第1章03

 夕方。

 周囲は殆ど暗くなり、アンバーは木々が疎らに生える草原の中に着陸している。

 人気の無い採掘準備室から階段室に入った護は重い足取りで中央階段をトボトボと上がりながら

 (結局、今日はあんまり採れなかった。明日もっと頑張らないと)

 立ち止まって手すりに手を掛け、上体を曲げる程の大きな溜息をつく。

 (苦しい。……とにかく成果が欲しい。ここで成果を上げれば長兄に認めてもらえる、三男の歩にも勝てる。歩なんて大嫌いだ。一歳年上なだけなのに、俺の事を見下しやがって)

 悔し気な顔で拳を固く握り締めると、再び階段を上がりながら

 (勝ちたい。兄弟全員に認められたい。お前は凄いって言われたい……そしたら幸せになれるのに)


 階段を上がり切った護はすぐ傍にある食堂へ。

 中に入ると奥のキッチンで調理師のアキが黙々と夕飯の支度をしている。他には誰も居ない。

 (あれ、一番乗りしてしまった)

 配膳カウンターの方に行き、脇に置いてある食器を乗せるトレーと、お茶のカップを取る。

 背後で誰かが食堂に入って来る気配を感じつつポットのお茶をカップに注ぎ、無意識にはぁ、と溜息をつく。

 その様子を見てアキが「監督、お疲れ?」

「うん。今日は、あんまり採れなくて」

 すると背後から「採っただろうが」という声。振り向くと穣がいる。

 穣はトレーとお茶のカップを取りつつ

「あんまガツガツすんな。探知のマリアさんが可哀想だろ」

 護はムッとして「そんな甘い事言ってると、ブルーや他船に抜かれますよ」

「いいやん別に」

 そう言って穣は自分のカップにポットのお茶を注ぐ。

 護は配膳カウンターに置いた自分のトレーを穣の側から離すようにずらし、厳しい口調で

「これ以上、失態を重ねたいんですか?」

 苛立ち露わに穣が答える。

「外地に出た事の何が失態なんだよ!別に逃亡しようとした訳じゃねぇし、むしろ鉱石採って戻ろうと」

「外地に出なくても鉱石は採れます!他の船は皆、外地に出ずに採掘量を」と言いかけた所で穣が怒鳴る。

「テメェが頑張るのは長男の満に叱られるからだろ?それアンバーと全然関係ねぇし!」

「え」

 護は驚くと「関係あります!俺はアンバーの採掘監督であり、十六夜五人兄弟の四男で、俺達が成果を上げる事は製造師の十六夜先生の成果に」

「くっだらね!」

「くだらない?!」

 そんな会話をしている間に食堂には続々とメンバー達が入って来る。

 穣は辟易して堪らんといった様子で護を見て言う。

「何で、十六夜VS周防っていう、製造師同士のプライドバトルに俺らが参戦しなきゃならんのさ?」

「当然です!だって俺達五人兄弟は」

「周防のカルロスに対抗する為に作られた存在だよ!……どこぞのご立派な周防先生とかいう製造師がハイスペックな人工種を作りやがったお蔭で、ウチの十六夜先生が対抗心を燃やして俺ら五人兄弟を……」そこで言葉を切って脱力すると「お蔭で俺らが存在する訳だがぁぁ!」

「穣さん、貴方は人工種の中でも珍しいバリアラー、五人の中でも特別なんです!貴方が頑張れば製造師も」

 穣はバシッと護を指差し、配膳カウンターの向こうにいるアキに

「なぁアキさん!この人工種、おかしくね?」

「えっ」

 突然矛先を向けられ、目を丸くして焦る。

 護もアキを見て「アキさんは人間だから、親の大切さが分かりますよね!人間は親の為に、人工種は製造師の為に、頑張るんです!」

 アキは困って「うー……ん」と首を傾げる。

 穣はやれやれと溜息をつくと、自分のやや斜め後ろで話を聞いていた透に向かって

「なぁ透、この可愛くねぇ四男を何とかしようぜ」と言い護を指差す。

「!」カチンと来る護。

 (また透ばっかり!)

 そんな護の心中を察したように、透は護から視線を逸らして下を向く。

 穣は既にカウンターに出されていたカツカレーとサラダの器をトレーに乗せると

「俺、部屋で食うから、お前来るなよ」

 護に背を向け食堂から出るべく去っていく。

「行きませんよ」

 怒り口調でボソッと呟いた護は自分もカツカレーの器をトレーに乗せて近くのテーブルの席に着く。

 嵐が去ったので、状況を傍観していた他のメンバー達が配膳カウンターに並び始める。

 透もトレーを手に取りながら、どうしようかなと考える。

 自分は穣が好きだけど、でも護に嫌われるのも嫌だ。

 (難しいんだよな、兄弟間の、人間関係)

 内心で溜息をつく。

 (とりあえず護にフォロー入れなきゃ……)


 護は頭の中でプンスカ怒りながらカツカレーをバクバク食べる。

 (何が可愛くねぇ四男だよ。どうせ俺は透より可愛くねぇよ!背も透より低いし、あいつよりカッコよく無いし、社交的じゃないし人付き合いも上手くないし!どうせ俺なんか)

 愚痴は透の声に中断された。

「護、もうちょっとリラックスしたら?」

 透は護の正面にやって来るとテーブルに食事を置き、向き合って席に着く。

 護は透を見て「こんな四男で申し訳ない」

 いつものパターンが始まったと思いつつ「いや俺もこんな末子で」と答える。

 若干いじけ気味の護は「お前、昔から穣さんと仲がいいよな。穣って呼び捨てにするし」

「俺、護の事も呼び捨てにしますけど?」

 護は食事の手を止めて暫し黙ると、透を睨んで「お前、どっちの味方なんだ」

 透はギクッとして「ん?……うん。前から言ってるけど、俺は」

「兄弟仲良くしたいんだろ。でも今こういう状況で、お前はどっちの味方なんだよ」

「どっち、って、まぁ、うん……」

 言葉を濁し、めんどくさいなぁと思いながら、そのまま黙ってカツカレーを食べる。

 すると護がぽつりと呟いた。

「……俺、甘いのかな」

「えっ」

「黒船がずっと採掘量第一位をキープしていられるのは、先代の船長が厳しかったからだろ。だって今の船長まだ28歳だぞ。ブルーの武藤船長と同い年」

 なんか話がすっ飛んだなと思いながら、透は相槌を打つ。

「ああ。まぁね。……んでもそれはさ、黒船の採掘監督のカルロスが、ベテランだからでは?」

「つまり先代の厳しい船長に鍛えられたメンバーが、そのまま残ってるからだよな?だからどんな船長に代わっても、安定した成果を上げられる」

「う、うん」

「つまり俺がもっと厳しくならないとダメなんだ。穣さんを黙らせる事が出来る位に」

 思わず透は唖然として護を見る。それは違うと言いかけたが、穣の味方をしたと思われそうで怖い。

 言葉に悩んで黙っていると、護は何をどう解釈したのか

「いいんだ。俺は頑張るよ」

 そう言って黙々と食事を続ける。透は困った顔で護を見つめながら

 (なんか護、ブルーに居た時より酷くなった気がする。俺は長兄から解放されて楽になったけど、護は……)

 内心、大きな溜息をついて、どうしたらいいのかなぁと悩みながらカレーを口に運ぶ。



 一方、穣は船室で、壁際に据えられた小さな簡易テーブルに夕飯のトレーを置き、背もたれの無い小さな丸椅子に腰掛けて一人黙々と夕飯を食べている。

 (……また、やっちまった)

 スプーンを口にくわえたまま、はぁと溜息をつく。

 食堂に行く少し前、穣は剣菱から大人気が無いと注意されたばかりだった。気持ちは分かるが船内の雰囲気が悪くなるからもう少し穏やかに護に接しろと。しかし、なぜかどうしても……。

 (護と話すと条件反射的に、カッとなっちまう。イライラしちまう)

 再び溜息をつくと、ポツリと呟く。

「俺も、満と同じか……」

 昔、ラメッシュに言われた言葉を思い出す。

 人は自分の経験の範疇しか考えられず、同じ状況に対して条件反射的に同じ反応を繰り返す、と。


 『どこぞの満さんは、いつも同じ事ばっかり言ってるんだろ?』

 

 (……俺も護に同じ事ばっかり言ってんな……)

 ではどうしたらいいのか。同じ事を繰り返さない為には新しい事をするしか……。

 スプーンを持ったまま手を固く握り締め、悔し気に

「だから、外地に出てみたのに……」

 その結果が、これなのか。護が来て、以前より自由が無くなり『過去』が繰り返される。

 穣は俯いて額に手を当てると、悲痛な声で呟く。

「あぁもぅ……せっかく船長が突破口を拓こうとしてくれていたのに……」

 職や移動等の自由を制限された人工種。日々同じ仕事だけで人生終わっていいのかと悩み、何か少しでも新しい事をしたいと考えていた所に剣菱が突然、奇妙な事を言いだした。その時の事を思い出す。


 とある日の休憩時間、アンバーの食堂。

 クッキーやチョコ等のお菓子が盛られた小さなトレーが真ん中に置かれたテーブルを囲んで、剣菱と数人のメンバーが椅子に腰掛け茶飲み話をしている。

 お茶を一口飲んだマゼンタは、暗い顔で深刻そうな溜息をつくと、自分の正面の剣菱を見て

 『船長……。人生って何の為にあるんでしょうか』

 その場の一同、思わずキョトンとしてマゼンタを見る。

 『ど、どうしたんだマゼンタ君!』

 『だって人工種って自由に色んなとこ行けないし、職も選べないし、結婚しても子供出来ないし。……与えられた仕事してたら住むとこもお金も貰えて安心だけど……』

 そう言ってテーブルに突っ伏して溜息をつく。

 隣に座る悠斗が『あんまり悩むと禿げるぞ』と言いつつマゼンタの頭を撫でる。

 剣菱はマゼンタに『何か、ご希望があるの? やりたい事とか、望みとか……』

 マゼンタは伏せったまま『ていうか何がやりたいのかわかんない』

 『ワカランのか』

 『うん、ワカランけどイライラする』と言うと、ちょこっと顔を上げて『なんか、何でもかんでも管理の言いなりって、なんかムカつく』と言い再び伏せる。

 『なるほど』

 『それは分かる』悠斗も頷く。

 剣菱の右隣で、立ったままお茶を飲んでいた穣も『まぁな』と言い、『言う事聞いてりゃ待遇は良い。……だからこそ、反抗するのが怖くなっちまうんだよなぁ』

 左隣の椅子に座っている機関長の良太が、穣に『反抗したいの?』

 『まぁ俺はクソッタレの満に反抗して生きて来たんで、あいつが心酔する管理って奴にも反抗したいっす。マジであいつは管理の皆様とか製造師とかウゼェ』

 『まぁまぁ』良太は右手で穣をなだめる仕草をする。

 そこで暫し会話が途切れ、良太はお茶を飲み、悠斗はクッキーを摘まんで食べる。

 剣菱は何か思案するように、カップのお茶をじっと見つめている。

 それから、んー…と小さく唸り、マゼンタの方を見て

 『……そもそも外地ってのはさ。航空管理の管理波が届かないから外地なんだよ。管理が管理できない土地だから、外地。管理波が届けば同じ場所でも内地なの』

 穣が反応する。

 『同じ場所でも内地……!?』

 『うん』

 マゼンタは怪訝そうにちょっと顔を上げて『どゆこと?』

 剣菱は話を切り替え『それにしても年々採掘量が落ちてきて、このままだといつかイェソド鉱石は』

 上体を起こしたマゼンタが『枯渇しちまう!』

 『ってか枯渇させたいんだけども』

 『え。そうなの?』

 キョトンとするマゼンタに、穣が補足説明する。

 『人間はイェソド鉱石の無い所に都市を作って来ただろ。人工種が採り尽くして、無くなった所に』

 『そっか。鉱石あったら人間住めないし!』

 剣菱は頷いて『鉱脈が残ってると鉱石が成長するから人工種が探知してキチンと採り尽くしてやらんと』

 続いて悠斗が『だからこうして採掘船でアチコチ移動しつつ採掘する訳だ!』と言いクッキーを摘まんで食べる。

 マゼンタは悠斗を見て『分かってるよそんなの。マリアさんの探知大活躍!』

 腕組みしながら剣菱が、ボソリと呟く。

 『しかしこのままでいいのかねぇ……』

 『良くないと思う!いつか全部枯渇しちゃった時に困るよね!』

 元気に答えるマゼンタに、悠斗が反論する。

 『でも人間の住める地域は広くなるぞ』

 『エネルギー無かったら暮らせないじゃん』

 『発電があるだろ』

 『でも発電って予備の為のもんじゃん!』

 すると剣菱が突然『遥か昔、この辺は外地だったらしいぞ』

 『?』

 一同、怪訝な顔で剣菱を見る。

 穣が問う。

 『どういう事ですか?』

 『俺がまだ子供の頃に近所の物知りジジイから聞いた話だが、人は人工種を使って外地を開拓していくと』

 『開拓……?』ポカンとした顔をする。

 マゼンタも『開拓って、外地は危険な所じゃないの?』

 『迷う危険はあるわな。道しるべが無いから。んでもそれ以外は普通の山や森と同じだと思う。……だって、その物知りジジイは子供の頃に外地の山に山菜取りに行ったらしい』

 『えええ』驚愕するマゼンタ。他の皆も目を丸くする。

 『人間には首輪が付いてないからな、誰がどこに行こうと全くワカランから』

 悠斗が天を仰ぎ『人工種の移動はメッチャ制限されてるのにー!』

 『とはいえ人間でも外地は出ちゃイカン所だから、勝手に外地に出て迷っても誰も助けに来ないけど』

 穣が口を挟んで『でも航空管理が捜索っていうニュースを前に見た気が』

 『誰かが捜索願いを出してくれた場合だ』

 『あぁ……』納得する。

 マゼンタは自分の首のタグリングを指差すと

 『人間にもこの首輪つけよう!』

 『話は戻るが最近、イェソド鉱石減ってるやん。いつか新規開拓するなら今やってもいいんじゃないかなぁと』

 剣菱の言葉に、一同、更にポカンとする。

 『どーゆーことー』

 マゼンタが言うと同時に、何かに気づいた穣が突然バッと剣菱の方に身を乗り出して

 『そうか!つまり外地には鉱石がある?!』

 剣菱は大きく頷き『そんな気がするんだな、多分!』

 穣はテーブルをバンと叩いて『やりましょう!』

 驚いた悠斗が焦り気味に『でっでも人工種は外地に出ちゃ』

 『怒られたら引き返せばええやん!チョコッと出て、怒られたら止める!ってか、もしそこに鉱石が沢山あると分かったら管理も大喜びやんけ!新規開拓!未知の土地を開拓するんよ、やってみるべ!』それから自分の額のハチマキを指差して悠斗に『このハチマキが目に入らぬか!』

 『一応、見えてますけど』

 『反抗と言うなら管理や満が文句の言えない反抗をするんよ。人はそれを挑戦と言う!人生は挑戦だ!』

 良太が笑いながら呟く

 『……モノは言い様だ。流石に長いハチマキをしているだけある』



 過去を思い出していた穣は、ふと我に返る。

「あれは、楽しかったな……」

 でも管理に理不尽に怒られて、そして、あのウザイ奴がアンバーに来た。

 あれから1年。吐き出せない鬱屈が溜まりに溜まって、苦しい……。