第4章04 大発見
黒船はアンバーから離れて真っ白な雲の中を飛び始める。
通常、航空管理の管理波があれば、常にレーダーにジャスパー採掘船本部の方角が示されるが、今既にそれは無く、つまり黒船は管理波から外れ、レーダーが感知できるのはアンバーだけになっている。アンバーがレーダーから消えれば、あとは上総の探知しかないが、今の駿河に不安は無かった。真剣に探知を続ける上総を見ながら駿河は思う。
(もしもあの時、こんな風にカルロスさんを信頼していたなら……)
悔いても仕方がないと分かりつつも、悔しさが湧いて来る。感情に耐えつつ頭を切り替える。
(それよりこの雲だ。視界の無い中、レーダーの表示も無いとなれば、空間識失調に陥りそうで、むしろそっちの不安がある。カルロスさんならその辺りの知識があって細かい補助指示をしてくれたが、上総にはそれが無い。黒船の計器だけが頼りだ。頼む、オブシディアン……)
「この遺跡、なんか凄いな……」
突然、上総がボソッと呟き、駿河は「凄い?」と聞き返す。
「うん。カルロスさんの気配は無いけど、凄いもの見つけた。……総司さん、ちょっとこの辺りで一時停止して下さい」
「了解」
上総は目を閉じたまま「どこに着陸しようかな」と悩みながら自分のおでこを指でトントン叩く。
総司は船の速度を落としてゆっくりと一時停止させると、レーダーを見て不安気に呟く。
「アンバーがレーダーから消えた。この状態で着陸か……」
「よし、ここにするぞ」
上総は何やら決意すると、探知エネルギーを上げつつ左腕を上げ、斜め左を指差す。
「まずこっちの方向に飛んで下さい! 高度そのままで」
「こっち? あぁ11時ね、了解。発進します」
再び動き始めた黒船は、ゆっくりと左に旋回を始める。
上総は腕を上げたまま、指差す方向を変えて指示する。
「そこで直進! あっズレた、少し右へ……行き過ぎた! 左っていうか、後ろ、あっ、戻れない、ですよね、ちょっと待って下さい」
焦りまくりの上総は真っ赤になりつつ頭を抱える。
「あ、あの、すみませんもっとゆっくり飛んで……。とりあえず左、じゃない右? あぁごめんなさい副長、一時停止で! 慣れてなくてすみません!」
「はい停まります。大丈夫だ落ち着け上総」
「こんな細かい指示、初めてで、難しい! 俺の頭の中を副長に見せたい!」
「見れるモンなら見て操縦したいけどね。まぁ落ち着け」
駿河も上総を落ち着かせるように優しく言う。
「上総。とりあえずどんな風に飛びたいのか、大雑把に言ってくれないか。イメージを伝えてくれれば」
「……はい」
上総はふうっ、と溜息をつき、両手で場所や方角を示しながら説明する。
「ええと、建物が沢山あって、黒船がココだとすると、この辺にある建物の屋上に着陸したい」
「じゃあその建物の真横まで直進して、その場で停止して方向転換して建物上空に行けばいいかな」
「え」
思わず目を開けた上総は駿河を見て「空中停止して方向転換! それは気が付きませんでした!」
「うん。何も無理に進みながら方向を変える必要は無いんだ」
「なるほど!」
笑みを浮かべた上総は安心したように「じゃあ総司さん、まず直進です!」と船首前方を指差す。
「了解」と言った総司は船窓を見て「あ、雲が若干晴れて……」そこで突然眼前に現れた光景に目を疑う。
駿河も船窓から見える景色に驚いて目を見開く。
霧の中に聳える大きなビル、建物の間の整然と舗装された道路。
「これ、遺跡……?」
唖然としながら駿河が呟く。上総もその景色を見ながら「凄いですよね!」
「うん、まるでどこかの都市……ここに着陸してもいいのだろうか」そう言ってから駿河は慌てて「いや、行かねばならない。行こう!」
大きなビルのような建物の上に着陸する黒船。
船底の採掘口が開いてタラップが下ろされ、上総を先頭に穣やジェッソ、採掘メンバー達がタラップから建物の屋上に降りてくる。
「なんだここは……」
レンブラントが周囲を見回しながら呟く。
ジェッソも「これはかなり予想外だった」と言い、上総に「人の気配は無いのか?」と尋ねる。
「はい。なんか全く人がいないって、不気味ですね。あんまり詳しく探知したくない」
「確かに不気味だな。そこまで古くも無いし」
続けてレンブラントが何か思案気に
「建物が無事って事は戦争や自然災害ではなさそうだし、疫病とか、何かヤバイものが発生したとか?」
それを聞いて一同、「えっ」と不安気な顔になる。
上総は「んでも死体っぽいのは無いです」とレンブラントを見る。
「そこまで探知してたのか」
「うん。だって気になったし。あと、ここそんな危険じゃないです。よく採掘場所が洞窟とかだと危険かどうかチェックするけど、危険だと真っ赤なイメージが来るけど、ここはそれが無い」
「ほぉ」レンブラントは感心して「キチンと仕事してんな」
「だってカルロスさんなら……」
上総はそこで言葉を切り、悲し気な顔で俯いて黙る。
するとその時、再び霧が出てきてジワジワとメンバーを包み始め、ジェッソは大声で皆に注意を促す。
「霧が出て来た、長居は出来ないぞ。とりあえず周りの様子をザッと見て、戻ろう!」
既に屋上の端の方へ行っていた昴がスマホを掲げて叫ぶ。
「記録写真、撮っといたー!」
穣は「なにぃ。こんな事なら俺もアンバーからスマホ持ってくるんだった」と言いつつ昴の方へ走り寄る。
「昴君」
「写真あげないよ」
「そんなー」と言った穣は「あれ?」と昴の左斜め後ろの何かに気づく。
更に「あれぇ?」と目を丸くしつつ昴を通り越して屋上の柵へ走る。
柵に手を掛け「うぉあ!」と妙な驚声を発した穣は背後の昴に「あっカメラこっち来て、あれ撮って! 早く早く!」と何かを指差す。
「なになに」
昴は穣の所に駆け寄りスマホのカメラをその方向に向けて「どれ?」
「壁の字だ! 屋上のすぐ下の壁!」穣はやや斜め下の大きな建物を指差す。
「え!」昴も気づいて大声で「御剣(みつるぎ)人工種研究所?!」
その声に皆、驚いて穣たちの所に来る。同時に霧が濃くなり視界が悪くなってくる。
ジェッソが慌てて「待った、霧が濃くなってきた、上総、あの建物を探知してくれ!」
「うん探知してるけど、確かにあの建物の中、なんとなく人工種製造所っぽいような」
「なるほど。行って調査してみたいが、この霧がどうなるか」
穣は昴に「写真撮れた?」と確認する。
「勿論。でもあげないよ」
「発見したの俺なのにー!」
「じゃあ1枚だけあげるから、後で穣のメルアド教えて」
「よし」
そこへメリッサが不思議そうに呟く。
「この霧、なんか変よね。湿っぽくない」
夏樹がハッとして「言われてみれば。そういやさっき、雲の中なのに濡れなかったな。この霧と何か関係があるのか……」と訝し気に考え込む。
ジェッソが叫ぶ。
「とにかく全員、一旦船の中へ!」
一同はとりあえずタラップを上がり、採掘準備室へ戻る。
「どうする上総、霧が晴れるのを待って再び行くか?」
ジェッソが尋ねると、上総は「行きたいんですが、ずっと探知してるから、ちょっと疲れが……」とやや疲れた顔で答える。
「あまり無理するな」
「でも……うん、そうですね。じゃあ遺跡はここまでで、アンバーの所へ戻ります」
「では採掘口を閉める」
ジェッソは壁の操作盤の所へ歩く。
上総も「カルロスさん、どこ行ったんだろう……」と溜息をついて「ブリッジ行きます」とトボトボと階段室の方へ。
その時、穣が「ちょい待った!」と大声で上総を呼び止めると「ここって管理波が届かない場所なんだよな。って事は、管理はこの遺跡を知ってんのかな?」
「知らないと思います」
「って事はだよ。もし仮にこの遺跡に人が住んでたらさ、航空管理の把握してない街があるって事になるやん」
「う、うん」
「そしたらカルロスが居なくなるのも納得なんだけど」
「どうして?」
「どうして、って……」
「護さんは知りませんが、カルロスさんは戻って来て皆に『こんな街があった』とか教えてくれてもいいじゃないですか」
「んー……」
穣は困り顔をして「だって管理が把握してないって事はそこに住んでる人間は、管理と関係無い筈なんよ。それを管理に報告するってのはさ……」と悩んで「うーん、この遺跡の事を管理に報告して良いのかなぁ」
「報告します。だって、研究所の事とか言わないと」
「それ!」穣は上総を指差して「もし仮に。その御剣人工種研究所の事を、管理も誰も知らなかったら、どうする?」
「え?」
「仮にあそこで人工種が作られたとして、生まれた奴はどこへ行ったのか!」
その言葉に、話を聞いていた皆がハッ! と衝撃を受けた顔になる。
上総も暫し唖然としてから「あっ!」と大きな声を上げて「そういえば、初めて感じる、って……カルロスさんが、あの時に」
『誰かが、いる……。わからない。これは、初めて感じる……』
『護さんの近くに、人が……?』
「カルロスさんは、人間が居る、とは全く言ってない……。皆が勝手に人間だと思い込んだ。じゃあ、カルロスさんがあの時あんなに強引に、護さんの所へ行こうとしたのは」
「何だよそんな事があったのか。やっぱ本人に聞かねぇとワカランもんだな」
上総は大きく見開いた目で穣を見つめながら言う。
「その、謎の存在を、確かめたかったから……?」
ジェッソも驚きながら穣に言う。
「その為に、今、黒船から逃亡したと……?」
穣はパンと手を叩き「真偽はともかく、話の筋は一本通るわな!」
神妙な顔になったジェッソは「確かにこれは、管理に報告すべきかどうか」と手を顎の下に当てて思案する。
「報告してみよう。管理がどんな反応するか気になる」
穣の言に、ジェッソは少し迷いつつ
「だが……まぁ、そうだな。反応を見てみないと」
「もしそれで管理がカルロスまで捜索打ち切りにするようなら、ビンゴって事だ」
上総が「何が?」と問うと穣は意味深な顔でニヤリと笑い
「管理が隠しておきたい何かをカルロスが探知し、護がそこに関係するって事さ!」
「そっか……」
上総は溜息をつくと「あの時カルロスさん、一体何を探知したんだろう……」と呟く。
「それを知る為に全てを捨てて飛び出したんだ、行かせてやろうぜ」
「え」上総は驚き、穣を見て「行かせる?」
「だってあいつ、自己意志で自ら行ったんだぜ?」
「そんな! あの人が居なくなったら誰が黒船の探知を」
穣はビシッと上総を指差す。
「お、俺はまだ全然」
「嫌ならあいつみたいに黒船から逃げちまえ」
すると上総は激昂して「そんな事はしません! だって、俺は、あの人の弟子ですから! ブリッジ行きます!」と叫んで肩を怒らせツカツカと階段室の方へ歩き出す。その後ろ姿を見ながら穣は微笑み、コソッと呟く。
「カワイイねぇ……」
ジェッソが小声で釘を刺す。
「あんまりイジメるなよ?」
穣、ニヤリ。
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