第6章01

 数日後。

 アンバーは山麓の崖の手前の開けた場所に着陸している。すぐ近くの鉱石採掘場では採掘メンバー達が仕事を中断し、一ヶ所に集まって話をしている。

 穣は地面に突き刺したスコップに寄り掛かると、意味深な顔で

「結局、管理はカルロスの捜索を打ち切っちまったなー。臨時採掘監督のジェッソはそのまま監督続行か」

 するとマリアが「本当に打ち切りなのかな。管理があの人を簡単に諦めるとは思えないけど」

 悠斗も顎に手を当て思案気に「そもそもあの人、無事なのかね?」

 透が小声で呟く。「野垂れ死にしてたりして……」

 一同を見ながら穣が「とにかく全ての謎を解くカギは『御剣人工種研究所』だ。なーんか手掛かりねぇかなぁ」

 そう言って天を仰ぐと透が「ネットで調べても出て来ないしな……」と溜息をつく。

 マリアも溜息交じりに「悠斗君と図書館行ったけど、人工種の本は難しくてよく分からないし」

 悠斗は大きく頷いて「タイトルだけでギブアップした」

 マゼンタも困り顔で「俺の製造師に電話して聞いても分かんないって言うし!」

 健も「俺の製造師も分からないと」

 穣は自分の長いハチマキを右手で掴んで弄びながら、真剣に悩む。

「むぅ……レストール先生も、江藤先生も全滅となると……」

 そこへ悠斗が「十六夜先生なら、何か知っていそうな気はする」と穣を指差す。

「まぁ御年90の年寄りだしな。でも絶対連絡したくねぇんだぁ!」穣は両手でハチマキを掴んで引っ張りながら叫ぶと「マゼンタ君、電話番号を教えるから俺の代わりに電話して聞いて」

「嫌です!」

 マゼンタの全力否定に透が同意する。

「嫌だよなー。俺も嫌だもん!」

 悠斗は腕組みをして考える。

「すると他に何か知っていそうな製造師は……やっぱ周防先生か」

 透が続けて「御年97歳、人工種最高齢の現役製造師だし」

 マリアも「そもそもカルロスさんの製造師!」

 穣はハチマキで蝶結びを作りつつ溜息をつく。

「問題は、アンバーに周防先生に作られた人工種が居ねえって事だ」

 それを聞いて、透がちょっと言い難そうに

「んー、アンバーにはいないけど、SSFに穣の彼女がいるじゃん」

「へ?!」穣は驚いてハチマキを手放す。

 悠斗と健、オリオンが「おっ」と穣を見る。

 マゼンタやオーキッドが興味津々に「誰?!」

 マリアは「誰?」と透に聞く。透は穣を気にしつつ、答える。

「……ベルガモットさん。SSFで育成師してる」

 穣は若干焦りつつ「いや彼女な、今ちとMFに行ってまして」

「え、ケンカでもしたの」

「してねーよ仕事だよ!」

「彼女に周防先生に聞いてもらったら?」

「う、……うーん」頭を掻いて、悩む。

 穣が黙り込んだので、マゼンタは、ふと悠斗を見ると

「そういえばSSFの正式名称って何だっけ?」

「周防紫剣(すおうしづるぎ)人工種製造所。人工種の周防先生と、人間の紫剣先生が、共同で建てた所」

「あぁそれそれ」頷いてマゼンタが言うと同時に穣がボソッと呟く。

「ホントに共同なのかねぇ。なんか人間の紫剣先生が、人工種の周防先生を飼い慣らしたという黒い噂があったりしますが」

 一同、思わず「えええ」と驚く。

 悠斗は続けてマゼンタに「MFの正式名は?」

「マルクトファクトリー」

「ALFは?」

「人工生命研究所内製造所でっすぅ!当然知ってるわい!」

「よくできましたー」パチパチと拍手する。

「なんかアンバーってALFの人工種ばっかだよね!」

 そこへ穣が「うーんまぁ仕方ねぇベルガモットに頼んでアポ取ってもらってSSFの周防先生に直接突撃するかぁ!」と叫ぶ。

 (……周防先生はベルガモットの製造師だから会うのが不安だが、ある意味でチャンスでもある……)

 内心密かにそう思いつつ一同に向かって

「今度の休みに誰か一緒にSSFに行かん?」

「……」

 一同無言。穣は若干ヤケになって

「あのカルロスの製造師だぞ!人工種で初めて製造師になって超沢山の人工種を作ったスゴイ大先生に会いにいこーよ!」

 悠斗が叫ぶ「休みは休みたい!」

 マゼンタが叫ぶ「寝たい!」

 透も「ゴメン穣、一人で行きたくないのは分かるけど」

 穣は頭を抱えて天を仰ぎ「だーって俺が自らSSFに行った事がバレると、ブルーの非常にウザい満って奴が騒ぐので嫌なんだよ!」

 悠斗が「あ!」と閃くと面白そうに「SSFって人工種の緊急メンテ施設に指定されてるから、穣さんが大怪我すれば自ら行った事にはならない」

「それこそ満に大騒ぎされるし大体メンテするのが周防先生って限らないし!紫剣先生だったらどうする」

「その時は代わりにマゼンタが」

「はぁ?!」

 穣は仁王立ちして皆を見て「誰も付いて来ないなら、この間、黒船に乗った時に昴にメルアド教わったし、昴とか上総君とか誘うかなぁ!」

 マゼンタと悠斗と透が「いってらっしゃい!」と手を振る。

「くぅ」

 ガックリした穣に、健が声を掛ける。

「あのー、そろそろ真面目に仕事しないと、お昼になっちゃいますよ」

 穣は慌てて顔を上げて「イカン皆、少しは仕事するべ!……どうせ黒船がアンバーの分まで採ってくれるからサボってもいいけど!」

 すると悠斗が真面目な顔で「んでもあんまりサボると剣菱船長が本部から文句言われる」

「んだ。船長の為に採るべ!」

 一同は「はい!」と返事していそいそと作業を始める。

 穣も作業に戻ろうとして、ふと思い浮かぶ。

 (あっ、そうだ!ベルガモットじゃなく上総君に、周防先生のアポを頼めばいいんだ!)



 一方、小高い岩山の麓に着陸し、採掘作業を行っていた黒船のメンバー達は、午前の作業を終えて撤収作業の真っ最中。

 ブリッジでは駿河が少し疲れた様子で船長席に座ったまま、ぼーっと考え事をしている。

 (……俺は一体、どういう船長であればいいんだろう)

 目を伏せて、操縦席の静流に気づかれないよう密かに小さな溜息を漏らし、本部での出来事を思い出す。

 (散々責められたな……)


 本部内の窓の無い四畳半の部屋に、小さなテーブルを挟んで簡素な折り畳み椅子が二脚。一方の椅子には人工種管理の制服を着た男が座り、もう片方の椅子には駿河が座る。彼らの周囲を数人の男が立ったまま取り囲む。

 駿河の背後に立った人工種管理の一人が大きな溜息をつくと

 『貴方には期待してたんですけどねぇ。何せ、あのティム船長が強く推した人ですし、人工種からも人気がある。だからもっと上手くやってくれると思っていました』

 続いて正面の椅子に座る管理が不機嫌そうに『あのベテランのカルロスが逃げるとは。しかもなぜ逃げたか理由も分からないと?』

 『特に、思い当たる理由が無く』

 駿河がそう言った途端、背後の管理が厳しい口調で

 『そんな事だから人工種にナメられる!』

 続けて正面の椅子の管理が『君が船長になって1年半、特に何事も無かったので気が緩んだか』と言い、駿河の方に身を乗り出して説教する。

 『黒船は人工種のエリートが集まった船だからな、放っておけばいい気になって付け上がるんだ。船長がきちんと締めないと!』

 (……そうなんだろうか)

 内心どうしても納得できずに目線を落として黙っていると、正面の管理は呆れたようにはぁっと溜息をつく。

 『何の為に君を船長にしたと思っている!君はまだ若いし経験も浅いから、失敗は仕方がない。今回の事を教訓として、今後もっと精進するように』

 (えっ?)

 驚いて思わず目を丸くして正面の管理を見る。

 『君には期待してるんだよ。いつかティム船長のような立派な船長になって欲しい』

 (……え、責任とって船長辞めろとか、何か、処分は……?)


 ブリッジの船窓から見える荒れ地を眺めつつ、駿河は再び密かな溜息をつく。

 (まさか何の処罰も無く船長続けろ頑張れと言われるなんて思いもしなかった。俺、黒船船長でいいのかなぁ……。あの時の、カルロスさんの言葉……)


 『……貴方は、本当にそれでいいのか。……お前は、そんな奴なのか?』

 『もし、アンバーの剣菱船長なら、何がどうでも護の所に行くだろう。私の能力を信じて!』


 (……俺は、行けなかった。そしてあの人は、一人で、行ってしまった……)

 俯いて、拳を握り締める。

 (カルロスさん、ごめん。俺は、本当に、ダメな船長だよ……)

 そこへブリッジのドアがコンコンとノックされて、駿河はハッとして顔を上げる。

「失礼します」という声と共に上総とジェッソが入って来る。

 上総は「午後の採掘場所は」と言いつつ船長席のタッチディスプレイに表示された地図を指で触って目標地点を出すと「ここです。普通に飛んで15分位」と言い、印をつける。

「昨日のノルマに足りなかった分も、ここで採れるはず」

「そのノルマは本来、アンバーのものだけどな」

 駿河はそう言い「アンバー、もうちょっと頑張ってくれないかな……」と溜息をつく。

 ジェッソがボソッと呟く。

「……黒船がサボればアンバーは採るようになりますかね」

「え」思わずジェッソを見る。

「いや。黒船は何があろうと採ります。大丈夫ですよ、ティム船長の時代よりは楽だ」

 駿河は心配そうな表情で「……何かあったら言って欲しい。突然、失踪する前に」

 上総は少し怒ったようにキッパリと断言する。

「逃げませんよ、俺は」

 ジェッソは事務的に駿河に用件を伝える。

「じゃあ昼食と休憩を挟んで1時から午後の作業を開始します」

「なら船は12時半頃に移動開始する。静流さん、OK?」

 操縦席の静流が「はい」と返事をする。

 ジェッソは上総を見て「よし昼飯に行こう、上総」

「はい」

 二人がブリッジから出て行くのを見送りつつ、駿河は内心

 (でもやっぱり二隻分はキツイよなぁ……)と溜息をつく。


 ブリッジを出たジェッソは、通路を歩きつつ小声で上総に呟く。

「あまり、無理するなよ。今は君が頼りだ。……大変だとは思うが」

 上総も小声で「大丈夫です。だって俺、元々その為にここに入れられたし。……責任重大だけど、でもこれはカルロスさんも通った道なんだろうなって」

「……そうか。だがいつまでアンバーの」と言いかけた所で階段を上がって来た昴と出くわす。

「あ、上総君!今、アンバーの穣から、君に連絡とりたいってメール来た。穣に上総君のメルアド教えてもいい?」

「えっ穣さんが?」

 ジェッソが「ちょい待て!」と言い「連絡なら今、食堂の一般用電話からアンバーに電話してしまえばいい」

 すると上総が「えぇ」と曇り顔して「でも電話は……」と嫌そうに口籠る。

 ジェッソは怪訝な顔で「……個人携帯での通話は厳禁だけど、一般用電話なら」

「あの、それはそうなんだけど、俺、実は他の船に電話した事なくて、アンバーは知ってる人いないし緊張する」

 途端にガクッとしたジェッソは内心、そんな事か!とツッコミを入れつつ

「掛け方、教えてやる。相手は穣だテキトーでいい」

 上総は心配顔で「でも船長とか出たらどうするの」

「それも適当でいい……」



 アンバーの食堂には穣と何人かのメンバーがいる。皆、かなり早い昼食を終えて食後休憩に入り、穣以外はテーブルに突っ伏して寝たりイスを並べて寝たりしている。

 そこへ剣菱が入って来る。一同を見て「皆さんお休みで」と言いつつ配膳カウンターの方へ。

 スマホを見ていた穣は「あ、ここどうぞ」と席を立つ。他の席は寝ているメンバーで埋まっていた。

 剣菱はカウンターからハンバーグ定食が乗ったトレーを受け取って席に着くと、「いただきます」と昼食を食べ始める。穣はその近くの壁際に立ってマグカップの茶を飲みつつスマホを見ている。

「……今日も早かったなぁ」

 そう言って剣菱はご飯を口に運ぶ。

 思わず穣はチラリと横目で剣菱を見る。剣菱はご飯を飲み込んでから「あんまりサボると黒いのからクレーム来るぞ」と言ってハンバーグに箸を付けようとした途端。

 トゥルルルと一般用電話が鳴り、穣と剣菱はビクッとする。

 (まっ、まさか、ブルーの満?!)

 キッチンから出て来たアキが受話器を取る。

「はい採掘船アンバーです。……穣さんですか?」

 途端に穣がマグカップをテーブルに置き食堂から逃亡し、剣菱が(えぇっ!)という顔をする。

 アキは「あ、ちょっとお待ち下さい」と言い電話の保留ボタンを押す。

 剣菱は箸を置き腕でバツマークを作りつつ『穣は居ない!忙しい!』

「黒船の上総さんからお電話ですけど」

「え?黒船?」目を丸くしてビックリする。

 穣も食堂の入り口に顔を出して「ブルーの満じゃないの?」

「黒船の上総さんです」

 剣菱と穣は、はぁ、と安堵の溜息をつく。剣菱が呟く。

「電話は怖い……。今度は黒船からクレームか?」

 穣は電話の所に行くと、アキから受話器を受け取る。

「代わりました、穣です。上総君わざわざ電話サンキュー!……うん、実はさ。俺、周防先生に直接会って、御剣人工種研究所の事を聞いてみたいんだけど、上総君も一緒にどうかなと」


 黒船の食堂ではジェッソと数人のメンバーが昼飯のチキン南蛮定食を食べている。

 穣と電話中の上総は、少し驚いた顔で「周防先生に?どうして」

『人工種最高齢だろ。何か知ってるかもしれない。ところでそっちは何か調べてないの?』

「特に何も……」そこで受話器を両手で持ち、小声で「だって、あまり突っ込むと……管理が」

『なら俺一人で行くから』

「ちと待って下さい!」思わず大声が出て、ジェッソや昴が何事かと上総の方を見る。

「何か分かった事があったら、教えて欲しいんですが」

『OK教えるけど、その代わり、周防先生にアポ取ってくれん?アンバーの穣が先生に会いたがってると』

「うん、それはいいけど、周防先生に電話で聞くってのはダメなの?」

『深いとこまで突っ込むには直接会って聞かないと』

「じゃあ後で俺が周防先生に連絡して、それから穣さんにメールします。はい。また後で……」

 受話器を置くと、ジェッソが「穣の奴、何だって?」と上総を見る。

「周防先生に会いたいからアポとってくれって。あの遺跡について知りたいんだって」

 ジェッソは少し驚き「知って、どうする?」と聞く。

「それは……聞かなかった。どうするんだろう……」

 上総はそう言って残念そうに「俺も遺跡に興味はあるけど、行くと管理が……」と俯く。

 昴が「今は自重しとこ」となだめる。

「うん」

「しかしまぁ……」と溜息混じりにジェッソが何か言い掛けて、やめる。

 昴と上総が続きを待って怪訝そうにジェッソを見る。ジェッソは内心密かに

 (その無謀さが羨ましい。あの人も、死を覚悟で黒船から飛び出した。その勇気……、だが今はダメだ。我々まで無茶をすれば人工種全体に多大な迷惑が掛かる。とはいえ、このままでいいのか……)

 思案していると、上総が「どうしたんですか?」と問いかける。ジェッソは呆れたフリを装いつつ

「十六夜の穣が周防先生に突撃するとは。あの長いハチマキは伊達じゃなかった」

 昴が頷き「穣ってチャレンジャー」と呟く。

 続いてジェッソは箸を置くと、上総を見て至極真面目な顔で言う。

「上総。穣にひとつ言い忘れた事があるぞ」

「……何ですか?」

 ジェッソはケンカを売るが如く右拳を宙に掲げて

「黒船はアンバーの分まで採ってやってんだから、それだけの情報を持って帰って来い、と!」

「なるほどー!!!」

 上総をはじめ、話を聞いていた食堂の全員が賛同の大拍手をする。