第15章05 大長老ダグラス
黒船とアンバーは、警備の有翼種達の指示で『大樹の森』と呼ばれる荘厳な建物の前の大きな広場に横並びに着陸すると、タラップを下ろす。各船の船内からゾロゾロと出て来るメンバー達。駿河と剣菱の船長二人は最後にタラップを降りると、『船の鍵』であるリモコンキーでタラップを上げて、船底の採掘口を閉じてロックする。
レトラは『大樹の森』の入り口前の階段下に立つと、自分の前を指差して皆に叫ぶ。
「ここを中心に代表四人を前、他の人はその後ろに横一列に並んで下さい。船長二人が中心で人工種の二人はその左右、船長の後ろには副長二人を中心に左右にアンバーと黒船の皆さんが並ぶ、そしてカナンさんと周防さんは、副長の後ろで三列目となります。……あ、ター君、貴方は単なる見学者です。皆の後ろの警備の人々と一緒に居て下さい」
「はい」
ジェッソと穣が皆に言う。
「朝礼と同じように並べー」
「皆、朝礼っぽく並ぼうー!」
各船それぞれ指示された通りに並び始める。前列にカルロス、駿河、剣菱、護が並び、その後ろに黒船とアンバーの副長を中心にメンバー達が横一列に並ぶ。その後ろにカナンと周防。
レトラが皆に叫ぶ。
「これから中に入ります。移動する時は適当で構いませんが、調印式の時はこのように並んで下さい」
「はい」
一同、返事をする。
「ではこのまま、少し待機します」
緊張の面持ちで待機する一同。
剣菱は目の前の、まるで随所にイェソド鉱石の結晶が生えているような建物を見上げて「大丈夫なんだろか……」と溜息混じりに呟く。駿河が小声で剣菱に言う。
「昔、有翼種とケンカした人間って絶対無謀ですよね」
「全くだ。腕輪とか薬とか付けてても、不安だよなぁ」
「不安ですよねぇ……。何を言われるのかってのも……」
「それな……」
剣菱と駿河は密かに大きな溜息をつく。
そこへ、以前ケセドのガーリックの所で会ったラウニーがやって来ると、レトラの隣に立ち、皆に言う。
「皆さんようこそケテルへ。私は『壁』の警備隊長、ラウニーです。これから和解の調印式を行いますが、その模様はニュースでイェソド中に配信されますので」
「ニュース!」
皆の叫びでラウニーの声が掻き消される。
護が嬉しそうに万歳して「カルさんやったよニュースだよー!」
カルロスは仏頂面で「これは私の探知と関係ないだろ!」
剣菱は天を仰いで「我々が人間だってバレバレやん!」
駿河は剣菱に力強く「もう覚悟を決めましょう!」
上総は大喜びで「事件だニュースだ不審船の不審者だぁー!」
静流は上総に「勝手に事件を起こすな!」
マゼンタが叫ぶ「俺、今日寝癖バリバリなのにー!」
オーキッドがマゼンタに「いつもと同じじゃん!」
穣は叫ぶ「せっかくなら採掘師らしくスコップでも持ちたかったー!」
更に悠斗が「ツルハシもー!」
ジェッソは「特注のデカスコップを持ちたい!」
皆の様々な叫びが交錯する。
ラウニーはちょっと面食らいながら「まぁまぁ皆さん」と一同を落ち着かせると「……だから今後はどの街に行っても君達への理解はある筈」
一同「なるほど」と頷く。
「では、行きましょう。付いて来て下さい」
ラウニーはレトラと並んで建物入り口へ歩き出す。
二人に続いて建物の中に入る一同の周囲を、警備の有翼種達が緩く取り囲みながら歩く。
中に入ると吹き抜けの広いロビーがあり、所々に大きな観葉植物と共にケテル石やイェソド鉱石などの鉱物結晶が、まるで生えているかのようにオブジェとして配置されている。
穣がコソッと呟く。
「……やっぱ、ここの石は採掘しちゃアカンのでしょうな」
穣の後ろを歩いていたマゼンタが「やってみれば!」と突っ込む。
「有翼種に怒られたくない」
ロビーを進んだ先には開け放たれた巨大な扉があり、一同が中に入ると、そこは劇場ホールのような議事堂で、正面奥の壁の前には3本の鉱石柱があり、中央の鉱石柱の中には美しい形の黒石剣が入っている。目敏くそれを見つけた穣が指差して言う。
「あっ、あの中央の柱、洞窟で見た奴だ!」
マゼンタも「ドンブラコの元になった奴!」と指差す。
護も指差して「カルさん、アレだよアレ! 黒石剣の元!」
「ほぉ。……しかしあの黒石剣、凄い綺麗な形だな」
皆の会話を聞き、駿河は「つまりあれも原石なのか。まるで誰かが削ったみたいに真っ直ぐな……」と言ってから、ふとカメラを持った有翼種の存在に気づいて「あ、撮られてる」と微妙な顔をする。
周囲を観賞しながら議事堂の奥に向かって進む一同の様子を、数人の有翼種が撮影機材で撮っている。
奥の一段高い場所にある議長席の前には広いスペースがあり、どっしりとした、やや高さのある木のテーブルが一つ置いてある。レトラとラウニーはそのテーブルの前で止まると一同の方に振り向いて言う。
「ここで先程のように並んで下さい」
皆がきちんと並び終えると正面左側の大きな扉が開き、数人の有翼種が中に入って来てテーブルを挟んで一同と向かい合うように並び立つ。最後に威厳を感じさせる有翼種の男が堂内に入り、テーブルの傍まで来て立ち止まると、ラウニーとレトラがその男の前へ行く。
「人工種と人間の採掘船、オブシディアンとアンバーの船長と乗員を連れて参りました」
二人は一礼してからテーブルの左右に分かれ、テーブルから離れつつ、不測の事態に備えるように採掘船の面々と有翼種達の中間に立つ。
男は暫し黙って一同を見回してから
「……姿形は同じでも、分かる者には分かる。人間を見るのは82年ぶりだ。ついに首都ケテルまで来たか」
言いながら、ゆっくり歩いて剣菱と駿河の前に立つと、凄みのある声を発する。
「よく、来たな」
駿河は男を真っ直ぐ見て「……皆に連れてきてもらったようなものです」
剣菱が言う。
「あなた方が許可して下さらなければ我々はこんな所にいられませんよ。人間にとっては恐ろしい所です」
男はフッ、と笑って「まぁ調印式の前に少し雑談をしよう」と言うと、訝し気に「しかし船長がどちらも人間とは。なぜ人工種の船長ではないのか?」と少し挑発的に尋ねる。
駿河と剣菱は固い表情で黙ったまま、横目でチラリとお互いを見る。
(……正直になるしかねぇ!)
剣菱が腹を括って必死気味に話し出す。
「残念ながら、今は、人工種の船長は、おりませんでして……しかしいつか必ず、人工種も船長になれる日が、来るかと……なぜなら我々が今こうしてイェソドに来たように、変化は始まっているからです!」
駿河が力強く言う。
「今、小型船を持とうと奮闘している人工種が居ます。だから人工種が船長になる日も遠くありません!」
「人工種は小型船すら持てないという事か」
男に言われてハッとする駿河と剣菱。
「ですが」と言い掛けた駿河の言葉を遮って、男が言う。
「人工種は随分と苦境にあるようだ」
「……」
返す言葉が無く、少し俯いて黙る駿河。
男は、暫し駿河をじっと見てから「私はイェソドを治める大長老、ダグラス・ジオード」と言い、駿河の正面に立って尋ねる。
「若いな。失礼だが歳は」
「28才です」
思わず「28か」と微笑んだダグラスは、嫌味っぽく「有翼種と人間の間に何があったかも知らずに和解とは」と言い、今度は剣菱の正面に立つと「82年前の事をご存じか?」と尋ねる。
「……多少は」
「ほぅ」
ダグラスは剣菱の目を見ながら挑発するように言う。
「よく、ここへ来たな、人間」
「……私は人間ではありますが、採掘船アンバーの船長ですので、皆がイェソドに行きたい、有翼種と一緒に採掘したいというなら、それに対して出来るだけ善処するのが役目、といいますか、それが私の喜びです。種族が何だとかは関係ありません!」
「なるほど」
「ただ、イェソド鉱石を採らないと、アンバーの存続そのものが危うくなりますので、そこは譲れない一線です。何とか鉱石を採らせて頂きたい、その為に和解をしたい」
「アンバーが無くなったらどうなる?」
「えっ?」
目を見開く剣菱。
「そもそも人工種の仕事は、イェソド鉱石採掘だけでは無いだろう?」
「……ぃ、……」
凄まじく痛い所を突かれ、緊張と恐怖で頭が真っ白になり、何か言わねばと口を開くが言葉が出て来ない。
焦る剣菱に、ダグラスは畳み掛ける。
「我々有翼種は、人工種にならば、職を与えてもいいと思っている。それは人間にとって、不都合な事だろうか」
「いえ、もっともな事です……」
「人工種は我々の眷属だ。我々は人工種との和解は望むが、人間との和解は望まない」
「……」
剣菱も駿河も、それは当然の事だと思いつつ、この苦しみを、分かるべき人々が分かっていない、分かろうともしないという悔しさに、密かに歯噛みし、苦渋の表情で項垂れる。
ダグラスが二人に言う。
「人間という種が、本当に有翼種と和解をしたいのなら、人間が人工種に、イェソドへ連れて行ってくれと頭を下げて懇願しなければならない。そしてその人間達をイェソドへ連れて行くかどうかは、人工種が、決める事だ。……それが全く逆になったのが82年前。人間は人工種の意思を奪い、人工種を脅してまでイェソドへ来た。しかし」
言葉を切り、暫し剣菱と駿河をじっと見ると
「あなた方にそれについて問うても仕方がない。我々有翼種は人間という種とは和解しないが、個人とは、和解する」
「……」
返す言葉が無く、まるで先生に叱られた生徒のように、やや俯いて黙り続ける剣菱と駿河。
ダグラスは再び駿河の正面に来ると「ところで。こちらの船は船長以外全員、人工種のようだが」と言い、駿河の目を見据えて、やや大きな声で問う。
「人工種に殺されるという恐怖を感じた事はありませんか?」
駿河は少しムッとしたように「……ある訳ないでしょう」
「無知とは素晴らしい」やや呆れた顔で「なぜこんな若い船長に、これだけの人工種が黙って従っているのか」
「それは貴方には全く関係の無い事です」
ハッキリと言い返す駿河を、ダグラスは「ほぅ」と面白そうな目で見る。
駿河は「ウチの船にはウチの船の事情があります。それに、俺は、黒船の船長としてなら皆に殺されても構いません。それが全員の望みであれば」と言ってから「……ただ、殺す前に出来れば話し合いをして頂きたいですが」
最後の付け足しに有翼種達が苦笑し、二隻の面々も内心密かに苦笑する。
ダグラスも少し笑みを浮かべて「まぁ、我々が人工種との和解を決断した理由は、過去の柵によって若い世代の夢や情熱を潰してはならないと判断した為です。有翼種の中から、そして人工種の中から、自発的に、共に関わろうとする者が出て来た。その芽は育てなければならない」と言い、駿河と剣菱をじっと見ながら諭すように言う。
「だがお互いが真に深く関わろうとするなら、過去に何があったのかを直視する事も必要です」
駿河は「はい」と頷き、剣菱も「確かに」と頷く。
ダグラスは思い切り呆れた顔をすると、溜息をついて言う。
「これだけの数の人工種が乗る船の船長をしていながら何も知らないとは。人間は82年経っても何も変わっていないようだ。事実を伝えていない! ……ある日偶然、人工種が有翼種に助けられてイェソドに来た、もしそれが無かったなら有翼種は永遠に忘れ去られていたに違いない」
「……」
再び気まずい顔になる船長二人。ダグラスは続けて
「しかし知らないからこそ、何の先入観も偏見も無く純粋な交流が起きたとも言える。信頼を培った後に、共に過去の事実を知って行く、それもまた一つの道だ。我らは今、その為に和解をしよう」
背後に振り向き「合意書を」と言いながら、テーブルを挟んで駿河や剣菱と相対するように立つ。
有翼種達の列の一番端に居た男が、薄い冊子のようなものを持って前に出て来て「それでは、今から和解の調印式を行います」と言いテーブルに近付くと、A4サイズの黒い表紙の合意書とアンバー色の表紙の合意書をダグラス側に一冊ずつ置き、対面の駿河の前には黒い合意書を、剣菱の前にはアンバー色の合意書を置いて、更に各人の前にペンを置いて言う。
「双方、こちらに目を通し、異議が無ければ署名して下さい」
カルロスと護もテーブルの傍に来て、代表四人は合意書に目を通すとそれぞれ署名をする。
ダグラスも黒い合意書とアンバー色の合意書に署名をする。
それから合意書を交換し、再び署名をする。
進行役が言う。
「では最後にもう一度交換してから、それぞれ合意書を手に持って下さい」
ダグラス、そして剣菱と駿河が、それぞれ合意書を手に取る。
進行役は剣菱と駿河に少し近付き、小声で「そちらは、あなた方の控えとなります」と言ってから元の位置に戻って言う。
「最後に、和解の握手を」
ダグラスは剣菱と駿河を見たまま「私は彼らとは握手しない」と言い「私が有翼種の代表、イェソド大長老として和解の握手をするのは」と言って二隻の副長二人の後ろに立つカナンと周防を見る。
「カナンさん」
「え」
驚くカナンにダグラスは「生き別れた貴方の兄弟はそちらの方ですね」と周防を指し示す。
「はい」
「お二人とも、前へ」
周防とカナンは剣菱と駿河の間に立ち、テーブルを挟んでダグラスと向き合う。
カナンは周防を見ながら「私の弟分、B02の周防和也さんです」と紹介する。
ダグラスはじっと周防を見ると「私がカナンさんと出会ったのは82年前、まさにあの時です。あれからずっと、カナンさんは貴方の事を気に掛けていました」と言い「やっとケテルへ来ましたね。お待ちしておりました」と手を差し出す。
周防は驚いて目を見開いたまま、おずおずと手を差し出す。
ダグラスはその手を取り、しっかりと握手をする。
「これが、有翼種と人工種の和解の握手です。……使命を果たされましたね」
「……はい」
ダグラスはカナンに「貴方とも握手を」と手を差し出す。
握手するカナンとダグラス。テーブル脇に立つ進行役が大きな声で宣言する。
「ではこれで、和解の調印式を終了致します」
ダグラスはカナンと周防に「では」と言うと、入って来た左の扉へ向かい、議事堂から出て行く。続いて有翼種達も退出する。
カナンはホッとしたように、周防に「良かったなぁ」と呟く。
周防はまだ少し呆然とした様子で「はい。……驚きました」
ラウニーが一同の傍に来て言う。
「では皆さんにはこれからケセドの街へ戻ってもらうが、途中、カナンさんと周防さんをコクマの街で降ろします」
カナンも皆を見て言う。
「久々の茶飲み話をするから、周防さんを借りるよ」
護やカルロス達が皆それぞれ「どうぞごゆっくり!」「何時間でもどうぞ」等と返事する。
ラウニーは「ケセドの街に着いた後は採掘するなり何なりご自由に。じゃあ行こう」と言い、入って来た扉の方へ歩き出す。一同もそれに続いて歩き始める。レトラは一同の一番最後に付いて来る。
歩きながら、剣菱は駿河に「ケセドに着いたらまずメシだな。その後は採掘か」と聞く。
「そうですね。あ、ちなみに、この合意書ですけど、採掘船本部に見せます……?」
嫌そうに問う駿河に、剣菱も悩み顔で
「……見せる、べきではあるが、しかし見せても意味ないような気はする」
「ですよねぇ。でも今、見せないと、もしも後で何だかんだあった場合にウザイ事が」
「だよなぁ」剣菱は溜息をついて「一応見せるしか無いが、しかし本部に提出するんじゃなく船長が絶対持っておく事にしよう。船に常備! 代々の船長が受け継ぐ!」
「ですね! 有翼種に提示を求められるかもしれんって事で!」
剣菱は力強く「だな!」と言い、合意書をしっかりと胸に抱いて「これ紛失でもしたら有翼種とエッライ事になる!」
駿河も合意書を胸に抱えてはぁと溜息をつき「しかし……、怒られましたね」
「あぁ。……有翼種に怒られちまった」剣菱も溜息をつく。
「しかも一部始終しっかりカメラに撮られてるし」駿河もまた溜息をつく。
「そうなんだよ……。ニュースになってしまったな……」
ションボリする船長二人。
暫し後。
黒船とアンバーは『大樹の森』の広場を飛び立ち、航路を先導する警備船に続いて首都ケテルの上空を飛んでいる。
アンバーの甲板ハッチには、行きと同様、数名のメンバーがいて眼下の街を眺めている。
マゼンタが騒ぐ。
「街の中に降りてみたいよぅ。有翼種の生活が見たいー! どんなお菓子があるのかとか」
悠斗が怪訝そうに「お菓子?」と言ってマゼンタを見て「それならウチの船には透さんというパティシエが」
「んー、透さんのお菓子も美味いけど有翼種のお菓子も食いたい」
更にオーキッドも「食いたい、特にアイスとか!」
「はぁ」
マゼンタは「とりあえず腹減ったー!」と空に向かって叫ぶと「そういや船長たち怒られてたね、有翼種に」と悠斗を見る。
「まぁなぁ。確かに詳しい事情も知らずに和解ってのもなぁ」
「でもさ和解しないと俺達、採掘出来ないしさ」
悠斗はニッコリ笑って「まぁ結果良ければ全て良しと!」
ブリッジでは剣菱が壮絶に愚痴っていた。
「……そもそも俺は一介の採掘船船長なんだが。いきなり和解の調印とかって、あり得ねぇし、カメラは見てるし、もう何か肩が凝って」
入り口付近に立つ穣が剣菱に「お疲れ様っス!」と声を掛ける。
「人間も大変なんだぞ管理との板挟みで……」
護は、愚痴る剣菱をなだめるように「管理の人間に説教したいですよねぇ」と言う。
すると剣菱は俄然ヒートアップして
「管理は有翼種が居るの知ってて隠してた訳だろ!? だから有翼種に怒られる訳だよ!」
護と穣が「全くです!」と相槌を打つ。
「大体、管理は護が行方不明になった時に捜索打ち切りしたんだぞ有翼種の事を隠す為に!」
操縦席から「船長、落ち着いてー」というネイビーの声。
「落ち着かんわい! いつか管理をここに連れて来るべ! 和解っつーなら管理と有翼種だろ! まぁ絶対和解しそうにねぇが」
剣菱は拳を振り上げて「くっそー! なんか知らんがメッチャ腹が立つぅ!」
穣が船長席に近寄って言う。
「船長! ジャスパーに戻ったら管理に、有翼種に叱られたって文句言いましょう!」
「……むぅ」
「ってそこで意気消沈されても」
「だって俺の首がな」剣菱は自分の首を指差す。
「タグリング付いて無いじゃないっすか!」
「見えないタグリングが付いてんだよ! だから言えなくてストレス溜まるんじゃあー!」
黒船のブリッジでも駿河が大きな溜息をついていた。
「和解はしたものの……なんかこう、人間という種として、恥ずかしい……」
カナンが「まぁそう気にしなさんな」と船長席を見て微笑む。
駿河は「そもそも、……正直に言ってしまえば」と言って腕を組むと「何で俺が有翼種に叱られねばならんのか、という……」
カルロスが思わず苦笑して「まぁな」と呟き、隣に立つレトラもちょこっと頷く。
操縦席の総司はニッコリ笑って「気持ちはわかるっすよ?」
仏頂面の駿河はボソボソ呟く。
「俺は何も知らんとイェソドに来て。そしたら突然、和解とか言われて」
カナンは少し船長席の方に歩み寄ると
「うん、まぁ突然決まったしねぇ。ちなみに和解しようと言い出したのは私だよ」
「え」
駿河は驚いた顔でカナンを見る。
「せっかく周防さんが来るなら和解しなきゃなぁと思って皆に提案したんです。……なにせ私と大長老のダグラスさんは古い友人ですし」
「ああ、それで……」と納得しかけた駿河は再び驚いた顔になる。
「しかし凄い友人をお持ちですね」
カナンは「ん? んー……」と首を傾げて「凄いって、あの方は最初から大長老だった訳じゃないよ。82年前に出会った頃は、まぁ……」
「あっ、そうか」納得する駿河。
カナンは微笑み「彼も、私もまだ若かった。いや若いと言ってもダグラスさんは当時50歳代だなぁ。……周防さんはあの時まだ15位だったね?」と周防を見る。
「はい」
そこで「あの」とカルロスが会話に割り込んで「という事は、大長老は132才以上? にしては随分と若い……」とカナンに言う。
カナンは「……歳の取り方は人工種と有翼種とでは違うねぇ。遺伝子的には同じ寿命という事にはなっているけれど」と言い、周防が続けて「何せ現状、カナンが最高齢だ。我々が実証するしかないんだよ」
「んでもまぁ寿命がどうだろうと、種族に関わらず、いつまで生きられるかは誰にもわからないし」
アハハと笑うカナン。
カルロスは「あぁ……」と呟いて「確かに突然ドンブラコしたりしますしね、たまたま生きてたが」と小声で言う。
駿河は溜息をついて「ともかく、お陰で和解できたのはありがたい事なんですが、しかしどこぞの管理が大事な事を隠したせいで……」と悔しそうに拳を握り締めると「もぅ、俺が周防先生を人質にとって霧島研に文句を言いに行きたい……!」
総司が「過激な!」と突っ込む。
カルロスはキッパリと「貴方が反抗した所で船長交代で終わるので止めといて下さい」
「くぅ」と呻いてガックリ俯く駿河。
大きな溜息をつきながら「あのティム船長も飛ばされたしな……」
話を聞いていたレトラは、駿河を見て同情するように「……人間も色々大変ですね」
「ええまぁ……。でもな、でもな……」
駿河は顔を上げて言う。
「俺が霧島研に激怒の直談判に行って船長降ろされたら総司君が船長になりゃあいいんですよ」
「え、俺っすか」
「だって副長だろ! 船長の代わりできるだろ!」駿河はビシッと操縦席を指差す。
「いやー……」と言いつつ総司は、まさかそんな事を言われるなんて昔は夢にも思わなかったな、と振り返る。以前は誤解してたしなぁ……と思っていると、駿河が言う。
「管理が人工種の船長はダメだとかゴタゴタ言ったらイェソドに行って二度と戻って来なきゃいい」
……気持ちは嬉しいがそりゃ無理だろうと思いつつ。
「んじゃまぁイェソド行く前に駿河さんを管理から救出して連れて行きますよ」
その返事に駿河は、総司君がそんな事を言うとは……と驚いた顔になって戸惑いつつ「……おぉ」と返す。
レトラがしみじみと呟く。
「……何やら色々と大変ですね……」
ケテルを去ると、二隻の周囲に居た警備の船が少なくなり、先導の船一隻だけになる。
アンバーの甲板ハッチに居たメンバー達も船内に入り、やがて三隻はコクマの街の上空へ。
街のシンボルでもある大きな図書館の上に来ると、先導船とアンバーは上空で待機し、黒船のみ図書館屋上の駐機場に着陸してタラップを下ろす。
採掘準備室のタラップ前には、石茶のバスケットと小さなカバンを持ったカナンと、ショルダーバッグを肩に掛け、傍らにスーツケースを置いた周防がいて、見送りのメンバー達と話をしている。
ジェッソが周防に言う。
「また戻って来るならスーツケースは置いて行かれてもいいんでは……」
「でも何時になるか分からないし、カナンがまた黒船に来るとは限らないし。……というのも、ほら採血の道具が入ってるんだよ。カナンの家で採るかなと」
「あぁ……」
カナンが「まぁウチはすぐそこだし、図書館の中にエレベーターもあるから荷物は大丈夫だよ」と言うと、上総が思わず「有翼種って飛べるのにエレベーターあるんですか?」と質問する。
「うん、あるよ。流石に大荷物を持って飛べ……る人も居るけど」
そこでクスクスと笑ってしまうカナン。
カルロスが仏頂面で「何を笑っているんですか」と突っ込む。
カナンは笑いを収めてから「……まぁ、モノを運ぶには必要だよね、沢山の本とか!」
「なるほどー」
周防が「では行こうかな」と言い、皆に向かって「ちょっと行ってきます」と言うと、カナンが「ちょっとじゃなくて、何ならウチに泊まってもいいよ?」
「え。いや、でも……」
「何か予定があるの?」
「特にありませんが、カナンが良ければ……帰りは明日でも」と言ってから慌ててカルロス達を見て「いいのかな?」
見送りの皆が「うむ」と頷く。
上総も「もっちろーん!」
ジェッソも「どうぞごゆっくり。我々もゆっくりしますから」と微笑む。
カナンは周防に「じゃあウチに泊まりで決まりだ」と言い、カルロス達に「迎えに来るのは明日、何時でも好きな時間に」と伝える。
「了解した」
「了解です!」
皆の返事を聞き、カナンは周防を誘って「じゃあ行こう周防さん」とタラップへ歩き出す。
周防は笑顔で「はい」と返事し、元気よく皆に「また明日!」と手を振ると、カナンと共にタラップを降りて、二人で楽しそうに図書館入り口から中へ入って行く。
その様子を見ながら、カルロスが隣に立つ上総に「イェソドに連れてきて良かったな……」と呟く。
上総は「うん」と頷き「あんな楽しそうな顔、初めて見た。……良かった」と感極まったように少し涙ぐむ。
黒船はタラップを上げ採掘口を閉じて上昇し、アンバーと共に先導船に続いてケセドの街へ向かって飛び始める。
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