第15章01 82年ぶりの再会
アンバーでは護とマリアに続いて穣や透、採掘メンバー達がタラップを駆け降り、カナンとターさんの元へ走る。
先頭の護は走りながら手を振って「ターさん、カナンさん!」
「おかえりー」とターさんも手を振る。
「やぁ、久しぶりだね」微笑むカナン。
二人の前に辿り着いた護は、追って来た穣やマゼンタ達に「この方がカナンさん!」と紹介する。
穣はカナンを見て少し驚き「ど、どうも。これで120……?」
カナンはアハハと笑って「歳なんか気にしない!」
マゼンタが「いやいやいや!」と大きく首を振る。透や悠斗も少し目を丸くしてカナンを見つめ、穣も「気にしまっさぁ!」と言いカナンを見ながら「若いなぁ……ホント、世界は広い……」と呟く。
護は黒船の方を見て「周防先生まだかな」
「黒船は今、手続き中だよ」
ターさんはそう言って「黒船ってホント黒いんだね! 予想してたけど」と笑う。
カナンは「昔からああだよ」と黒船を指差して「真っ黒なんだ。変わらないねぇ」
それを聞いて悠斗が黒船を指差しながら尋ねる。
「昔からあの形なんですか?」
カナンはウーンと思い出すように少し考えつつ
「形はちょっと違うけど……でも大体あんな感じだったなぁ。もうちょっと大きかったような気も」
「ほぉ。そうなんですか」
「あっ」
透がターさんの家の上を指差して「カルナギさん!」と声を上げる。
見ればカルナギとドゥリーが家の屋根の上に浮いている。
マリアが言う。
「うん、さっきからずーっといたよ」
ターさんは皆に「あぁ。見学の人々だから気にしないで」
「見学?」
穣がちょっと笑って「見学という名の野次馬か」
護は黒船の方を見てじれったそうに
「んー、黒船、手続き遅いなぁ。……ちょっと見に行っちゃおうか?」
それを聞いて穣も「行くか、様子見に」
カナンも「もう行っちゃうか」
続けてターさんも「行っちゃえ行っちゃえ」
そしてマゼンタも元気良く「行っちゃえー!」
一同テクテクと黒船の方へ移動を始める。穣と護を先頭に、ターさんとカナン、その背後にマリアとマゼンタ、悠斗と透、オーキッド、オリオン、健が続く。
その時、黒船のタラップからレトラと数人の有翼種が降りて来るのが見え、護は「あっ」と立ち止まる。同時に穣やカナン達も立ち止まる。レトラと有翼種一同はタラップを降りてターさんの家の横の生垣の傍に停まっている二隻の警備船の方へ飛んで行く。黒船のメンバー達はまだタラップに現れない。
黒船の採掘準備室では駿河をはじめ、降りるメンバー達がタラップの手前で待機していた。
駿河が耳に着けたインカムで総司に連絡する。
「じゃあ行って来る。留守番宜しく頼みます、副長!」
『了解!』
駿河は隣に立つ周防に「行きましょう」と言い、周防と共に並んでタラップを降り始める。後に続く一同。
黒石剣ではなく周防の手荷物のショルダーバッグを肩に掛けたカルロスが「あ、先導します」と言いつつ少し速足で駿河と周防の前に出る。
外では黒船の手前で立ち止まっていた護や穣達が、カルロスを先頭に駿河と周防がタラップを降りて来たのを見て「お、出て来た」と声を上げる。
「来たよ、カナンさん」
護は振り向いてカナンの方を見る。
「……うん」
周防の姿を見つけたカナンは、あぁ……と小さな声を発して目を細める。
護達は黒船の方へ行こうとするが、その場に立ったまま動かないカナンを見て立ち止まり、その憂いを湛えた表情を見てハッと真剣な顔になると、自分達もその場に立ち止まって黒船の一同を待つ。
タラップを降りた周防が護達の方を見てカナンに気づく。
「あっ」
小さく声を上げ、目を見開いて立ち止まる。
先頭のカルロスが振り向いて周防に言う。
「あれがカナンさん」
「……わかる」
掠れた声で呟いた周防は少しの間、カナンを見つめたまま立ち止まっていたが、意を決したようにゆっくりと歩き始める。カルロスは周防を先に行かせる。
躊躇いがちにカナンの方へ歩く周防。その少し後ろに、駿河とカルロス、そして黒船のメンバー達が続く。
周防はカナンのやや手前で立ち止まり、内に秘めた感情を堪えるが如く目を伏せる。
そんな周防を暫し黙って見つめるカナン。
(……相当、重いものを背負って生きたな……)
黒船とアンバーのメンバー達に挟まれて、見つめ合う二人の人工種。
やがてカナンが微笑みつつ口を開く。
「大きくなったねぇ! 『和也君』が『周防さん』になっちゃったか……」
周防は、何か感極まったような表情をすると、ゆっくりとカナンの前に膝を付き、両手を地面に付け、土下座するように頭を垂れて言う。
「……仲間を沢山、殺してしまいました」
言いながら堪えきれずに涙する。カナンは慌てて周防を支えるように屈み、その身体に両手を添える。
周囲のメンバー達はあまりに予想外な周防の言動に驚き、戸惑い、動けず唖然として二人を見つめる。
カナンに両肩を押し上げられて上体を起こした周防は、深く頭を垂れたまま、涙しつつ語る。
「あの時、貴方と一緒に飛び降りていたら、沢山の人工種を苦しめる事も殺す事も無かったのに。私は最低最悪の残酷な製造師になりました」
「でもお蔭でこんなに素晴らしい子供達が生まれたじゃありませんか。貴方があの時、船に残ったお蔭です」
穏やかな声で語るカナンに対し、周防は自分を嘲るように言葉を吐く。
「私の人生は、……貴方に軽蔑されてもおかしくない」
「何を言う。……軽蔑と言うなら」
カナンは大きな溜息をつくと、突然、凛とした強い声で
「とても残酷な話をしましょう。貴方の製造師の和臣さんは、貴方に対してあれだけの事をしておきながら、貴方に対して罪悪感の欠片も持っていなかった! だから、連れて行きたかったのに。でも、本当に、よく、残った」と大粒の涙を零す。
「……」
「あの世界に、たった一人で」
上着の内ポケットからハンカチを出して涙を拭いつつ
「よく、生き延びた……」と周防の肩を抱き寄せて暫し泣く。
「……カナン」
少し驚いたように呟く周防。
カナンはハンカチで涙を拭って周防を見ると、カルロスを指差しつつ涙声で「あの子が貴方の息子だと知った時、本当に、本当に、驚いた。……何も知らずに私の店に来て……、楽しそうにしてるんですよ、貴方の息子が! ……それだけでもう、本当に偉大な事です」
「しかし、苦しんで亡くなって行った子もいる」
「貴方はそうやって苦しむ、しかし貴方を作った製造師は、あれだけの事をしておきながら、貴方に対して罪悪感が全く無かったんですよ!? ……私はその理不尽さに耐えられず、貴方を連れてイェソドに逃げる事を決意した。つまり私は貴方をイェソドに、逃がしたかったんです!」
絶叫に近いカナンの言葉に周防は大きく目を見開いて「……私……を?」と驚く。
その様子にカナンは暫し黙り、震えるほど拳を固く握って周防を見ると、掠れ声で「……そう、貴方を」と言い
「あの残酷な製造師の為に自分を殺して生きていた貴方を……」
と遠い目をする。そして短く溜息をつき
「それでも貴方の意思を尊重して良かった。例え、その先が地獄である事が見えていたとしても、本人が強く望むなら……。……何がどうなるかわからない。イェソドで幸せに生きられる保証も無い。確実な事など一つも無い。……だから私は貴方を残して船から飛び降りた。私はイェソドで生きたかった」
カナンは周防の腕を掴み、力強く「さぁ立って下さい!」と言うと自分も立ち上がりながら「しかし随分、大きくなったなぁ。こんなに大きかったか」と言いつつ周防を立たせる。
「……そうですね」
微笑する周防。
カナンは周防の目をじっと見据え、落ち着いた声でゆっくりと言う。
「周防さん。貴方は一人じゃありません。……私は、貴方が死ぬまでは絶対に死にません」
周防は驚いたようにカナンを見る。
「例えどんなに離れていようと、私は貴方が死ぬまでは絶対に死なない。そう固く心に決めて生きてきました。……私は貴方を一人にはしません。貴方を残して逝く事はしません」
再び周防の目から涙が零れ落ちる。周囲のメンバー達も目頭を熱くし、涙ぐむ。
「だからここからは幸せに生きるんです!」
「……はい」
周防は内ポケットからハンカチを出して涙を拭い、呟く。
「貴方は、昔と変わらない……」
「外見は歳くっちゃいましたけどね」
苦笑するカナン。周防は少し俯くと
「私はずっと、貴方の事を心の支えに生きてきました。孤独な中で、誰も私を理解しなくても、イェソドにカナンが居る。……だから、頑張ろうと……」
涙声になるが、涙を堪えて語り続ける。
「……何度か貴方を夢で見た。有翼種の世界で幸せに暮らす貴方を。……まさか現実になるとは」
「貴方の子供達が連れて来てくれたんです。……奇跡ですよ」
「不思議だ。憎まれてもおかしくないのに」
その瞬間、厳しい顔になったカナンは凛とした声で言い放つ。
「憎むも憎まないも、その子が決める事です。貴方は関係ない。昔の人工種はそれすらできなかった。でも今の子達は、その選択の自由があるんです。だから余計な罪悪感は、とっとと捨ててしまいなさい」
それを聞いてカルロスがハッとしたように目を見開く。
周防は「……はい」と返事し、カナンは笑って周防の腕をポンポンと叩くと
「昔に比べて素直になったなぁ」
周防も微笑み
「なんだか、82年ぶりに会った気がしませんね」
「全くだなぁ」カナンはアハハと笑ってから
「……まぁ、あの時代を生き抜いた戦友ですからね。例え離れても」
「はい。本当に長い戦いでした……」
深く長い溜息をつく周防。
カナンは感慨深げに「うん」と深く頷くと
「さてさて、とにかくお茶でも飲みましょう! 今日はこれから大事な用事があるんですから」
「用事……?」
「……貴方と私はこの後、黒船でイェソドの首都ケテルへ行くのです!」
周防は思わず「えっ」とカナンを見つめる。周囲のメンバー達も驚きで目を丸くする。
「そして、人工種と有翼種は和解をするのですよ! 勿論、人工種が認めた人間との和解も含みます」
唖然としたままカナンを見つめる周防。カナンは続けて
「だって貴方と私は元々、その為に作られた人工種ですからね。役目を果たさないと」
「その……為?」
「そうですよ。実は我々はイェソドを探す為に作られたんじゃありません。だって神谷さんは既にイェソドの有翼種と密かにコッソリ交流をしていたから」
「!」
その場の全員が驚く。
周防は腑に落ちたように「や、やっぱり、そうだったのか……」と呟き「それで原体B型は」と確証を求めるようにカナンを見る。
カナンが言う。
「人工種の基礎原体に純血有翼種の遺伝子をブチ込んだのが原体B型です。だから有翼種と同じ寿命なんです。ちなみに有翼種の最高齢は200歳以上で、180歳位まで生きる方も結構いますからね。120なんてまだまだですよ。……歪んでしまった人工種を元の真っ当な状態に戻して有翼種と和解させよう、それが神谷さんがやろうとした事です。その為には人工種が自己意志を回復する事が必須で」
「回復?」
「そう、回復。元々は自己意志あったんだから。……人工種が真っ当に生きるには、有翼種と人間と対等に立たねばならない、その為には自己意志が必須だけれども、それは自発的に起こらなければならない」
「……はい」
周防が大きく頷く。カナンは続けて
「だから神谷さんは『イェソドを探す為』という名目で原体B型を作った。その存在が周囲の人工種に何かしらの影響を与える事を狙って。尚且つ希少価値を持たせる事で簡単には殺されないようにした」
「なるほど。確かに私は殺されなかった……」
「私は殺されかけた。だからイェソドに逃げるしか無かった」
「……」
周防は驚きと悲しみの入り混じった顔でカナンを見つめる。話を聞いていた駿河は俯いて密かに悔し気な顔をし、両手を握り締める。
カナンは安堵したようにふぅと息を吐くと
「やっと貴方に伝える事が出来た。これは82年前のあの時、イェソドで貴方に言おうと思っていた事なんですよ。我々は本来、自己を確立する為に作られた存在だという事を」
そう言って右手で周囲のメンバー達を指し示しながら
「この状況を見たら、製造師の神谷さんが泣いて喜びます」
周防は「私も彼らには驚いた」と言い「本当に、本当に……、長かった……」と呟く。
カナンは微笑み、周防の両腕をポンポンと叩きつつ「再び会えるなんて夢のようです。本当によくイェソドへ来た!」と言い周防をハグすると「さて。首都ケテルに行く準備が整うまでまだ時間があります。その間ちょっとター君のお宅にお邪魔して休みましょう」と周防をターさんの家の方へ促す。
話に聞き入っていたターさんは慌てて「あっ、周防先生、ウチへどうぞ。皆も……」と言い掛けて周囲のメンバーを見ると「ゴメン、全員は入れない」
穣は黒船メンバー達に向かって「ウチはSUの人工種いないし、黒船さんが中へどうぞ」
カルロスが「じゃあそうする」と答えると、右隣に居る駿河が「でもアンバーの人も誰か居た方がいい」
「ならば護が……あっ」カルロスはふと気づいて「ターさん、カナンさん、こちらが黒船の船長で」と大きな声で言いながら駿河の背中を軽く押して前に出す。
「申し遅れました、駿河匠と申します」
一礼する駿河に、ターさんも軽く一礼してから満面の笑みで駿河に近付き「ターメリックです、ようこそイェソドへ!」
カナンも駿河に近付いて、手を取って握手すると「カナンと申します。今日は宜しくお願いします」
駿河は、自分は人間なのに先方から握手して下さるとは……と驚きつつ「こちらこそ」と言い「あの、先ほど首都ケテルへ行くとか」
「ビックリしたでしょう? 行くんですよ! 黒船も、アンバーも」
ニコニコするカナン。駿河は不安気な顔で
「私は人間ですが、大丈夫なのでしょうか」
「ご心配なく! 後で警備の方が中和石を持ってきてくれますから。……ケテルに行って、イェソドを治める長と会って和解の話をするだけです。やはりこれだけの人数になるとね、双方が交流するに当たっての、けじめを付けておかないと」
「……は、はぁ。イェソドの長ですか」
想像もしなかった展開に、不安と緊張でいっぱいになる。
カナンは再び駿河の手を取り、その手を両手で包むようにポンポンと叩きながら「大丈夫ですよ、そんな緊張しないで」と笑う。
……なんて温かくて大きな手なんだろう、と駿河が思っていると、カルロスが横から言う。
「この船長、真面目ですから」
「じゃあお茶でも飲んでリラックス。行きましょう」
カナンは駿河を促して周防と共にターさんの家へ歩きつつ、周防を見て言う。
「いやぁ久々に人間さんと会ったけど、やはり人工種とは違うもんだねぇ」
「わかるんですか」
「わかるわかる。エネルギーの感じが違う」
「私はいつも人間と一緒に居る為か、わからなくなりました」
一行は家の玄関前に到着し、ターさんが玄関ドアを開けた途端に丸いものとゴツゴツしたものがポンポンと飛び出て来て一同の前にチョコンと立ち止まる。
周防は目を丸くしてカナンに「な、なんですか、これは」
「ああ、鉱石の妖精と呼ばれてる、石好きの変な生き物だ」
駿河が「えっ」と驚いて「もしかしてこれが妖精?」
カルロスが「うん」と言いつつ丸い妖精とゴツゴツ妖精を拾って抱き上げる。
駿河はそれを見ながら「想像してたのと全然違った……」
「どんなのを想像してたんだ」
「人型かと。まさかこんな変なモンだとは。これがカルロスさんを助けた?」
「変なモンとか言うと、このゴツゴツが怒るぞ」
「エッ、言葉わかるの?」
「うむ」カルロスは頷いて、妖精たちを皆の邪魔にならない所へ下ろす。
ターさんが一同に向かって叫ぶ。
「皆さん、玄関で靴を脱いでくださいね。狭くて申し訳ないけど」
まずターさんと周防とカナン、駿河が家の中に入り、カルロスは後続のメンバー達に「じゃあ入りたい人、入って」と呼び掛ける。ジェッソと上総、昴と夏樹、メリッサが中に入る。
「あとは?」
カルロスが外に居る面々に尋ねると、大和が「俺は外で待ってます」と言いオーカーも「俺も」と答える。
玄関脇に皆の靴を揃えて並べていた護は、レンブラントを見て「中、入れそうだぞ?」
「いいっす。堅苦しい席は苦手で」
レンブラントはすぐ横の庭を指差し「その石っころに座って待ってる」と庭石として置いてあるマルクト石を指差す。
「あれはアンバーがターさんにお礼として採って来たマルクト石だぞ。イェソドだと高いんだ」
「ほぉ?」
「庭石に座ってもいいけど、あっちの小屋の中にある小さい木箱持ってきて座ってもいいよ」
護は隣の作業小屋を指差す。
「ほーい」
カルロスは「まだ何人か家の中に入れるぞ。アンバーで誰か中に入りたい人は?」とアンバーの一同を見る。
マリアが「私は外で妖精さんと遊んでる」と言うとマゼンタが「俺も!」続いて悠斗、健、透、オリオン、オーキッドが「俺も」と言う。
「アンバーは誰も入らんのか」とカルロスが言うと、悠斗が「だって黒船の人と一緒って、居づらいし」
それを聞いたレンブラントが「別に脅したりしねぇよ?」とニヤリ。
「んー、だって船長とか居るし初対面の人、多いし」
苦い顔の悠斗に、レンブラントは笑いながら「ほいほい」と頷く。
穣は「んじゃ俺、中に入るよ」と言って玄関の中へ。
それを見た護は「そしたら十六夜兄弟3人、入るか」と言い「透もおいで」と手招きする。
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