第14章02 採掘船ブルーアゲート

 黒船を先頭に、二隻はやや薄曇りの空を飛ぶ。こちらでは雨の降る気配は無いが、この先どんな天気かなと思っていると、開け放たれた入り口の壁をコンコンとノックする音がしてブリッジにカルロスが入って来る。

「船長。そのうち周防がブリッジに来るぞ」

「え。なぜ?」

「船内を見たいんだとさ。今、皆でご案内中」

「んー……」駿河は表情を少し曇らせて

「ブリッジはこれからイベントが始まりそうなんですが。気になる船が接近中なので」

「面白くなりそうだ」

 カルロスがニヤリと笑った途端、総司がレーダーを見ながら叫ぶ。

「ブルーアゲートが凄い速さでカッ飛んで来ます!」

 駿河は「速度上げたか」と呟くと、レーダーを見ながら真剣な顔になる。

「あの船は本来、黒船やアンバーよりも速い船だ。何しに来るんだろう」

 そこへトゥルルルと電話のコールが鳴る。

「ブルーからかな」

 駿河は受話器を取りかけて手を止めると、不安げに

「待てよ。これって船長の武藤と、監督の満さんと、どっちなんだろう」

 カルロスが「満さんに一票」と楽し気に微笑む。

「み、満さん、か……」

 小声で呟き、躊躇いがちに受話器を取る。

「はい採掘船オブシディアン駿河です……お久しぶりです満さん……」

 つい、顔が引きつってしまう。

 そこへ周防とジェッソと何人かがブリッジ入り口にやって来て、静かに中の様子を伺うが、駿河は電話に気を取られて全く気づかない。

 受話器の向こうの満が言う。

『駿河君、相変わらず元気そうで何より。思い返せば貴方が武藤君と一緒にブルーに来たのは8年前。あの頃は反抗的で困った新人だったが、たった1年でブルーから黒船に飛ばされて、いつの間にやら船長に。おめでとうございます』

「は、はぁ……。ところでご用件は」

『貴方が去った後も武藤君はブルーで修行を続けてこちらも船長になりました。8年前ブルーに入った新人が、どちらも船長に』

 たまらず駿河が叫ぶ。

「あの、ご用件は!」

『せっかく船長になられたのにその地位を捨てるとは』

「え? いや、捨ててませんが」

『周防先生をどこに連れて行くおつもりか!』

「あー……」

 駿河は辟易顔で声を発して「ちなみにどこからそれを聞いたんです?」

『このまま外地に出れば貴方の首は確実に飛びますぞ!』

「それはやってみないとわからない。それより武藤船長を出して頂けませんか! 船長と話がしたいのです!」


 ブルーアゲートのブリッジでは満が「わかりました」と答え、自分の隣に居る、疲れた顔で船長席の椅子に腰掛けている武藤に受話器を渡す。

「駿河船長が貴方と話をしたいと」

「はぁ」

 至極めんどくさそうな顔で受話器を受け取る武藤。

 満は武藤に顔を近づけて凄みながら

「いいですか、妙な事を言うと貴方の首まで危ない。お気をつけて」

 武藤は、そんな顔を近づけたら電話の向こうに聞こえるがな、と思いながら「はぁ」と気の無い返事を返し、受話器の向こうの駿河に言う。

「もしもーし武藤です。駿河君、生きてる?」


 黒船のブリッジでは、駿河が、なんか脅迫っぽいのが聞こえたぞと思いつつ「生きてますよ」と答える。

『とりあえずヤバイ事は止めといた方がええって』

「……電話切っていいかな」

『満さんが話したいって』

 途端に慌てた駿河は思わず立ち上がり「いやいやいや満さんは出さないでくれ頼む!」と懇願する。

 そこへ警報が鳴り、管理区域外警告が出る。さらに右舷の船窓の端に、僅かにブルーの船影が見えてくる。

 駿河は警報音に負けないよう、少し声を張り上げつつ

「とにかく妨害するつもりなら、やめて欲しいんですけど」

『スマンけど妨害したるわー……』

「それはお前自身の意思なのか」

『たぶーん……』

「お前、満さんに脅されてんじゃないだろうな!」

『だってお前……』武藤も声を張り上げて『逃亡者めー! お前が逃げた後、俺はここで7年間耐えたんじゃー』

「逃げてない! 俺はブルーから黒船にブッ飛ばされたの!」

 武藤が叫ぶ。

『戻って来い駿河ー』

「嫌です戻りません!」と言ったその時、警報音が止むと同時にリリリリと緊急電話が鳴る。

 駿河は「ちょっと待ってくれ」と武藤に言うと、受話器を右手に持ち替え、左手で緊急電話の受話器を取って「はい黒船……」と言うが早いか相手が怒鳴る。

『駿河船長、周防先生をどこへ連れて行く気ですか?』

 苛立った駿河は「何でバレたんです? タグリングかな」と言いつつ通話を外部スピーカーに切り替えるボタンを押す。ブリッジのスピーカーから管理の声が流れて来る。

『まぁ、SSFに電話したら居ないという。状況から見て判断した』

「なるほど」と答えながらも内心、……電話で判断? と腑には落ちない。

『そもそもアンバーはともかく黒船は行くなと言った筈だが?』

「なぜです? その明確な理由は!」

『黒船は特別な船だ。採掘量がアンバーとは違う』

「先日アンバーが大量の鉱石を採って戻ってきましたよね、黒船も行けば、あれが二隻分になるんですけど」

『その保証は? それに周防先生を連れて行く理由は』

「イェソドに会いたい人がいるという個人的な理由です」

『長年断絶しているのに?』

「カルロスさんが実際、お会いしたんです! もう断絶はしていない」

『そもそも、そんな私的な用事に勝手に船を使うなど』

「第一の目的は、さっき言ったように大量の鉱石を採って来る事です! そのついでにちょっと人助けしてもいいでしょう!」

『アンバーはともかく黒船は行くなと言っただろう? 二隻も行かせる訳にはいかん! 有翼種は危険なんだ、もし周防先生に何かあったらどうする? どれだけ我々を心配させたら気が済むんだ!』

 駿河は大きな溜息をついて「大丈夫ですってば……」とクッタリする。

「既にアンバーが実際に鉱石採って戻って来た訳だし、カルロスさん達も無事ですし……」

『……あまり我儘を言うと、こちらもそれなりの事を考えねばならなくなるぞ』

「え?」

『せっかく先日、大目に見てやったのに。所長や我々にあれだけの迷惑を掛けながら、君達の気持ちを汲んで、全て許してやったのに……』

「……」

 ……俺はもう倒れてしまいたい、と内心グッタリ疲れ果てつつ、静かに言う。

「そっちがそれなりに考えるなら、こっちもそれなりに考えますよ?」

 すると相手は大きな溜息をつき、ゴホンと咳払いしてから低い声を発する。

『……駿河船長』

「はい?」

『あんまりいい気になるんじゃないぞ? 我々は人工種は大切にするが、人間に対しては厳しくする。なぜなら間違った人間から人工種を守らねばならんからだ』

「ああ。それで先代のティム船長が降ろされたんですよね」

『もし君が人工種達に間違った事を教え、そして人工種が間違った事をするようになったなら……その人工種達にも、厳しくしなければならなくなる。その辺りをよく考えろ』

「間違った事とは」と言い掛けた所でプツッと通信が切れる。

「あのー……。突然切るとか……」

 呆れ気味にハァ、と盛大な溜息をつき、緊急電話の受話器を置くと、右手の、まだブルーと繋がっている受話器に「聞こえたか武藤!」と言いつつ、その通話を外部スピーカーに切り替える。

『……うん。駿河君もうコッチ戻って来ないの?』

「はい?」

 目を見開いて唖然とする。何でそういう理解になるのかと若干怒りを覚えた所に武藤が話し出す。

『俺はお前が黒船からブッ飛ばされてブルーにリターンして来るのを首をながーくして待ってたのに。なかなか戻って来ないから、ついに俺がブルーの船長になってしまった』

「……」

 戻るって、そっちかい……と思っていると、武藤が叫ぶ。

『逃亡者めー! 今度は船ごと引き連れてどっかに逃げようっていうのかー』

「いやいや」

『二隻も居なくなったらブルーに来るノルマがトンでもねー事に』

「いや鉱石採って戻るから」

『とりあえずお前を止めないと俺が地獄なんじゃあ! ガチで妨害するから、それが嫌ならとっととブルーに戻って来い駿河ぁぁぁ』

「なんでそうなる!」

『俺とお前でウチの採掘監督に直訴を……あっ』

 その時、受話器の向こうからリリリと緊急電話のコール音が聞こえる。

 駿河は辟易しまくりながら「……直訴て」

『管理から電話来たから切るよ。またなー』

 プツッと通話が切れて、駿河は「はぁー……」と大きな大きな溜息をついて受話器を置く。

 ふと見ると、上総と、操縦席の総司が爆笑している。

「……そんな面白いか」

「うん!」頷く上総。

「あれ」

 ブリッジの入り口を見た駿河は、やっと、周防が入り口近くの壁際に置かれた丸椅子に座っている事に気づく。

「周防先生いつの間に。しかも椅子まで」

 周防の斜め前に立つメリッサが言う。

「ここに居たいっていうから、持ってきてあげたの」

 周防は「面白い通信をしていたので、つい長居を」とニッコリ笑って「お邪魔かな?」

「いえ全く問題ないです」

 駿河は深刻な顔になると、溜息混じりにしみじみと

「先生。もう種族なんか関係ないですよ。ブルーは人間の船長が、人工種の採掘監督に仕切られてる船です」

 周防は笑いを堪えつつ尋ねる。

「ちなみに貴方はなぜブルーから黒船に?」

「え。ブッ飛ばされた理由ですか? 理不尽な採掘監督に意見を言ったら」そこへトゥルルルと電話が鳴り、ビクッとした駿河は思わず「どっちだブルーかアンバーか」

 周防の横に立つカルロスが、満面の笑顔で「ブルーに一票」

「はぁ……」

 溜息をつきながら駿河はクッタリと船長席の椅子に座り、渋々受話器を取る。

「はい」

『ブルーアゲートの満です。駿河船長、せっかくブルーから黒船に飛んで船長になったのにその地位をむざむざ捨てるおつもりか』

「あの。……満さん……」

 駿河は外部スピーカーのボタンを押して、相手の言葉を皆に聞かせる。

『黒船の以前の船長は相当厳しい方と聞いたがその厳しい指導に耐えてやっと船長になれたというのに今、その地位を捨てたら貴方を鍛えた以前の船長が泣きますぞ。そもそも船長というのは重責を担うものであり、それが嫌だといって勝手にイェソド等に逃げられては我ら人工種も困りますし先方にも大変なご迷惑が掛かる。ここは大人しく戻る事を強くお勧め致します』

「ご忠告感謝します。しかし先方との約束がありまして行かねば先方にご迷惑が掛かるのです。失礼致します」

 サッと通話を切り受話器を置く。すると再び電話が鳴る。その間にブルーの船体がどんどん黒船に接近し、ついには並走状態になる。

 鳴り続ける電話のコールに「あぁ……」と呻き声を上げた駿河は「管理より恐ろしい電話攻撃……。もう無視します」と言って俯く。

 カルロスは、駿河をここまで憔悴させる満の破壊力って凄いなと感心しつつ、ふと。

「船長、ちょっと私が出てもいいですか」

「どうぞ」

 船長席に近付いて、鳴り止まぬ電話の受話器を取る。

「はい、黒船のカルロスと申しま……えっ」そこで目を丸くすると、相手の話を聞きながら「いや、私は……、いや、あの」と焦り出して「あのですね、私は別に、護に何も吹き込んではいませんよ。……いやいや、私と護が関わったのは……」そこでハッ! と我に返る。

 声を大に「そんな事はどうでもいいのですが! 貴方はなぜアンバーに連絡しないのです? そもそも黒船がこんな事をする羽目になったのは、アンバーの穣が原因なのです。穣は貴方の次男ですよね。黒船を止めたかったらまずアンバーを止めて頂けませんか!」と言ってサッと通話を切り受話器を置くと「ふ。穣に回してやりました!」と駿河にガッツポーズする。

「はぁ」と安堵の溜息をつく駿河。

 総司が笑顔で「流石!」と叫び、上総は笑いながらパチパチと拍手。

 カルロスは、やや引き攣った顔でしみじみと

「しかし恐ろしい。向こうのペースに巻き込まれる所だった……」

 駿河が思いっきり「わかります!」と頷く。

 カルロスは駿河を見て「ついでに緊急電話でアンバーに連絡しときましょう」