第9章03

 管理の船はSSFの屋上に着陸し、タラップから一同が降りて来る。

「おおーSSFだ!カルさんの実家だ!」

 周囲を見回しながら嬉しそうに言う護。

 カルロスは嫌そうに「実家じゃない!私は周防がまだMFに居た頃に作られたんで!」

「そっか。アンタMF SUだもんな」

「まぁ定期メンテで若干ここには来るが」

「ってか今、製造師がここに居るなら実家では?」

 立ち止まったまま話していると、管理の男が「私語は慎むように!行くぞ!」と言い、屋上の出入り口へと歩き始める。二人は口を閉じて粛々と管理の男の後を追う。

 入り口から建物の中に入った一行は階段で一つ下の階に降りると、踊り場からその階の廊下へ進む。少し行くと廊下の途中の右側に、長椅子と小さなテーブルが置かれた四畳半ほどの広さの空間があり、二人はそこで待機するよう指示される。

 カルロスと護は長椅子に座り、それを監視するかのように二人の管理の男が少し離れて立つ。

 私語する雰囲気でも無いので黙って待っていると、少しして廊下の奥から受付の人工種の女性がやって来て「お待たせしましたメンテの方、こちらへー」と二人を呼ぶ。

「行って来い。我々はここで待つ」

 管理の男に促され、護とカルロスは立ち上がり、女性と共に廊下を歩き始める。

 女性は「お久しぶりです、カルロスさん。無事で、元気そうで何より」と小声で言うと、ニッコリ微笑む。

 カルロスは少し照れ臭げに「ど、……どうも……」と呟き、少し先に見える『更衣室』と書かれた右側のドアを指差して「あそこですよね。準備したらどこへ行けばいいですか」

「廊下で待ってるから、準備が出来たら声を掛けて下さい」それから護を見て「護さん、中で何か分からない事があったらカルロスさんに聞いて下さいね」

「はい」

 カルロスと護は更衣室のドアを開け、中に入る。入って右側にはロッカーが並び、左側には着替えの為の個室スペース、そして奥にはシャワールームがある。

 カルロスはロッカーを指差しつつ「お前は1、私は2を使おう。シャワー浴びて、ロッカーの中に入ってるメンテ用ガウンに着替える。バスタオルとかはシャワールームに行けば、どれ使ってどこに置くか分かる」

「ほい。あ、ちなみに……、シャワーの後、全部拭かなくていいよね?」

「全部拭く?って身体を?」

「いや、シャワールーム」

 思わずガクッとするカルロス。護は慌てて

「だってALFでは、というか十六夜一族は、いつもシャワー使ったら水気が無くなるまで全部拭くんだよ!」

 カルロスは苦笑しながら「別にやってもいいけど、今はカモミールさん……さっきの人を待たせてるから、それはしなくていい!」

「うんまぁALFでも、完璧に拭き上げる必要はないんだけどさ」

「とりあえずシャワーだ!」


 シャワーを浴びて、メンテ用ガウンに着替えた二人はスリッパを履いて廊下に出る。

「お待たせしました。準備できました」

 待機していたカモミールは二人を見て

「はい。じゃあ今日はこちらの部屋でメンテする事になりました」と更衣室の向かいの部屋のドアを開け、二人を中に入れるとカモミールは中に入らずドアを閉めて去る。

 病院の診察室のような部屋に、白衣を着た若い男が一人。

 男は二人に「遺伝子管理官の月宮と申します、宜しく」と挨拶し「メンテするからこっちへ」と部屋の奥に設置された『メンテナンスポッド』と呼ばれる大型機械の方へ歩いていく。

 カルロスが怪訝そうに「あれ。周防先生は?」と聞くと、月宮は事務的な口調で

「周防先生に貴方達のメンテをするように頼まれました」

 小声で「なんで」と呟くカルロスと同時に護が「メンテって管理の方もできるんですか?」

「管理も色々いるんです。俺は遺伝子管理官で製造師見習いなのでメンテできる」

「ほぉ。製造師見習い……」護はちょっと驚く。

 カルロスは溜息ついて「だったら別にMFでメンテしても良かったのに」と言いつつメンテナンスポッドの所へ。

 月宮はカルロスを見て「もしどうしても周防先生が良いというなら連れてきますが」

 護が「じゃあお願いし」と言いかけたのをカルロスが止める。

「いやいや」

「えー。俺、周防先生に会ってみたい」

「うるさい」

 月宮はメンテナンスポッドを指差して「どっちからメンテする?」

「カルさん、じゃんけんだ」護はじゃんけんのポーズを取り「せーの!」でじゃんけんする。

 ……カルロスちょき、護ぐー。

「お前からだ」カルロスは護を指差す。

「え、勝った方からなの?じゃあ俺から」

 月宮が「じゃんけんした意味って」と突っ込む。

「ですよねぇ」

 護はガウンを脱いで機材の脇に置かれた篭に入れると、メンテナンスポッドに入る。ポッドのドアが閉じられてタグリングにコードが繋がれると、ポッド内に人工羊水が満たされる。調整システムをチェックする月宮。

 メンテの様子を見ながら、カルロスはふと興味が湧いて月宮に聞いてみる。

「貴方はなぜ製造師になろうと思ったんです?」

 少し間を置いて「何となく」とだけ答えた月宮は、カルロスを見て「貴方はなぜ黒船から逃亡したんです?」

「何となく。……語ると長い」


 月宮は黙々と作業を進めて護のメンテが終わる。コードが外れて人工羊水が無くなり、カバーが開いて護がポッドから出て来ると「次、アンタだ」とカルロスに言いつつ篭からガウンを取って羽織る。

「うん」

 カルロスがメンテナンスポッドに入る。作業を始める月宮。

 護は何となく気になって、雑談的に「月宮さんは、何で製造師になろうと思ったんですか?」と言った途端。

 月宮がガクッとして苦笑し「さっき全く同じ事を聞かれた!」

「あら」

「何となくです。ちなみに俺が貴方達のメンテをする羽目になったのは、貴方のせいなんですよ」と護を指差す。

「俺?……カルさんじゃなくて?」

「うん。周防先生が貴方をメンテすると、十六夜先生に後から何か言われるかもと」

 護は「あぁー……そういう事でしたか……」と苦い顔をする。

「まぁ見習いの俺がメンテしても何か言われそうですけど。でも管理の俺がメンテすると、タグリングには何の問題も無いという確実な証明が出来る」

「えっ」

 それはどういう意味なのか、言葉の真意が掴めずに護は聞き返そうかと思ったが、相手が黙々と仕事をしているので黙って待つ事にした。

 暫くすると、メンテが終わってカルロスがポッドから出て来てガウンを羽織る。

 月宮は二人を見ながら「じゃあ着替えて、下の食堂へ行って下さい。そこで食事を取って待機です」と指示する。

「その後はどうなるんだろう」カルロスが聞くと

「多分SSFの簡易宿泊所に泊められると思いますよ。そこで朝まで尋問かな」

「なにぃ」

「冗談です。でも当分、自由にはならないでしょう。恐らくアンバーの乗員も採掘船本部で拘束の筈」

 カルロスは大きな溜息をついて

「仕方がない、ここで朝まで管理に『船を持たせろ』と騒ぐ事にしよう」

「船?」

 月宮が聞き返すと護が

「俺達、自分の船を持つ為に戻って来たんです」

 続いてカルロスも

「船を持って自由に採掘して自由に売る、つまり個人事業主になろうという」

「ええっ?!」と驚いた月宮は、若干大きな声で「本気で言ってるのか?」

「本気だから、わざわざ戻って来たんです!」カルロスも声を大にして言う。

「……どういう事なんですか」

 険しい表情で説明を求める月宮に、カルロスは強い口調で

「とにかく船が欲しいんです!その許可はどこに申請したらいいのか!」

「そんなの、無理っていうか」

「無理じゃない!」

 護も「どうしてもやりたい!」と叫ぶ。

 唖然とした表情で暫し黙った月宮は、「うーん……」と唸り腕組みをして悩むと

「まぁ人工種関連の全てを決定するのは霧島研だけど、……無理だと思うなぁ……」と頭を捻る。

「なぜ」

 カルロスが問うと月宮は呆れた顔で

「だってさ、状況的に、今、船が欲しいと言うのはまずいよ。阻止されるに決まっている。暫くは大人しくして、信用回復した所で」

 途端にカルロスが天を仰いで「もー、何だそれは!ああもうバカの集団か、管理は」と嘆く。

「カルさん落ち着け!」

 カルロスは拳を握って月宮に

「結局、何がどうでも阻止なんだろ?だったら直に直談判だ!我々は何がどうだろうと霧島研へ行って訴える!」

「そ、そんなに」

「当たり前だ!私がどんだけ苦労して向こうへ行き、そして戻って来た事か」

「俺はドンブラコだけどな!」

 カルロスは護を見て「貴様はどうでもいいー!」

 目を丸くして二人を見ていた月宮は、ボソッと「凄いな」と呟くと真剣な顔になり

「じゃあとにかく……、どうやったら船の所持を霧島研に認めさせる事ができるか考えよう」

 態度の急変に護は驚き「え?貴方、管理の人間じゃ」

「うん。でも」

 月宮は意味ありげな笑みを浮かべる。

「管理も色々なんですよ」



 夕暮れ時を迎えた採掘船本部の駐機場に、黒船と管理の船が並んで停まっている。

 アンバーは駐機場から少し離れた所にある整備用格納庫に入れられ、その船長室では剣菱が人工種管理の二人の男から『指導』を受けていた。

「……いいですか、船長。人工種を大切にしたい気持ちは分かりますが、あまり独断で行動されると困るのですよ。そもそも有翼種という未知の存在を易々と信用するなんて、危機管理意識が低すぎます。もしその有翼種がこちらに危害を加える様な存在だったら」

 剣菱は「いや」と相手の言を制するように右手を上げて「相手は護と共に居たのです。護が無事であるのに」その先は管理の男の言葉に掻き消される。

「人工種は懐柔されやすい。だから我々人間が守ってやらねば!」

「はぁ?」若干呆れた顔で管理の男を見ると、男は剣菱を指差して

「貴方は甘すぎるのです」

「……なら私を船から降ろせばいい」

「そんな簡単な問題ではない!」


 食堂ではマリア、穣、ネイビー、良太が事情聴取されている。

 ネイビーは疲れた顔で三人の管理達に訴える。

「ですから、有翼種が呼ぶ方向へ……。だって護さんが一緒に居たんですよ?」

 管理の男も辟易した顔で「何度も言うが」と念を押し

「仮に有翼種と出会ったとして、まずは管理に連絡すべきだったんだ」

「でも、別に危険な状態では無かったし……」

 内心どんどんイライラが募る。

 (ったくもうさっきから何回同じ話を……)

 管理の男は溜息をついて「何回も同じ事を言わせるな。基本的に、外地は危険な事になってるんだよ」

「……」

 ネイビーのみならず穣もマリアも良太も、目が点になって同じ事を思う。

 (ガチ平行線とは正にこの事……)

 穣は気を取り直して「しかしですね、船長が行こうと許可を」

 途端に管理が有無を言わさず

「仮に船長が行こうと言った場合でも、君達は船長を止めねばならない。人工種なのだから」

 穣は内心ガックリして(……勝てねぇ……。ってか勝負は止めた方がいい……)


 とある四人部屋の船室にはマゼンタ、オーキッド、悠斗、健、透が集められている。

 マゼンタは床に座り込み、オーキッドと悠斗、健と透は左右の二段ベッドの下段に向き合うように腰掛けていて、戸口には監視役の人工種管理の男が立っている。

 ふぁぁと大欠伸をしたオーキッドが眠そうな目で言う。

「これって監禁って言うんじゃないかなぁ」

 つられて隣の悠斗も欠伸をしてから「どっちかと言うと、軟禁だなぁ」

 マゼンタは管理の男におずおずと「あのぅ。お腹がすきました……」

「順番に食事を取らせるのでちょっと待て」

「ちなみにトイレも行きたいんですけど……」

 すかさず悠斗が「俺もです」

 管理は困った顔で「仕方がないな。順番に行こう」と言い、部屋のドアを少し開けて「まずは君から」とマゼンタを指差す。立ち上がるマゼンタ。管理の男に促されて部屋を出ると、廊下に待機していた別の男が付いて来る。

 マゼンタは驚いて「え。もしかして監視付き?」

「うん」

「それ管理しすぎなんじゃ」

「私語は慎むように!」

「へーい……」と言いつつ内心愚痴る。

 (もぅ、何なんだよこいつら……)



 SSFでは、少し早い夕飯を終えた護とカルロスが人工種管理官用の研究室に呼ばれ、そこで数人の管理と交渉をしていた。

 丸椅子に腰掛けた、管理達の上司らしき男が、立ったままのカルロスと護に向かって怒鳴る。

「船なんかダメに決まっているだろう!」

「なぜ」

 怒声に動じないカルロスに、男は額に手を当てて、はぁと溜息をつく。

「いいか。船を持つには航空船舶免許が必要でな。人工種は一等操縦士つまり副長までなんだ。船長になる為の免許は取れない」

 護が反論する。

「採掘船の船長になりたいんじゃありません。小型個人船で」

「それでも船長はダメ」

 思わず護は「むぅ?」と首を傾げる。カルロスは男の目を見て

「とにかく我々は小型船が欲しいのです」

「……一人乗りの個人船なら人工種でも持てるぞ」

 護は「それって買い物とかに使う『ミニ船』ですよね」と言い「あれでイェソド行ったら凄いな」

 カルロスが言う。

「私なんぞ徒歩で行ったぞ」

「でも『ミニ船』、ターさんの木箱より積載量ないじゃん!」

「むしろターさんの木箱で『ミニ船』が運べるという」そこでカルロスは再び管理の男を見ると「とにかく我々は小型船が、欲しいのです」

「ダメなものはダメ」

「貴方じゃ話になりません。後日、霧島研に直接出向いて話をする事にします」

「やめとけ。どうせ無理だ」

「なぜ」

 管理の男はめんどくさそうに「門前払いで終わりだよ。それに君達は当面、移動を制限されるから」

 護が「なんですと」と驚きの声を発する。男は呆れた顔で

「当たり前だろう。黒船から逃亡するような奴を自由にしておく訳が無い」

「俺は事故ってドンブラコなんですが!」

 カルロスは冷静な顔で男に問う。

「ちなみに私は今後どうなるのでしょうか」

「ん。まぁ恐らくこのままSSFで働かせるか、または我々と共に管理の船で」

「か、管理の船?!」

 途端に動揺するカルロス。護はなぜか淡々と

「カルさんの探知は凄いから管理の船に乗せたら便利だと思いますよ」

「他人事だと思って!」

「他人事ですもん」

 護が言葉を返したその時、突然カルロスが苦し気に「う……」と首を抑える。

「どしたん」

「なんか、首が……」と言いゴホッと咳をして「コレが苦しい」

 護は驚いて「えっ、マジで?」

 カルロスは「うう」とその場にしゃがみ込む。

「ちょ、アンタ」慌てた護は管理の男に「この人、なんか変なんですけど!」

 男は怪訝そうに「……さっきメンテした筈なんだが」

「でも製造師じゃなく管理の人が、メンテしたからダメなのかも」

 そう言われて管理の男は若干ムッとした顔で「月宮は優秀な奴だ」

 護はカルロスを気遣いつつ「じゃあ管理の船に乗せられるってのがショックだったのかな」

 カルロスは苦し気に「そんな、事は」と呟く。

「とりあえずカルさん、周防先生にメンテしてもらった方が!」

「それ、だけは、断る!」

 護は真剣な顔で管理の男に懇願する。

「お願いです周防先生に」

 それを阻止しようとカルロスが「嫌だ!」と叫ぶ。

「ワガママ言うなー!」

「嫌なモンは嫌だ!」

 管理の男は疲れたようにふぅ、と溜息をつき、立ち上がる。

「……仕方がない。ちょっと周防にメンテさせてみるか……」