第14章01 いざ二隻でイェソドへ
金曜の朝、ジャスパー採掘船本部。
駐機場に停まっている黒船の採掘準備室では、副長、操縦士、機関士、調理師、採掘監督、採掘メンバー、そして一番最後にカルロスの順で皆が一列に並び、朝礼が始まるのを待っている。
久々に黒船の制服を着たカルロスは、黒石剣のホルダーを肩から下げ、後ろ手に何かを持って、表向きは普段通りの平静を装いながらも心中、とっとと朝礼が始まらんかなと非常に居心地の悪い思いをしていた。……そもそも自分は逃亡者で、それが今ここにいて、しかも黒石剣を背負っている。アンバーでは黒石剣を背負ってても恥ずかしくは無かったが、黒船だとなんか恥ずかしい、どこかに置いておくべきだったか……と思っていると、やっと階段室から駿河が出て来て一同の前に歩いて来る。一同の前に立った駿河は皆を見回して言う。
「では、朝礼を始めます。皆さん、おはようございます!」
「おはようございます!」
「……今日の予定ですが、まずSSFに行って周防先生を船に乗せ、アンバーと一緒にイェソドへ行く、あとは臨機応変という!」
「おぉ」というどよめきと共に、なぜか少しパチパチという拍手が起こる。
「正直、何がどうなるか分かりませんが、重要なのは、人工種を代表する船である黒船が……まぁ船長だけ人間ですけど置いといて、黒船が管理の制止を無視して行くという所です。それ自体が他の人工種達に影響を与える事になるので、頑張りましょう!」
皆、元気良く「はい!」「勿論!」「うむ!」等と返事をする。
ジェッソが言う。
「アンバーがどんな所であんなに鉱石を採ったのか、採掘場所を見ねばならん!」
昴が「え、そっち?」と少し驚く。
上総が言う。
「俺、カルロスさんがどんなとこで暮らしてるのか知りたい、有翼種の生活知りたい!」
レンブラントが「同感!」と大声を出して「俺ら、他の土地に旅行とか行けないしな、未知の街を見たい!」
メリッサも「わかる! 有翼種の生活知りたいー!」
「まぁまぁ皆さん」駿河は手で皆を落ち着かせるような仕草をしてから「俺、人工種はもっと力があると思うんだ。人間の世界だと採掘という枠に嵌められてしまうけど、有翼種の世界だったら枠を超えて自分が本当にやりたい事が出来るかもしれない。とにかくまず、殻を破らないと……という事で」
駿河は列の端に居るカルロスの前へ歩いて行くと、皆に向かって紹介する。
「黒船に臨時のバイトで入った周防カルロスさんです!」
「おおー」
皆、ニヤニヤ笑いながら、冷やかすようにパチパチと拍手をする。
カルロスは内心、やめろ、こういうのは苦手だ! と思いながらボソボソと呟く。
「……再びここで、この制服を着るとは思いませんでした……」
駿河がカルロスに言う。
「イェソドまでの道案内、宜しくお願い致します」
「はい」
駿河は一同を見回して「では、何か質問や連絡等がある方はいますか?」
少しの間の後、カルロスが「あ、ちょっと待って下さい」と声を上げる。
「何か?」
「……実は」と言い掛けて、恥ずかしさで言葉が出なくなる。
(な、何でこんなに恥ずかしいんだ! 以前、黒船で採掘監督をしていた時にはどんなに注目されても全く平気だったのに! だが、やらねばならん!)
覚悟を決めて言葉を発する。
「……まぁ、良かったら、このケテル石のケース、何かの折に使って下さい」
言いながら後ろ手に持っていた布袋からカードケースを一つ出すと、「どうぞ」と駿河に差し出す。
「え」
キョトンとしてカルロスを見つめる駿河。
カルロスは内心密かに、早く取ってくれぇぇと叫びつつ「貰って下さい」と急かす。
「……はぁ」
とりあえずそれを受け取る駿河。カルロスは自分の隣の怪力人工種、大和にも「どうぞ」とカードケースを差し出すが、大和はエッと驚いて手を引っ込める。
「もらってくれ。全員にプレゼントだ」
「……え、で、でも」
躊躇する大和に、カルロスは面倒になって腹を括る。
(恥ずかしいが、こうなったら仕方がない!)
真っ赤になりつつ、大声で言う。
「じ、実はだな、これは、逃亡したお詫びの品だ! 頼むから全員もらってくれ!」
「!」
黒船の一同、驚きで目を丸くする。
「どんどん渡すから、とにかく受け取って欲しい! 大和君!」
「あっ、はい」
驚きつつカードケースを受け取る大和。続いて隣のオーカー、夏樹、メリッサ……とカルロスは一人一人にカードケースを渡していく。
昴は受け取ったカードケースをしげしげと見ながら「これ本物のケテル?」
カルロスはレンブラントにカードケースを渡しつつ「うん、本物だ!」と答えると、続いてジェッソに渡す。
ジェッソは怪訝そうに「……本物のケテル石、高いんでは?」
「そんな高くはない」
言いながら上総に渡し、ジュリアに渡し、シトロネラとリキテクスにカードケースを渡した所で、シトロネラが尋ねる。
「でもこんなに沢山だと、結構な金額になるんじゃ?」
アメジストと静流にカードケースを渡しながら、カルロスが言う。
「まとめて沢山買うから安くしてくれと交渉して、安くしてもらった」
総司が仰天して「自腹で買って来たんですか!」
「いいから貰ってくれ! 貴方でラストだ」
カルロスは総司にカードケースを差し出す。総司が受け取り、全員にカードケースを渡し終えたカルロスは皆に向かって「と、逃亡したお詫びです。以前、迷惑を掛けたから。申し訳なかった!」と頭を下げる。
「……」
一同、ビックリ仰天してカルロスを見つめる。
カルロスは恥ずかし過ぎてどうしたらいいのか分からず、そのまま固まる。
この微妙な緊張感、一体どうしたものか……と皆が思った時、シトロネラが言葉を発する。
「そんなガチガチにならなくても……。嬉しいのに嬉しいって言えなくなっちゃう」
ジュリアが「そうよね」と同意して「ありがとう、カルロスさん」と微笑む。
するとメリッサが「お礼言うと、益々照れるわよ、こういう人って」とニヤリ。
「あら」
ジュリアはいけない、というように右手で口元を抑えるが、シトロネラは笑みを浮かべて「じゃあもっと照れさせちゃえ。逃亡した罰だ!」と言い大きな声で「ありがとーカルロスさーん!」
続いて上総が「ありがとうー!」ジェッソも「ありがとうカルロスさん!」そして他の全員が口々に「ありがとうございます!」とお礼の言葉を述べ始める。
(うわぁぁぁやめろぉぉぉぉ!)
カルロスは恥ずかしさで一杯になって物凄く照れながら「こ、こちらこそだ!」と叫ぶとバッと駿河に近寄って「船長、時間ですよ早くSSF行かないと!」と急かす。
「あ、……うん。しかし変わりましたねカルロスさん」
「皆も変わったぞ! ……私をこんなに照れさせやがって、恥ずかしいだろう!」
天を仰いで叫ぶカルロスに一同、爆笑。
SSFの屋上出入口の近くでは、周防がショルダーバッグを肩に掛け、スーツケースを傍らに置いて、見送りの紫剣や月宮、カモミール達と共に船が来るのを待っている。少しすると採掘船本部の方から黒船とアンバーが飛んで来るのが見えて、紫剣がそれを指差して言う。
「来た来た」
近づく二隻を見ながら周防が感慨深げに呟く。
「……まさか私がイェソドに行く日が来ようとは」
「まぁゆっくり行って来て下さい。何なら帰って来なくても構いませんよ」
「なんですと」
「好きなだけ遊んで来ればいいんです。なぁ月宮君」
「うん」
月宮が頷く。カモミールも「こちらの事はご心配なく!」
紫剣は周防に向かって「SSFは貴方が居なくても全然大丈夫ですから」と微笑む。
周防は淡々と「……SSFが紫剣さん達に乗っ取られるのは嫌なので戻ってきます」
「バレたか。くっ! せっかくSSFからSを取ってSFにしようと思ったのに」
悔し気な紫剣に月宮が「周防ファクトリーですか」と突っ込む。
「違う違う」
話をしている間にアンバーはSSFのかなり手前で一時停止し、黒船だけがSSF上空に到達してゆっくり降下し屋上に着陸すると、タラップを下ろす。船内から駿河とカルロス、ジェッソが出て来て挨拶する。
「おはようございます」
「おはよう」
紫剣が駿河達に元気良く言う。
「皆さん、周防先生を宜しく!」
駿河が「はい。責任持ってお預かり致します」と返事し、周防をタラップの方へ誘う。
「では周防先生、黒船へどうぞ」
ジェッソは周防に「荷物は私が」と言いつつ歩み寄り、スーツケースを受け取る。
「お世話になります」
周防はタラップ前でちょっと振り向き、見送りの人々に「行って来る」と挨拶する。
そしてタラップを上がろうとした途端、紫剣が周防に両手を振りながら
「さようならー御達者でー今までありがとうー!」
思わず立ち止まる周防。バッと紫剣の方を見て
「ってアンタ、永遠の別れじゃないんだから」
「まぁゆっくり行って来なさいって」
「ちゃんと絶対帰ってきますからね!」
「アンタずーっと仕事ばっかで誘っても旅行も行かないし、この際もう思いっきり楽しんで下さいよ。安心して行ってらっしゃーい!」
月宮たちも「いってらっしゃーい!」と手を振る。
ジェッソが苦笑しながら周防に言う。
「面白い方ですよね、紫剣先生」
周防は渋い顔で「昔っからずーっとああです」と言い、見送りの人々に向かって「行ってきます!」
駿河も見送りの人々に「それでは行ってきます」と一礼し、一同はタラップを上がって船内に入る。
黒船はタラップを上げ採掘口を閉じて上昇し、待機中のアンバーと合流すべくSSFを離れる。
黒船の船内に入った周防は駿河の案内で階段室へ。階段を上がる周防と駿河に、荷物を持ったジェッソ、カルロスが続く。階段を上がり切って通路に出ると、駿河は「先生の船室は、機関長のリキテクスさんと一緒の部屋になります」と言いながら通路を歩き、扉が開け放たれた一室の前に立つ。
「こちらです」
周防が部屋の中に入ると、カルロスはジェッソから周防のスーツケースを受け取り、中に入ってベッド脇にそれを置きつつ「ここは以前、私が黒船に居た時に使っていた部屋です」
周防はカルロスを見て「いいのか? お前の寝る場所は」
「私はイェソドのターさんの家に部屋があるのでそこで寝る」
「なるほど」
駿河は「では、私はブリッジに戻りますので一旦失礼します」と言い、一礼してその場を去る。
少しの間があって戸口に立つジェッソの隣にジュリアが現れ「先生、何か飲み物をお持ちしましょうか?」と尋ねる。
「ん。まだいいよ」
周防はカルロスを見て「ちょっとお願いがあるんだけど」
「何か」
「採掘船の中をあちこち見学したいんだけど、いいかな」
すると戸口に居たジェッソが「勿論です。では案内します」と微笑む。
ブリッジに戻った駿河は「管理の動きは?」と聞きつつ船長席に座る。
操縦席の左隣に立つ上総が「今の所は特に何も」と答えると、駿河は眉を顰めて「なんか不気味だな。黒船とアンバーが揃ってSSFに行った事は明白、何があったか不審がって寄って来てもおかしくないのに」と不安気な顔をする。上総が口を尖らせて言う。
「ここ数日、ウロウロ監視してた癖に。肝心な時には来ない」
「全くだよなぁ……まぁ来なくていいんだが」
「でも来ないと逆に不安」
「そうなんだよ。別に探知妨害とかしてないのに、どういう……」
溜息をつく駿河。
操縦席の総司が楽し気に呟く。
「現行犯逮捕かな? 外地に出た所でババーンと」
駿河は眉間に皺を寄せて
「それ、逆に言うと、出るのを待ってるって事になってしまうんだが……」
「ですよ? 来なかったら逆にビックリ」
「……」
仏頂面になる駿河。上総が怒ったように言う。
「なんかムカツク!」
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