第8章02

 アンバーは死然雲海の中を飛んでいる。

 ネイビーが必死に操縦しながら怒って叫ぶ。

「ああもぅしつこいな管理!何で雲海の中まで来るの。そろそろ諦めてよ!」

 その隣で探知しながらマリアも「管理が離れてくれないと、遺跡に行けない!」

「もうメンドイから管理と一緒に遺跡行っちゃえ」

 すると穣が「でも黒船が来る前に遺跡に行くのは!」

「わかった黒船が来るまで何とか逃げるわよ。ったくしつこい管理め!」

 ネイビーとマリアは同時に「もぅー!」と溜息をつく。

 剣菱が苦々しい顔で「以前、天気とか管理波中継機の限界とかで捜索中止したのは冗談だったのかな」と言うと穣が「このしつこさで護を探して欲しかったー!」と天を仰ぐ。

 (それにしても……)

 穣は異様な感覚に自分の首のタグリングを触る。

 (さっきから何か、首が、どんどん絞められるような気が……ん?)

 ふと見ると入り口側に立つ悠斗や透も首に手を当てて不安げな表情をしている。

 (もしかして、皆?)

 そこへネイビーの「この速度で飛び続けたら燃料が!」という切羽詰まった声。

 剣宮が入り口に顔を覗かせ「もしかして管理はウチの船の燃料切れを待ってる?!」と言ってふと穣や悠斗の様子に気づいて「……大丈夫?穣さん?」と訝し気に呟く。

 その声に剣菱も「どうした穣?」と穣の方を見る。

「……この、首輪が」穣に続いて透も「なんだか苦しい。締め付けられる気がする」と不安げに小声で呟く。

 剣宮は「首輪に何か細工が?」と心配気に言い、剣菱も「大丈夫か?」と皆を気遣う。

「正直、かなり恐い……」悠斗は首を抱えるようにして床に座り込む。

 透も悔しさを滲ませながら「逃げると、こうなるのか……」と首を抑えて俯く。

 他のメンバー達も同様に、首を抑えて無言で不安に耐える。

 ブリッジ内を包み始めた不安と恐怖を吹っ切るように、ネイビーが「こっちはそれ所じゃ無いってのに……」と呟き、必死に操縦しながら怒鳴る。

「殺される訳でも無いんだから気にするな!」

 マリアも「うんっ」と大きく頷いて「気にしない!」と叫ぶ。

 穣は「くっそ……」と歯噛みして「それでもカルロスは行ったんだ!」

 そこでふと周防の言葉を思い出して「周防先生が言ってた。護とカルロスのタグリングはもうただの首輪になったと!」

 一同がハッ!と目を見開く。

「例えコレがあったとしても、自由になれる可能性がある、それは個々人次第だと!……あいつらに出来て、俺らに出来ない訳がねぇ!」

 剣菱が力強く「んだ!」と頷く。

 剣宮も「そうだ!出来る!」

 透も「うん!」と大きく頷き、悠斗も「そうだその通りだ!」と立ち上がる。

 マゼンタが「お、なんかラクになってきたぞ!」

 オーキッドも「ホントだ楽になってきた!」

 するとマリアとネイビーが「あれ?」という驚きの声を上げ、同時に同じ事を言う。

「管理の船が離れてく!」

 剣菱はふぅ、と溜息をついて「やっと諦めてくれたか!」

「いや油断は出来ませんぜ……」穣が険しい顔で呟く。

 そこへ剣宮が真剣な顔で「いやもしかして、皆が自分の意志をハッキリさせたから、とか……」

 その言葉に皆がハッ!と剣宮を見て「なるほど!」という顔をする。

 穣がパチンと指を鳴らして「確かに、タイミング的にそれは有り得る!」と言うとマゼンタがビックリ顔で

「つまりこの首輪って、盗聴器とか付いてんの?」

 剣宮は「いやそれは無いと思うよ。だってもし盗聴出来たらアンバーは出航する前に捕まってるし」と言い、考えながら「多分なんかこう、……人工種の何かのエネルギーをキャッチするとか……」

 その間にレーダーの『区域外警告』の表示が『管理区域外』に変わり、ネイビーが「管理波途絶、完全に離れた」と報告する。

 マリアも「遺跡まで、あと少し」と言い、更に探知のエネルギーを上げる。

 マゼンタは「全く、人様の首に妙なモン着けやがって!」と憤慨してから「マリアさん探知がんばれー!」

「うん頑張る。……ちょっと探知し難くなってきたけど……」マリアは更にエネルギーを上げて「なんか、どんどん探知し難くなる。誰か邪魔してるのかなぁ」と不思議そうに首を傾げ「んー……」と難しい顔で額に手を当てる。

 剣菱が「あんまり、無理すんなや」と言ったその時。

 マリアが驚いた顔で「あれっ!どうしよう、探知が!……探知が出来なくなりそう!」と頭を抱え、剣菱は咄嗟に指示をする。

「ネイビーさん一旦止まろう!このまま一時停止!ちょっと休憩だ!」

「は、はい」

「でも!」と何か言い掛けたマリアを制して剣菱が言う。

「マリアさん休憩だ。休んで、また探知できるようになったら出発しよう」

 不安そうに剣菱を見つめるマリアに、剣菱はニッコリ笑って

「あれだけしつこい管理だ、多分また追って来る。だから遭難はしない!大丈夫」



 所変わってダアト探しに出たカルロスと護はターさんの吊り下げ木箱で死然雲海を飛行中。

「雲海切るぞ、護!」

 カルロスは身体に着けた黒石剣専用のホルダーから黒石剣を抜く。護はそれを見てしみじみと

「やっぱカッコイイな、それ。俺も斧のホルダー欲しい」と言い、白石斧の先端から保護カバーを取る。

「でも護君の場合はねぇ……」ターさんは護を見て「有翼種なら飛ぶから、斧を背負うホルダーがあってもいいけど」

 護もターさんを見て「ターさんはホルダー使わないよね」

「個人的にあんまり」

「俺はカッコよさを求めたい。カルさんのホルダー見たら欲しくなった」

「はぁ?」カルロスは謎めく顔で護を見る。

「それより安全性だろう。斧は切れるから保護できりゃいい。黒石剣は刃先が切れないからカバーは要らんけど、長くて持ち歩きが不便だから携帯ホルダーがあると便利っていう」

「うむ」と頷いた護は「しかし、アンタがそれ着けるとカッコイイのだ!」とカルロスを指差す。

 ターさんもニコニコ笑いつつ「高かったけど、ホルダー作って良かったねカルさん」

「うん良かった!」と護が答える。

「何でお前が返事する!」カルロスは若干照れたように「何でもいいけど雲海切るぞ!」

「ほいさ、ほいさ」

 二人は各自の『採掘道具』を構えて木箱の中に立つ。

「3、2、1、GO!」

 カウントと同時に雲海切りすると、周囲が拓けて眼下に森が広がる。

「よーし!ターさん、このまま直進だー!しかし雲海のエネルギーが濃くなったり薄くなったり」

「よくある事だよ。今日はいつもより変動が激しいけどね」

「お蔭でメッチャ探知し難い。時々目標をロストする」

 護が「雲海の中で遭難は嫌だぞ」と言うとターさんが、

「大丈夫、カルさんが探知できなくなっても妖精がいるから」

 カルロスは「まぁな」と言いつつ(妖精なんかに負けてたまるかぁ!)と妖精を見る。

 暫し飛んでいると再び周囲が霧に包まれ始めて、ついには真っ白になる。

「またエネルギーが濃くなって来た」

 カルロスが言うと護が

「雲海切りの練習になっていいじゃん」とニッコリ。

 ターさんは周囲を見ながら少し驚いたように

「しかしこんなにエネルギーが濃くなるのは珍しいな。まるで大死然みたいだ」

「大死然?」護がターさんに聞く。

「雲海の奥深く。エネルギーが物凄く濃い所。年に一度、採掘船は船団を組んでそこに行くんだ」

「へぇ!」

「そして大死然の中にしかない貴重な石を採って来る。大死然採掘って言ってね、選ばれた採掘師しか参加できない」

 その言葉に護とカルロスが、なに!というように目を見開く。

「ちなみに……ターさんは参加……」おずおずと護が聞くと

「俺は参加できるよ」

「だよねぇ。俺は無理だろうなぁ……」とガックリする。

「んでも見学の枠があるよ。希望者多いから競争率高いけど。個人採掘師としてどこかの船と契約出来ればまだ何とか」

 カルロスは黒石剣を持ったまま腕組みをしてターさんに質問する。

「探知と雲海切りで何とかエントリー出来ないかな?」

「んー、今年の大死然採掘までまだ何ヶ月かあるから、その間にどこまで腕を磨けるかだね」

「じゃあ練習しよう。雲海切りする!」と言って黒石剣を構え、エイッと振るう。



 一方、雲海の中で休憩中のアンバーでは、ブリッジ前の通路で皆がお茶を飲んだりクッキーやチョコを摘まむという、珍しい状況になっていた。剣菱はブリッジ入り口に立ち、皆の様子を見ている。

 コーヒーの入ったカップを持って床に座り込んでいるマゼンタは、ふぅっと溜息をついて言う。

「なんか落ち着く。コーヒーとチョコの組み合わせは最強」

 透が「そう、美味いんだよねぇ」と同意する。

 マゼンタの隣に座っているオーキッドも「うん、落ち着いた。でも……」と言い、剣菱を見る。

「船長は、不安じゃないの?」

「ん?いや、不安はあるっちゃあるけども……」と言って少し黙ると「ほら、『剣は天と地を繋ぐ一本の柱』っていう言葉があるだろ」

 マゼンタが「あー、信念貫けってやつ!」と口を挟む。

「一応、俺は剣姓なので。あの言葉、好きなんだな」

 すると壁に寄り掛かってお茶を飲んでいた剣宮が

「俺も剣姓ですけど……あんまり気にしていない」

 剣菱は「個人のポリシーだから人それぞれだ」と剣宮に言ってから、オーキッドを見て

「どうしたらいいのかなぁって悩んだ時は、天と地を繋ぐものは何か、って考える」

「天と地?」

「……言葉では説明しにくいんだけど」と剣菱は暫し考えてから「頭と心、最善と最悪、人間と人工種、光と影、とか。対極の中間を取るというか、自分の中で譲れないものを見つけるというか」

 透が感心したように「へぇ」と声を漏らし、悠斗やオリオンも驚いたように剣菱を見る。

 剣宮が「そういう解釈なんですか。あれって単に自分の信念を貫けって事かと思ってた」と言うとマゼンタが「そうそう俺も!」と同意する。

「勿論、信念を貫くという意味もある。でも、そもそもどんな信念を貫くかってのは、色々あるだろ」

「あー!」と頷くマゼンタに悠斗が「ホントに分かってる?」と突っ込む。

 ウヒヒと笑うマゼンタ。オーキッドは「難しくてわかりません!」

 剣宮がフォローする。

「いいよいいよ、アレの解釈は人によって色々だから」

 剣菱もウンと頷き

「まぁ何にせよ、未知への挑戦は不安で当然だ。やってみないと分からない。仮に失敗したとしても、経験したことに意味がある。……で、状況から考えるに、今の所はまだ大丈夫。もう少し先まで進める」と言って一同を見回す。

「皆、落ち着いたかな。首輪も大丈夫そうだな」

 オーキッドが自分のタグリングを触って「大丈夫」と言い、マゼンタも「話をしてて首輪なんか忘れてた」続いて透や悠斗達も「俺も」と頷き、そして穣も「うん、全く気にならなくなった」

 剣菱は「よし。じゃあ休憩終わり。おやつを片付けて」と言いブリッジ内に戻り、船長席に座る。

 一時的にネイビーの代わりに操縦席で待機していたバイオレットは、休憩から戻ったネイビーと交代する。

 マリアもブリッジ内に入って来て、操縦席の右隣に立つ。

「じゃあ、探知を再開します」

 目を閉じて、徐々に探知エネルギーを上げるマリア。一同は静かにマリアの言葉を待つ。

「少し、探知し易くなってきました」

「おお」

 少し安堵する剣菱。マリアは続けて「あれ?」と言い「位置が……遺跡が遠くなってる?」

 ネイビーが「多分風よ。風で流されたの」と言うとマリアは「あ、そうか」と納得して「あっち」と手を1時の方向に向ける。

「遺跡は、この方向です」

「行こう」剣菱の指示に、ネイビーも「出発します」と応える。

 マリアは不思議そうに「だんだん探知し易くなって来た。何なんだろう……?」と首を傾げる。

 穣が「ちなみに、管理とか黒船は?」と聞くと、マリアは「今の所は感じない」と答えて「ここから護さんを探知出来るかな……」と暫し探知をかける。

「……あれ。また探知し難くなってき……た?」

 難色を示すマリアに剣菱が

「まずは遺跡に向かおう。護の探知はそこからで」

「はい。でも何だか変……これは、さっきとは違う。一体何だろう?」

 目を閉じたまま悩みながら探知を続けていたマリアは、突然「あっ!」と大声を上げる。

「これ!探知妨害、つまり黒船がいる!」

 一同、ハッ!と目を見開く。穣が拳を握り締めて叫ぶ。

「来たか黒船!」

「うん!」マリアは力強く頷いて「確実に上総君の探知妨害です!」

 剣菱は思わず「でも黒船に探知妨害される事は考えてなかったー!」と両手を頭に当てる。

 マリアはエネルギーを上げて必死に「んー、何とか上総君の妨害を……うるさいなあいつ!絶対負けないからね!」

 そこへリリリリリと鳴り響く緊急電話のコール音。

「管理!」

 穣の叫びに皆の緊張が一気に高まる。

 剣菱は落ち着いて「いや、恐らく黒船だと思う。管理波が無くても緊急通信は出来る。……緊急通信出来る距離に居るんだな。出よう」と言い受話器を取り「はい、アンバーの剣菱です」

 受話器から駿河の声が流れて来る。

『オブシディアンの駿河です。管理の指示です、今すぐ船を停めて下さい』

「なんで」

『なんでって、許可なく外地に』

 剣菱は、やや声量を上げて

「ところでアンタ、ウチの船と一緒にカルロスさんに会いに行かん?」

『彼は自ら黒船を降りました』

「その理由を知りたくないのか」

『しかし、その為に危険を冒す訳には』

「ならウチの船がカルロスさんに聞いてきてやる。だから邪魔するな」

『そんな勝手な事は』

 先を言わせず剣菱は一気に畳み掛ける。

「探知のプロとはいえ、あの人はよく一人で外地に出て行ったよなぁ!全てを投げ捨てて行ったあの人の覚悟、そこまでして彼が求めたのは何なのか、アンタそれを知りたいとは思わんのか!」

『……』


 黒船では駿河が受話器を持ったまま、苦渋の表情で俯いて黙っている。

 受話器から剣菱の荒々しい声が聞こえる。

『とにかくウチの船は行くと決めたんだ。邪魔するな!』

「……アンバーはそれでいいかもしれない。でも黒船は、人工種を代表する船なんです。だから歴代の船長が厳しく管理してきた。そうでなければ規律が乱れ、安定した採掘が出来なくなる」そこで顔を上げて「人工種が何の為に存在するのか貴方も分かっている筈です。その象徴である本船が勝手な事をすれば、他の採掘船にも影響が」

『もう遅い。黒船からカルロスさんが逃亡したという、その波紋はもう広がっちまった』

「……それ、は……」

 痛い所を突かれ、続く言葉が見つからずに受話器を握り締める。

『ハッキリ言おう。アンタの管理が甘いからカルロスさんが逃げたんだよ。先代のティム船長だったら彼は逃げられなかった。何せ相当厳しい人だったからな』

 悔し気に俯く駿河。剣菱は更に続ける。

『若くて船長経験の無いアンタが何で突然、黒船の船長になったんだろうな!その理由は?……ティム船長が管理とケンカしたからだ。管理の意に沿わない船長になったから降ろされた。壮絶な見せしめだよな!』

 駿河はバッと顔を上げて「自分が船長にさせられた理由はわかっている。……でも」と言い、喉から絞り出すように「あの方は素晴らしい船長だったが厳しすぎた!だから俺は、……まぁ、……」

 そこで言葉に詰まり、目線を落として黙り込む。

 電話する駿河の発言を聞いていた操縦席の総司は、船長席の様子を伺いつつ推察する。

 (それで管理の傀儡船長になった、だからカルロスさんに見放された。……剣菱船長に何を言われたのか分からんが、まぁ相手は見抜いてる筈)

 駿河の言を待って黙っていた剣菱は、わざとらしい大きな溜息をつくと、呆れたように言う。

『……何が素晴らしい船長なんだか。俺には単にプライド高くて威張ってばかりのクソ船長にしか見えなかったがな』

 驚いて「えっ?!」と目を見開く駿河。唖然としたように呟く。

「……ティム船長、が?」

『うん』

 駿河は困惑の表情で言葉を失う。


 アンバーのブリッジ入り口では、楽しそうな顔の悠斗がマゼンタ達にコソコソと

「船長すげぇ言いたい放題言ってるぅ!!」

 マゼンタもニヤニヤ笑ってコソッと「黒船に逆襲!日頃のストレス発散!」

 穣もコソコソと嬉しそうに「気持ちいいわな!」

 剣菱は受話器に向かって怒鳴る。

「黒船はずっと採掘量第一位のご立派な船だもんな、その地位とプライドを捨てる事は出来ねぇわな。だったらせめてウチの船の邪魔すんな!」

 ガチャンと受話器を置いて電話を切ると「マリアさん、頑張って探知してくれや!」

 マリアは嬉々として「はい!黒船には負けない!」と大きな声で返事する。

 マゼンタが入り口から顔を覗かせて

「船長!あのー、黒船の、前の船長って凄い立派だったんじゃないの?」

 剣菱は腕組みして仏頂面で答える。

「確かに立派なとこもあったが俺にはクソ船長に見えた」

 穣は苦笑いして呟く。

「本音言っちゃった……」


 黒船では駿河が悔し気な顔で、ゆっくりと受話器を置く。

 (……言いたい事、言いやがって……)

 平静を装いながら、上総を見る。

「上総。妨害は?」

「まだ続けてます」

「何とかアンバーを止めよう。それが、黒船の役目だ」

「はい」

 壮絶な苛立ちと無念さを、上総にも、そして総司にも悟られないよう、駿河は膝に置いた手を固く握り締める。静かに深い呼吸をして、何とか気持ちを落ち着かせようと努力する。が、それでも深い劣等感は拭い切れず、つい目線が下になる。

 (あのティム船長をクソ船長呼ばわりするなら、俺はそれ以下か。どうせ俺は管理の言いなりの傀儡船長だよ……)