第1章04

 数日後。

 アンバーの採掘メンバー達は川岸の岩場で鉱石採掘作業をしている。

 曇り空で、メンバー達の表情にも覇気がない。

 穣も浮かない顔でスコップを持ち、崩した鉱石をコンテナに入れる仕事を適当にやっている。

 (……どうせアンバーが成果を上げても褒められるのは護だし、頑張って稼いだ所で俺の夢は叶いそうにねぇし)

 何の為に仕事するのかと暗澹たる気持ちになっていると、マリアがスッと穣の横にやってきて、小声で囁く。

「あの……」

「ん?」

 マリアは、少し離れた所で鉱石を入れたコンテナを運んでいる護を気にしながら、ひそひそ声で

「ちょっと気になるものを探知しちゃって。イェソド鉱石なんだけど、なんか凄く特殊なの」

「特殊?」

「うん。物凄いエネルギー、こんなの初めて。でも、一本だけなの。それに、ここから遠いし、そこまでの道中がちょっと大変で。興味はあるけど、ダメかな……」と俯く。

「行ってみるべ」

 その言葉にマリアの顔がパッと明るくなる。

「でも一本だけだし、こんな変わったイェソド鉱石、使えるのかどうか」

「変なモンだから行くんだよ。どんなモンか確かめたいやん」

 マリアは嬉しそうに「うん!」と頷くと「でも採掘監督が許可してくれるかな」

「護には適当に嘘つけばええんよ」穣はそう言い、皆の注目を集めるように一同を見回しながら叫ぶ。

「おーい皆、ちょっと話があるんだけど!」


 集った皆に穣とマリアが提案すると、マゼンタや悠斗が面白そうだと大賛成。

 案の定、渋る護を皆で強引に説得し、一同は作業道具を持って穣とマリアを先頭に、深い森の中へ歩き始める。

 仏頂面で不機嫌そのものの護は、歩きながらブツブツと

「本当に行くのか?時間の無駄では」

 穣は自分の後ろを歩く護に「行く!何度も言わせんな。だって珍しいイェソド鉱石があるんだぞ!」

「とはいえ」

「どんな鉱石なのか実際に見てみたいだろ?それに珍しい鉱石は高く売れる」

「でも時間に見合った成果が」

「時間の無駄かどうかは行ってみないとワカラン!」

「そうかなぁ」

「いいから黙って付いて来い、採掘監督!」

「……」

 マリアは探知しながら楽し気に「もう少しです、あっち!」と方向を指差して「こんな不思議な感じがするイェソド鉱石、初めて!」とニコニコ微笑む。

 マゼンタが「お宝?お宝発見?」

「わかんないけど、なんか凄いの!」

「わからない、謎こそ冒険だ!」

 イェーイとジャンプするマゼンタに、オリオンが「なんだそりゃ」と突っ込む。

 最年少のオーキッドと、いつもは静かな健までが「冒険だ冒険だ」と騒ぎ出す。


 ワイワイと騒ぎながら森の中を歩いていると、崖上の見晴らしの良い場所に出る。下を見ると風化した大きな岩が積み重なるように沢山転がっていて、どうやらここは鍾乳洞が陥没して出来た穴のようだ。

 マリアは前方の崖の下の大きな穴を指差して「あの洞窟の中です!」

 穣は「どれどれ」と周囲を見ながら洞窟までのルートを考える。最初は地形に沿って下り、あとは岩の上を伝って行けば、スムーズに辿り着けそうだ。

 悠斗もそれを察したらしく「そんな難所でもないな」と言う。

「うん。じゃあ皆、俺の後に付いて来て」


 穣を先頭に一同は崖の端のなだらかな斜面を滑らないよう気を付けて進み、隣の岩に飛び移る。そこから次の岩へ飛び降りて、さらに下の岩へ。洞窟の穴に近づき、直径1メートル程の穴から中を覗くと微かに水音がする。穴は下に向かって緩やかな坂が続いていて、真っ暗な奥に何やら淡い光が見える。

 マリアがそれを指差して言う。

「あの光!そんなに奥じゃない。……ここ、かなり力強いエネルギー、だから岩盤は大丈夫。崩落はありません。むしろオリオン君が頑張って発破かけないと崩れないレベル」

 オリオンも頷いて「確かに、ここは固いです」

「じゃあ中に入ろう、ライト点けて」

 穣の指示で作業用ライトを点け、一同は洞窟の中に入る。

 少し進んだ所で穣は立ち止まって上にライトを向けると

「天井が高ぇ。結構広いな。この狭い入り口だけ鉱石弾でブッ飛ばしたいね」

 それを聞いてオーキッドが

「鉱石弾って、船の前方に付いてる奴?」

「うん。かなり昔は、あれをぶっ放して鉱石層を派手に崩して採掘した事もあったらしいが、今はもうただの飾り物と化してる」

「飾り……」

 悠斗がしみじみと「いつか撃ってるとこ見てみたいねぇ。どんな感じなのか」

 穣は悠斗を見て「でもアレな、一発撃つのに相当なイェソド鉱石を使うらしいぜ」

「え。鉱石消費して鉱石採るって、おかしくないか?」

「そんだけ鉱石が有り余る時代があったんじゃねぇの?とりあえず進もう」

 ライトを洞窟の奥に向けて進み始める穣。続いて一同も歩き始める。

 

 少し歩くと前方の光はどんどん強くなり、ついにライトを照らさずとも周囲が見える程になる。

 穣はライトを消すと「なんか凄い光ってんな。何でこんな……って、あれか!」

「そう、あれです!」

 マリアが叫びながら指差した先には青い輝きを放つエネルギーの柱が見える。

「でけぇ!」悠斗が驚いて叫び、興奮しながら「大きさ分かりにくいけどあれは、デカイ!」

 嬉しそうにマリアが頷く「はい!大きいんです!行きましょう!」

 駆け出す一同と一緒に自分も走りながら、護が注意する。

「皆、落ち着け!洞窟の中だぞ!」

 近づいてみるとそれは、凄まじいエネルギーの青い輝きを放つ、約3メートル程の太い鉱石柱。

 悠斗は目を丸くしてそれを見ながら「凄い……」と呟く。

 いつもは騒ぐマゼンタも、心を奪われたように「マジで凄い……」

 透はマリアに「やったねマリアさん、大手柄!」

 マリアは満面の笑顔で「はい!」と返事をすると「しかもこれ、中に別の鉱石が入ってるんです。どんな鉱石なのか分からないけど……」

 よく見ると鉱石柱の中央部分に、黒く細長い石がある。

「ホントだ。こんな混合鉱石、初めて見た」

 透が言うと、悠斗も「こんなに綺麗なイェソド鉱石なのに、中に不純物が?」

 するとマゼンタが黒い部分を指差して「でもあの黒い石、綺麗だ。なんか、剣のように見える」

 悠斗は採掘メンバーの健を指差す。

「健?」

 呆れるマゼンタ。

「そっちじゃなくて!武器の剣!下の細い部分が持ち手で、上の太い所が刃みたいな!」

「分かってるけどボケてみた」

「ここで笑いは要らない!」

 そこへ「剣は天と地を繋ぐ一本の柱」という声。

 一同、穣を見る。

 穣は鉱石柱を見たまま「この柱、まさにその言葉の通りだよな」

 悠斗は頷き「確かに」続いて透も「同じ事を思ってた」

 マゼンタは「なんだっけそれ、確か『最強王の物語』とかいう謎めいた話のフレーズ」と言うと「つまり柱みたいにドーンと構えてブレるなって事だよね!」

 穣は笑って「まぁ解釈は色々あるけど、基本的には志とか信念を貫けっていう」

「そう、それが強さなのだ!だから剣菱とか剣の名の付く名字の人が多いんだ!名前には意味がある!」

 調子に乗ってヒートアップしそうなマゼンタの頭を悠斗が小突く。

「偉っそうにぃ!」

 エヘヘと笑ったマゼンタは「知ったかぶりしましたゴメンナサイ」

 その時、洞窟上方の岩場の影の暗がりを、何かがササッと動く。

 しかし誰もそれには気づかない。


 鉱石柱を見ていた穣は「さてと」と呟き、柱の側面を触りながら

「ちょっと勿体無い気もするけど、これを採ろう。どんな風に採ろうかな。護、中の黒い石、どうする?」

 石を見ながら返事を待つが、音沙汰がない。

「護?」

 自分の背後にいる筈だよなと振り向くと、護が石柱を見つめたままボーッとしている。

「おい採掘監督!」

 護はハッ!と我に返ると「えっ、あ。……ええと」

 穣の方を見た瞬間、その背後の柱越しに、上の岩場を何かがサッと通ったのが視界に入る。

「あ!」思わず指差す。

「どした?」

「今、何か動物がいたような」

「動物?」

 マリアが探知をかけて「……そういえば何か小さい生き物の感じがする。何だろう?」

 穣は「コウモリとかじゃねぇの?」と言うと柱を指差し「とにかくコレどうすんだよ」

「と、とりあえず怪力メンバーで叩き折ろう。ここは広いから横倒しに出来る。穣さんの方に倒すからバリアで支えを頼みます」

「了解」


 アンバーの怪力人工種は護、悠斗、健、オーキッドの4人。

 護と悠斗が斧で鉱石柱の根元に深い切り込みを入れると、穣がバリアする方へ4人で協力して柱を倒し始める。

 傾いた柱がバリアに乗ると、穣はバリアの高さを徐々に下げ、下がって来た柱を健とオーキッドが受け止める。

 やがて鉱石柱は完全に横倒しになり静かに地面に下ろされる。

 作業を見ながらガンバレガンバレと応援していたマゼンタは

「やっぱ穣さんのバリアって凄い。人工種の中でも珍しい、珍獣なだけある!」

「珍獣って!」若干荒い息をしながら穣が叫ぶ。

「修行の賜物じゃい!そこそこ大変なんだからなー!」

 そこへ護が穣の方へ歩いて来ると

「これ、どうしよう」

「どうって?」

 護は溜息をつくと「砕くしかないよな。柱のまま持って行けないし。どうせ、後で粉砕される」

「うん。そうでないと使えない」

「だよな。これ、イェソド鉱石だし。じゃあオリオン君の爆破スキルで割る……あ、中の黒い石はどうする?これも砕くのか?」

「んー?」穣は唸ると「気になるなら今、取り出しちまえ」

「うん」護は頷き「綺麗な形の石だから、砕くのは勿体無い」


 オリオンは護の指示に従い、柱の側面に手を当て内部爆破で亀裂を入れて、黒い石のある部分を他から切り離す。それから柱の随所で内部爆破を繰り返し、柱を大小の鉱石の塊に変える。

 マゼンタは小さな塊を拾って麻袋に詰めながら

「これ、船まで運ぶの大変だね」

 すると透が「アンバーに洞窟の上に来てもらえばいいよ。入り口付近の上空は、船が待機できるから」

 穣が続けて「あとは吊り上げて積み込む」そこでふと護の方を見て「何するんだ?」

 道具箱から小さな斧やノミ等を持ってきた護は、黒い石が入っている鉱石の塊の傍に屈むと

「この黒い石を取り出す」と言ってカンカンと黒い石の周囲のイェソド鉱石を砕き落とし始める。

「外に運び出してからやっても……」

「すぐ終わる」

 真剣な表情の護を見ながら、こいつ一体どうしたんだ、何か変だぞと不思議に思う。

 洞窟に入るまでは何だかんだとウザかったのに。なんか静かになってる。

 ふと気づくと他のメンバーも同じ事を思ったらしく、皆、怪訝そうな顔で、作業する護を見ている。

 マリアだけが、何かを探知して「んー」と唸ると「この黒い石のエネルギー、初めて感じる。本当に不思議な石。もしかして新種の石だったりして」

 すかさずマゼンタが「新種発見?」

「わかんない。単に私が知らないだけかも。……黒船のカルロスさんなら」

「黒船なんかどうでもいいー!」

「叫ばないで、うるさい」

 マリアがマゼンタを窘める。しかし護はマゼンタの大声を気にも留めず、黙々と作業を続けている。

 一同は更に不思議な表情で護を見つめる。

 いつもなら注意するのに、マジで一体どうしたんだ、こいつ?



 (なんて美しい黒なんだろう)

 作業しながら、護は石に魅せられていた。

 そもそも鉱石柱を見た瞬間から、護の心はその美しさの虜になった。

 澄み渡った青の中に、漆黒の石が入っている。

 まさに天と地を繋ぐような、どっしりとした柱。

 折られてバラバラにされてもなお、力強いエネルギーを発している。

 (凄いよな。人に壊されても全く動じない。これが本当の、自然の強さか……)

 畏敬の念に打たれつつ、作業の手を止める。

 まるで剣のような形をした黒い石は、まだ若干青い鉱石に包まれているが

「これくらいでいいか」と言いかけたその時。

 突然、上から何かが降って来た。

「!」

 一同、驚く。

 護も「えっ」と驚いた瞬間、上から落ちて来た数匹の耳の長い生き物の一匹が、護の顔面にキックをブチかます。

 思わず護は石から手を離し、耳の長い妙な生き物達は、黒い石を耳で持ち上げ頭に乗せてトコトコと洞窟の奥へ。

 悠斗が呆然と「な」

 マリアも驚いて「な」

 穣も驚愕の目で「なんだあれ」

 ウサギのようでウサギではない、しかし大きさはウサギ程の耳の長い丸っぽい生き物。

 護はふと我に返り、「持って行かれる!」と叫んで慌てて立ち上がると変な生き物を追う。

 追っ手に気づいた相手はサササと壁の狭い割れ目の中に逃げ込む。

「逃がすか!」

 護も狭く真っ暗な割れ目に身体をねじ込む。

 その様子を見て穣が慌てて護の所へ来る。

「お、おい、護……」

 狭い岩の間を抜けて、護はその先の通路に出る。

「……っ、ぬけ、た!」

 前方には鉱石の輝きに照らされた、あの変な生き物達が見える。

 追って来た護にビックリして逃げようとする。

「待て!」と叫んで走り出そうとした瞬間、護の足が手前の出っ張った岩に引っ掛かって躓き、よろめく。

「あっ!」

 そこへ穣が岩の間から出て来ると、前方の護の状態に気づいて叫ぶ。

「ま、護っ!」

 切羽詰った鋭い叫びに、変な生き物達も足を止めて声の方を見る。

 穣の左側には巨大な空間があり、護はその空間上に、横になっていた。

 穣が居る側の地面に足先を付け、空間を挟んで向こう側の壁の出っ張った部分に掴まっているという、ほぼ宙に浮いた状態。

 護の眼下には深い大地の裂け目。下に青い線のような光と水音、……川だ。

 浮き石で落下速度を緩めても下が川なら。しかもここは洞窟。

 死を覚悟した護が「来るな危険」と叫びかけた瞬間。

 身体を支える為に辛うじて掴まっていた壁の岩がガラッと崩れた。

「!」

 穣が目を見開く間も無く護の姿が一瞬で忽然と消え失せる。

「……まもるーーー!」

 悲痛な絶叫が響き渡る中、相当な高さを落下した護は谷底の青い光を放つ川にドボンと落ちる。

 耳の長い変な生き物達は驚き焦って困ってそれからキッとした表情で何かを決意すると、黒い石と共に下へ飛び降りドボンと川の中に落ちる。

 穣はショックで呆然とする頭を必死で働かせて

「し、下が川、……俺も落ちる訳には、ダメだ」と言うとハッとして

「位置、探知だ!マリアさん探知!護を探知してくれ!護を!」

 叫びながら壁の割れ目に身体をねじ込ませて皆の方へ戻り始める。

「絶対助けるからな、生きろ護!生きろーー!」

 護が落ちた川は、光る水を湛えながら何事も無かったかのように静かに流れ続ける。