第12章02 イェソドへ戻る
操縦席のネイビーが言う。
「そろそろ管理区域外に出ます」
やや不安気な面持ちでブリッジの一同が様子を見ていると、少しして警報が鳴り『管理区域外警告』が出る。
「あら」
ネイビーは少し驚いたように「……あ、多分これ絶対出るのね」と言い、剣菱も「うん多分、仕様なんだな。単なるお知らせ、通知として」と同意してから「でも驚くよな。今までのトラウマというか……。まぁ管理さんは来ない筈だぞ、もし来たら」と言った所で警報が止まり表示が『管理区域外』に変わってレーダーが真っ白になる。
「探知してますが大丈夫です、管理さんの船、来てませんし」
カルロスの言葉に剣菱はふぅ、と溜息をついて「許可証あるのに来られてもな。怖い怖い。……さて探知の皆さん、進路宜しく!」
マリアは「はい、暫くこのまま真っ直ぐ……」と言ってから、カルロスを見て確認するように「ですよね?」と付け加える。
カルロスは若干ビックリして「ど、どうした? 自信もってやってくれ」
「だってカルロスさんが居るのに、私が指示しちゃっていいのかなって」
「勿論。アンバーの探知は貴方なんだし……あっ、そうか、この前は私が探知妨害とかしてたもんな。今はもう、貴方がやって頂ければ」
「じゃあ、あの、間違ってたりしたら、言って下さいね」
「……」
少し呆れたようにマリアを見るカルロス。
(何でそんなに自信無さげなんだ……。私が居ちゃイカンのだろうか)
そう思った時、護が苦笑いを浮かべてカルロスにボソッと呟く。
「カルさん、……マリアさんは昔、凄い悩んでてさ。……っていうのも昔の俺が、早く探知しろ探知しろって急かしたからなんだけど、『カルロスさんみたいには探知出来ない』って悩ませちゃったんだよ……」
「……え」
護はハァ、と大きな溜息をついてマリアに言う。
「昔の俺、酷くてゴメンよマリアさん」
マリアは少し泣きそうになりながら「私も、落っこちた護さんを探知出来なくてごめんなさい」
「え、いや」
慌てて護が何か言おうとした所でカルロスが「ちょっと待て」と会話を遮り、マリアに向かって言う。
「それでも挫けずにアンバーの探知を続けて来たんだから自信を持て」
「……え」
「だって、どうしても無理ならどっかの私のように逃亡とかする訳だよ。……昔の護がどんなだったかは知らんが、こんなヘッポコ上司の元でも頑張れたんだから底力があるって事だし、それでも探知をやめないって事は探知が好きだ、つまり素質があるって事だ、何も問題ない」
思わずポロリと涙を零したマリアは慌てて腰のポーチからハンカチを取り出すと、涙を拭きつつ「うん」と返事する。
穣が思いっきりニヤニヤ笑って「すげぇイイコト言うようになったやん、アンタ!」とカルロスを指差し、マリアに向かって「昔のアイツは、昔の護なんて比べ物にならん程、ド最悪だったからな!」
カルロスも穣を指差し「貴様もド最悪だったぞ!」
「どこぞの満っていう長兄よりマシじゃい! なぁ護?」
「ウム!」
カルロスはマリアに向かって「とりあえず貴方は自信持ってくれ!」
「はい!」マリアは涙を流しつつ満面の笑顔で「カルロスさんにそんな事言われるなんて、昔は想像もしなかった、嬉しい!」とハンカチで涙を拭きつつアハハと笑う。
「そ、そ、そうか」
何やら照れたように頭を掻くカルロス。
穣がそれを見てボソッと「照れてるし」護も同時に「照れてるし!」ついでにマゼンタも「照れてるしー!」
「ウルサイ!」
皆、カルロスの照れっぷりに笑い出し、ブリッジがアハハと笑いに包まれる。
「ところでマリアさん!」カルロスがマリアを呼ぶ。
「はい!」
「探知のルートは地下水の流れを辿って湖を基点にイェソドかな?」
「湖の後に遺跡が」
「遺跡というと、どんな遺跡?」
「御剣人工種研究所がある遺跡」
「えっ、御剣?」と驚いたカルロスは「それはもしかして……」
穣が「俺そこ行ったよ」と話に割り込む。
「え?」
「アンタが逃亡した時さ、上総が必死にアンタを探知してたらその遺跡を見つけてな。俺も黒船にお邪魔して、一緒に行ってきた。昴が撮った写真がある」
穣は腰のポーチからスマホを取り出し「コレ」と言って写真を護とカルロスに見せる。
護はそれを見て「ほぉぉ! つまりこれが有翼種が探してるダアトか」
今度は穣が怪訝そうに「ダアト?」と聞く。
「うん、人工有翼種の街、ダアト」
護はカルロスに向かって「カルさん、ニュースになり損ねちゃったな」
カルロスが穣に言う。
「これ、有翼種がなかなか見つけられないから、探知したらニュースになるかもと」
「ほぅ。イェソドの有翼種も知らないのか。ちなみに、最初に見つけたのは上総だからな」
「え」
カルロスは顔を顰めて「ちと待て、それ最初に探知したのは」
穣はキッパリと「ええやん、弟子の手柄にしてやれや。実際に行ったんだし」
「むぅ……」
渋い顔になったカルロスは「ダアトか。ダアトからイェソドと、湖からイェソドではどちらが近いかな。ちょっと試しにテスト探知してみる」と言い探知を掛ける。それを聞いてマリアが驚く。
「ここからイェソドを……?」
「うん、試しにちょっと……でもまだ遠すぎて無理か。湖に到達してからにしよう」
カルロスは探知をやめるとマリアを見て「行った事が無い所は探知し難いだろ? 貴方もイェソドに行けばもっと探知し易くなる。あと死然雲海のエネルギーに慣れる事だ。雲海のエネルギーが濃いと私も探知できなくなる」
マリアは合点が行ったように「そっか!」と目を見開いて「……あの時、探知が不安定になったのは、雲海のせいだったんだぁ……」
「……雲海はエネルギーの変動が激しいので面白いぞ!」
楽し気にニヤリと笑って言うカルロスに、マリアが少し真面目な顔で質問する。
「あの、カルロスさんは、どうしてそんなに凄い探知ができるようになったんですか?」
「え」
一瞬固まったカルロスは、ちょっと首を傾げて「まぁ色々頑張ったからかな」
「どんな練習したんですか?」
「練習……というよりストレス発散で、アホな事を色々」
護が「何やったの?」と会話に割り込む。
「んー、絶対やらない方がいい練習方法を……」そこで少し考えて「やっぱりやめとこう」
「言い掛けて止めちゃイカン」
「……目を閉じてさ。自転車乗って走る」
「ほぇ? もしかして探知だけで走るって事?」
「うん」
マリアが「それは流石にちょっと……それって出来るんですか?」と首を傾げる。
「慣れれば出来るようになるけど、慣れるまでは、結構危ない」
その言葉に、会話を聞いていたブリッジの一同がガクッとする。
穣が苦笑して「アンタ何でそんな事やってんの」
「やってみたくなったから。最初は広場でやってたけど、アチコチぶつかってなー。それでも1ヶ月位やってると、ぶつからなくなるんだな」
「1ヶ月もそんなアホな事をするのが凄い……」
「でさ。公道出ても大丈夫になったので、目を瞑って走る訳だよ。んで適当に走って目を開けて、ここどこだ? って現在位置の探知して、家まで戻るっていう」
「すげー……」
穣は若干呆れて「アンタほんとに探知バカなんだな」
護も「ビックリした」とアハハと苦笑する。
マリアは溜息をついて「ダメだぁ私、そこまでは出来ない……」とションボリ。
ネイビーが苦笑しながら「しなくていいわよ、普通でいいから」とマリアに力強く言う。
カルロスも「うん」と頷き「上総にもこんな事は教えていない」
剣菱が言う。
「もしもしカルロスさん。目を閉じて探知で小型船の操縦とか、絶対ダメですよ?」
「ハイ!」
やがてイェソド方面への目印である湖の上空に差し掛かるアンバー。
マリアは「もう少し行くと死然雲海に入ります。ネイビーさん、やや11時へ」と指示し、ネイビーが「了解」と返事する。
カルロスは探知を強めて「うん、ダアトの遺跡へ行くよりも、湖から直接イェソドに行った方が近いな」と呟く。
少ししてアンバーはぶ厚い雲の中に突っ込み、ブリッジの窓が真っ白になったのを見て護が言う。
「死然雲海に入った。ちょっと濃いねぇ」
カルロスがマリアに言う。
「マリアさん、この真っ直ぐ前方にある遺跡を探知できますか」
目を閉じて探知を掛けているマリアは、エネルギーを強めながら「かなり、探知しにくくて……」と答える。
「それが探知出来ればイェソドまでの最短の目印にできる」
「んー……」
眉間に皺を寄せて唸るマリア。
「まぁ最悪、どうしても探知できない場合は妖精を探すといい。私が最初にイェソドに行った時はそうだった」
「え、妖精を?」
「うん。最初は護を頼りに探知するしかなかったし、何せこの距離をずっと走りながら探知してたもんで、雲海の中で力尽きて倒れた。そしたら妖精がやってきて、その妖精について歩いていったらコレと出会った」と護を指差す。
マリアは目を開けて「そうだったんですか……」
護が言う。
「俺の時は妖精がターさんを呼んで来てくれたんだよ。森の中で倒れて、目を覚ましたらターさんの家だった」
穣がしみじみと「良かったなぁマジで……」
そこへネイビーの「あら。景色が見えるようになって来た」という声。ふと見ると船窓の先にうっすらと森が見える。
カルロスはネイビーに「雲海が薄くなってる。丁度良い、やや高度を下げて」と指示してから「マリアさん、この先の遺跡を見て覚えといて下さい。イェソドまでの重要な目印なので」
「はい」
森の上すれすれを飛ぶアンバー。徐々に木が少なくなり、崩れた古代の建造物の遺構がポツポツと見えて来る。そして遺構の密集地に入った所でアンバーは一時停止し、見物に来たメンバーと共に一同はブリッジの窓からそれを見る。
「遺跡だ遺跡!」
悠斗は楽し気に「なんかロマンがあるねぇ」
マゼンタが「これも人工有翼種の街だったのかなぁ」と言うと、隣に立つオリオンが「もしかして俺達がまだ知らない全然違う種族のだったりして」
「おおぅ」
透は護に「もしかしてこの遺跡、全部、ケテル石で出来てるのかな?」と尋ねる。
「多分そうだと思う」
穣は「採掘したらスゲー事になりそう」と言って「やらないけど!」
ずっと真剣に探知を掛けていたマリアが「あ、もしかして!」と声を上げ、カルロスを見て「イェソド、何となく感じました、遺跡との位置関係、覚えました!」と報告する。
「よし」と微笑んで頷くカルロス。
ネイビーが「じゃあそろそろ発進するよ」と言い「見学終わり! 野次馬の皆さんはブリッジから出て」
マゼンタ達は「はーい」と返事してブリッジの入り口へ戻る。
ゆっくりと前進を始めるアンバー。少しするとブリッジの窓が再び真っ白になる。
「また雲海に入っちまったな。ところで……」
剣菱は何やら思案気な顔でブリッジ内の一同に尋ねる。
「妖精、って何だ?」
すかさずネイビーが「それ! 私も聞きたいと思ってた!」
マリアが「あっ、そうか船長とかネイビーさん、見た事無いのね」と言うと剣菱が「うん」と頷き「なんか皆、分かってる感じで誰も質問しないから、妖精ってなんだったかなぁと……」と頭を捻る。
穣は「あぁ……」と声を発して「しかし、どう説明したもんやら……護さん」
「えっ」
護は微妙な顔で「ちなみに、管理さんに妖精の説明したら、ガッツリ怒られたよ?」と言い、カルロスも「ちゃんと図まで描いたのになぁ」
「あぁ……」
マリアと穣、そして透や悠斗達が、だろうなぁ、と納得する。
「とりあえず……」
護はちょっと考えてから剣菱とネイビーに「イェソドに着いた時のお楽しみです。行けば分かるので」と言い、カルロスも「その辺にゴロゴロ転がってますから」
剣菱とネイビーは不思議そうに「ゴロゴロ……?」
その頃。
木箱を吊り下げて雲海を飛んでいたターさんは、浮島に到着すると地面に木箱を下ろして斧を持って傍のケテル鉱石柱を叩き、活かし切りを始める。そこへ数匹の妖精がトコトコやってきてターさんの足元をポコポコと跳ね回る。
「今、仕事始めたばっかりだから遊ぶなら後で」
するとゴツゴツ妖精がターさんの肩に乗って何かを訴え掛ける。
「ん? 何か来るの? 今度は何が……」そこでゴツゴツ妖精を手に取り「えっ、金髪と青い髪が来る? ホントに?」と驚く。
「どうしようかな」
ちょっと考えてから「これ一本採ったら帰ろう」と再び斧で活かし切りを始める。
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