第18章01 82年ぶりの団欒

 20時近く、イェソド山の中腹にあるコクマの街。

 一階に店舗を構えるカナンの家の二階のリビングでは、夕食を終えたカナンと周防が木製の丸テーブルを挟んで向かい合ってソファに座り、食後のお茶をしている。そこへセフィリアが小さなクッキーを入れた小さな籠を持ってきてテーブルの上に置く。

「どうぞ」

 周防は籠の中のクッキーを見て「おや?」と言い、丸い妖精の形をした小さなクッキーを一つ摘まんで「これは……」

「妖精クッキーです」

 セフィリアはフフッと笑い、カナンは「イェソドの名物みたいなもんだ。どこの街にもある」と言って「店によって色々あるけど基本はその小さい奴だな」とクッキーを指差す。

「ほぉ。随分カワイイのが出て来たなと思ったら、名物でしたか」

 そう言って周防はクッキーを口に放り込むと「うん、美味い」と言い、テーブルの上のマグカップを手に取って石茶を一口飲む。

「なんだか不思議だ。夕飯の時も言いましたが、ここがイェソドで、貴方の家だというのが、本当に不思議で……。何より貴方が目の前に居る事が」

 周防がカナンを見ると、カナンも「私も目の前に貴方が居る事が夢のようだよ。しかも……」と言って暫し黙り、じっと周防を見つめて言う。

「不思議だねぇ。貴方は昔よりも凄く生き生きしてるように見える。昔より相当、歳食ったのになぁ」

 アハハと笑い出す周防とセフィリア。

 セフィリアはカナンを指差して

「貴方も生き生きしてるわよ、あの人工種の子達が店に来た時から何だかシャキッとしちゃって」

「だって本当に驚いて。特にカルロス君が……」

 周防を見ながら、カナンはしみじみと呟く。

「まさか貴方が製造師になるとはねぇ……」

「……」

 周防は若干表情を曇らせて「あまり、いい製造師ではありませんが」と言い手に持ったままのマグカップの石茶を飲む。そんな周防を優し気な目で見つめながらカナンが言う。

「何がいい親、いい製造師なのかは誰にもワカランよ」

「まぁ、そうかもしれませんが……」

 溜息をつく周防。

 カナンはテーブルの上に手を伸ばし、自分のマグカップを手に取って石茶を飲む。

 セフィリアは微笑みつつ小声で「ごゆっくり」と言い、リビングから出て行く。

 周防はカナンを見て「あの子……カルロスは本当に変わりました。昔は全く笑わない子だった。殆ど感情を出さずに……。そのようにしてしまったのは私の責任なんですが、あれはちょっと特殊な遺伝子構成の子で、だから私も周囲も期待をしてしまった」と言うと悔いるように目を伏せる。

「勝手な期待、それが重かっただろうと思う。私もそうだった、製造師の和臣の期待が重かった。なのに同じ事をしてしまった……」

 カナンはマグカップをテーブルに置きつつ

「貴方と和臣さんは同じじゃない」

「そうなのだろうか……」

 周防もマグカップをテーブルに置くと、上着の内ポケットからケテル石のカードケースを取り出してカナンに見せる。

「これは先日、カルロスが私にプレゼントしてくれたものです。てっきり私の事を憎んでいるとばかり思っていたのに」

「おぉ。良かったじゃないか」

 カナンは微笑んで「彼は自分で自分の幸せを見つけた。……貴方も幸せになりなさい! 今まで散々苦しんで来たんだから。ほら妖精クッキーでも食べて」と周防にクッキーの入った籠を勧める。

 クスッと笑う周防。

「まるで子供の時のようだ」

「別にご立派な大人でなくてもいいんですよ、疲れるでしょう」

「そうですね」

 照れ笑いしながら周防はクッキーを一つ摘まんで口に入れる。

 すると少し、憂い顔で、カナンが呟く。

「向こうの世界では、貴方は人工種最高齢か……」

 ハッと目を見開く周防。

 ……そう、自分はいつも『年上』で、誰にも甘える事など出来なかった。

 そもそも弱みなど見せられず、人間達や周囲から馬鹿にされないように強がり、虚勢を張って生きてきた。

 ご立派な『先生』として。

 ……紫剣さんと出会ってからは、楽にはなって来たが……。

 目に涙が滲み、ここで涙を零しても良いのだと分かりながらも周防は瞬きをして涙を抑え、誤魔化すようにクッキーに手を伸ばして一つ口にほおばり、マグカップを取って石茶を飲む。

 カナンもクッキーを一つ摘まみ、周防にそれを見せて「ゴツゴツ妖精だ」と言ってから自分の口に入れ、マグカップを手に取り石茶を飲む。

「ゴツゴツなのに美味しいな」

 ニコニコと微笑むカナン。

 周防も「美味しいですね」と微笑みを返す。


 ……自分の苦しみを、理解してもらえる幸せ。

 

 その喜びと安堵を噛み締めつつ、周防は何となく照れ臭くて周囲を見回す。

 全体が自然な色で統一された、温かみのあるリビング。木製の棚の脇には観葉植物が置いてあり、棚には写真立てに入れられた家族写真と、数冊の本、その本立てとして綺麗な原石がいくつか飾ってある。周防はマグカップをテーブルに置くと、原石の一つを指差して「この石は何ですか?」

「アメジスト」

「あ、そうかアメジストだ。紫剣さんが好きな石だ。……石の名前は色々知ってるんですが、現物と名前が一致しなくて」

「ほぉ紫剣さんが。紫水晶だから好きなのかな」

 カナンは手に持ったままのマグカップの石茶を飲む。

 周防は「あの人、石好きなんですよ」と言い

「マニアまでは行かないけども。お陰でSSFが石の名前の人工種ばかりに」

「なんで?」

「それがですね、あの人、ある日突然、石の名前シリーズの人工種を作ろうとか言い出しまして。……紫剣さんが開発した原体F型遺伝子ってのがあるんですが、その最初の一人の名前を考えてて思い付いたと。最初の頃は良かったんですが、人数が増えるにつれて……」

「どうなった?」

 周防は大きな溜息をつくと

「もう大変ですよ、毎日『ラピス、オニキス、カーネリアン、オパールとトパーズどこ行った!』とか言ってる」

 カナンがアハハと笑い出す。

「笑い事じゃないんですよ! もうSSFの中が石屋状態で……紫剣さんは石が好きだから良いけど、私は石に詳しくないから名前が覚えにくいしワケワカランし」

 テーブルにマグカップを置きながら「いいね! それはいい!」と笑うカナン。

「いやいや」

 周防は手を振って否定すると、眉間に皺を寄せながら

「そのうちSSFに来て下さいよ、子供達が大騒ぎですから。何であんなになってしまったのか……昔の人工種とは大違いです、困ったもんです」

 カナンはニヤリとして「でもそれを望んだんだろ?」

「まぁ……」

「子供ってのは本来、大騒ぎするもんだよ」

「んー……」

 首を傾げて唸った周防は、ふとカナンに尋ねる。

「そういえば、貴方は養子を育てたと」

「ああ、うん」

 カナンは立ち上がって棚の上の写真立てを持って来ると、周防に見せる。写真には有翼種の四人家族が写っている。カナンは左端に立つ女性有翼種を指差して

「娘のリナだよ。今もう結婚して子供が二人いる」

「お孫さんが……」

 周防はちょっと驚いたように呟き、それから「なぜ、養子を取ろうと?」とカナンを見る。

「『家族』というものをやってみたいと思ったからだ」

「『家族』……」

「うん。……人工種には『家族』が無かっただろ。だからどんなものを『家族』というのか私にはわからないが」

 カナンは立って、写真立てを元の場所に戻すとソファに座りながら言う。

「私はイェソドで、最初にジオード家にお世話になったんだが……ジオードって、あの大長老のダグラスさんの家だよ」

「あの方の……!」

「うん。昔はコクマに家があったんだ。……当時、私は色々と身体の不調に悩まされたんだが、その時に驚いたのは、家の人々が私を心配してくれる事だった。この意味が貴方には分かるだろう」

 周防は大きく頷いて「人工種は不調を起こせば処分されてもおかしくない」

「そう、そんな世界で生きてきた私を、心配し、介抱してくれる。……不思議だった。だって相手は有翼種、私は人工種。製造師でもない全くの赤の他人が、たまたま拾った私の事を心配する……。恐らくこれが、『家族』というものなんじゃないかと。だから私はセフィリアと一緒に自分も『家族』を作ってみようと思ったんだ」

「そういう事でしたか……」

「種族とか血の繋がりとか全く関係ない。私は、『家族』の為に最も重要なのは、『個人』がある事だと思う」

 周防は神妙な顔で深く頷く。

「わかります。それ、よくわかります。相手を一人の個人として尊重する事」

「うん。親子であってもね」

 カナンはそこで苦い顔になり「まぁ言うは易しなんだけどねぇ……」

「そうなんですよねぇ……」

 周防も苦い顔で溜息をつくと「私は失敗してばかりです」

「いや私も色々失敗してきたよ、試行錯誤しながら色々学んで何とかかんとか進んで来た。……まぁ、そもそも『家族』の形は様々だ。今の貴方にとってはSSFが『家』なのでは? 貴方はなぜ今も製造師を続けているの?」

「正直、面白いので。どんな子が生まれるやら奇想天外ですから」

 カナンは微笑み、「わかる」と頷く。

「一応、遺伝子的にプログラムは出来ますが、でもそれは単なる土台なんです。例えば同じ探知という能力を持った子でも能力の特性や傾向が個々人で全く違う。成長と共に何がどうなるか分からない、予想外な事ばかり。だから面白い。髪や目の色も予想外な色になりますし」

「ほぅ」

「昔は、ほらご存知の通り個性なんぞブッ潰されたのでアレですが、最近の子はねぇ……。例えばこっちが頑張って遺伝子組んで、せっかくキレイな色の髪で生まれたのに、後で自分で染めたりしますんで。正直、結構ガッカリするんですけど、でも本人が気に入らなくて染めるんだから仕方がない……」

 カナンは笑って「まぁねぇ」

「能力も、どれだけ開花させるかは本人次第ですし」

 そこで何か思い出したらしく、周防はハァと大きな溜息をついて言う。

「ある程度成長したらともかく、今の人工種の子供には、タグリングは絶対必要です。昔は締め過ぎて人形みたいになりましたが緩めたら大変だった」

「何が大変?」

「探知とかはまだ大人しくていいんですよ。爆破と怪力の子は申し訳ないがタグリングをきつーく締めます。もうSSFの中庭の木は怪力の子に何本折られたことか! 子供達を育てる育成エリアの窓は全部強化ガラスだし、扉は鋼鉄製、それは防犯の為じゃなくて、子供達がブッ壊すからなんです!」

 カナンは手を叩いて爆笑する。

「笑い事じゃありません大変なんです! まぁ他者を傷つける事は無いのでそこは大丈夫なんですが、この間なんか、ある子が勉強が嫌だってSSFから逃亡しようとして大騒ぎを」

 カナンが笑いながら「いや有翼種の子もな」と話に割り込み「手伝いが嫌だって飛んで逃げ回るから、飛べない私は追いかけるのが大変で」

「なるほど!」

「しかし行きたい、SSFに行ってみたい!」

「ぜひ来て下さい! もぅ元気過ぎて大変ですから、今の人工種の子は!」

 カナンは「貴方がそんな風にしたんだろ!」と周防を指差す。

「えっ、いや、どっちかというと紫剣さん、が……。いや私か……」

 若干ションボリした周防は苦笑いして言う。

「確かに……望み通りには、なりました、けど、ね……」