第4章03 大捜索
カルロスは必死に森の中の獣道を走る。
相手の探知を妨害しながら相手を探知するのは慣れているが、走り続けながら複数の存在に対してそれを行い、更に自分の進路も探知するというのは前代未聞の荒業で、心の中で愚痴を言う。
(首が、苦しい……。管理波が、更に強烈に……。しかもアンバーの探知まで参戦して来やがって、難易度上げるなよ全く!)
草を掻き分け、木の枝なのか蔦なのか何だか分からないものを引き千切って、息苦しさに耐えつつ走り続ける。
(もう少し行けば、木々が疎らな場所に出て、走り易く……だが空から視認し易くなるが……。あっ、黒船が動いた。この進路だと恐らく護が流された川を頼りにあの湖を目指している。流石だ上総、気づいたか。お蔭で管理も付いて来る訳だがぁぁ!)
黒船のブリッジでは操縦席の総司の左隣に立つ上総が必死に探知を続けている。
探知エネルギーの高さに上総の身体の周囲が若干青く光り、駿河と総司はそれを見ながら上総の光、初めて見たなと思っていると、上総はイライラしたように右手を額に当て前髪を掻き毟って叫ぶ。
「カルロスさん……もう、どこなんだよカルロスさん!」
駿河が見かねて「あまり、無理しなくていい。アンバーも探してくれているし、航空管理の応援も何隻かこちらに向かっている」と言うと上総は目を開け駿河に詰め寄るように船長席側に近寄って叫ぶ。
「嫌です! だってお前が見つけろとあの人に言われた! もし仮にあの人が護さんが流れた方へ行ったなら、川の流れに沿って湖を目指す筈、だからこの辺に絶対、いる!」
「……」
凄まじい気迫に、駿河は黙り込む。上総は涙を浮かべて
「例えどんなに探知妨害されても絶対に見つけてやりますよ。だって、それが、あの人の望みだから!」
堪らず涙が零れ、慌てて服の袖で涙を拭うと再び探知に集中する。
(……こんな上総、初めて見た……)
上総の青い光を見ながら、駿河は思う。それから目線を落とし、密かに静かな溜息を漏らす。
(どうして、カルロスさん、なぜ俺に何の相談も無く……。7年も一緒に居たのに、信頼、無かったんだな……)
そう思ってふと、カルロスの言葉が脳裏に蘇る。
『私の能力が信じられないと?!』
(あの時の、あの様子……。まさかあれが? 確かにいつもと違って尋常ではないカルロスさんだったけど、でも……)
その時、上総が「あっ」と声を上げ、駿河もハッと我に返って上総を見る。
「これ、何だろう……いや、今はこんなの関係ない!」
総司が慌てて「待て上総。何だ、何があった?」と言うと上総は悩みながら「んー、これ、もしかして前にカルロスさんが言ってた遺跡かも」と首を傾げる。
総司と駿河が同時に「遺跡?」と言い、あの時の事を思い出す。
『かなり巨大な人工建造物らしきものが……でも人が居ない。これは何かの遺跡ですね、多分』
駿河は「あぁ」と言ってから、ふと「いや、でも。もしかしたら彼はそこへ向かうかもしれないぞ。だって徒歩だろ、どこかで休むとしたら」
上総が「遺跡!」と言い、総司も「なるほど、一理ある」と頷く。
駿河は「とりあえず行ってみよう。何か手掛かりが掴めるかもしれない」と言い上総に「進路の指示を」と指示する。
「はい!」
管理の船の後方を飛ぶアンバーのブリッジでは、剣菱が呆れ果てたように「まーったくもう!」と頭を抱えて「護の時は前科があるからアンバーは来るなって言った管理が、今回は一緒に外地に来い、だと! しかも管理の船が何隻か応援に来るっていう……」と言うと、ハァと脱力して「何なんですかねぇ?」と左隣に立つ穣を見る。
穣は皮肉な笑みを浮かべて「大事にされてんなぁカルロス」
「それにしても、だ」
剣菱は自分の前の、通信機器や電子計器類のある指揮机をポンと叩いて
「黒船さんは明言しないが断片的に聞いた話から考えると……、なにゆえ逃亡したのか!」
マリアが「やっぱりそうなのかな!」と剣菱を見る。
「多分、推測だけどな。……だって森の中とはいえ探知が二人いる時に片方を見失うってのはさ。しかも護も見つからないし。なにより管理さんの捜索の意気込みが、護の時とは全然違うし!」
穣は顎の下に右手を当て、うーんと唸ると
「でも、ちょっと信じられねぇけどな。あいつが黒船から逃亡するなんて」
操縦席のネイビーも同意する。
「だよね。何かよっぽど嫌な事でもあったのかな……」
「つーか、そもそも一人で外地に出るのは」穣の言葉にすかさず剣菱が「そこなんだよ」と割り込む。
「いくら凄い探知でも、一人で外地ってのは無謀だろ? つまり、どうしても外地に出たい理由があったんだな」
そこへ透が「人生嫌になっちゃった、とか?」
穣が手を振って「いやアレは自殺するようなタイプじゃないなー」
「思うに……」剣菱はそう言って少し間を置くと「あの人は以前、護を探知した。恐らく護が生きてるってのは嘘じゃないと思う。彼はそこに向かったんじゃないかなぁ……」
「なぜ?」透の問いに剣菱は「さぁねぇ」と腕を組む。
穣も腕組みをしてウーンと唸ると溜息をつき、ボソッと呟く。
「あいつ一体、何を探知したんだよ……」
黒船は管理の船とその後ろのアンバーを引き連れて、遺跡へ向かって飛び続ける。
ブリッジ内のみならず、外の通路にも緊迫した空気が漂い、入り口付近に結構な人数が集っているのに誰も何も喋らず、ブリッジ内の上総が進路指示をする声と総司の返事だけが時折沈黙を破る。
駿河は船長席でレーダーや計器に目を向けてはいたが、頭は『なぜ』という問いで一杯だった。後悔や罪悪感、悲しみと寂しさ等が入り混じったヒリヒリするような心の痛みに耐えつつ必死に考える。
(なぜ、こんな事に。外地に一人で出るなんて、そんな無謀な事を、どうして……。あの人の事だから確証の無い事はしない筈、恐らく多分、無事だとは思うけど、しかし万が一、もしも命を落としたら……)
不安で心が潰れそうになり、無意識に右手で胸を押さえる。
そこでふと、カルロスの言葉を思い出す。
『……貴方は、本当にそれでいいのか。……お前は、そんな奴なのか?』
(あれはどういう意味だったのか……。あの人は、俺に一体何を伝えたかったのか……いや、分かる。本当は、うっすら何となく分かってた。あの人が望んだのは……)
悔しさと後悔がドッと襲ってきて、密かに奥歯を噛み締める。
(しかし、だけど、俺は……)
「なんか少し、曇って来た」
総司の声にハッとして船窓を見る。そして「えっ?」と目を見開く。
同時に総司も「え?」と驚きの声を上げて「いつ雲の中に入った? 一瞬で曇ったぞ!」
「大丈夫、俺が探知してる!」
上総の強い声に、総司も駿河も驚いて上総を見る。上総は探知を続けながら
「なんか変な雲があるって分かってたし! それに、あの人だったらこの状態でも絶対行ける!」
思わず駿河が「そう、確かにそう言っていた……」と呟く。
(でも、俺が止めたんだ……)
ついに窓の外は真っ白になり、視界がゼロになる。
レーダーを見ていた総司が「おや」と呟いて「船長、後続の奴が!」
駿河もレーダーを見ながら「うん。航空管理の船が速度を落とした」
「嫌な予感。もしかして止まるのかな」
総司の言葉に駿河も頷き「そんな気がする。こんな状況、前にもあったな」
「ありましたね。まさか管理はまた天候悪化で捜索中止とか言わないだろうな」
上総は「そんなの嫌です!」と叫び、「とにかく行ける所まで……あっ、そうだ! 今回はアンバーが居るので、アンバーの探知を中継すれば、管理波が無くても黒船は遺跡の所まで行けます!」
「なるほど!」総司の叫びと同時に駿河はパンと手を叩き
「そうか! 管理と黒船の間にアンバーを置いて、探知人工種同士で繋がるのか! ならば航空管理の船が止まっても」と言ってあの時の事を思い出す。
「……あの時は、行かなかった。あの人に、あれだけ懇願されても。しかし今回は、可能な限り行く! いいな副長!」
「はい」総司は頷き「了解です、船長!」と力強く答える。
「よし管理とアンバーに連絡する」
慌てて総司が「アンバーに最初に連絡を!」
駿河は「うん、管理は後だろ、大丈夫」と言い「……言い方が悪かったな」と微笑む。
暫く後。
管理の船を追い越して、アンバーは黒船の元へ急ぐ。
ブリッジでは剣菱が苛立ち露わに「人工種管理と話すのはマジで疲れる。何で20分も停止して不毛な電話交渉せにゃならん! 危険だから遺跡に行くなとか……いや危険だから少しでも安全な手を考えるべと言ってんのに、応援の船が全部来れなくなったからダメだとか……どういうこっちゃあ!」と盛大に愚痴って「アンタら本気でカルロスさんを探す気あんのかー! メチャ腹立つから、ここで引き返してカルロスさんが死んだら管理のせいですよ、って脅したらやっと許可が出たという……20分も無駄にしやがってぇ!」
ネイビーが操縦しながら「まぁまぁ船長、落ち着いて」と剣菱を宥めて「管理とブルーの満さんと、どっちが面倒なのかなぁ」と溜息をつく。
「どっちもだ! しかし管理め、こっちが突っ込んだ質問したらのらりくらりと逃げやがって、一体何を隠してやがる!」剣菱はそう言うと神妙な顔になり、重々しい声で言う。
「遺跡には、何かあるぞ!」
思案気に剣菱の話を聞いていた穣は、何か決意したように剣菱に向かって言う。
「船長、ひとつ提案があるんですが」
「ん?」
「その遺跡って所に黒船の連中だけ行かせるのは心配なんで、俺も行かせてくれませんか。黒船に打診して欲しいんです。何か役に立つかもしれんから、バリア職人を一緒に連れてってくれと」
数分後。
黒船は雲の中で停止している。船体上部の甲板ハッチが開いて風使いのメリッサと夏樹が甲板上に出て来ると、風を操って周囲の雲を少し薙ぎ払う。すると船体後方、斜め上に茶色い船がうっすら見えて、徐々に黒船の上へ近付く。
メリッサは風を感じつつ「もうちょっと視界を取りたいけど、雲が厚くて無理か」と周囲を見回す。
夏樹も「ですね」と同意し「すぐ曇ってしまう。でもまぁ一応見えるし……」と周囲を見回して「しかし珍しいですよね、副長も言ってたけど、こんな低い高度で雲が出来るのは」
「しかも雲の中なのに、あまり寒く無いし。さて、アンバーが来た」
メリッサと夏樹は上を見る。
黒船のすぐ上に来たアンバーは船底の採掘口を開けて黒船の甲板に接近し、停止する。採掘口から穣が甲板に飛び降りると、メリッサと夏樹に向かって「いやーすまんねぇ突然。ちょいとお邪魔しますわ」
「ようこそ黒船へ」
メリッサの挨拶に続いて夏樹が「こちらへどうぞ」と穣をハッチへ誘う。穣が甲板ハッチに近付くと、中で待機していたレンブラントが「どーも。案内します」と挨拶して船内通路への階段を下り始める。
ハッチ内に入った穣は「レンブラント君は出身が同じだから知ってるけど、貴方、名前は?」と振り向いて背後の夏樹を見る。
「夏樹です。風使いの紫剣(しづるぎ)夏樹」
「ほぅ。製造師は紫剣先生か。貴方は?」と夏樹の後ろで甲板ハッチを閉じているメリッサを指差す。
「周防メリッサ、風使い」
すると穣はなぜか少し焦り気味に「そ、そうですか」と言いレンブラントを追って階段を下りる。
レンブラントは穣を食堂へ案内し、戸口に立って左手で食堂の中に入るよう勧める。
「目的地に着くまでここで待機です」
中を見るとジェッソや昴達が居る。穣はつかつかと歩いてジェッソの斜め向かいの席に座ると脚を組んで腕組みし、ニヤリと笑って言い放つ。
「お久しぶりでござんすなぁジェッソ君! 何やら黒船もお困りのようなのでアンバーから助っ人に参りました!」
「まぁ黒船はアンバーがお困りの時に助けてやったからな」
「単刀直入に。あのカルロスが黒船から逃亡した理由って何なの」
「逃亡かどうかは」
穣は右手でパンとテーブルを叩き「あのカルロスなら普通は何がどうでも黒船に戻ろうとする筈だ。なのにこっちが探しても音沙汰が無いって事は、黒船に戻りたくねぇって事だろ」
ジェッソは暫し黙ってから「理由は本人に聞かなければ分からない」
「でもまぁ凄いわな。自らこんな事態を起こす、その意志が」
「それは言える」
「無事だといいっすねぇ!」
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