第15章04 首都ケテルへ

 船に戻った二隻の面々は発進準備を整えて、約束の時間が来るのを待つ。

 アンバーにはターさん、黒船にはカナンと周防、レトラが一緒に乗船する。

 やがてイェソド山の方から採掘船の半分程のサイズの警備船が3隻飛んで来ると、ターさんの家の上空に一旦停止し、それを合図にまず黒船が先に上空に上がり、警備船3隻の内の1隻が黒船の前に出て先導するようにイェソド山に向かって飛び始めると、黒船はそれに続く。続いてアンバーが上昇し、黒船の後を飛び始める。残り2隻の警備船と、ターさんの家の横で待機していた警備船2隻は、黒船とアンバーを挟むように左右両側を飛び、アンバーの後方にはカルナギの船、ブルートパーズが付いて来る。


 アンバーのブリッジではネイビーが操縦席でレーダーを見ながら目をキラキラ輝かせていた。

「全部で8隻の大船団、すごーい! 周囲を警備船に囲まれるなんて滅多に無い状況よ、船長!」

 剣菱はプルプルと頭を振る。

「いやこんな状況はあっちゃならん! 警備に囲まれるとか、怖くてタマラン」

 はぁっと大きな溜息をつくと、少しクッタリした顔で

「しかし何なんだこの予想外な展開は……。俺は堅苦しい場所は苦手なんだが」

 船長席の隣に立つ穣が「適当にやりゃあいいんです。……それにしても」と言って剣菱を見る。

「何かな」

「……いい香りがしますなぁ」

 その言葉に、ブリッジ入り口に居るターさんや護達が思わずクスッと笑う。

 剣菱はムッとした顔で「有翼種が付けろっつったあの液体のせいだ!」

 護は「でもホントいい匂いだ……」とクンクンと匂いを嗅ぐ。

 ターさんは「ちょっと付け過ぎかな……?」と苦笑い。

 マリアが「いいなー私も付けたい」と言い、ネイビーも「私もー!」

 仏頂面になる剣菱。

「今度アレ、無香料にしてくれって文句言おう」

 ネイビーとマリアが「えー!」と大ブーイング。


 黒船では、駿河が両手首に着けた緑色の腕輪を見ながら何やら思案気な顔をしていた。

 船長席右側のブリッジ入り口付近にはカナンと周防が立ち、入り口から通路にはいつもの野次馬メンバー達が居て、船長席の左側にはレトラが、レトラから少し離れて操縦席の左側にカルロスと上総が居る。

 レトラが駿河の様子を見て声を掛ける。

「どうかしましたか?」

「この中和石の腕輪をすると、腕時計とぶつかって……どうしたもんかなと。いいや腕時計取ってしまえ」

 駿河はそう言いながら左手首の腕輪の横に着けている腕時計を外して上着の内ポケットに入れる。

「腕輪……慣れないとなんか手首に違和感が」

 手首の腕輪を触りつつ、カルロスと上総の手首を見て言う。

「その浮き石の腕輪、邪魔だと思った事ないですか?」

 カルロスは「まぁ、あるっちゃあるけど慣れた」

 上総は笑って「あります! 腕時計着けられないし。でも慣れた!」

「ですよねぇ」

 駿河はそう言って自分の両手首の腕輪を見る。

「この腕輪するなら腕時計じゃなく、皆が使ってるようなカラビナ付きのデジタル懐中時計かなぁ」

 すると野次馬メンバーと共にブリッジ入り口にいたジェッソが船長席の傍に来て「ハンギングウォッチもいいですが、こういう腕時計もありますよ」とポケットから黒く細いバンドを取り出して腕に巻く。

 黒いバンドの表面にデジタル時刻が表示される。

「あ、これいいな」

「ただちょっと、お高いんですけどね、これ。安いのもあるけど耐久性があんまり」

 横からカナンがちょっとジェッソの時計を見て何気なく呟く。

「浮き石の腕輪そのものに時計が付いてればいいのにねぇ」

「そうなんですよ!」

 ジェッソが大声を出して、カナンはちょっとビックリする。

 上総も大声で「それ思ってた、時計付きの浮き石の腕輪があったらいいなーって!」

 操縦席の総司も「もしそんなのがあったら人工種にバカ売れしますね、ビジネスチャンスだ!」

 しかし駿河が「ちょい待った、時計付きの中和石の腕輪は?」と言い、レトラの方を向く。

 レトラは一瞬「?」と頭にハテナマークを浮かべて「あっ、時計付きの……ですか?」と言い、ちょっと考えて「それは……私は見た事ありませんが、頼んだら作ってくれる方が居るような気は、します」と答える。

 総司が言う。

「つまり腕輪に時計を付ける技術があればいいんですよ」

 それを聞いてカルロスが

「人間はそういうの作ってくれそうに無いからイェソドの有翼種と共同開発するか」

「ですねぇ」総司に続いて上総とジェッソも「うん」と頷く。

 レトラが「ところで……」と言って少し間を置くと、前方を指差して言う。

「もうすぐ、イェソドを守る『壁』です」

「壁?」

 駿河は訝し気に前方に目を凝らして「……なにか、あるんですか?」

「人間には見えませんよ。何も知らずに突っ込めば弾かれます」

「えっ」

 驚く駿河に、周防が横から「人工種にも見えませんけどね」と口を挟み、ふと気づいて「あ、いや見える人も居るかもしれないが」と付け加えてから「見えないバリアみたいなものです」

 レトラが少し強い口調で「まぁ、人間に見えたら、意味が無い」と言い、駿河の心が少し痛む。

 (……ここでは人間という種は肩身が狭い……)


 イェソド山に近付く船団。山全体を覆っていた薄い霧のような、白い煙のようなものが突然晴れて、山の麓の街がハッキリ見えて来る。前方を見たままレトラが言う。

「今、『壁』を越えました。すぐ前に見えるのがケセドの街。昔、人間と有翼種が争った時に最前線となった街です。今は石屋や加工業者そして採掘師が多く住む『石の街』になりましたが。特に最近は、外に出たいという採掘師が増えて」

 カナンが「あれ」と声を上げて「それはもしや、ター君が出たからかな?」

「ええまぁ」レトラは呆れたように「過去にひっそりと外に出る人は居ましたが、彼のように堂々と出た人は初めてです」

「堂々と?」

「……彼は毎日毎日、警備の我々の所に来て。どうしても採りたい石が死然雲海にあるから、出してくれと」

 カナンは「ああ」と頷き「ター君に聞いた」

「熱意に負けてちょっと出してあげたら、凄い石を沢山採って戻って来た。石屋が大喜びで外に出して採掘させてやれと言い出して、大騒ぎでしたよ……」

 レトラは大きな溜息をついて「まぁ、とにかく何を起こすかわからない人です」と言い、カナンを見てピシッと言う。

「笑い事じゃありませんよ」

 ニコニコ笑っていたカナンは慌てて口元を両手で隠して「全くだねぇ」と苦笑する。



 船団は、高度を上げつつ徐々にコクマの街へ近付いて行く。

 総司が呟く。

「なんかエネルギーが強くなってきた。俺でも感じる……」

 上総はちょっと驚いて「総司さんでも感じるの?」

 するとカルロスが「まぁこのエネルギーだと大体の奴は何かしら感じると思うが、たまに感じない奴もいる。護とか!」

「ほぇ?」

 上総は妙な声を発して不思議そうにカルロスを見る。

 カルロスは仏頂面で「あいつの感受性は謎すぎる」

「はぁ。……とにかく凄いですね、このエネルギー」

 カナンは上総に「ケテルが近いからね。でもまだコクマの街の手前だよ」と言ってから、隣に立つ周防を見る。

「この辺りから、だったかな」

「そうですね……」

 憂い顔で船窓から見える景色を見つめる周防。

 遠い目をしてカナンが言う。

「で、コクマの街の上で止まって、落ちたんだ」

「……」

 暫し黙った周防は、掠れ声で「あれは……」と呟いて言葉に詰まると船窓の景色を見たまま感極まって涙を流す。

 悲痛な声。

「……あれは地獄の始まりだった……」

 カナンは右腕で周防を抱き寄せ、自分もじっと船窓の景色を見る。

 過去を見ながら、ただ静かに涙を流す年老いた二人。

 駿河をはじめ、周囲の若者達は心打たれたようにその姿を見つめる。

 やがてカナンがポケットからハンカチを出して涙を拭き、微笑んで言う。

「さてさてコクマを過ぎてしまったよ。いよいよケテルだ」

 周防も涙をハンカチで拭い、ふと船長席の駿河を見ると

「……人間と人工種が」

 そこでまた感極まって涙を零して「いかん、また」とハンカチで涙を拭うと「同じ黒船で」と言い涙声になり、やや大きな声を出す。

「……誰も倒れずにケテルへ行くとは」

 ハッ、と目を見開く駿河。


 (誰も、倒れずに)


 無意識に、左の中和石の腕輪を右手でギュッと掴む。

 (ここで何人、倒れたのか……。俺は今、黒船の船長なのに、皆のお陰で生きている……)

 カナンが周防の肩を掴み、力強く言う。

「貴方があの時、貴方の意志で、黒船に残ったからだよ!」

「……良かった」

 周防は心底嬉しそうに泣き笑いしながら呟く。



 船団は更に高度を上げ、山の頂上の少し下にある大都市へ。

 総司が前方の大都市を見ながら呟く。

「……山の上に、こんな都市が」

 上総は船窓に張り付いて外の景色を物珍し気に見ながら「おっ!」と声を上げる。

「遠くにチラホラと船が飛んでる! 首都が近いからなのかな」

 すかさずレトラが

「通常はもっと沢山の船が飛んでいますよ。今は、規制しているから少ないんです」

「え」

 びっくりした顔の上総に、レトラは厳しい顔で

「首都に不審船を入れるので、規制してるんです」

「おぉ」

 上総はなぜか嬉しそうな顔で「副長、ウチの船って不審船だったんですね!」

 思わずプッと笑い出しそうになった総司はゴホンと咳払いして「お前な……」と苦い顔。

 駿河も苦笑いして「こんなに警備船に囲まれて連行されてるのに……」と呟く。

「おや?」

 総司は都市内の建物の間に規則正しく建っているオブジェのような太く大きな石柱を見て

「デカイ柱だな……。あれイェソド鉱石かな?」

 レトラが「いえ」と否定し「あれは御柱(みはしら)と呼ばれるケテル・イェソド混合石柱です」と答える。

「ほぉ。そんな石が。しかしデカイ」

 駿河も「凄いな、どうやって作ったんだろう」と言った瞬間。

「作った? ……あれは原石ですよ」

原石?!」カナン以外の一同、驚愕。

「あれが原石なんですか?」「あれマジで原石!?」「あんなデカイ原石あるの?」

 皆の驚きの声が交錯し、レトラは再び「原石です!」と大声を出す。

 ジェッソは若干興奮しながらレトラと駿河を交互に見て

「あの、甲板に出ても宜しいでしょうか! あれをもっと良く見たい!」

 レトラは無表情のまま「落ちないように甲板へどうぞ」と言い「船から落ちたら不審者になるので覚悟しといて下さい」と若干凄む。

「ハイ」


 同じ頃、アンバーのブリッジでも御柱を見て大騒ぎしていた。

 ターさんと護が「うわぁぁ凄い!」と大感動。

「護君! あれ原石だよ原石!」

「うん原石だねターさん! あれが地中から生えてる原石って嘘みたいだよね!」

「写真とかで見てたけど実物はやっぱ凄かった! あんな柱、大死然でも滅多に無いよ!」

「写真だと大きさワカランし! 実物バンザーイ!」

 護とターさんのテンションの高さに剣菱が驚いていると、穣が前方の黒船を指差す。

「あれ黒船の奴ら甲板に出てるっぽい! 俺達も行くべ、……船長!」

「はい甲板ね、どうぞ」

「よっしゃー!」

 ブリッジから走り出る穣に続いてターさんも護もブリッジから出て、入り口付近に居たメンバーと共に通路を走り出す。

 剣菱は「やれやれ」と言うと、窓から見える御柱を見て

「あれが原石ねぇ……。とんでもないモンが生えとる。世界は広いねぇ……」


 黒船ではジェッソ達が甲板ハッチから上半身を出して周囲に見える御柱を見ている。

 落ちるなと言われたので一応、あらぬ疑いを掛けられないように甲板上には出ない。

 レンブラントが御柱を見て「でっけぇ……これが原石ってウソだろ?」と言うと、昴が「採って来たの? それとも元からここに生えてたの?」と言い、メリッサが「生えてたんじゃないかな、だってこれ真っ直ぐ立てるの大変そう」と言ってから「しかし綺麗な柱ねぇ……」とウットリ。

 ジェッソが真剣な顔で言う。

「これを採れと言われたら、楽し過ぎて幸せなんだが」

 レンブラントが「採るって採掘? いやそれ有翼種に怒られるし。そもそもこんなデカイ奴、どうやって採るん……」と苦笑する。


 アンバーでも黒船と同様にハッチから上半身だけ出して外を見る。

 ターさんが興奮気味に叫ぶ。

「首都ケテルだぁ初めて来たー!」

 悠斗が笑って「俺達よりターさんの方がはしゃいでる!」

 透は周囲を見回して警備船を指差すと

「有翼種の警備船に囲まれてる。ネイビーさんのテンション上がるのも分かるなぁ」

 マゼンタが「船長のテンションは下がってたけど!」と言い「でもなんかカッコイイよね、重要参考人って感じで!」

 穣が「いやカッコイイか?」と突っ込んでから「しかしすっごいなぁ。あの建物、多分全部ケテル石だろ?」と眼下に見える建物を指差す。

 その時、護が「うわ何だあれ!」と叫んで斜め前方を指差し、皆がその方向を見ると、大きな広場の先にまるで建物からイェソド鉱石のクラスターが生えているような荘厳な建物があるのが見える。

「建物と鉱石が合体しとる!」

 驚く護にターさんが

「あれは大長老がいる『大樹の森』ていう建物だー!」

「大長老?」

「うむ。イェソドの有翼種の長の事じゃあ!」

 すると穣が「おや?」と怪訝な顔をして「そういや人工種の長って誰なんだ? 人間の長は色々いるけど」

 透が「ってかそもそも人工種に首都とか街とか無いし」と返す。

「そっか。……なら作っちまえ」

「じゃあ穣が人工種の長になる?」

 透は穣を指差す。

「……」

 穣は暫し微妙な顔で沈黙してから、頭を抱えて悩む。

「俺かぁぁぁぁ!」