最終話 旅立ち

 二週間後。

 ジャスパー採掘船本部に程近い場所にある、月極の立体駐機場ビルの一画に、黒船やアンバーの半分程の大きさの白い船、カルセドニーが停まっている。元は一般的な貨物船だが、内部に船室やキッチンを作ったり、採掘船として必要な装備を入れたり、色々とカスタマイズして採掘船本部にイェソド鉱石を採る船として登録したので正規の『採掘船』となっている。

 黒船のブリッジより遥かに狭い、操縦席以外には壁際に収納できる補助席が二つあるだけの小さなブリッジでは、駿河が楽し気に計器をチェックしている。船外ではカルロスが、船体の少し先にある発着口の安全柵の前に立ち、外の景色を眺めている。

 そこへカルセドニーのブリッジの少し後ろにある船体側面の搭乗口から護が出て来ると、カルロスの方に歩きながら「やっとイェソドに行けるなー!」と嬉しそうな声を発する。

 カルロスはちょっと護の方に振り向き

「……この二週間、忙しかったな。何だかんだ手続きしたり準備したりで。船持つって大変だ……」と少し溜息をつく。

「ターさん待ってる! 早くターさんにこの船を見せたい! あと積み荷のマルクト石も!」

 元気な護にカルロスは苦笑しながら

「アンバーが採って来たマルクト石だけどな……」

「しゃーない。俺達マルクトまで採りに行くヒマ無かったし!」

「まぁな。……イェソドに行ったらまずターさんに挨拶して、ケセドの街に行ってマルクト石を売って、それからイェソド鉱石の採掘して、ジャスパーに戻って鉱石降ろして、マルクト石の採掘に行って、またイェソドへ……忙しいなぁ」

 護は「忙しいねぇ!」と笑顔でニコニコ。

 カルロスは「まぁ最初は様子見でゆっくりやろう。何はともあれアッチとコッチを繋ぐ採掘の始まりだ」と言い、拳を握って「……私は石茶さえあれば頑張れる!」と気合を入れる。

「アンタやっぱり石茶屋やろうよ」

「お前の家が出来たらな。いつ出来るのか知らんが」

「いつかできる!」

 その返答にカルロスはちょっと苦笑しつつ

「まぁ人生何がどうなるやらだしなぁ。1年前の自分は、まさか自分が船を持つなど考えもしなかった」

「俺も1年前は自分が川に落ちて流されるとか全然思ってなかったよ!」

 思わず笑ってしまうカルロス。

「当たり前だ! ってか落ちないように気を付けろ!」

 笑いを収めてフゥと息を吐くと、カルロスは、やや感慨深げに

「しかし思えば全てはお前の偶然のドンブラコから始まったんだよな……」と呟く。

「そうだねぇ。そしてターさんに出会った。……あの時、俺もう完全に終わりだと思ったのに、人生って変わるんだなぁ」

「変わるさ。心が自由ならな」

「お。なんかカッコイイ事言ったぞ」

「だってそうだろ。俺達はずっと、頭も心も縛られていた。……自分が本当に望む事を、していなかった」

「まぁねぇ」

 護はそう言って発着口から空を見る。

「お、晴れて来た」

 カルロスも空を見て

「いい感じだな! ……そろそろ行くか、時間だ」

「了解!」

 二人は搭乗口から船内に入り、搭乗口のドアを閉めてロックする。

 ブリッジに入ると、操縦席に座っている駿河が耳にインカムを着けている所だった。

 護は「船長、搭乗口ドア閉鎖しました!」と言いつつカルロスと共に操縦席の後ろに立つ。

 駿河は「了解。搭乗口閉鎖よし」と自分も前面のパネルでドアロックの表示を確認すると、「じゃあエンジン掛けます」と言いエンジン始動の操作をする。

 カルセドニーの船尾が光り始め、ブリッジにイェソドエンジンの駆動音が僅かに聞こえて来る。

 計器を見ながら駿河が言う。

「カルさんエンジン絶好調!」

「おぉ!」と喜ぶ護に対してカルロスは「だから略すなと……」と渋い顔。

 護はカルロスを指差して「だってカルセドニーだからカルさんだもん!」とニヤニヤ。

「紛らわしい!」

 駿河は続いて発着口の安全柵を開放させるボタンを押す。ゆっくりと柵が開き始め、発着口の上に付いている、周囲に注意を促す警告灯が光り始める。

 そこへトゥルルルと通信用の電話が鳴り、駿河は外部スピーカーのボタンを押して受話器ではなくインカムで応答する。

「はい、カルセドニーの駿河です」

『どうもアンバーの剣菱です! 船のカルさんは元気かな!』

「はい! どっちも絶好調です!」

 駿河の背後でカルロスがボソッと呟く。

「皆でカルさんカルさん言うな」

『元気そうで何より! じゃあ黒船さんも待ってるし、行こうかイェソドへ!』

 駿河と護が「はい!」と返事し、カルロスは小声で若干照れたように「……待ってる事も無いのにな……」と呟く。

 護がニヤニヤ笑いながら「嬉しいねぇ照れ屋さん!」とカルロスの腕をつついたその時、トゥルルルと少し低いコール音が鳴り、剣菱が『おっ、黒船さんからカルさんに通信だ。こっちは切るぞー』と言って通信を切る。

 駿河は通信を切り替える。

「はい、カルセドニーの駿河です」

『オブシディアンの総司です。お久しぶりです駿河船長……じゃなかった、って、あっ船長でいいのか』

 何やら恥ずかし気な総司の声に、思わず笑うカルセドニーの三人。

「うん、お久しぶりです、総司船長!」

『……何だか不思議ですね、俺と貴方が船長って』

 駿河は「そうだなぁ……」と感慨深げに微笑みを浮かべる。

『では、行きましょうか。三隻でイェソドへ!』

「了解! カルさん発進します!」

 カルロスが駿河に「こらカルさん言うな! 船はカルセドニー、私がカルさんだ!」と言うと、スピーカーから『了解ですカルさん!』と総司の声が返ってきて、駿河と護が笑ってしまう。

 ゆっくりと前進する白い船、カルセドニー。

 駐機場ビル六階の発着口から外に出ると、徐々に速度と高度を上げ、ジャスパーの上空に上がる。

 暫く飛んでいると、背後からアンバーとオブシディアンがやってきて、カルセドニーを挟むように両側を飛び始める。


「全く、どいつもこいつもカルさん祭りをしやがって」

 カルロスはニヤリと笑い、両手を腰に当てて仁王立ちして叫ぶ。

「とりあえず木箱から船に昇格したから頑張らんとなー!」

 護もニコニコ笑顔で叫ぶ。

「夢に向かって採掘じゃあー!」


 『可能性に満ちた広大な世界へ』


 三隻の船は紺碧の空の彼方へ飛んでゆく。



 紺碧の採掘師 完