第7章 01

とある日。

所変わってジャスパー側。採掘船本部に程近い場所にある『周防紫剣人工種製造所(SSF)』の敷地前。

門の前にスーツ姿の穣が一人、菓子折りの入った紙袋を持って落ち着かない様子で立っている。

穣(…SSFに突撃…。いよいよこの時がやってきた…。)と思うと、内心小さく溜息をついて(はぁぁ…やっぱ緊張する…。周防先生に会うの初めてだもんな。)それから襟元を直して(やっぱもっとラフな格好してくるんだった。慣れない服着ると緊張する。しかし!後々の為に印象を良くしておかないと…。)と思いつつ、つい「はぁ」と溜息が漏れる。(…まぁ先生はまだ、俺とベルガモットの関係を知らん訳だし。だから普通に!普通に!…しかし長年ベルと付き合ってて製造師に知らせてないってのもな…。だって俺は十六夜だし向こうは周防だし、言えねぇわー!)と思ってから(とにかく今日は、聞きたい事だけ聞いてとっとと帰る!)

そして腕時計を見て(…そろそろ行くか!)と意を決して門の中へと歩き出す。穣はぎこちない足取りで、三階建ての巨大な建物の正面玄関へ。

建物の中に入ると右手に事務室と受付がある。

穣、受付の女性に「ど、どうも、こんにちは、十六夜穣と申します。」(…って俺、緊張バレバレやん!)

受付の女性「あ。こんにちは。穣さんですね。ようこそSSFへ」とニコニコしつつ言うと、受付脇のドアから出てきて「こっちです、どうぞー」と穣を案内しつつ廊下を歩いていく。と、そこへ前方の部屋のドアが開いて若い男が出てくると、穣を見てちょっと会釈をしてすれ違おうとした瞬間「ん?」と何かに気づき、穣に「貴方はメンテですか?」

穣「え、いや」と言ってその男の胸元に付いているネームタグを見て驚く

『マルクト霧島人工種研究所 人工種遺伝子管理官 月宮秋夜』

穣(…かっ、管理ぃぃぃ!)と蒼白になりつつ動揺を隠しながら「あっ まぁ ちょっと」と何とか平静を保ちつつ「…大した事じゃないんですが、…ちょっと周防先生に聞きたい事が…。SSFは採掘船本部から近いので、はい。」

管理「なるほど。」と言い、去っていく。

穣(…どっかで見た制服だと思ったら、そうだ、管理だよ…。ガチでマジの管理と出会うとは…)と、そこへ受付の女性が左側のドアの扉を開けて「こちらです、どうぞ。もうすぐ周防先生が来ますから、ちょっとお待ち下さいね。あ、紅茶とコーヒーどっちがいいですか?」

穣「あ、いや、お構いなく!ちなみになぜ管理の方がここに…?」

女性「遺伝子チェックの為です。霧島研の許可が下りないと人工種作れないですから」

穣「あ、ああそうか。」と言いつつ、ぎこちなく中に入ると入口近くのソファに腰掛ける。

穣(くっそ…人工種製造所には管理官がウロウロしてるって事を忘れていた!俺、年一回の定期メンテの時に一瞬だけALF行って速攻で帰るから、管理には殆ど会った事が…ってそうかALFは規模がデカくて広いから会う確率が低いんか!SSFはこんな狭くて小さいからアカンのじゃあー!)

と、そこへ足音がして背の高い壮年の男性が部屋に入ってくる「どうも、初めまして」

穣、慌てて立ち上がると「あ、お、お初にお目にかかります!ALF IZ ALAb447十六夜穣と申します。」と言いつつ周防を見て(背が高ぇ…。俺と同じ位あるやん。)

周防「まぁそう緊張しなさんな。ATL SK-KA B02周防和也です、宜しく。ALFの人工種がSSFに来るとは珍しい。座って座って。」

穣(これで97歳かよ!しかもなんか写真より若く見えるし)と思いつつ、紙袋から菓子折りを取り出すと「…これ、周防先生は米粉のクッキーがお好きだそうで…。ちょっと変わった野菜入りです。皆さんでどうぞ。」

周防、ちょっと笑って「…気を遣わなくていいのに。ありがとう。後で皆で頂くよ。」と受け取り、テーブルの上に置く。

二人はソファに腰掛ける。そこへ受付の女性が紅茶のカップとお菓子をトレーに乗せて持ってくると「どうぞ」と穣と周防の前に置く。

周防、穣から受け取った菓子折りを女性に渡しつつ「これ、穣さんから頂いたよ。米粉のクッキーだって。お茶の時に皆で食べよう。」

すると女性「あら!嬉しい。」と言い「ありがとうございます」と穣に微笑むと「ごゆっくりー」と言って部屋を出てドアを閉める。

周防、「いやぁ。しかし」と言って楽し気に笑いながら「よくここに来たなぁ!」

穣、不安げな顔で「と…、言いますと…。」

周防「だってバレたら大変だろう?」

穣「管理にですか?」

周防「いや貴方の製造師にだよ!十六夜先生に、何でSSFの周防なんかの所に行った!って怒られませんかね。」

穣「…え。ええまぁ」

周防、ククッと笑いつつ「大変だなぁ。」

穣「ところであの…。先ほど管理の方に出くわし…出会ったんですが。」

周防「ああ。気にしなくていいよ。」

穣「…しかし」

周防「私も昔は君のようにビクビクしていてね。まるで人形のように人間の言いなりになって、自分と同じような人形みたいな人工種を沢山作った。」

穣「…。…どうして、製造師になられたのですか」

周防「それしか生きる道が無かったからかな。でも今やっと、製造師になって人工種を作り続けて良かったと思っている。」

穣「それは、なぜ」

周防、穣の目を真っ直ぐ見て「貴方のような人工種が出てきたから」

穣「えっ」

周防「御剣研の事を知る為にわざわざ私の所まで来るとは。なぜそんなに知りたいのか。」

穣「それは、…」と言って言葉に詰まる。喉元を抑えてゴホゴホと咳をすると「失礼しました」と言い、周防を見て「…く、…。」と言って再び喉元を抑えて暫く黙ると、「あの、…なんか、仲間内なら話せる事が、話せない…。」

周防「私が製造師だから、だろうねぇ。」

穣「…貴方もそのタグリングで管理されているなら、俺に本当の事を話せないんでは」

周防「いや?私のコレはただの首輪ですから」

穣「ただの、首輪?」

周防「うん。恐らくもう彼らのタグリングもそうなってると思うよ。」

穣「彼らって」

周防「君の弟と、ウチのカルロス」

穣「ど、どうやったらそうなるんです?」

周防「さぁねぇ。」

穣「教えて下さい。大体、あいつら放置していいんですか?特にカルロスさんを」

周防、笑って「あいつ、よく黒船から逃げたよなぁ。驚いた」

穣「…え。」

周防「ちゃんと上総に逃亡すると言い残して行く辺り、素晴らしい。」

穣「…って、…あの…。」と唖然としてから「いいん、ですか?…カルロスとか…。」

周防「本人が行きたくて行った訳だし。私の知ったこっちゃない。」

穣、暫し呆然と周防を見ると「…だって、…自慢の息子でしょ?」

周防「んー?まぁ昔はそう思ってた事もありますが。今はもうねぇ。」

穣「心配じゃないんですか?」

周防「…心配した所で、私に出来る限界というものがある。あいつは自ら望んで行った。ならそれでいい。」

穣、暫し黙って周防を見てから、ちょっと悔しそうに「…これさえ無ければ。」と自分のタグリングを指差すと「これを外す事が出来たら自由になれるのに」

周防「それはあまり関係ない」

穣「なぜ」

周防「正直、こんなものは無い方がいい。しかし我々人工種には、最初からこれが付けられた。そして人形のような生き方を教えられた。だから皆それしか知らない。という事は、タグリングを外した所で自由になるとは限らない。」と言い「逆に言えば、例えこれがあったとしても、どうしたら自由に生きられるのか、本来の自分らしい生き方とは何か、それを個々人が自分で模索し、その方向へ進んだ時に、自由になれる可能性がある。」

穣「…。」

周防「自由ってのは、誰かに教わるものじゃないし、教えられるものでもない。そうだろ?」

穣「…はい。」と言うと「周防先生。俺は、アンバーで護とカルロスさんの所へ行きたいんです。」

周防「ほう。なぜ?」

穣「…理由は、まだよく分からないんですが…。」と言いちょっと黙ると「どうせ無茶すると人工種の俺が責められるから、剣菱船長には迷惑がかからない筈。」

周防「貴方が船長になればいい。」

穣「えっ」と言って驚くと「俺、人工種ですよ。そもそも航空船舶免許無いし」

周防「本当に望むなら人工種だって船長になれる。」

穣「いやいや」

周防「あのね。昔、人工種は製造師にはなれなかったんだ。」と言い「私は昔、霧島研に居てね。あそこ今は人工種管理の総元締めで、人工種を作ってはいないけど、昔は作ってたんだ。私はそこでスタッフとして働いてたんだけども、私が正式に製造師になれたのは、霧島研に入って15年後。製造師になってからも風当たりが強くて強くて。私が手掛けた人工種なのに人工種ナンバーに製造師記号SUが付かないとかね。まぁ色々あったよ。」

穣「…。」

周防「それでもやっぱり私は人工種が作りたかった。」と言い「…やりたい事は、やった方がいい。」と穣を見て微笑む

穣、ため息をつくと「俺のやりたい事…。…理由は分からないけれど、とにかくアンバーで護の所に行きたい。」

すると周防「…君、よっぽどアンバーが好きなんだね。」

穣「え。」と目を丸くする。

周防「アンバーを、護君の所に連れて行きたい、そんな感じなのかなと。」

穣「あ…。」

周防「じゃあ、そこへ行く為の方法を考えようか。」

穣「は、はい。まず最初に御剣研について教えて頂けませんか。」

周防「私も詳しくは知らないが、管理よりは、私の方が色々知ってる。」

穣「おお」と言いつつポケットから手帳とペンを取り出しメモを取る準備をする。

周防「御剣人工種研究所は恐らく、人工有翼種を作っていた所だと思う。」

穣「は?」と言って「人工…有翼種?」

周防「うん。実は外地の彼方には、人間でも人工種でもない、有翼種という翼を持つ種族が居る。」

穣「!」驚いて「じゃあ、もしかして護たちは、有翼種の所に?!」

周防「だと思うよ。だから管理は捜索を断念する。」

穣「なぜ」

周防「簡単に言えば有翼種を恐れている。理由は、人工種が有翼種側に付けば人間の危機だ、と思い込んでいるから。だからとにかく有翼種と接触したくないし、させたくない。」

穣「待って下さい!…という事は、…管理は有翼種の存在を知っていた?」

周防「うん。」

穣「それで捜索中止したって事ですか!」

周防「うん。」

穣、拳を握ると「…それで外地に出るなと、…そういう…事か…!」と言うと周防に「その有翼種って種族はどういう」

周防「…遥か昔、この星には沢山の人間がいて、凄い技術で宇宙に出て他の星にも住んだ、っていう話は知ってるよな?」

穣「はい。宇宙に出た人間は二度と戻って来なくて、この星の人間はどんどん少なくなり技術も衰退して細々生きる事になったっていう。」

周防「実はこの星には元々住んでた先住の種族がいて、それが有翼種なんだよ。」

穣「え。」

周防「人間の方が、後からこの星に来た種族なんだ、本当は。」

穣「そうなんですか!」

周防「うん。人間と有翼種は、最初は仲良く一緒に暮らしていたんだが、しかしある時、病か何かで有翼種の生殖能力が落ちて、彼らは種の存続の危機に陥る。有翼種は人間に助けを求め、そこで人間の技術と有翼種の力で『人工有翼種』が誕生する。これが原初の人工種だ。」

穣「…!」

周防「ところがその後、人間と有翼種の間にイェソドエネルギーを巡る争いが勃発し、人工有翼種は、有翼種側につくか、人間側につくか、または中立を保つか、という選択を迫られ、結局その三つに分かれてしまう。」

穣「それは、各自の自己意志で?」

周防「恐らくね。」

穣「すると人間側についた人工有翼種は、有翼種側の人工有翼種と戦う事になりますが。」

周防「うん。…それで、結局人間側は敗北し、有翼種は人間を死然雲海と呼ばれるエリアの外に追い払い、完全に交流断絶してしまう。お蔭で深刻なエネルギー不足に陥った人間は、イェソド鉱石を採らせる為に、人工有翼種の遺伝子を使って『人工ヒト種』を作り出した。それが我々だ。人間の為に都合よく調整され、タグリングで管理された存在。」

穣「…。」暫し唖然として言葉が出ない。

周防「…管理の一部の人間と、製造師しか知らない『人工種が生まれた本当の理由』だ。驚いたか」

穣「…じゃあ…つまり、そうか、『人工種が有翼種側に付けば人間の危機だ』って、そういう意味なのか…。あっ、待って下さい、中立の人工有翼種はどうなったんですか?」

周防「死然雲海の中に、街を作ったらしいが」

穣「もしかして黒船が行った遺跡?」

周防「恐らくね。しかし人工有翼種そのものは行方不明だ。」

穣「え」

周防「実は記録には、死然雲海の中に街があり、そこに人工有翼種の製造所もあったって事くらいしか書いてない。黒船のお蔭で街の遺跡は見つかったが、中立の人工有翼種は一体どうなったのか。」

穣「すると黒船は歴史的大発見を?」

周防「昴が撮った写真はとても貴重な資料だよ。」

穣「御剣研を見つけたのは俺なんですよ!」ドヤ顔

周防「流石!」

穣「あそこの人工有翼種がどうなったか、向こうの護に聞けば分かるかも」

周防「そうだね。いやぁしかし。個人的には御剣研に行きたいねぇ。中に入って色々調査したい。」

穣「ぜひ行きましょう!」

周防「ところで少しは紅茶飲んでくれよ。あとこのお菓子持って帰っていいから」

穣「え。…では」と言い紅茶を頂く。そして「それにしても周防先生、世界って思ってたより広いんですね!でも広すぎて一体どうやって護の所まで行ったものやら。カルロスさん並の探知がもう一人いてくれたら…。」

周防「探知はどちらかというと能力よりヤル気と気合のような。ちなみに、有翼種のいる地域は『イェソド』という所で、エネルギーの源泉があるとか」

穣「源泉?」

周防「詳しくは知らない。ただ探知する時に『イェソドの源泉』や『有翼種』も合わせて探すといいかもしれない。知覚できる範囲が広がる。」

穣「アンバーの探知のマリアさんに伝えます。」

周防「あと…」と言い「採掘船の前方に『鉱石弾』っての付いてるだろ。あれ実は人間と有翼種が戦った時の名残らしい。人間はあれで死然雲海を吹っ飛ばしたんだとさ。」

穣「吹っ飛ばした?」

周防「うん。」

穣「死然雲海って…あの、霧かなぁ…。」

周防「でも今、鉱石弾なんか撃たないよな。あれ使えるのかねぇ…。」

穣「殆ど飾り物ですが整備すれば使えるかと。」

周防「何でも一発撃つのに相当なイェソド鉱石を」

穣「採掘すりゃあいいんですそんなのは!」

周防「そ、そうか。」と言い「あと何か聞きたい事は?」

穣「あとは…、まず今、聞いた事を整理しないと。それより先生のお時間が。」

周防「あぁ。んじゃまあこの辺にしますか。何かあったらSSFに電話でもメールでもして下さい。ところで…。」と言うと、暫し穣を見ながら黙る。

穣「…何でしょうか?」

周防「一応言っとくと、私はベルガモットと君の結婚に賛成だからね。あとは十六夜先生が許可するかどうかだけです。」

すると穣、目を最大限に丸くして「……。」唖然

周防、ニヤニヤ笑いつつ「だから最初に言っただろ、『よく来たな』と!」

穣、思わず裏返った声で「…そんな。知ってたん、ですか?」

周防「あ、ベルガモットに聞いたんじゃないよ。あの娘は特に何も言わないんだけど、まぁウチの人工種は人数が多いので。どっかから小耳に入るんだな。」

穣「そ、そうですか…。」

周防「んで、人数が多いから一人一人あまり気にしていられないんだ。だから皆さんご自由にって事で。」

穣「…ウチの製造師は…ウチの人工種は…。」と疲れたような顔

周防「しかし君はチャレンジャーだよね。応援したくなる」

穣「はぁ」と言って「あ!」と何かに気づくと「賛成なんですか?」

周防「賛成だよ?だからあとは貴方次第。」

穣「てっきり反対されると思ってました!いやいやでも、今はまだ、今はまず護です!護のように新しい世界に出てからじゃないと!」

周防「なるほど!」


暫し後、SSFの門から走り出て来る穣「もおぉぉう何てこったい!!はぁー…変な汗かいた!」と呟くと「俺も覚悟をしないとな!まずはアンバーで護のとこへ行く、それが出来なきゃベルガモットとの未来はねぇ!やってやるぜー!」と言いつつ、道路脇の歩道をだだーっと走って行く。