第6章02
死然雲海に覆われた森の上に、大きな浮島が浮かんでいる。浮島の下は雲だが上は晴れていて、護とカルロスが木々の間に生えるケテル石を採っている。
「今度こそ当ててやる!アレだ、あの柱!」
カルロスは前方に見えるケテルの石柱を黒石剣で指差すなり、ダダダとその柱へ走って行く。
「今度はあっちかーい!」
護は白石斧を持って妖精と共にカルロスを追う。
柱に到着したカルロスは妖精を見て
「コレだコイツは売れる、間違いない!どうだ妖精!」
「…(・・)…」
「……微妙な顔だな、切り方次第って事だ、護!」
「ほいさ!」
護は斧でカンカンと柱の側面を削り、活かし切りする。しかし「むぅ?」と唸って手を止める。
カルロスが眉を顰めて「なんか微妙な光り方だな」と言うと護は斧を構えて
「こういう時は思い切って」ガンッと切り込みを入れる。
「あああ石が死んだ!」嘆くカルロス。
「待て!まだ戦いは終わっちゃいない!」
「何の戦いだ」
「ここをガンと切ったら活きるんじゃあぁぁぁ!」
叫びながらガンと斧を入れて、石柱を一気に切り倒す。
カルロスは驚いて「活きた」と呟く。
「フッ。流石は俺!」
空を見上げてカッコつける護を無視してカルロスは「次だ次!」と別の石柱へ走り始める。
「ちょい待ってー!」
慌てて護は切った鉱石柱を担ぐとカルロスを追い掛けて走る。
そこへ上から「おーい」とターさんが木箱を吊り下げて飛んで来る。
「そろそろ時間だよー」
カルロスは「あと一本!これはどうだ妖精!」と石柱を指差して妖精を見る。
「…(^^)…」
「お!ちょっと笑った!」
護は担いでいた石をターさんの木箱に入れると「それならアンタでも活かし切り、行ける!」
「私かっ!」
カルロスは黒石剣を構えるとカンカンと柱を削って活かし切りをする。石が輝く。
「ナーイス!」
「後は頼んだぞ青い髪!」
「任せとけ金髪!」
護は気合を入れると白石斧でガンと鉱石柱を切る。
「上手く切れた、流石は俺!」
「何がだ!」
護は石を担いで木箱に入れる。
「じゃあ二人とも木箱に乗って。急がないと」
ターさんに言われてカルロスと護は木箱に乗る。
「もー。今日はこれからカルナギさんの採掘船に行って、夕方から街に行くのに。君達が遊んでるから昼飯食べるヒマがなくなったじゃないかー」
そう言いながら木箱を吊り下げて飛び始める。
護はカルロスを指差して「この人が探知しまくるから」
カルロスは護を指差して「コイツが切りまくるから」
思わず苦笑したターさんは「ホントどっちも元気になっちゃって……」と呟き「君達そこで昼飯食っちゃえ。俺は船に着いたら食べる」
「ほい」と返事した護が巾着袋を手に取り、中から色々なサンドイッチが入った大きな弁当箱と、青色と黄色の水筒を取り出して黄色い方をカルロスに渡す。護とカルロスは昼飯を食べ始める。ターさんはそれを見て
「うぅ。お腹がすいたぁ!こんな時は飛べない奴が羨ましい」
護が「スマンよターさん」と言うと
「ねぇねぇ君達、そのうち船、買おうよ。小型船。そしたら俺もラクだしさ。君達も自由に移動できるじゃん」
護とカルロスはちょっとビックリしたようにターさんを見る。
「船……」護が呟く。
カルロスも「確かに船は必須だな。しかし」
「人工種が個人船を持っていいのかな」護がカルロスを見る。
「ここは有翼種の世界だ」
「でも船って高いけどね。小型船でも相当なお値段」ターさんはそう言って溜息をつく。
護はハムとタマゴのサンドイッチを食べながら
「船かぁ。でもさ、俺は船よりも、自分の家、持ちたいなぁ」
思わずカルロスが「ほぉ」と驚くと「人工種で持ち家ってのは、かなり高いハードルだが」
「ターさんの家の近くに自分の家、建てたい」
「すると向こうにはもう戻らないのか?」
「アンタは戻るのか?」
「……ワカラン」
ターさんが「まぁ、船にしても家にしても、資金が必要なんだけど」と言うと
護が「そうなんだよ」と大きな溜息をつき「向こうに俺の貯金あるんだけどなぁ。今まで一生懸命働いて貯めた金がぁ……向こうに戻る気はないけど貯金を手放すのはチト惜しい」と言って青い水筒のお茶を飲む。
「確かにな」カルロスも黄色い水筒のお茶を飲む。
護はカルロスを指差し「アンタ、相当な貯金ありそうだな」
「何の事かな」
「だってアンタ、天下のオブシディアンの採掘監督だったやん」
カルロスは弁当箱からイチゴジャムのサンドイッチを手に取ると
「監督は1年半だが基本的に黒船勤続13年、採掘師になって今年で25年目」
「おおー」
「だけど仮に貯金を持ってきたとしても、人間側の金はここでは使えないからなぁ」そう言ってサンドイッチをモグモグと食べる。
護は「何とか有翼種側の金と交換できませんかね」とターさんを見る。
「難しいねぇ」
カルロスも「交流無いしな。仕方が無いのでここで地道に稼ごう」と言いお茶を飲み「そろそろ到着か。昼の片づけをしよう」とサンドイッチの弁当箱の蓋を手に取る。
「見えて来た。アレだよ、採掘船ブルートパーズ」
護が遠方の空を指差す。カルロスはそれを見て驚いて「あれが、有翼種の採掘船?」
「俺達の船とは全然違うよな」
「うん。似たような名前の奴はいるのに形は全然違う」
「だからブルーって略しちゃダメだ、ブルーアゲートを思い出す……」
ターさんは船の上空に到着すると、乗員たちの指示通りに木箱を甲板に降ろす。
護は斧を持って木箱から出るなり甲板に居る皆に「こんにちは!お久しぶりです!」と元気よく挨拶をする。
「やぁ人工種」
一人の屈強な男性有翼種が、護の背後のカルロスを見て「一人増えた奴って、アンタか」
ターさんが「そう。彼が護君を探してイェソドまで来ちゃった人工種だよ」と言い、カルロスに「この人はトゥインタさん」と男性有翼種を紹介する。「凄い怪力なんだけど、風使いでもある」と言いかけたその時。
「ター!お前また困ったモンを連れて来ちまって!」
大声が響いてリーダーのカルナギが飛んで来る。
「俺が連れてきた訳じゃなーい!」
カルロスはバッと前に進み出て「私が自らここに来ました」と言うとカルナギの前に背筋をピンと伸ばして立つ。
「初めまして。人工種のカルロスと申します」
「ここはそんなに簡単に来れる場所じゃないんだけどなぁ。なぜ来たんだ?」
「どうしても、行きたかったので」
カルナギは問い詰めるように「なんで」と聞く。カルロスは必死に考えながら、ゆっくりと
「護を、探していた時に、ここを探知しまして。……行けば二度と戻れないと分かっていながら飛び出してきました」
カルナギは両手を腰に当てて、じっとカルロスを見る。
その沈黙に耐えられなくなったカルロスは、「宜しくお願いします!」と頭を下げる。
「俺はハッキリ言わない奴は嫌いなんだよ!」強い口調でカルナギが言う。
「お前、護の仲間の採掘師らしいが、仕事が嫌で逃げて来たのかそれとも、人間が嫌で逃げて来たのか、どっちなんだ」
頭を下げたまま、思わず唇を噛むカルロス。絞り出すように「……それ、は」と言い暫し黙ると、意を決したように上体を起こして真っ直ぐカルナギを見る。
「どっちもです」
「ほぉ」
「あそこで、延々といつまでもイェソド鉱石ばかり探知するのも、人間の言いなりになるのも、嫌だと思いました」
「正直、迷惑なんだよなぁ。嫌だからって、こっちに逃げて来られても」
カルロスは語気を強め「死ぬ気で逃げないとここには辿り着けません。それだけの気概のある奴が一体何人いるのか」と吐き捨てるように言い「コイツはたまたま流されてここに辿り着いたらしいけれども」と護を指差す。
護はチョコッと怒って「仕方ないやん!」
カルナギは腕組みして「ふーん」と言うと「まぁ分かった。じゃあ……あ、待て」と言い、木箱の中のケテル石を見て「これ、お前らが採ったのか」
護が「うん」と頷き「この人と二人で採った」とカルロスを指差す。
カルナギは「前よりちょっとマシになった」と言い、一同に「じゃあ皆、出発だ!」
動き出した船は、すぐ近くの死然雲海の中へ突っ込んでいく。
「探知の人工種はドゥリーの仕事を良く見とけ!」
カルナギが叫ぶとドゥリーが黒石剣を担いでカルロスの隣に来る。
「ドゥリーでーす。よろしっくぅ!」至極楽し気に挨拶するドゥリーに、カルロスも自分の黒石剣を手に挨拶する。
「よろしくお願いします」
護はカルナギに「俺、手伝ってもいい?」と聞く。
「モノによる。ちょい待て」
ドゥリーは探知をかけて「あった。この辺り」と黒石剣で方向を指し示すと「これは一本採りだー。そこそこの奴だから、護も助っ人出来る」
「じゃあ護は根元を切る。切り所は任せる」
「了解です!」
飛び上がって船の前に出たドゥリーは、飛びながら「行きます!」と叫んで黒石剣を斜めに振り下ろす。
すると物凄いエネルギーが放散されて雲海が切り拓かれ、斜め前方に巨大なケテル鉱石柱が現れる。
驚いて目を丸くしたカルロスに、護は「行ってきまーす」と声を掛け、タタッと走って船から落ちる。
思わず「はぅ?!」と声を発して更に目を丸くするカルロス。
その間に有翼種達は活かし切りをして鉱石柱を少し切り刻み、石を輝かせる。
「あとは人工種次第だ!」
カルナギがピィーと笛を吹く。
地面に着地し待機していた護は、狙いを定めて鉱石柱の根元にガンッと斧の刃を入れ一気に切り抜く。
鉱石柱が眩く輝き、カルナギ達は柱を支えつつ倒すように一本まるごと船に載せる。
唖然としてボーッと作業を見ていたカルロスの所にドゥリーが戻ってくる。
「こんな感じ」
「……ほー……」
護もターさんに抱えられて、船の上に戻って来る。
ドゥリーがそれを見て「人工種は落ちると拾い上げなきゃならないのが面倒」と言うとターさんも
「そこがネックなんだよねぇ」
「ただ護レベルの怪力は、有翼種では珍しい」
「うん、この柱を一気に切れるんだもんな」
ドゥリーはカルロスの方を向く。
「貴方はまず、その黒石剣で雲海切りできるようになる事から」
驚いて思わず「へ?」と声を漏らしたカルロスは、「ど、どうやって」と自分の黒石剣を見る。
「石を切るのと同じ要領で、切る事を意識する。で、探知しながら正確な位置を切れるようになればまぁ合格。さらに他の人と同調探知できるようになると」
「えっ、同調探知?」目をパチクリさせて聞く。
「うん。同じ対象物を一緒に探す。何人かの探知エネルギーを一点に集めて、皆で一気に雲海切りする」
「はぁ。そんな事が……」
「それが出来るとアチコチの採掘船からお呼びがかかる」
あまりにカルロスが頭にハテナマークを浮かべるので、ドゥリーは苦笑して話を止める。
ターさんも笑って「まぁゆっくり行こう!」
そこへカルナギの「そろそろいいかな。次行くぞー!」という声。
ドゥリーは「ほい!次の探知するぅ!」と返事をし、ターさんはカルロスに大きな声で
「じゃあカルロスさんは、落ちる練習しよう!」
するとなぜか甲板にいる有翼種達から拍手が起こる。
護は満面の笑みでカルロスの腕を掴み「さぁこっちにおいで!」
もはや状況が理解不能なカルロスは「え。ちょっ!何……」と呟きつつ護に引っ張られて船の縁へ。
ターさんは下を指差し「ここから落ちるんだ!」
カルロスはなぜか冷静な口調で「しかしですね、下が雲で、全く視界が」そこへ護が
「落としたろか」
カルロス激怒「ふざけんな!」
ターさんが笑いながら「大丈夫だから、落ちよう!」
護はカルロスの身体を押そうと手を伸ばす。
「待て押すなバカ!」必死に縁にしがみつくカルロス。
「覚悟はいいかな!」
「待て!船から落ちるのは慣れているが、この高さは流石に」
「一緒に落ちてあげようか!」
「この高さは!初め……っ」
その瞬間、護がガッとカルロスを抱き抱えて船から飛び降りる。
「アホーーーーーー!」
カルロスの絶叫が響き渡る。有翼種達が大爆笑する。
ターさんは落ちる二人を追いかけて落下しながら「やれやれ」と笑う。
地面近くで浮き石を使って減速した護は、カルロスと共にふわりと着地。
カルロスは思わずその場にぺたんと正座してしまう。
「……もぅ、この馬鹿力め!ビックリしただろうが!」
「上に上がるから、立って。カルロスさん」
渋々カルロスが立ち上がると、護はカルロスを背後から抱き抱える。
その護をさらに背後から抱いて飛び上がるターさん。
それを見てドゥリー達が「面白い光景だ!」と手を叩いて爆笑。
滅茶苦茶不機嫌そうな顔のカルロスは、甲板に戻ると、護に「今度は一人で落ちる!」
「黒石剣を構えなきゃダメだよー」
「はぁ?」
「空中で態勢を整えてさぁ、雲海切りできるようにならないと!」
「……」何か言い返そうとして護を睨んだカルロスは、ヤケクソ気味に「とりあえず落ちる!」と言い、息を整え思い切って、エイッと船から飛び降りる。
落下するカルロスに、ターさんが飛びながら「態勢、態勢!」
涙目になりつつ必死に態勢を整えようとするカルロス。護が船の上から応援する。
「がーんーばーれー!」
練習を重ねる内にカルロスは上手く落下出来るようになり、
ターさんに指導を任せて護は採掘の手伝いへ行く。
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