 所変わって、街中のとある石屋。

 周囲に様々な石が入ったコンテナや木箱が積まれた店内で、何人かの有翼種がしげしげとターさんの持つ黒石剣を眺めている。

「これは凄い。こんな上品な黒石剣は稀だぞ。ちょっと持たせてくれ」

 ガッシリした体格の有翼種がそう言ってターさんから黒石剣を受け取り、片手で持って

「いい重さだ。形も良いし、光り具合もいい。使い心地も良さそうだ」

 と、そこへ「いた、ターさん!」と声がする。

 ターさんは店の入り口から入って来た護を指差して「来た来た。彼だよ」

 護はターさんに駆け寄って「やっと許可が出たよ、街に出入りしていいって」

 すると黒石剣を持った有翼種に「君が採ったのかぁ」と言われ、護は一瞬キョトンとして答える。

「あ、はい。それ俺と仲間で採りました」

 有翼種はターさんに黒石剣を返してから

「ホントに羽根が無いんだな。これが人工種か」と護を指差す。

 護は、なんかどこに行っても珍獣扱いされるなと思いつつ自己紹介する。

「初めまして、護と申します」

 有翼種も「石屋のバートンです。宜しく」

 その隣にいた女性有翼種が「レイスでーす!」

 更に小柄な男性有翼種が「ジンっす」

 護はターさんの方を見ると「許可は出たけど、なんか源泉がどうだとかワケワカラン事を言われて何が何だか」

 途端にターさんがアハハと笑って「気にしないの!」

「気にするよ!ちなみに源泉ってどこにあるの」

「この山の頂上辺りにある。俺は見た事ないけど。一般人は立ち入り禁止だから」

「人間が源泉を狙ってるとか言われたけど、こんなイェソドエネルギーだらけの所で人間が生きるの無理だろ」

 ターさんは「いや?」と言うと「エネルギーを中和させる石があるから大丈夫だよ。あ、そうだ川の水さ、そのままだとイェソドエネルギーを含んでるから中和させて使うんだ。蛇口から出る水は『純水』って言う普通の水だから安心して」

「もぉぉう、なんて場所だ!」護はヤケ気味に言ってから「人工種は苦労してんのに……とんでもない場所があったもんだな!」

 バートンが口を挟む。

「なぁ、人工種って機械で作られるって聞いたけど、ホントなのか」

「ホントですよ」護はバートンの方を向いて答える。レイスが聞く。

「親はいないの?」

「いますよ。製造師と育成師っていう名前の親が。遺伝子を組んで人工種を作るのが製造師、育てるのが育成師」

「へぇ」バートンは不思議そうな顔で唸ってから「なんか大変そうだな。……有翼種は卵から生まれるんだ」

 護も不思議そうに「卵?」

「母親が作る卵型のフィールドの中で子供が生まれる」

「そ、そうなんですか」

 そこへ、どこからかやって来た妖精たちが護の足元に集ってポコポコ跳ね回る。

 その様子を見てジンが驚いたように「君、随分と妖精に好かれてんな。人工種なのに」

 ……何だか知らないけど、勝手に好かれたと思いつつ、護はジンを見て聞く。

「妖精ってどこから来るんですか」

「そこらへん」

 目が点になった護に、レイスが補足をする。

「あちこちに居るの。いつの間にか居て、いつの間にかどっか行っちゃう。気まぐれなの。……心が濁ってる人には近づかないのよ、妖精って」

「そ、そうなんですか」

 話をしている間に、ジンは近くの作業台に置かれていた護が採ったケテル石を手に取ってターさんに聞く。

「これ、斧にする石の片割れだろ?」

「そう。それ幾らになるかな」

「500ケテラだね」

 ターさんは渋い顔をして「えー。600だよ。人工種が採ったって事で」

「それ、むしろ400になるんだけど。500でもサービスだ」

「もうちょっと何とか」

 護はツンツンとターさんの腕をつついて聞く。

「あの、ケテラって、お金の通貨単位のこと?」

 ターさんは「うん」と言うと、すぐ近くに置いてある木箱を指差し「あ、護君。あの中に置いてある、斧にする石を職人の所に持って行って。この左隣の家だから。道具屋レイモンドって店だよ」

「わかった」


 護は石を持って隣の家へ向かう。カンカンコンコンと作業音がする建物の入り口上の『レイモンド工房』という看板プレートを確認してから、ちょっと奥まった玄関ドアを開けて中を覗くと壁際にスコップやツルハシなど様々な道具が並んだ部屋の中央に作業台が並んでいて、二人の男性有翼種が何か仕事をしている。

「こんにちは。お邪魔します」と言いつつ中に入り、「すみません、これを斧にして欲しいんですが」と石を見せる。

 すると丸いフレームのメガネをかけた有翼種がやってきて「ターが連れて来た人工種って、君だな」と言いつつ護の石を手に取る。

「ご希望は?」

「希望、というと」怪訝な顔の護に丸メガネの有翼種が答える。

「斧の頭の大きさとか柄の長さ、装飾とか」

「斧を作るのは初めてなので、お任せします」

 有翼種は「あらま」と言うと「ちょっと持ってみて」と護に石を立てて持たせる。

「君、かなり力があるね。怪力だろ?」

 護は少し驚いて「分かるんですか?」

「人工種は分からないの?」逆に聞かれる。

「分かりま……」と言い掛けて「あ、探知ができる人工種とかは、分かるみたいですが。俺は分からないです」

「人によるのか。ま、有翼種も分かる人と分からない人が居るね」

 それから護に持たせた石のあちこちを叩いたり触ったりする。

「この石、君と相性がいい。自分で見つけたの?」

「妖精が見つけてくれたんです」

「なるほど。わかった」

 そう言って腰に着けたポーチからペンが挟まれたメモ帳を取り出すと、何かを書き留める。

「じゃあそれ、預かります」

 石を護から受け取ると「仕上がりは3日後。代金はその時に」

 護は何となく言い難そうに「ちなみに、代金はお幾らに……」

 そこへ入り口のドアが開いてターさんが顔を覗かせ「やぁどーも!……護君、終わった?」

「今、代金の話を」

 ターさんは「あぁそれはいいよ、立て替えるから!」と言うと自分の後ろに来たジンを指差しながら

「食事に行こう、ジンさんも来るって!」

 ジンがターさんの背後からニヤニヤしつつ「人工種がどんなモン食うのか見てやる!」

「どんなって、普通ですよ!美味しいものなら食べます」

 ターさんは護の傍に来ると「行こ行こ」と腕を掴んで引っ張る。

「あっ、あの」護は入り口に連行されつつ丸メガネの有翼種に「お代は頑張って稼ぎますから斧を宜しくお願いしまぁぁす!」

 丸メガネの有翼種は「うん」と頷くと「いってらっしゃい」