第2章 02

一方、護を捜索中の黒船のブリッジ。

駿河、ぽつりと「外地に出てかなり経つな…」と呟く。若干不安げな顔で(この距離を流されて、果たして彼は生きているんだろうか…。)と思いつつ(死体は見たくない。メンバーにとっても酷な作業だ。何とか生きていて欲しい。)

カルロス、探知しつつ前方を指差し「速度を落として、もう少し2時の方向へ…。さてどうしたものか」と腕組みをする。

総司「なにか」

カルロス、船の前方の途切れた大地を指差して「地中の川は、あの崖で滝となって外に流れ出る。もし彼が移動できる状態だとすれば、そこからどこへ向かったのか。」

上総「水が無いと大変だから、川から離れる事は無いと思います。」

カルロス「そうだな。」

総司、前方を見つつ「川が見えてきました。その先に湖がありますね」

カルロス「湖の近くで一旦止まって下さい。」

総司「はい」

上総「でも、湖の近辺に何も感じませんが」

カルロス「かといって湖底に沈んでいる訳でも無い。体力から考えても、この周辺にいる筈なんだが。」と言って「もっと広く観てみよう。」と探知のエネルギーを上げる

上総「…ど、どんだけ広範囲を探知できるんですか」

カルロス「こういう時は広く浅くザッと探知をかけて」と言い「…あれ」と何かに気づく

駿河「何か見つけましたか。」

カルロス、探知しつつ「かなり巨大な人工建造物らしきものが…でも人が居ない。これは何かの遺跡ですね、多分。」

総司「外地に遺跡が?」

駿河「行ってみますか」

カルロス「いや、あ。」と言い左側を指差すと「違う、こっちだ。」と言い一気にバンと探知エネルギーを上げる。エネルギーの高さに若干カルロスの身体の周囲が淡く光る。

上総、驚く「わっ!」

駿河「!」

カルロス目を閉じて左側を指差したまま「こっちが気になる、こっちへ飛んで下さい!」

総司、曖昧な指示に思わず「こっちって…」

駿河「9時の方向へ」

総司「了解」

上総、本気で探知するカルロスを見ながら「凄い探知エネルギー…。」と感嘆の声を上げる。

駿河「久々に見ました、カルロスさんの本気モード」

上総、カルロスを見つつ(…かっこいい…)


進路を変えて飛ぶ黒船と、その後に続く管理の船。


探知を続けるカルロス、しかしその顔に徐々に不安の色が浮かぶ。

カルロス(…何かおかしい。なんだこの不安は…。もしかして彼は既に死んでいて、私はそれを探知するのが恐いのだろうか)

その時、船の周囲の天候が変化し、視界が徐々に悪くなる。

総司、心配げな表情で「なんか曇って来たな…。」

カルロス、探知を続けながら(…恐い。なぜだ、なぜこんなに恐い)と、無意識に喉元のタグリングに手を当てる。

(しかしここで探知しなければ、…私の存在価値が)


『役立たずは捨てられる』


(…絶対に見つけてやる!)と、更に探知エネルギーを上げる


周囲はどんどん曇って、ブリッジの窓の外が真っ白になる。

駿河「視界が…」

と同時に総司が「周囲が真っ白です、後ろに航空管理の船が居るとはいえ、ちょっと危険では」

すると上総が「あれ。…管理の船、止まった」

駿河と総司、同時に「なに?」

上総「管理の船と、どんどん離れてます」

総司「そんな」と、そこで警告ランプが点灯して警報が鳴り響く

駿河「緊急停止だ!」

総司「はい!」

カルロス思わず「なぜ。」

駿河「だって管理区域外警告が」

上総もカルロスに「航空管理の船は遥か後方で止まってます!」

そこへピピーという警報音が鳴ると共に、スピーカーから『航空管理より緊急連絡。天候悪化の為、本日の捜索はここまでとします。至急戻って下さい』

瞬間、カルロスが怒りの表情で「なに」と呟く

駿河は受話器を手に取り「駿河です、了解しました」と管理に連絡し、受話器を置きつつ「という事で」と言いかけたが

突然、カルロスが「いた!」と叫ぶ

駿河・上総・総司「えっ」

カルロス、再び探知エネルギーを上げると「…ALF IZ ALAd454、言葉と感覚が完全に一致する。確実に見つけた。十六夜護が生きている。」

駿河「ほ、…本当に?!」

カルロス「しかも、元気だ…」と呆然とした様子で呟きながら(何だこのエネルギー…。あいつ、何でこんなに楽しそうなんだ…。…しかも護がいる場所の遥か先に、あんな…。)

駿河「管理に連絡します!」

その瞬間、カルロスが駿河に「待って下さい!」と叫び「…い、…十六夜護の…」と言い、「いや、でも、…しかし」と悩むと喉元を抑えつつ言い難そうに「近くに、誰かが、いる。」

駿河「誰か…?」

カルロス「誰かが、いる…。わからない。これは、初めて感じる…。」

駿河「…外地なのに、護さんの近くに、人が…?」

カルロス「…。」暫し黙って「上総、わかるか?」

上総「えっ」と驚き「い、いえ。全く何も…。」

カルロス「とにかく、今、行かなければ」

駿河「今って」

総司「これ以上進むと、航空管理の管理波から外れてしまう。」

カルロス「私がこうして探知している、管理波なんか無くても遭難しない!」

駿河「ダメです危険すぎる!ここは外地の奥なんですよ!」

カルロス、物凄い気迫で駿河に「私の能力が信じられないと?!」

駿河「そんな事は」と言い「落ち着いて下さい、今はダメです。せめて天候が回復してからでないと」

カルロス「今でなければ…頼む、行かせてくれ!頼む!」懇願する

駿河、唖然としつつ(…こんなカルロスさん初めて見た…。この人がここまで懇願するなら、行ってみるか…?いや、…しかし)

駿河「…護さんは誰かに保護されて、元気でいる。ならば急ぐ必要はないのでは。無理をすればこちらが遭難します。」

カルロス「だが!」と言って言葉を止めて(保護って、…こんな所に人間がいる訳がない!だが、ならばあれは一体…?)

カルロス「…どんな『人』かもわからないのに」

駿河「ここでもし貴方が倒れたら本船は遭難するんです、そんな無茶な冒険はできない」

するとカルロス、「…もし…。」と言ってから非常に言い難そうに「もし、アンバーの剣菱船長なら、何がどうでも護の所に行くだろう…私の能力を信じて!」

駿河、その言葉にショックを受けつつ黙る

カルロス「貴方が黒船に来てからもう何年経ったと?私の能力は散々見て来た筈だが!」

そこへ総司が「しかし先代のティム船長なら何がどうでも引き返す筈です。アンバーのような無茶は絶対させません!」

駿河「…そう、この事態はアンバーが引き起こした。黒船はそんな事は出来ない。なぜなら黒船は人工種を代表する船で、貴方はその採掘監督なのです。」

カルロス、壮絶に悔し気な表情で駿河を睨み見つめ続ける(…理屈は、間違ってはいない、が…!)

駿河「貴方の能力を信頼しない訳ではありませんが、本船はここで引き返します。貴方は少し船室で休んで下さい。」

カルロス(ここで戻ったら二度とあそこへ行けない気がする…。だが…)

暫しの沈黙の後、カルロスは諦めたように「…わかりました。少し休みます。」

上総「何かあったら俺が頑張りますから!」

カルロス、黙ってブリッジを出て行く


カルロスは足早に通路を歩いて自分の船室に入ると、ドアを閉じて、再びエネルギーを上げて護を探知する。

カルロス(…あいつ、何であんな…)と思いつつ、なぜか涙がポロリと零れて自分で驚く

(な、なぜ、涙が)と慌ててティッシュで涙を拭うが涙はどんどん出て来る。(なぜこんなに涙が。いかん。こんな顔を誰かに見られたら、とんでもない事に…) しかし感極まって、「う…」と嗚咽を漏らすと(うあぁぁぁぁぁ!)と声を押し殺しつつ号泣する。



一方その頃、護は。

思いっきり楽しそうに「よーし次はアレだー!」と妖精と一緒に走りつつ、見つけたケテル石を黒石剣で叩き切り、切った石をニコニコしながらアチコチ眺めて「いい石だなぁ」と満足気

そこへターさんが木箱を吊り下げて飛んでくると「護くーん、そろそろ終わりにしない?」

護「もう少しやりたいです!」

ターさん「俺、温泉行きたいんだけど」

護「えっ、温泉?」

ターさん「うん。川の中にあるの。気持ちいいよ」

護「行きます!」

ターさん「じゃあ木箱に乗って」

護「…あの、俺の切った石は持って行かないんですか」と自分が切ったケテル石を指差す

ターさん「そんなの売れないもん。もっとキレイに切らないと。」

護「えぇ」ちょっとショック。

ターさん「練習すれば売れる石を採れるようになるって」と言うと「飛ぶよー」

護、慌てて木箱の中に入る。


暫し飛ぶと、ターさんは地面にぽっかり開いた大きな穴の中へ降下して行く。下には川が流れていて、その一部分に湯煙の立つ小さな水たまりのような場所がある。

ターさん、その川岸に木箱を降ろして着地する。見れば川の一部分がケテル石で囲われていて、まるで露天風呂のようになっている。ターさんは湯煙の立つ方向を指差し「あの辺は結構熱いから気を付けて。」と言い、石で囲った部分の湯に手を入れて「お。今日はイイ感じ」

護「水が青く光ってる。これ鉱石水?」

ターさん「うん。イェソドエネルギーを含んだ水。」と言いつつ飛びながら石を動かして川の流れを調整すると、木箱から大きな巾着袋を出して、中からシートとバスタオルを取り出し、地面にシートを敷いてその上にバスタオルを置いて服を脱ぎ始める「さぁ脱いで。」

護「う、うん」

ターさん「大丈夫、君のハダカは昨日見た。」

護「そうでした」


ターさんと護と妖精はザブンと露天風呂に入る

ターさん「ふー!きもちいいー!」

妖精もプカプカと浮いている。

護「この温泉、ターさんが作ったんですか?」

ターさん「友達と一緒に作った」と言うと「ところで、さっき何かに気づかなかった?」

護「何か?」

ターさん「俺は誰かの意識エネルギーを感じたんだけど。あれは有翼種のエネルギーじゃないし、人間には無理だろうから人工種かなぁ。物凄いパワーで、ちょっと恐い位だった。人工種にも凄い人がいるね。」

護「それは…、もしかして、探知?」

ターさん「君を探していたんだろうな。」

護「という事は、…俺の居場所がバレたのかな」

ターさん「場所はともかく、君が無事だって事は分かった筈。」

護「じゃあ、…来るかもしれない…。」

ターさん「そうかもね。」

護「…。」表情が曇る。そして「…戻らなければ、貴方に迷惑が。」

ターさん「俺は別に君が居てもいいんだけどな。」

護「でも…。」ちと溜息ついて「せっかく探しに来てくれたのに、戻らないと…。」

ターさん「さっき物凄い楽しそうだったけど」

護「でも、…探しに来たなら」と俯く

ターさん「ここで採掘師として生きるって手もあるけど。」

護「だけど長兄や製造師が悲しむから」

ターさん「…ホントの親兄弟なら君がここに居る事を喜ぶ筈だけどな。」

護「えっ」と顔をあげてターさんを見る

ターさん「好きな事して幸せそうな護君を見て、良かったなぁと思う筈。だって俺は今日、そう思ってたよ。凄く楽しそうだったから、このまま一緒に採掘したいと思った。」

護「…。」目を見開き、思わず涙が零れる(な、何で涙が)

ターさん「でも君の親兄弟は、それは良くないと怒るんだね」

護「ち、ちがう。…だって…。」とタグリングを抑える。涙を零す。「…だっ、…て…。」

ターさん「…自分の本当の心に従おうよ。」

護「…俺の、心は」と言うと「…昔から、色んな事を諦めて来た。だって、どうせ長兄に否定されるし、人工種だし、…心を潰して生きるしか」

ターさん「じゃあその涙は何なの」

護「…。」

ターさん「自分の心を守らないと」その瞬間、護の脳裏に穣の言葉がフラッシュバックする


『護。…お前は何を護りたいのさ?』


護(そうか、…穣さんは、自分のやりたい事をやったんだ。

例え長兄や管理に叱られても、外地に出たいっていう…。

あの人は、自分の心に従って、生きていた。

なのに自分は穣さんに向かって失態だとか汚名だとか…。)


涙がポロポロ零れて止まらない。


(ごめんなさい、穣さん。…穣さんに会いたい…。会って、謝りたい…。でも、もう、…会えない…)


護は泣きながらザブンと湯の中に頭まで沈めて潜ると、暫し湯の中で泣く

ターさん「…護君?」

いきなりザバッと湯の中から出て来た護、ターさんを見て「…俺は、当分、戻りません!」

ターさん「…うん。」

護「でも、いつの日か…」と言って黙ると、また泣きそうになる。

ターさん「じゃあ家に戻ってゴハンにしよう!」と言うと護に向かってバシャバシャと手でお湯をぶっかける

護「ちょっと!」

ターさん「面白い人が来たなー!」

護「面白いって!」と言いつつ自分もターさんに向かってバシャバシャとお湯をかける。

2人でお湯かけっこ。



所変わって、管理の船と共に地上近くに停泊している黒船。

ブリッジの操縦席には静流が居て、既に静流と交代した総司が操縦席の隣にヒマそうに立っている。

総司、うーんと伸びをして「まだかなぁ、管理からの指示は。航空管理は人工種管理と何を相談してるんだろう。」と言うと腕時計を見て「待機してもう3時間…。これじゃ静流さんと交代した意味が無いぞ。」

静流「でもこの時間帯は本来、二等操縦士の受け持ちですから。」

駿河「総司君、別にブリッジに居なくても」

総司「状況が気になるのでここに居ます。…副長の俺がここにいるので船長は休憩してもいいですよ。」

駿河「いや」

そこへブリッジの戸が開いてカルロスが入って来る

カルロス「管理から連絡は」

駿河「まだ何も。」

カルロス「そうですか。」

総司「…それにしても外地に人間がいたなんて。どんな人間なんでしょうね。」

カルロスは特に何も答えず、内心(…人間では、無いが…。)

駿河「まぁ人間は外地に出ても、特に罰せられないから」

総司「人工種は勝手に出たらトンでもない事になりますけど。」

カルロス(…人間でも人工種でもない存在が外地に居るという事を、管理は知っているのだろうか…?だが今はそれを言ってはならない、なぜか直感的にそう思う…。)

その時、リリリリリと緊急電話の呼び出し音が鳴る。

一同「!」

駿河、受話器を取り「はい。駿河です」と言い、暫し話を聞くうちに表情が変わって「えっ」と言ってカルロスを見る。

カルロス(…?)

駿河、カルロスを見たまま「しかし…。」と言って言葉を切ると「アンバーには…はい。了解しました。」というと受話器を置いて「…護さんの捜索はここで終了だそうです。」

上総・総司・静流「終了?」

カルロス「救助に行かないのか?」

駿河「中継機の関係で、航空管理の船はあれ以上行けない。天候に関係なく」

カルロス「いや、私が探知すれば」

駿河「貴方に無理はさせたくない」

カルロス「無理じゃない。上総もいるし、航空管理の船の位置を目印に、先に進める」

駿河「貴方の探知によれば彼は人間に助けられて無事でいる。」

カルロス「それはそうだが、どんな人かもわからないのに」

駿河「でも、無事でいるなら、…それよりその護さんを助けに行こうとしてウチの船が遭難する方が大問題です。」

カルロス「しかしアンバーが納得するのか?」

駿河「アンバーには管理が話を」

カルロス「アンバーが怒り狂って黒船に抗議しに来なければいいが」

総司「アンバーは前科があるのでこれ以上ヤバイ事はしないだろうと。」

カルロス「…。」

駿河「…アンバーの剣菱船長は船長経験も豊富で人脈もある、力のある方ですが、俺は1年半前に副長から船長になっただけの、経験も人脈も浅い船長なんです。アンバーは無茶が出来ますが、黒船は無茶できません。ご理解下さい。」

カルロス、駿河を見つめながら(…傀儡船長、か…。)

暫しの沈黙

カルロス「…わかりました。」

駿河「では航空管理の船と一緒にアンバーの所へ戻ります。…静流さん」

静流「はい。出発します。」

カルロス(…何という事だ…。これで、護は)


『人間のいない世界で自由になった』


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