第3章03 新しい世界
数日後の朝。
護はターさんの吊り下げ木箱に乗って快晴の空を飛んでいる。果てしなく続く紺碧の空を見ていると、この空のどこかにアンバーやブルーがいるんだなぁという思いが浮かんでちょっと切ない気持ちになる。
(皆、元気かな。会いたいな。会って、謝りたい。特に、穣さんと透に。以前の俺は石頭で、色々と酷い事を言ってしまった。更に事故って行方不明になって……)
俯いて、溜息をつく。
(だけど川に落ちたお陰で新しい世界を知った。……穣さん、貴方に教えてあげたい。世界は皆が思っているよりずっと広かったって事を。いつか、貴方に……)
暫くすると遠方の空に有翼種の一団と、大型の船が見えて来る。ターさんがそれを指差して叫ぶ。
「見えて来た! あれが有翼種の採掘船だよ」
護は船の方を見ながら不思議そうな顔をする。それはまるで人間世界の海に浮かぶ海上貨物船を空に浮かべたような、護にとっては珍しい形の航空船。
「人工種の採掘船と全然違うなぁ。あ、誰か飛んできた」
数人の有翼種が木箱の傍に飛んで来る。有翼種の一人が護を見て面白そうに「なんだなんだ人工種って木箱で運ぶのか」と言うと「落としてやろう!」と木箱を大きく揺らし始める。
護は木箱の底に転がりながら「ちょ、ちょっと!」
ターさんが叫ぶ。
「こらぁ大事な積み荷にイタズラするなー」
そこへ船のほうから「ター! ここに降ろせ」と場所を指示する声。
ターさんは甲板の上の指示された場所へ飛んで行き、木箱を下ろす。甲板には白石斧を持った有翼種が数人、黒石剣を持った有翼種も一人いる。
護は、俺ってすっかり積み荷だよなと思いつつ白石斧を持って木箱から出ると、周囲の人々に挨拶する。
「初めまして、有翼種の採掘船の見学に来た護と申します。宜しくお願いします!」
するとリーダーらしき有翼種が護の前に進み出て「普段は余計な奴は乗せないけどな、ターの頼みだし、まぁ俺も人工種の採掘師に興味がある」と言い、一同を見回して叫ぶ。
「さて出発だ! 発進!」
船が動き出す。護は少し驚いて、キョロキョロと周囲を見ながら考える。
(えっ、皆、甲板に乗ったまま行くのか!? まぁ飛べる人々だし落ちる心配無いしな。採った石のコンテナも、飛んで吊り下げて甲板に積めばいいし、船内に入る必要は無いのか。なんか凄いなぁ)
出発して数十分後。
周囲が少し霧掛かって来て、前方に厚い雲のようなものが見えて来るが、船はそのまま前進を続ける。
護は隣に立つターさんに聞く。
「このまま雲の中に入るの?」
「あれは雲じゃないよ。死然雲海(しぜんうんかい)って言うんだ。これから雲海切りをする」
黒石剣を持った少し小柄な有翼種が前方を指し示すと「この辺りでーす!」と叫ぶ。
リーダーの有翼種は「じゃあ始めよう! ドゥリー、切ってくれ」と指示し、ドゥリーと呼ばれた黒石剣を持つ有翼種は「行きます!」と言うと同時に船の前に向かって飛び上がり、黒石剣で前方を薙ぎ払う。
黒石剣から物凄いエネルギーが放散され雲海が切り拓かれ、前方に巨大なケテル鉱石柱が姿を現す。突然始まった予想外な出来事に護は驚き過ぎて「ほぇ……!」と目を見開いて「こ、これが、雲海切り……」
ターさんは「うん」と頷く。
採掘師たちはケテル鉱石柱に飛び付くと、側面を白石斧で少し切り刻み、石を輝かせる。
それからリーダーの有翼種がピィーと笛を鳴らし、それを合図にリーダーともう一人の有翼種が柱の上部に飛んでガンガンガンと柱の一部に斧の刃を入れ、まず上段を切る。仲間達がそれを押さえて持ち上げ、船の甲板に持って来て載せる。さらにピィーという笛の音で鉱石柱の中段、同様に下段も切って船に載せる。
「これ、採掘なのか……? そもそも森の木より背の高い柱が生えてるってどんな……」
護がビックリ仰天しながら作業を眺めていると、リーダーの有翼種がやって来て護の白石斧を指差す。
「その斧で、アンタもやってみるか?」
「ええ?!」驚愕する護。
「あんなの絶対無理! だって飛べないし」
リーダーは「浮き石は使えるかい?」と護の両手首に付いている浮き石のブレスレットを指差す。
「……使えます、けど」
「なら落ちながら切るって手もあるな」
「はぁ?」思わず大声で叫んでしまう。焦って「いやあの、下で切るんじゃダメですか」
「お前にはまだ切れない。上は多少失敗しても、活かせる。はじめに細かく削っただろ、あれは『活かし切り』って言って、眠っている部分の一部を切る事で全体を起こしてやるのさ」
護は「……あぁ」と一応分かったような生返事をする。
「よしお前、活かし切りをやってみよう」
「えええ」
絶対無理と言い掛けた護にターさんが助け舟を出す。
「大丈夫、最初はどこでもいいから落ちながら切ればいい」
「落ちながら?!」思わず声が上擦ってしまう。
「そもそもこんな高さ、飛び降りた事ないんですが」
「じゃあ最初に飛び降りる練習しようか」
ニッコリ笑うターさん。
「ほぇ?」固まる護。
ターさんは白石斧に付いているベルトを指差して
「そのベルトを自分の腕に着けて。斧の落下防止だ」
「んでも自分ごと落下したら意味無いような」
「とにかく付けて! ……付けてあげようか?」
「自分でします!」
護は斧に付けてある皮ベルトの一端を自分の腕に巻き付ける。
リーダーは護の上腕を掴んで引っ張り、船の縁まで連れて行くと「とっとと飛び降りろ」
「まままま待って! あの、その、人工種もですね、採掘で船から飛び降りますけど高さが全然段違いなんですよ! しかもここ下が雲で見えないし」
ターさんが優しく「浮き石があるんだし、大丈夫だよ。突き落としてあげようか?」と護に近づく。
「いや自分で行きますっ!」
するとリーダーが「よく言った!」
「く、くぅ」
唸る護。洞窟の中で川に落下した時の恐怖が蘇る。
(あの事故のトラウマがぁ……だがしかし! あの時もうダメだと思ったのが今こうなっている! ターさんも居るし、やってみるしか!)
大きく息を吸い、「行きまぁぁす!」と叫び、覚悟を決めて船から飛び降りる。
同時にリーダーが飛んで追い掛けて来て「身体を立てろ! 斧を構えて!」
(無茶苦茶言うんじゃねぇぇぇぇぇ!)
心の中で絶叫しながら浮き石で何とか体制を立て直し、斧を持って地面に着地、クッタリと座り込んで放心する。そんな護をリーダーがガッと小脇に抱えて飛び上がると
「飛べないって、めんどくせぇなぁ」
護は涙目でヤケクソ気味に「すみません人工種なので!」
リーダーは意地悪そうに笑いつつ「面白い」
(お、面白いって……ちっくしょー!)
そのまま暫く落下練習をする護。
有翼種達の声援を受けつつ最初は必死な形相で落っこちていたが、だんだん空中で体制を保てるようになり、ついに綺麗に立って着地できるようになる。
下からターさんに抱えられて船に上がって来た護は甲板に着地すると仏頂面で呟く。
「立てるようになりました」
リーダーは護の頭をポンと叩いて「ヨシヨシ、やっと普通になったな」
「こんなの普通じゃありません」
「ここでは普通なの。じゃあ本番行こうか、人工種」
「俺は護って名前です!」
怒る護に周囲の有翼種達がケラケラ笑う。
リーダーも笑いながら「次の柱の所に移動しよう! 出発!」
護は益々仏頂面でプンスカ怒る。
(なんか笑われてるし。ちくしょームカつく!)
少しして、船はやや大きな鉱石柱に近づき、船体側面を柱に横付けするように停止する。
ドゥリーや他の有翼種達は鉱石柱の上空に飛んで待機し、リーダーは護を船の縁に立たせて自分はその背後に立つ。
「さぁどうぞ人工種さん。『活かし切り』よろしく!」
ターさんも声を掛ける。
「まぁ適当に切ればいいから」
護は「うん」と言い、真剣な眼差しで柱を見つめる。周囲の有翼種達は護を見つめる。
白石斧を握り締めた護は「行きます!」と叫び、気合を込めて斧を頭上に振り被って船から飛び降りつつ『活かし切り』をするが、一ヶ所切れただけで後はブンブンと斧を空振りしながら落ちていく。有翼種達は大爆笑。
「気迫はいいけど空振りだ!」
護を追って飛んできたリーダーは、着地した護を拾って抱えると上空の船へ運ぶ。
悔し気な顔の護は、いじけ気味に涙目で叫ぶ。
「役立たずですみません!」
リーダーは満面の笑顔で「まぁいいや。今日はこのまま一緒に仕事しよう」と言い、驚いた護は思わず「えっ」と目を丸くする。
(仕事の邪魔では……?)
「お前、やる気が凄いんだよ」そう呟いたリーダーは、護を甲板に置くとターさんに指示をする。
「次は空中で斧を操る訓練だ。こっちは仕事するから、頼む」
「ほいさ」
リーダーは柱の周囲にいる有翼種達に「じゃあその柱、とっとと採っちまおう! 作業開始!」
ターさんは護の腕を掴んで船の後方に連れて行き、「君はこっちでまた落ちる!」
数時間後。
船の甲板には数本のケテル鉱石柱が積まれている。護は甲板の隅にクッタリと座り込み、
(疲れた……しかも失敗ばっかで全然出来ないし。皆に迷惑かけてばっかり……)
そこへドゥリーがやって来る。
「お疲れさん! 今日はあんまり採れなかったけど、面白かった」
護はションボリと「ご迷惑かけてすみません」
「まぁ、その斧を使い込んで、感覚を磨くといいよ」
「はい。頑張ります……」溜息混じりに呟く。
続いてリーダーもやって来て、護の前に立つ。
(……どうせ役立たずって言われるんだろうな)
覚悟を決めて、リーダーの言葉を待つ。
「ターに基本を色々教えてもらえ。そしてまたウチの船に手伝いに来い」
「え?!」護は驚いてリーダーを見る。
「来ていいの?」
「手伝いなら、いつでも歓迎する。もし腕のいい採掘師になったら、契約もするぜ?」と意味深な表情をすると「ただ飛べないのがネックだな。本気で採掘師で食っていきたいなら相当腕を磨かないと」
唖然としてリーダーを見つめる護。
(責められると思ってたのに。役立たずは要らねぇって。迷惑掛けるなって……)
リーダーは護に「そんな顔するな。大丈夫だ、地道にやれば」と微笑む。
ドゥリーも「一緒に頑張ろうー!」と笑う。
(な、な、なんだこれ。どうして皆、俺を責めないの)
「さて、じゃあ」リーダーは木箱の近くで待っているターさんの方を向き「ター、この人工種を持って行ってくれ」
「了解。行こう、護君」
立ち上がる護。
リーダーは「おっと。名前を言い忘れていた。俺はカルナギ・ブルートパーズ」と言って護に右手を差し出す。
護は驚いて少し戸惑いつつ「……十六夜護です」と言ってカルナギと握手する。
握手が終わるとカルナギはその手で護の背中を軽くポンと叩き、「頑張れよ」と呟く。
「はい」
白石斧を持って木箱の所へ歩いて行き、中に入った護は、周囲で見守る人々に向かって叫ぶ。
「あの、また来ますので、宜しくお願いします! 今日はありがとうございました!」
カルナギはニヤッと笑って手を振る。
ドゥリーも「またねぇー!」有翼種達も「またな!」と手を振る。
護と妖精を乗せた木箱を吊り下げて、夕空へ飛び立つターさん。
木箱の中で、密かに嬉し涙を流しながら、護は思う。
『こんな世界があったんだ……』
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