第1章05

サワサワサワサワ……

(水音が、遠くなる……)



 薄暗く狭い部屋の中、穣がバリアで満をダンッと壁に叩き付け、そのままバリアで壁に押し付けながら笑う。

 『あはははは苦しいだろ満。どーだ、俺、テメェの望み通りキチンとバリアが使えるようになったんだぜ』

 穣のバリアの圧力で、満は苦し気に『くっ』と呻く。

 『俺がどんだけ苦労してここまで出来るようになったか』続く言葉を掻き消すように満が『使い方が、間違ってる!』と怒鳴り、バリアを突き破って穣の首を掴み、穣を逆側の壁にダンッと叩きつける。

 『ぐふっ!』

 床に崩れ落ち、座り込む穣。

 満はその前に仁王立ちして穣を見下しつつ

 『全く、お前は数少ない貴重なバリアラーだというのに!』

 それから屈んで穣に顔を近づけると

 『いいか穣。製造師の十六夜先生は、お前に期待してるんだ。お前がその能力をフルに活かせば、あのカルロスに勝つ事も』

 『くだらねぇ!』吐き捨てるように叫ぶ。

 『穣!』

 穣は満を睨み付けて絶叫する。

 『テメェはただ製造師に気に入られたくてご立派な長兄役をしてるだけだろ、何でそんなに製造師の為に生きなきゃならねぇんだよ!』

 『穣!』

 激怒した満はガッと穣の首を絞める。

 その様子を、歩、護、透の3人の弟達が黙って立って見ている。

 護は恐怖に耐えながら

 (ど、どうしよう。どうしたら……)

 穣は両手で満の腕を掴んで引き剥がそうと藻掻きつつ、苦し気に掠れ声で呟く。

 『こ、の、怪力バカ……、殺す気か!』

 その穣の手を振り払うようにバッと穣を離した満は立ち上がって3人の方を見ると

 『歩、護、透!お前達は穣のようにはなるなよ!』

 歩と護は『はい!』と返事をするが、透は黙ったまま俯く。

 満は透を見て『透。返事はどうした』

 透は黙って俯いたまま、何も答えない。

 凍りそうな冷たい沈黙が場を支配する。

 満はゆっくり歩いて透の前に立つと『……返事が無いのは』

 そこで瞬間的に護がバッと透の腕を掴み『透、返事しなきゃダメだろ!』

 すると歩が冷静な声で『長兄。後で私が、透に指導をしておきますので』

 満は満足気な微笑みを浮かべて『流石だ歩。良い子だな、護』

 護は少しホッとするが、ふと視線を感じて穣の方を見た瞬間、ハッと凍り付く。

 穣が凄まじい形相で、護の事を睨みつけている。

 再び恐怖が護の身体を支配する。

 (な、何でそんな目で見るの……。だって、だって……)


 ……許して……。



 ペシペシ、バシッと音がする。

 (……ん?)

 バシバシと何かが護の頭を叩いている。

 ふと目を覚ますと、目の前には光る水。サワサワという川の流れる音。

 (あ……)

 川幅が狭まり、両岸の岩に引っ掛かって止まった黒い石に、覆い被さるようにして川の中にいる自分。

 周囲には、あの変な生き物がクッタリした感じで数匹転がっている。

 (明るい。外だ!)

 目の前は洞窟の出口らしく、川は小さな滝となって下に流れ落ちている。

 眼下には太陽の光に照らされた森の木々。

 護は暫し呆然と周囲の景色を見ていたが、突然ハッ!として

「自分生きてた!……けど、どうしよう……」

 不安気な顔になって目の前の変な生き物を見ると、変な生き物は必死に何かを護に訴える。

「ついて来いって?」

 呟いてから驚く。

 (いやまて、声も無いのに言いたい事が伝わって来た!なにこの生き物……?)


 奇妙な生き物ではあるが、他に頼る者も無いので護は彼らに従う事にした。

 黒い石を抱き、変な奴らと共に小さな滝を流れ落ちて、川の流れに沿いつつ泳いで何とか川岸に這い上がる。

 (なるほどこの黒い石、一応イェソド鉱石なんだな。だから手首に着けた浮き石が反応して、浮き輪の代わりになるんだ。あと川の水もイェソドエネルギーを含んでる鉱石水。それで助かったのか……)

 座り込んで黒い石を見ていると、再び変な生き物が護に何かを語り掛ける。

「ん、……ついて来いって?ちなみに、ここはどこなんだ?」

 変な生き物達は頭にハテナマークを浮かべる。

「?」

 それを見て護が不満気に「ワカランのについて来いって」と言った途端、彼らからまた顔面にキックを食らう。

「……ついて行きます」と言いつつ立って歩き出しながら、上空を見る。

 (アンバーは、いない、か……)

 黒い石を肩に担いで歩きながら溜息をつく。

 (まぁそのうちマリアさんが探知で俺を見つけてくれるだろう……)



 一方その頃。

 洞窟入り口の上空に停まっているアンバーのブリッジでは、マリアが必死に護を探知していた。

 蒼白なマリアは泣きそうな顔で「こんなに探知してるのに、どこなの護さん……!」

 船長席の剣菱は厳しい顔で腕組みしたまま黙考している。

 そんな剣菱を、ブリッジの入り口に集う他のメンバー達が不安そうに見つめる。

 疲れた顔でブリッジの横壁にもたれ掛かった透は、はぁ、と静かに溜息をついて額に手を当て項垂れると

「探知出来ないのは、もしかして、もう……」と小さく呟く。

「いや」

 船長席の隣に立つ穣が、凛とした声で言葉を返す。

「護は簡単には溺死しないと思う」

「だけど」

「護が落ちた川の水は、イェソドエネルギーを含んだ鉱石水だった」

 マリアも頷き「うん、しかもかなり高濃度の」

 話を聞いていた剣菱が怪訝そうに「どういう事だ?詳しく説明を」

 穣は剣菱の方を向く。

「人工種はイェソドエネルギーを含んだ人工羊水の中で作られるってご存知ですか」

「ええ!?」驚く剣菱。

「だから俺達はイェソドエネルギーを扱えるようになるんです。例えばこの浮き石は、イェソドエネルギーに反応して浮力を出しますけど、人工種が浮き石を扱えるのは地面や大気中に微量に含まれるイェソドエネルギーを集めてぶつけているから。……護は浮き石を着けているし、水が鉱石水である限りは簡単には溺死しないだろうと」

「なるほど……」

 透が言い難そうに言葉を挟む。

「……でも、浮いても、川の流れが速くて激突とか。何かに引っかかって動けないとか、そもそも洞窟の中の川だし……」そこでちょっと黙ると「マリアさんが見つけても、助けに行けるのかな……」

 穣は頭に手を当て髪をクシャクシャと弄ると

「まぁ色んな可能性はあるけど、結果が出るまでわかんねぇ!」

 剣菱も頷き「うん。とにかく人工種管理本部には連絡したし……って管理の船、遅いな。以前アンバーが勝手に外地に出た時には速攻で来たのに」

「そう、連絡してないのに突然来ましたよね」

 剣菱は苛立ちつつ「来なくていい時には来て、来て欲しい時には来ねぇ」

 すると透が自分の首元を指差しつつ、穣に

「あのさ、このタグリングが常に人工種を管理してるなら、護の位置とか安否とか、分からないのかな」

「どうだろ」

「……既に安否が分かってたら、急いで来ないかも……」

 その言葉に剣菱も穣も他のメンバー達も、目を見開く。

 剣菱が怒鳴る。

「そりゃねぇべ、絶対ねぇ!人工種管理にも都合があんだよ多分!」



 だんだん日が暮れて来る。

 深い森の中、変な生き物に先導されつつ黒い石を担いでフラフラと歩き続けている護。

「……まだ、歩くのか……」

 護の肩に乗った変な生き物は、長い耳で護の頭をペシペシ叩く。

「かなり、相当、歩いたぞ……」

 はぁ、はぁ、と苦しそうな息をする護を、変な生き物が必死に応援する。

 護は突然立ち止まると、ガクリと膝を付き両手を地面につけて

「どこまで歩くんだよ、アンバーの所に行けるのか?!」と叫び、変な生き物を両手で掴むと

「教えてくれよ、なぁ!」と叫ぶ。

 変な生き物は嫌がって耳と足をジタバタさせる。

 護は項垂れて「こんな、こんな大失敗して、畜生……」と悔し気に呟くと

「せっかくここまで頑張って来たのに。長兄に認めて欲しかったのに!」と絶叫し、バタリと地面に倒れ込み、仰向けになる。

「どうしたらいいんだよ、一体。どうしたら……」

 涙を流しつつ、うわ言のように「嫌だ、もう。何もかも。誰か、俺を、助けて……!」



 アンバーでも皆の顔に不安と焦りの色が濃くなっている。

 今や船内の殆ど全員がブリッジ入り口から通路にかけて集い、状況を見守っている。

 船長席で誰かと電話している剣菱を除いて、他の誰も言葉を発しない。

 剣菱は受話器を置くと席から立ち上がり、入り口付近に集ったメンバー達の中に来て、おもむろに

「今、人工種管理本部から連絡があったが、護が見つからない。どうやら護のタグリングは壊れたらしく、反応が無いそうで」

 悠斗が「壊れた?!」と叫ぶ。

 健も自分のタグリングを指差し「これはそう簡単には壊れないと聞いた事があります!」

 透は拳を握り締め、「管理が嘘を」と言いかけたのを、穣が制する。

「でも壊れたんなら生きてる可能性はあるだろ。反応が無くても」

 その言葉に一同、ハッとする。

 剣菱も大きく頷き「そこでだ。明日の早朝、黒船のカルロスさんに探知してもらう事に」

「明日?!」透が叫ぶ。「今すぐここに黒船を」

「いや黒船は現在、荷降ろしの為に採掘船本部に戻ってる。水や食料等の補給も必要だし、仕方がない」

「じゃあ他の船の探知人工種は?」

 その問いに、マリアが青い顔で申し訳なさそうに「ごめんなさい、私が」

 透は慌てて「マリアさんは頑張りすぎだ!無理するな!」

 悠斗も「そうだよ、一人で背負わなくていい!」

 剣菱も「うん」と言って腕組みすると「今ここに来れそうなのはブルーアゲートとレッドコーラルしかない。が、レッドの探知はどうだろうな、マリアさんよりあんまり……」と言葉を濁す。

「じゃあ、ブルー」と言いかけた悠斗は、穣を見て「……は、まずいか……」

 穣は憂鬱そうな表情で

「こんな事態に満が来たら、俺の精神が持たねぇ」

「……」

 一同がちょっと沈黙したその時。

 背後からトゥルルルという電話の呼び出し音が鳴る。

 途端に剣菱がハッと目を見開くと「だ、誰からだ」

 悠斗や皆が急かす。

「管理でしょ!早く!」

「いや管理からは緊急用電話で来る。こっちの電話は多分、いつもの」

 すると透もハッとして「……まさか!」

 剣菱は、はぁーと溜息つきながら船長席に戻って受話器を取る。

「はいアンバー剣菱……あぁ満さん。申し訳ない、いやいや今、重要な会議中なので失礼致します。では」と言って受話器を置くが、すぐにまたトゥルルルと呼び出し音が鳴る。

 思わず額に手を当てた剣菱は「はぁ、もぅ……」と悲痛な声を上げる。

 そこへ穣の「俺が出ましょうか?」という声。

 振り向くと穣が物凄い形相で、殺気まで発している。

 剣菱は慌てて「いや今は無視、無視だ!重要な会議中で無視っちまったって事で……」

 それから一同に対して大きな声で「とりあえず皆は夕飯を取る事!」と言い「どっちみち夜は危険で捜索できない。明日、あの黒船のカルロスさんにお願いしよう!」

「……」

 数人は小さく「はい」と返事したが、透や悠斗は不満気に剣菱を見る。

 剣菱は更に大きな声で語り掛ける。

「気持ちは分かるが無理してもしゃーない、管理が明日と言うのを無視して強行して事故でも起こしたらそっちのが大問題だ。皆、辛いが耐えよう!」

 鳴り止まない電話の音。剣菱は辟易したように「まだ電話が鳴ってる」と言い、受話器に手を伸ばす。

「仕方がない、出よう……」