第4章01 穣の鬱屈、カルロスの嘘
「なんか力が出ないなぁ」
疲れた顔の悠斗がスコップ片手にボソリと呟く。
とある崖下の林の中で採掘作業をしているアンバーのメンバー達。すぐ上にはアンバーの船体が上空待機している。
穣もはぁ、と溜息をつきながら崩したイェソド鉱石をスコップですくってコンテナの中に入れる。周りを見ると皆、ダラダラと作業していて覇気が無い。そりゃヤル気も失せるわな、俺も疲れたと思いながら、また溜息を漏らす。
(俺はもう、何をどう信じたらいいのか分からない。……こんな時、ラメッシュさんなら何て言うんだろう……でもあの人はもうこの世に居ないしな)
そんな事を考えていると、昔言われた言葉がふと頭に浮かぶ。
『分からない、って最強なんだよ』
(……あぁ。だけど……)
そこへ悠斗が上空のアンバーの採掘口を見ながら「今日も吊り上げ積みだしなぁ。メンドイなぁ」と溜息をつく。
正直、穣もメンドイと思っていたので思い切って決断する。
「よし、今日はこの辺で切り上げるか」
「でも」と悠斗が心配気な顔をするが、穣は微笑み
「疲れてる時に無理して頑張って事故でも起こしたら大変だろ。ちょい船長と相談する」
そう言って耳に着けたインカムでブリッジを呼び出す。
「あ、船長。今日はこの辺で撤収しようと思います。皆、疲れ気味なので」
ブリッジの剣菱は受話器を取って「了解です」と返答し、受話器を置きながら「撤収だとさ。ちょいと早いような気もするなぁ……」と呟く。
操縦席の剣宮が「皆、お疲れなんですよ」と言うと、剣菱は渋い顔で「それはよく分かるんだが、しかし昨日も……」そこで腕組みして「どうしたもんやらなぁ」と言い、そのまま沈黙する。
少しするとブリッジのスピーカーからピピーというコール音と『吊り上げ開始します』という穣の声がして、鉱石コンテナを吊り上げて積み込む作業が始まり、剣菱も剣宮も船の安定を保つ操作に集中する。
20分後。
うーん、と唸った剣菱は困ったように「もう作業終了なのか。なんか船が軽い気がするんだがなぁ」と言い、ハァと若干苛立ちの混じった大きな溜息をつく。それをフォローするように剣宮が「皆さん、お疲れなんですよ」
「それは分かるが、あまりに採掘量を落とすと……、とはいえ、だがなぁ頑張った所で……、うーん」
眉間に皺を寄せてハァー、と巨大な溜息をついた剣菱は黙り込み、ブリッジは重苦しい沈黙に包まれる。
そこへトゥルルルと電話が鳴り、剣菱も剣宮も「うわっ!」と驚く。
「来た! 剣宮君、出てくれないか!」
「嫌ですよ、だってブルーの満さんでしょ!?」
「頼む! 剣菱はちょっと機関室を見に行ったと」両手を合わせて剣宮に祈る。
「船長!! 早く出ないとー!」
「君が出れば丸く収まる、頼む剣宮君!」
必死に懇願されて、剣宮は「くぅぅぅ仕方ない」と苦渋の表情で操縦席のボタンを操作し、耳に着けたインカムで通信に出る。
「はいアンバーの二等操縦士、剣宮です」
ブリッジのスピーカーから満の声が流れて来る。
『出るのが遅い。規定では呼び出しコール5回以内に応答する事が定められている』
「それは緊急コールの場合です!」
『最近、アンバーに連絡すると操縦士が応答する事が多いのだが本来は船長が応答すべきであり、そもそも船長が頻繁にブリッジを離れるのは如何なものかと』
「多忙なもので」
『なるほど。御多忙の所、失礼した。ではまた』
助かったと思いつつ剣宮は通信を切る。
「通信終わりました……」
「ありがとう、流石だ剣宮君」
そこへ穣とマリアがブリッジ内に入って来る。穣は船長席に近寄り
「船長、明日の採掘場所ですが」
途端にトゥルルルと電話が鳴り剣菱と剣宮が思わず「えええ!」と叫ぶ。
「ど、どこの船からの電話や!」
「船長、いつか電話を相手が分かる電話機に替えましょう!」
「とりあえず剣宮君!」
「俺が出たら、また来るかもぉぉ」
すると穣が「わかった俺が出る」と言い、剣菱が「あっ」と制止する間も無くバッと受話器を取る。
「はいアンバー、穣です」
受話器から満の声が流れて来る。
『おお。ブルーアゲートの満です。最近アンバーは採掘量が激減しているので心配でたまらん。大丈夫か? 穣』
「ご心配無く」
『お前は以前、失態を犯して採掘監督から降ろされた訳だが、そのお前を採掘船本部は再び監督にしてくれたのだ。辛うじて取り戻した信頼を二度と失ってはならない』
「……」
穣は怒りで拳を固く握り締める。
『護の代わりにまた採掘監督になったのだから、もっと頑張らねば。大体、次男のお前が付いていながらなぜ護を危険な目に遭わせた。透はともかくお前は次男、製造師を悲しませるような事を』
物凄い形相で「み、満」テメェと言おうとした瞬間、剣菱がバッと受話器を奪い取り「代わりました剣菱です。申し訳ないが今からミーティングなので重要な要件でなければこの辺で。ええ。はい。では」と言い電話を切ると、穣に向かって「大丈夫か」
「ちとトイレ行ってきます」
感情を抑えて穣はダッとブリッジから出る。通路を走りつつ
(あのクソッタレ、言いたい放題言いやがってブッ殺してやりてぇ……)
中央階段に差し掛かった所で下から上がって来た透に出くわす。
「!」
「あ、穣。……ウチの船、今日は何時に本部に戻るの?」
「えっ、今日は本部に戻らねぇよ。明日の採掘場所に移動して停泊」
「戻らないの?」
透は溜息をつき「街に行けると思ったんだけどなぁ。船に泊まりか」
穣は少し黙ってから厳しい顔で「お前、最近ちょっと遊び過ぎじゃないか?」
「前からだよ」
「見たぜ、明け方にキレイなお友達と店から出て来る所を」
思わずギクッとした透は「……へぇ。でも穣があんなとこにいるなんて珍しい。何してたの、明け方に」と返す。
「酒飲んでただけ」
「彼女いる癖に。言おうかな、大事な彼女に」
「俺は酒を飲んでただけだ!」
穣はそう叫ぶと透の胸倉をガッと掴み「お前な、ヤバイ事はマジでするなよ。コレが付いてんだからな」とタグリングを指差し、気迫を込めた低い声で「遊ぶのはいいが、間違ってもヤバイ事になるなよ。お前まで失ったら俺は死ぬぞ!」
「……」
暫し黙った透は、虚ろな顔で弱々しく「だけどさ。……四人になったのに、あいつは」
穣は壁をダンと叩き「わかる! だからって満への当てつけに自分をボロボロにすんな!」
「……」俯く透。
「そんなの、バカバカしいだろ」
「……だけど、俺達、何の為に生きてんのさ。誰も護を助けてくれない」
穣も悔し気に俯く。実の所、想いは透と同じだった。返す言葉が浮かばず黙っていると、やがて透は何かを諦めたように溜息をついて言う。
「穣もあんまり酒飲むなよ。ボロボロになるぜ」
「わ、……わかってるよ」若干ヤケ気味に返事して「そうだな、そうだよな! もっと、ちゃんとしねぇとな!」と言い大きな溜息をつく。
(俺がボロボロになったら喜ぶのはアイツかよ……)
「畜生!」
吐き捨てるように呟き「頑張ってやらぁ!」と叫んで透に背を向けブリッジへ戻り始める。
(って何を頑張るんだかサッパリ分からんが、何か、護の手掛かりとなる何かを……。とにかく何か足掻きたい……)
一方、黒船は荒れ地の岩場で採掘作業をしている。アンバーとは打って変わってテキパキと手際よく鉱石をコンテナに積み込んでいく。昴が自分の発破で崩した鉱石をスコップで掻き集めつつ呟く。
「忙しい、忙しい」
それを聞いて、隣で作業する夏樹が言う。
「しゃーない。本部にアンバーの分まで頼まれてる。頑張らないと」
更にジェッソが「黒船としては採ってやらねばなるまい」と言い、特注の大きなスコップで鉱石をガッとすくい上げる。
「んでも、ちょっと忙しい」そう言いながら昴はほぼ満杯状態のコンテナにスコップですくった鉱石を入れ、コンテナの蓋を閉めると「これ満杯!」
「ほーい」
レンブラントがやってきて「でもティム船長の時代はもっと忙しかった」と言いつつコンテナを軽々と持ち上げる。
昴は首を傾げて「あれは異常だったかも」
ジェッソも作業の手を止めて「今から思うと異常だな。でも当時はあれが当たり前だったから」
レンブラントもコンテナを持ったまま「今の船長になって緩くなったもんなぁ」としみじみ言う。
続けて昴が「一度緩むと厳しさには戻れない」
「わかる」夏樹が頷く。
更にメリッサもスコップを動かす手を止めて話に加わる。
「ねぇ覚えてる? 駿河君が船長になった時、うちらブーイングしたよね」
「あー」一同、同意の声を上げる。
適当にスコップを動かしてチマチマと鉱石を採っていた上総が、怪訝そうに「ブーイング?」と皆の方を見る。
コンテナを持ったままのレンブラントが上総に向かって「うん、船長もっと厳しくしなきゃダメです、って」
「えっ」
驚いて目を丸くする上総。昴はジェッソを指差して「ジェッソが言ってた」
ジェッソは昴を指差して「昴も言ってたぞ。んでも一番言ってたのは副長じゃないかなぁ」
「ええ?!」
更に目を丸くする上総にメリッサが言う。
「ああ見えて、あの副長なかなか怖いわよぉ」
「総司さんがですか?」
「今は、だいぶ、まぁるくなったけどね」
上総はうーん、と首を傾げて「俺は二等操縦士の静流さんの方が怖いですが……」
「え、どうして? 君と静流君は、同じSSF出身の同じ人工種シリーズでしょ?」
「そう、あいつ俺の一つ上で、凄い真面目だから俺よく怒られる。あいつ苦手……」
メリッサはアハハと笑って「あらまぁ」
「あと俺、カルロスさんにもよく怒られ……」と言った所でふと視線に気づいて振り向くと、やや離れた所で作業しているカルロスが手を止めて上総たちの方を見ている。
慌ててレンブラントが「いけね、俺達ちょっと緩み過ぎた。昔に戻らねぇと」と言い傍に着陸している黒船の方へコンテナを運び始める。
昴もスコップを握り直して「ウン。気合入れ直す」
ジェッソも「アンバーの分をガンガン採ってやろう」と作業を再開する。
上総はちょっと辟易した顔をしてから、何となくカルロスの所へ行く。
「皆、厳しいのが好きなんですね」
カルロスは再びスコップを動かしつつ「かもな。でも」と言うと、作業の手を止めて黙る。
「なんですか」
「……厳しすぎるのも良くないなと思っただけだ」
そう言って再びスコップで鉱石を採り始める。
「はぁ」
上総はそのままボケッとカルロスを眺める。……とっとと作業に戻れと言われるのを待っていたが、カルロスが何も言わないので諦めたようにノタノタと自分の作業場所へ戻る。
カルロスは黙々と作業をしながら過去に思いを巡らせる。
(……確かに昔は厳しかった。でも我々が当時あの厳しさに従ったのは黒船から降ろされたら終わりだという恐怖があったからだ。ティム船長は確かに立派な船長だったが、人間の乗組員達はその厳しさに付いて行けず、駿河を除いて全員降りて行った。しかしあいつ、よく残ったよな……)
そこで作業の手を止めて短い溜息をつく。
(人間は自分で職を選べるが人工種は選べない。しかも黒船は人工種を代表する特別な船、そこから降ろされる事は人工種にとって致命的な恥、だから)
顔を上げて現場を見回し、作業しているメンバー達を見る。
(……私は明日、ここを去る……)
夕暮れ時。
既に作業は完了し、一同は船内に入り、荒れ地に着陸している黒船の船体は夜の闇に包まれていく。
中央階段を上がって来たメンバー達が食堂や自分の船室に向かう中、カルロスは一人、ブリッジに向かって通路を歩く。無表情を取り繕ってはいたが、内心は激しい不安でいっぱいだった。
(……嘘はつきたくないが、やるしか、ない……)
ブリッジのドアの前で一旦立ち止まり、胸に手を当て静かに息を整える。
覚悟を決めて、短くノックしてドアを開ける。
「失礼します」
中に入ると駿河に「明日の採掘場所ですが」と言いつつ船長席に近寄り、船長席の前のタッチディスプレイに表示された地図に指で触れて目標地点を出すと「まずはここです」と印をつける。
駿河は若干驚いて「結構遠いな、外地の手前まで行くんですか」
「ここは相当量の鉱石があります。遠出してでも行く価値はある」
「んー。じゃあ今日はこのまま停泊するかな。外地の近くで停泊したくないから。船の移動は明日の朝って事で」
「そうですね」
返事をしながらカルロスは思い通りの展開になった事に安堵する。しかし同時に嘘をついた罪悪感が湧いてきて、その動揺を誤魔化す為に駿河を真っ直ぐ見て言う。
「では質問等が無ければ私は夕飯に行きますが」
「特に質問は無いけど、ちなみに貴方、最近ちゃんとご飯を食べてます?」
「えっ」
完全に予想外の問いに意表を突かれ、驚いた顔になって焦る。駿河はカルロスをじっと見て
「ジュリアさんが心配してました。ご飯を残す事が多いって」
カルロスは内心の激しい動揺を悟られないよう必死に平静を装いながら
「忙しいので、食べている暇が無いだけです」
すると駿河は何か考えるように「んー」と唸り、「まぁ今はアンバーの分まで採らなきゃならないしな」と言うと微笑を浮かべてカルロスに言う。
「でも無理はしないで下さい。貴方は黒船にとって一番大事な人ですから」
「……」
それは一体どういう意味なのかと考えつつ、一応「え、ええまぁ」と答えると「では夕飯に行きます」と逃げるようにブリッジから出てドアを閉め、右手を胸元に当てて心を落ち着ける。
(……びっくりした。バレたかと思った……)
そこでふと、自分の態度を相手はどう解釈したんだろうかと不安がドッと湧き上がる。
(一番大事とはどういう意味で、なぜ突然そんな事を。私の嘘がバレたんだろうか……いやそれは無いな。まさか私が逃げるなんて思いもしない筈……)
途端に罪悪感が襲ってきて、申し訳無さに項垂れる。
(だが、もう決めた事だ。……ん?)
ふと誰かの探知エネルギーに気づいて顔を上げる。
(上総が私を探している。探知の練習をしてるのか)
カルロスは探知妨害しつつ通路を歩いて上総が居る四人部屋の船室の前に立つと、ガラリとドアを開ける。
「わっ! び、びっくりした!」
ドアの近くで丸椅子に腰掛けて探知していた上総が驚いて立ち上がる。部屋には上総だけで、他には誰も居ない。
「せめてノックして下さい! びびったー」カルロスに苦情を言うと、上総は再び目を閉じて「すぐ前にいるのに、監督の気配が感じられない。監督の探知妨害って凄いですね」
「お前それでも周防先生に作られた私の後継機か」
上総は目を開けてカルロスを見る。
「んー、遺伝子的には……」
「黒船の採掘量はお前に掛かっているというのに」
「いつかはそうなるんだろうけど、今はまだ」
「護のように私が突然いなくなったらどうするつもりだ」
「え」
上総は目を見開き「その時は、頑張るけど、でも……」と言って目を伏せると「もし俺が使い物にならなかったら俺はここから降ろされて、他の探知人工種が来ると思う」
「お前がそれで良いなら、良いんだが」
「……良い訳でもないけど」下を向いた上総は、若干口籠り気味に「でも俺は貴方のようには」
カルロスはイラついたように「可能性を自分で潰すのはやめたらどうかと」と言うと、やや声を大きくして「私がお前くらいの年齢だった時」同時に上総も声を大にハッキリと「採掘船に一生を捧げるのって嫌じゃないですか」
思わず少し黙るカルロス。
「じゃあ、どうする」
「どうって……」
上総は俯き、いじけ気味に口を尖らせて「どうにもならないけど……」
暫し、二人とも黙り込む。
やがてカルロスが「……そう、だな。自分の能力をどう使うかはお前が決める事だな」と言うと、バッと部屋を出てその場から去る。上総は八つ当たり気味にその背中に言葉を投げる。
「もう決められちゃってる気がする!」
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