第9章02 本心

 アンバーで黒船と通信中のカルロスは、暫し黙ってから、はぁと深い溜息をついて項垂れると、受話器を口元から少し離して「こんな所で何を話せと……」と顔を顰めて小さく呟き、船長席の剣菱と、隣に居る護に背を向け、意を決したようにポツリポツリと話し出す。


「……昔、俺は採掘が嫌だった。人工種の自分が嫌だった。何で人間の為に、製造師の望む事をしなきゃならんのかと思っていた。勝手に期待ばかりして、望んだ成果が出なければ勝手に失望する。俺は自分を作った周防を憎み、殺してやりたいと思っていた。そんな俺に……」そこで大きく息を吸うと、受話器を強く握り締めて「だったら他人が望む生き方ではなく自分の望む生き方をすればいいと言った、馬鹿がいる。採掘船の人間共だ。……それは、人間だから出来る事であり、人工種の俺には望むべくもない。それに、採掘の為に作られた人工種が、それを捨てて他にどうやって生きればいいのか、生き方がわからない。誰も教えてはくれない。それどころか」一旦言葉を切ってから、声を大に叫ぶ。

「周囲は疑問も抱かず素直に採掘する奴ばかり! なぜ素直に、なぜ人間の望むままに生きられるのか俺にはわからん。それで幸せそうに生きてて、採掘が嫌だと苦しむ俺を、軽蔑する奴らが、本当に、憎かった……」

 激しく荒い、大きな溜息をつく。少し息を整えてから「それでも俺には探知しか無く。人間に捨てられないように、役に立つ人工種で居ようと、ただその恐怖だけで働き続けて、でも黒船の採掘監督になった時、……もっと言えば、上総が来た時に自分はもう終わったと思った。自分はもう捨てられるのかと……。あとは後継機を育てて自分は退くだけだと。どれだけ頑張っても、どれだけ成果や地位を得ても、避けられない世代交代。もはや自分には何の未来も希望も無く、そんな時に、コイツが、護が!」大声で叫び、暫し黙る。

「……あの時、俺が探知したのは、まるで子供のように無邪気で楽しそうな護のエネルギー。人間からも人工種からも離れて、未知の存在と共にいる、自由な護が羨ましい! だから、……飛び出した。……これでいいか!」


 黒船で、ブリッジのスピーカーから聞こえて来るカルロスの言葉を聞いた上総は、涙を零しつつ、受話器に向かって「う、うん」と返事する。

 (信じられない。あのカルロスさんが、そんな事を思ってたなんて。俺が来た事で、そんなに苦しんでいたなんて……)

 駿河も辛そうな顔で目を伏せる。

 (そんな深い苦しみを抱えていたとは。全く気付けなかった……)

 総司も、そしてジェッソも内心密かに溜息をつく。

 (やはり、そうだったか……。黒船に居ても未来は無い。人間の為に働くだけ……。あの人は逃げる事が出来た、しかし我々には……)

 自分にはカルロス程の能力は無い、管理から逃げるのは無理だ……という諦めと劣等感に近い悲しみが総司とジェッソの心を突き刺す。

 総司は少し俯き、密かに奥歯を噛み締めて、壮絶な悔しさと爆裂的な嫉妬に耐える。

 (……俺も、飛び出したいのに……)

 カルロスは『では』と言って通信を終えようとしたが、ふと『あっ、……そうだ。一つ、駿河に、言いたい事が……』と少し躊躇いがちに言い、暫し黙る。

 上総は駿河に受話器を返す。

 駿河は受話器を持ちながら、何を責められるのだろうかと、カルロスの非難の言葉を覚悟して待つ。

 少しして、カルロスが思い切ったように言う。

『……駿河、貴方が船長で、良かった』

「えっ」

『もし、ティム船長だったなら、私は逃げられなかった。貴方が船長だったから、私は自由になれた。だから、本当に、感謝している』

「え……」

 信じがたい言葉に、やや唖然とする。

『だって、貴方は、逃がしたかったんだろ? ……その為にずっと船長を続けている』

 バッ、と目を見開く駿河。衝撃が全身を貫く。

 ジェッソも総司も驚いて船長席を見る。

 (んな馬鹿な)

 やがて駿河の大きく見開かれた目から、ポロリと涙が零れ落ちる。

 (えっ。泣い……てる?)

 ジェッソと総司、そして上総が驚きながら見つめる中、駿河は呆然と宙を見つめて掠れ声で呟く。

「なぜ、……貴方が、それを……」そこでこみ上げる感情を必死に抑え、呻くように喉から絞り出す。

「……でも、……貴方が自由になるのか、それとも、倒れるのか、それが恐くて……」

 涙を堪え、震える声でポツリと呟く。

「……ずっと、辛かった」

『……すまん』

 駿河は少し、微笑んで

「でも、死ぬ覚悟で逃亡したから大丈夫だと信じていました」

『……お蔭で護の所に辿り着けた』

「よかった」

 大粒の涙を零して満面の笑みを浮かべる駿河。

 ジェッソも総司も上総も、信じられない面持ちで駿河を見つめる。

 (よかっ、た……?!)

『では、このへんで』

 駿河は慌てて「ありがとうカルロスさん」と言い、泣き笑いしつつ「俺は、貴方が船を持つ事を全力で応援します。いつか、貴方の船と黒船とアンバーで、皆で有翼種の所へ行きましょう!」

 驚いたカルロスは戸惑ったように『……う、うん。では、これで』と言い、そこでプツッと通信が切れる。

 受話器を置いた駿河はズボンの後ろポケットからハンカチを出して照れ臭そうに涙を拭う。

「ちょっと、取り乱してしまった」

 そんな駿河を見ながら総司は考える。

 (もしかして、この人は管理からの干渉を最小限に食い止める為に一人、黒船に残ったと……?)

 それを代弁するように上総が駿河に問う。

「管理の味方じゃなかったんですか」

「うんまぁ」

 駿河は若干投げやりに答えて「傀儡ではあるけどね……」と寂し気に微笑む。

 瞬間、総司とジェッソに同じ理解が起こり、ガンと頭を殴られたようなショックを受ける。

 (つまり、反抗したいけど反抗すれば降ろされるから我慢していた……!)

 二人は目を見開き呆然と駿河を見つめながら、全く同じ事を思う。


 確かに、この、何の実績も無い新米船長では耐えるしかない。

 むしろ我々が声を上げるべきだった、カルロスさんのように!

 そうか、そうだ。真の自由、真の自己意志とは、人に言われて成すもんじゃない。

 自分が声を上げねば……。

 この人がそれを望んでいたなんて! まさかこんなすぐ近くに希望があったとは!


 (なんてこった……。嘘だろ……?)

 総司の目頭が熱くなる。

 (俺達が、勝手に諦めていただけなんて)

 ジェッソも少し目を潤ませつつ、駿河に近寄り、微笑む。

「いや謎が解けましたよ駿河船長」

 続けて総司が駿河を指差し「……この人、伊達に7年も黒船に乗って無かったんだなぁ……」

 ジェッソはウンと頷いて「あの言葉は嘘じゃなかったんだなぁ」と感慨深げに呟く。

 駿河が「あの言葉?」と怪訝そうにジェッソを見る。

「大好きな人工種の役に立ちたいと」

 途端に真っ赤になった駿河は大慌てで「あれはな、あの頃は俺も駆け出しの操縦士で」その先を遮るようにジェッソは上総に向かって語る。

「上総、船長は子供の頃、テレビで採掘船の番組見て人工種ってカッコイイと思って採掘船の操縦士を目指したらしい。人工種が大好きで、皆の為なら」

「とにかく!!」

 大声でジェッソの話を遮った駿河は「アンバーのサポートをしたいんだがベテラン船長の剣菱さんと違って俺は新米傀儡船長ですので管理の言う事を聞かないとブッ飛ばされる」と一気に言い、ハァと溜息をついて「もういい。例え管理にクビにされても自分が本当にやりたい事をしよう……」と肩を落とす。

 すると操縦席からハハハという総司の笑い声。

「クビになんてさせませんよ、人工種をこんなに愛してくれてる人を」

「愛って何だ!」

 ジェッソが「まぁまぁ」と駿河をなだめて「貴方は表向きは傀儡ですが、実の所、防波堤。一人で耐えるのはもう疲れたでしょう」

 駿河の肩にポンと手を置き、微笑みながら、力強く言う。

「大丈夫。ここからは、一人じゃありません」

「……」

 駿河は照れ臭そうに下を向く。