第15章03 親族会議

 ターさんの家の中で茶飲み話に花が咲いていた頃、家の前の庭では、アンバーのメンバー達が『妖精捕獲大作戦』を繰り広げていた。単にポンポン跳ねて逃げる妖精を捕まえるだけの遊びである。

「アッ、ちくしょー逃げられた!」

 オリオンの手をすり抜けてポーンと上に跳ねる丸い妖精。そこへサッとマリアの手が来るが、妖精はその手を素早くすり抜けてマリアの頭に一旦着地し、弾みをつけて更に高くジャンプ! その着地点に悠斗が現れ丸い妖精を掴もうとした瞬間、下からゴツゴツ妖精がポーンと跳ね上がって悠斗のアゴにキック!

「いって!」

 アゴにキックして地面に着地したゴツゴツ妖精をオーキッドが狙うが妖精は突然ジャンプしてオーキッドの顔面に頭突きする。

「!」

 悠斗が「暴れん坊め!」と言いつつ、トコトコ逃げるゴツゴツ妖精にバッと覆い被さり捕まえようとするが、サッと逃げられて地面に手をつく。逃げる妖精の横から健が「うりゃ!」と両手を出し掴もうとするが、相手はスルリとすり抜け、ポンとジャンプした所にタイミング良くマゼンタと鉢合わせる。

「おっ!」

 慌てる妖精をマゼンタが両腕でギュッと抱き締めて抑え込んで「捕らえたぞ!」そのマゼンタの頭に丸い妖精がキックをぶちかます。

「いって! ゴツゴツ捕まえたから勝負ついたのにー!」

 そんなアンバーのメンバー達を、黒船のレンブラントとオーカー、そして大和の三人が、庭石や作業小屋から持ってきた小さな木箱に腰掛けて、石茶を飲みつつ眺めている。笑いながらレンブラントが言う。

「元気だねぇアンバーズ」

 マゼンタが「だってヒマだし元気だし!」と言い、悠斗も「アンバーズは元気が取り柄!」

 レンブラントは石茶を飲むと「しかしこの感じさ、なんかこう……人間で言う、親戚の家に遊びに来たって感じがするな」と言い、自分の横のテーブル代わりの木箱に置かれた、缶の蓋に盛った個包装のチョコクッキーを一つ摘まむ。

 マリアがパンと手を叩いて「それ分かる!」と言い「テレビの番組でたまに見る、親族が皆で集まって、何かの行事をする、みたいな」

「そう。そんな感じ」

 言いながら包み紙から出したチョコクッキーをパクリと口に入れる。

「これしっとりしてて、チョコが濃厚で美味いな」

 石茶を飲むレンブラントに、マゼンタが微妙な顔で「カナンさんって親族?」と聞く。

 悠斗が言う。

「まぁ周防一族にとっては親族だけど、なんか人工種全体の親族、叔父さん……みたいな感じがする」

 それからテーブル代わりの木箱の所に来て自分の石茶を手に取って一口飲むと

「確かに雰囲気的には、親戚の家に親族が集まった、っていう感じだ」

「だろ?」

 レンブラントは悠斗を見て「んで家の中では大人達が大人の会話をしてて、庭では子供達が遊んでるっていう構図が正に」

「待った!」とマゼンタが話を遮り「つまりアンバーズは子供って事?」

「……子供も居るけど、子供と遊んでくれるお兄さん、お姉さんも居るっていう」

「え。誰が子供?」

「さぁ誰だろう?」

 レンブラントは首を傾げると、悠斗に言う。

「しかしこの後、ケテルに行くとか言ってたけど、人工種は管理の許可か、許可を得た人間と一緒じゃないと旅行に行けないからさ、こういうのはありがたいねぇ」

「ありがたいねぇ。見知らぬ街を見に行けるのは」

 マゼンタはちょっとむくれて「スルーされたし!」

 そこへマリアが「あっ、何か来るよ」とイェソド山の方を指差して言う。

「さっき一隻飛んで行った有翼種の船が戻って来たみたい」

 遠方の空に見える点のような船影が、どんどん大きくなる。

「じゃあ家の中の人に知らせよう」とレンブラントが立ち上がるとマリアが「待って、カルロスさんもう気づいてる」と言い、レンブラントは「あぁ」と再び庭石に腰掛ける。

 少しして、山からやって来た警備船は、家の横の生垣の傍で待機していたもう一隻の警備船の隣に着陸する。


 家の中では、微かなエンジン音にターさんが気づいて「おや。身分証明できたかな」と呟く。

 駿河も「あ、エンジンの音。船、戻ってきましたね」と言い、カルロスが頷いて言う。

「そろそろ有翼種の方々が来ますよ」

 護がソファから立ち上がって玄関の方へ。キッチンとリビングそして玄関までは、必要に応じて可動式の壁で区切る事が出来るが、今は全て開け放って一つの部屋になっているので皆、玄関を見る事が出来る。

 やがて外が若干騒がしくなると、玄関にマリアが来て室内に向かって叫ぶ。

「皆さん、有翼種の方が来ました!」

 入れ替わりに、大き目の封筒を手に持ち、ショルダーバッグを肩から斜めに掛けたレトラが入って来る。

 カルロスが玄関に行こうとすると、上総が「あっ、俺が行きます」と立ち上がって玄関へ。

 それを見てカルロスも駿河達も内心ちょっと驚く。

 (……ほぉ。上総も変わったな……)

 レトラは「歓談中失礼します。黒船の方の身分証明をお持ちしました」と封筒を一つ差し出す。

 上総が「ありがとうございます」とその封筒を受け取る。

「それと、こちらを読んで頂き意見や要望があれば」

 手に持ったままのもう一つの封筒からA4サイズの紙を出して

「有翼種が人工種と和解するにあたっての条件です。基本的にはこれに同意頂きたいのですが、若干の変更は可能ですので皆さんで協議して下さい」と上総に5枚の紙を渡す。

 上総は穣に1枚渡し、ジェッソ、駿河、カルロス、周防にも1枚ずつ渡す。

 穣はそれを読みながら「おぉ、雲海で指定の石を採ってきたらケセドの街の石屋で取引できるって、ありがてぇ!」と言い、護は穣の横からその紙を見て「でもケテル石だけは人工種だけで勝手に採っちゃイカンって書いてる」

 カルロスが言う。

「勝手にガンガン採って人間側の世界で売るなって事だろ」

「そうです」レトラが頷いて「採る場合には必ず、有翼種の石屋が認める採掘師と一緒に採る。その分は人間側の世界で売っても構いません」

 そこへ周防が手を挙げてレトラに尋ねる。

「あの、有翼種・人工有翼種・人工ヒト種・人間の遺伝子の、研究目的の為の情報共有、というのを追加したいのですが」

「なるほど」

 レトラはバッグから出したタブレット端末にメモする。周防は続けて

「有翼種側に、人工種についての研究をしている方がもし居れば、お会いしたい」

「ではそれも伝えておきます」

 カナンがうーん、と唸って呟く。

「人工種の研究をする人、今は殆どいないねぇ……。でも、これから交流が始まると、興味持って研究する人が出て来るかもしれない」

 周防は「じゃあその時には協力を惜しみません。とりあえずターメリックさん」と言ってターさんを見る。

「はい?」

「私がイェソドから帰る前に、ちょっとだけ採血させて頂けませんか。実は採血する道具を持ってきたので」

 その言葉に一同ちょっと目を丸くする。

 ターさんも若干驚きつつ「い、いいですよ。はい」

 メリッサが呆れ顔で「いきなり血を採らせろって言う人、初めて見た」と言い、昴もウンと頷く。

 カルロスが「なんて用意周到な」と言った所で周防が「いやカナンの血を……あっ」とカナンを見る。

「カナンも宜しくお願いします」

 カナンは笑って「あいよ」

 レトラが「他に何かありませんか」と一同を見回す。

 穣が「俺は特に無し」と言いジェッソも「これでいいと思う」

 駿河は「あの、これって今後、状況の変化によって追記や修正できるんでしょうか?」とレトラに問う。

「勿論。今後、様々な事が起こって来るでしょうから。その都度見直していくという事で」

「そうですか。ありがたい……どこぞの管理に見習わせたい……」

 カルロスが「ならこれでオッケーでいいかな?」と皆を見回す。

「うん」

 一同、頷く。

 レトラは「ではその紙は回収します。あと」と言い、後ろに待機していた警備の有翼種から両手ほどの大きさの布袋を受け取ると、駿河を呼ぶ。

「駿河さん、ちょっとこちらへ」

「はい」

 返事をして立ち上がり、レトラの元へ。

 レトラは布袋から透明な液体の入った瓶を出して駿河に見せる。

「ケテルはイェソドエネルギーが強いので、これを首と手足に塗って下さい。それからこの袋の中に入っている中和石の腕輪を、両腕に着けて下さいね」

 言いながら瓶を袋の中に入れ、袋ごと駿河に渡す。

 駿河は受け取った布袋の中を見ながら「何ですかこの液体は」

「まぁ、言わばエネルギー的な酔い止めです」

「酔い止め?」

「はい。有翼種の子供がよく使う奴を、人間用にちょっと強くしました」

「はぁ」

 駿河がレトラを見て首を傾げると、そのやり取りを聞いていたカナンが口を挟む。

「イェソド山は上と下でエネルギーが違うから、麓の街で生まれた子が突然、上の方の街に行くと、慣れてないから酔っちゃうんだ。そんな時にそれを使う」

「なるほど……?」

 レトラは警備の有翼種から布袋を新たに三つ受け取って

「これはアンバーに乗っている人間の分ですが……誰に渡せば」

 護がサッと両手を差し出し「俺に」と言って、それを受け取る。

「あとは」レトラは一旦黙ると、皆を見回しつつ

「ケテルでは船から全員降りて、各船の人間代表と人工種代表に合意書にサインして頂きますので代表を決めて下さい」

 すぐに穣が「やっぱ人間代表は船長二人でしょう!」と言い、全員が「うん」「そうだな」等と言いつつ頷く。

「人工種は、護とカルさんって事で」

「んでも……」

 護が微妙な顔をして「今回は、カナンさんと周防先生の方がいいんでは?」

 カナンは「我々の役目はケテルに行く所までだ。なぁ?」と周防を見る。

「うん。そろそろ隠居するから後は頼む」

 カルロスが「するとSSFは紫剣さんの天下だな」と言い、昴が「やったぁ」と小さくバンザイ。

「それは困る」周防、苦笑い。

 ジェッソが言う。

「まぁ人工種代表は小型船コンビで」

 穣も「やっぱ護とカルだな」と言い、護は「決まりました」とレトラを見る。

「では約40分後にケテルに向かって出発しますので準備して下さい」