第1章01

 1年後。

 ある朝の6時半。随所にゴツゴツした岩が転がる荒れ地の中の平坦な一画に、採掘船アンバーが停まっている。船内では朝食担当者や機関士、操縦士達が仕事を始めているが、採掘メンバー達は各船室のそれぞれのベッドでまだ眠っている。

 穣の寝室は狭い二人部屋の二段ベッドの上段。ベッド横のカーテンを閉めればここが一応個室となる。殆どが四人部屋の船内で、二人部屋は船長室に次いで待遇が良い部屋とされているが、嫌な奴と一緒であればどんな部屋でも最悪になる。とはいえ青い髪の四男、護を他のメンバーの部屋に入れたら大変な事になると思って一緒の部屋を希望したのは穣自身だから仕方がない。上が穣、下が護と決めたのも、自分だった。


 穣は、目が覚めてはいたが起きるに起きれず毛布にくるまったままウダウダしていた。

 (ちくしょーなんか嫌な夢を見ちまった。久々に見た、あのクソッタレの満の夢……)


 『穣!……貴様一体どこに行っていた?』

 人工種製造所の建物の入り口で、穣が背の高い青年に詰め寄られている。

 『まさか、管理の方や製造師に無断で人間の街に行ったんじゃないだろうな?』

 『行ってねぇよ』

 『正直に言え。そうでなければ歩や護が嘘つきだという事になってしまう』

 ……また、あいつらか。脱力感と共に諦めに似た溜息が漏れる。

 『歩と護が何を言ったの』

 『人のせいにしてはならん。お前が正直になればいい。……あいつらはお前の事が心配で、私に報告してくれたんだ』

 真面目に心配そうな表情の満を見て、こいつやっぱアホだよなと思う。三男の歩と四男の護が、長男の満に気に入られたくて張り合っている事を全く見抜けない。その為に次男の俺が利用されてる事も……。

 『いいか穣。何度も言うが、人工種は、世界の基幹エネルギーであるイェソドエネルギーの原料を採る為に、人間に作られた存在なんだ。イェソド鉱石が無ければ皆の生活が成り立たない。しかし人間はイェソドエネルギーに弱い、だから我々は重要で、大切に管理されている』

 『んでも他の人工種は街に出てるよ。ウチの一族以外の奴は』

 『十六夜一族は特別なんだ。他と比べてはならない』

 こいつに何を言っても無駄だと諦め、穣は俯き、小さな声で『はい』と返事をする。

 『とりあえず街に出る時は管理に言ってからにします』

 そう言って満を見ると、満は厳しい眼差しでじっと穣を見つめている。

 『嘘をつくなよ。……弟達が悲しむ事になる』


 全くもってウザイ夢、歩や護が悲しもうがどうだっていいわい!と思いつつも、心がちょっと苦しくなる。長年散々言われてガッツリ刷り込まれた観念は、なかなか消えない。

 (他者の為より自分の為に生きろと昔、ラメッシュさんに言われた。……時に言葉は人を支える。あの人に出会わなかったら俺は潰れてたな……)

 巨大な人工種製造所であるALFに、1か月だけ清掃員としてバイトに来たラメッシュという名の壮年の男性。聞けば人工種を見たくてバイトに入ったという。飄々として一風変わった、しかし不思議と落ち着く存在感を醸し出すラメッシュに興味を持ち、折を見て話し掛けるうちに、穣はいつしか深い悩みまで打ち明けるようになっていた。

 なぜならラメッシュと話すと予想外な答えが返って来て、心が軽くなったから。


 『人はよく考えるけど、実は考えていないんだよ。だって考えても自分の経験の範疇の考えしか出て来ない。つまり考え、思考というのはあんまり重要じゃないんだ』

 そう言ってケラケラ笑うラメッシュ。穣にとってそんなのは初耳だった。怪訝な顔でラメッシュに問う。

 『でも考えないと、馬鹿にならない?……考えないと、間違った事をしたり』

 『そう思うだろ?だけど何が正しいかは結果が出てからじゃないと分からない。しかし、その時に出た結果も、その先を見ないと良し悪しは分からない、つまり、どんな物事も、その時の自分の解釈次第という事になる。であれば、起こった事をあるがまま受け入れろと』

 穣は首を傾げて頭にハテナマークを浮かべる。ラメッシュはニコニコしながら

 『簡単に言えば、自分の心を大事にして生きろと』

 『んー、でも……』

 『人生、何がどうなるか分からないんだから。全部、わからないにしてしまえばいいのさ』

 『だけど、失敗とか、大変な事が起こったらとか』

 不安気な顔で訴える穣に、ラメッシュはニヤニヤしながら

 『どこぞの満さんは、いつも同じ事ばっかり言ってるんだろ?』

 『まぁあいつは、うん。自分の考えに固執してるけど』

 『慣れ親しんだ同じ世界に居る方が楽なんだ。実はそれは本当には何も考えていない。……未知、わからない事は確証が無く、怖いが、しかし未知こそ可能性の宝庫。未知は不安とセットだという事を受け入れれば挑戦して行ける』


 (……だから、諦めてはならない。心が挑戦を望んでいるのにそれを否定すれば……人生は苦しくなる)

 ラメッシュに言われた事を思い出しつつ、毛布から顔を出して枕元に置いたスマホの時計を見る。

 (いけね、とっとと起きねばウゼェ護と一緒にメシ食う羽目になる!)

 毛布を剥がして上体を起こす。

 ベッドの仕切りカーテンを静かに開けて、足元側の梯子の所まで這いながら移動し、梯子をソロソロ降りると壁に備え付けの小さなクローゼットの戸を開ける。中のバーにはハンガーに掛けた制服があり、それをちょっと脇に退けて、下に置かれた大き目の茶色いバックのファスナーを開け、シャツを取り出し着替えをしながら思う。

 (可能性を広げたい、未知の世界に出たい。採掘仕事は嫌じゃないが、ずっとこのままで人生終わっていいのかっていう苛立ちはある!)

 ハンガーから制服を取って手早く着ると、適当に髪を整え洗面用具の入ったポーチを持って部屋から出ていく。

 (自由になりたいと子供の頃からずっと思ってた。石頭のクソッタレ満に全部阻まれたが。護は、満よりはマシだが、ウゼェもんはウゼェ!)



 8時半。

 アンバー船内に護の声が響き渡る。

「穣さーん!」

 採掘準備室のある最下層から船室やブリッジのある上層へ、中央階段をダダダと駆け上がって来た護は「時間ですよ穣さん!」と叫びつつ通路を走り、船室の引き戸のドアをバンと開けて「穣さ……」と叫びかけるが船室には誰も居ない。

 (あいつ、どこ行ったんだよ!……これ以上探すと作業開始時間が遅れる、採掘準備室へ行かねば!)

 イライラしながら通路を駆け戻って階段を降り、階段室を出て採掘準備室に入ると「あっ!」と声を上げる。

 そこには既に穣が居て採掘メンバーと談笑中。

「穣さん!どこ行ってたんですか!」

「トイレ」

「中央と後方、トイレ両方見たけど居ませんでした!」

「すれ違ったんだろ」

「時間厳守して下さい!余裕もった行動を」

「突然のトイレは仕方ねぇだろ!」

 呆れたように穣が怒鳴る。

 ……嘘だ、俺を困らせたいだけだろ!と思いつつ護は一同の方を見る。

「とにかく全員、作業前確認!手首に浮き石、上腕にバリア石は着けてるか!特に浮き石を忘れると、船から降下した時に激突死するぞ!」

「はーい」

 そこへ穣の呑気な声。

「あーバリア石着けるの忘れた」

「また?!」と呆れ顔で穣を見る。

「だって俺、バリアラーだし。自分でバリア出来るし!」

「ダメです!規則には従って下さい!例え貴方が人工種の中でも珍しい、貴重なバリア能力を持った人でも」

「へいへい、あーあったあった」と腰のベルトに着けたポーチからバリア石のリングを取り出す。

「あるじゃないですか、何でそう反抗的なんですか!」

 激高する護。

 (末子の透は可愛がって、俺の事は馬鹿にする。穣さんは長兄と仲が悪いから、長兄が俺を認めないように邪魔しやがる!)

 護は穣が頭に着けているアンバー色の長いハチマキを指差すと

「いつも言うけどそのハチマキ、長すぎます!制服の着方もだらしがないし、意味の無いハチマキは」

「だからこれ気合入れだっつってんだろ!仕事への」

「作業の邪魔だし引っかかると危ないからせめて短く」

「この長さが気合の印なんだよ!」

「嘘ばっかり!」

「嘘じゃねーよ!」

 正直に言えば満とか人工種管理への反抗の印のハチマキだったりするが、それも含めて仕事への気合なので嘘でもない。

 ふと横を見ると18歳の赤い髪の採掘メンバー、マゼンタ君が眠たげに大欠伸をしている。

 毎朝開催される定期イベントに飽きてきたようだ。

「とっとと仕事しようや!採掘口を開けるべ」

 怒り顔の護を無視して穣は壁際の採掘口開閉レバーがある方へ歩いていく。護が慌てて怒鳴る。

「採掘監督は俺です、勝手は許しません!」

「前は俺が採掘監督だったんだけどなー!」

 ヤケクソ気味に叫ぶと、護が

「貴方が失敗するから俺が採掘監督にさせられたんじゃないですか!」

 穣は思わず振り向き「えっ。嫌だったん?」

 護は焦って「えっ、嫌じゃない。嫌じゃないけど」

「嫌なら辞めちまえ」

「とんでもない!長兄の期待を裏切るなんて!」

 穣は吐き捨てるように「クソッタレの満の期待なんざ」

 護は更に激怒し「長兄に対してそんな言い方!」

「あぁもぅ仕事しようや!黒船に勝たなきゃならねぇんだろ?」

「そ、そうだ。採掘量第一位の黒船に勝って、汚名挽回しないと!」

 途端に穣がヒートアップする。

「すんませんね!俺がアンバーを汚しちまって!」

 そんな二人を辟易顔で見ている採掘メンバー達。

 (またこれだよ……。毎朝毎朝、勘弁してほしいよな……)


『採掘口開放します!』

 船内放送と共に船底の採掘口が開くと、下に大地の裂け目のような峡谷が見え、その切り立った岩壁に所々青く光るイェソド鉱石の結晶が生えているのが見える。

「行っきまーす!」

 穣はスコップ片手にバッと船から飛び降りる。

 途端に護が「また勝手に!」と怒り、皆を見て「準備はいいか!」

「はーい」

 自分の道具や折り畳んだコンテナを持ったメンバー達が返事をする。

「行こう!」

 皆と共に、護も船から飛び降りる。

 (とにかく成果を上げねば。今日はどれだけ採れるだろうか……)


 手首に着けた浮き石で落下速度を緩め、各自が下に着地すると、先に降りた穣がオリオンに声を掛ける。

「とっとと始めようぜ、オリオン君、あそこの壁に発破頼むわ!」

 やや斜め前方の、鉱石結晶が密集する青白い壁を指差す。

 爆発を起こす力を持つ『爆破スキル』のオリオンは、護を見て「いいですか?」

 護は「いいよ」と不機嫌そうに呟き、隣でコンテナを組み立てている透に「風使い、爆風飛ばして!」

 すると穣が「俺もバリアするからよー」

 通称『風使い』と呼ばれる、周囲の空気を自在に動かせる力を持つ透は「了解」と返事をして穣の近くに来る。

 穣は結晶の壁の前に立って背後の一同を守るバリアを張り、オリオンは穣の横に並んで右手を前に突き出し、そこから壁の内部の鉱石層に発破をかける準備をする。

「発破、いきますよ。3、2、1」

 オリオンがパチンと右手を鳴らすとドン!という大きな爆発音と共に粉塵が上がって壁がガラガラと崩れる。

 舞い上がる粉塵を、透が風を操って人のいない方へ流す。

「ナイス透、オリオン君サンキュー!」

 穣の声と同時に護が叫ぶ。

「上手く崩れた。コンテナに積もう!」

 崩れた鉱石をスコップ等で採ってコンテナに入れ始める一同。

 その間に、上空で停止して方向転換を終えたアンバーの船体がゆっくりと垂直降下し、一同から少し離れた場所に着陸する。この世界の航空船の殆どは滑走路を必要とせず垂直上昇したり空中停止が出来るが、中でも人工種が乗る採掘船は頑丈で強い浮力と安定性を持ち、風の影響を受ける事が殆ど無い。



 (思ったより量が無いな……)

 茶色い岩肌が出た壁と、周囲に散乱した鉱石を見ながら護は内心、大きな溜息をつく。

 最近なかなか採掘量が上がらず、こんな事ではまた長兄に迷惑をかけてしまう。一体どうしたらいいんだろうと考えながら足元に転がる大きな鉱石の塊を持ち上げる。

 すると後ろから「軽そうに持っちゃって……」という誰かの声。

 振り向くとマゼンタが「うわ!」と驚き、護が持つ鉱石の塊を指差して「それ、落とさないで下さいよ!」

「大丈夫だ」

 マゼンタは「怪力メンバーの近くにいると怖い。いつデカイ石が落ちて来るか」と不安気な顔をする。

 通称『怪力人工種』とは、筋力と共に人工種特有のエネルギーで重量物を持ち上げる能力を持った人工種の事で、正しくは『パワースキル』なのだが、時に馬鹿力人工種とも呼ばれる。

 そこへ、これまた大きな鉱石を担いだ悠斗がやってきて

「バリア石を着けてるから大丈夫」とニッコリ。

 マゼンタは上腕に着けた紫色の石を指差し「コレのバリアは重量物は無理!」と言うと羨望の眼差しで悠斗を見ながら「いいよなぁ怪力とか風使いとか。俺は何の能力も無い普通の人工種」とションボリ肩を落とす。

 悠斗はニコニコして「それがマゼンタ君の能力だよ!」

「なんだとう!この馬鹿力っ!」

「あっその呼び方はダメっ!……だけどほら、ネイビー副長とか機関士のシナモンちゃんとかも特殊能力無いし」

「でも操縦士とか機関士とかだし!俺は馬鹿だからそういうの無理」

 途端に護が「馬鹿なんて言うんじゃない!君は君の出来る事をすればいいんだ!」と厳しい口調で言う。

 ちょっと口籠り気味に「それはそうですけど……」と返すマゼンタ。

 悠斗がフォローを入れる。

「マゼンタ君の取柄は、元気だろ?」

「でもぉ……」口を尖らせたマゼンタは、言い難そうに小声で呟く。

「こんな非力なまま採掘師してても……」

 護は、持っていた大きな鉱石を近くのコンテナに入れると、マゼンタを見て

「人工種はイェソド鉱石採掘の為に作られた存在だ。採掘師は人間にとって重要な、誇りある仕事」

「……」

 マゼンタは無表情のまま黙って護を見る。雰囲気を察した悠斗は作り笑いを浮かべると

「さてと!マゼンタ君の安全の為に、デカイ石を下ろそうかなっ」とコンテナの方へ歩き始める。

 ホッとした表情になったマゼンタは

「良かった!いつまでそんな物騒なモン担いでるのかと思ってた!」と護から逃げるように悠斗の後を追う。