第18章02 カルロスは語る
22時近く、再びケセドの街の採掘船停泊所。
黒船の船内食堂には、カルロスと調理師のジュリアだけがいる。
シャワー上がりでTシャツにジーパン姿のカルロスは、入り口近くのテーブルの右側に四角い椅子を四つ並べて、入り口側に足を向けて仰向けに寝転がり、身体の上にバスタオルを掛けて、寝たまま小型船の教本を読んでいる。その左隣のテーブルには、まだ制服のままのジュリアが配膳カウンター側の椅子に座り、マグカップに淹れた紅茶を飲みつつ小説らしき文庫本を読んでいる。
そこへ食堂の入り口に、短パンとTシャツにパーカーをラフに羽織った上総が姿を見せると、寝転がっているカルロスを見て「椅子に寝てるし」と若干驚く。何を読んでいるのかと見れば教本。凄い恰好で勉強してるなぁと思いつつ「勉強中ですか?」と声を掛けると「うん」と短い返事。
「難しいの?」
「んー……一応」
「ふぅん」
上総は食堂の中に入り、カウンター脇のお茶コーナーへ。今は冷水は無いが、飯時の冷水用に置いてあるコップを一つ取ると、ふとカルロスの方を見て聞く。
「あ、カルロスさんもオレンジジュース飲む?」
「要らない」
返事を聞いたのでカウンターの前を通り、その端にある入り口からキッチンの中に入る。すぐ前にある大きな冷蔵庫の扉を開け、外側に手書きで『自由に飲んでOK』と書かれた紙パックのオレンジジュースを取り出すと、横の作業台の上にコップを置き、コップの縁ギリギリまで並々とジュースを注いで紙パックを冷蔵庫に戻す。
ジュースが零れない様に、ちょっと屈んでコップの縁に口を近づけ、ジュースをすすって飲んで量を減らしてから両手でコップを持ち上げると、キッチンを出てカルロスが居るテーブルにそれを持って行き、寝転がるカルロスの向かいの椅子に座ってジュースを飲もうとした瞬間、ふと右側に人の気配を感じて食堂の入り口を見る。
「あ、船長」
食堂の入り口に、制服のままの駿河が立っていた。
「船長もジュース飲む?」
「いや、要らない」
駿河は中に入って来ると、上総の右隣の椅子に腰掛け、寝転がるカルロスに向かって「どんな感じですか、小型船の方は」と尋ねる。
「覚える事が多くて面倒です」
若干眠たげに答えたカルロスは教本を自分の胸の上に置くと「これを数週間で覚えるとか……」と溜息をつく。その様子を見て苦笑する駿河。
上総は何となくカルロスに「小型船で稼いで、どうするの?」と聞いてみる。
「どうって?」
「稼いだお金で、何するのかなって。大きな船を買うとか?」
「んー……実は特に何も考えていない」
「え、そうなの?」
「うん。とにかく自由に探知して、行きたい所に自由に行きたい。あとは石茶石が採れて美味い石茶が飲めればいいかな。……とりあえず小型船持ちたい。あとは特に何も考えてない」
上総は意外だ、という顔をしながら
「なんかもっと色々考えてるのかと思ってた」
「いや。最初はターさんと一緒に仕事するには小型船が無いと不便だっていう事で、イェソドで小型船を買おうかと思ったが、何せまだ全然稼げないしジャスパーに残した貯金を放置するのは悔しいって事で、戻って小型船を買う事にした。それだけだ。そしたら今なぜか黒船でイェソドに居るという」
カルロスはそう言って両腕を曲げつつウーンと伸びをすると、脱力しつつ胸に置いた教本の上にポンと両手を置く。
「黒船でこんなにノンビリしたの初めてだ! ついこの間までは二度とジャスパーには戻らないし黒船と会う事も無いと思ってたのに。でも今は黒船に居て楽しい。アルバイトだからかな」
「黒船に戻ったら?」と上総が言うと
「遠慮しときます。でも週に何日かバイトだけはさせて下さい」
「……戻ったら嬉しいのに」
上総はコップのジュースを飲む。
じっと話を聞いていた駿河は、真面目な顔でカルロスに尋ねる。
「もしも自由に探知が出来て、貴方が探知した所に行けるような黒船ならば、貴方は黒船に戻りますか?」
「……」
カルロスは少し考え、小さな声で呟く。
「何ができるからとか、待遇の問題じゃないんだな、本当は……」
「というと……?」
黙って目を閉じるカルロスに、駿河は少し不安気な表情で「……カルロスさん?」と尋ねる。
上総も怪訝そうに「寝ちゃったの?」
目を閉じたまま、カルロスは「アレを……。あの事を、言ってみるか……」と呟く。
「なに?」「何か……」
上総と駿河の声が重なる。
カルロスは何か思い出すように「……あれは護を探知した後か」と言い
「黒船から逃亡する前、私はモノを食べる事が出来なくなった。無理して食べても吐いてしまう。人間で言う拒食症って奴だな多分」
「え」
上総は驚き、隣のテーブルのジュリアも驚いて読んでいた本から顔を上げる。カルロスは続けて
「でもそんな事がバレたらメンテ送りにされる。黒船にはもう上総がいて、メンテ送りになったら自分はもう終わりだなと。だから必死に平気なフリをしていた。吐き気がするのを我慢して食べ物を飲み込んで、後でトイレ行って吐くとかな。あれは辛かったなー……。あまりにも苦痛で、もう『食べる事が出来ないから食事は要らない』と言おうかと思ったんだが、どうせ全て失うなら護の所へ行ってしまえと、それで嘘をついて黒船から逃げた。……もしもあの時『食べる事が出来ない』と本当の事を言っていたら、どうなったんだろうか」
上総も、ジュリアも、そして駿河も、唖然としたままカルロスを見つめる。
……この人が、そんなに苦しんでいたなんて。
ハッ、とジュリアが気づいて叫ぶ。
「もしかして私、無理に食べさせてたの?」
慌ててカルロスは強い口調で
「いやジュリアさんは何も悪くない」
「でも!」
すかさず駿河がバッと立ち上がり「俺の責任です!」と言って「苦しいのに言えないなんて、そんな状況を作ったのは……」と悔し気に両手を固く握り「貴方のそんな状態に気づけないとは、申し訳ない!」とカルロスに向かって頭を下げる。
「いや、前にも言ったが貴方が船長だったから、私は逃亡できたんだ」
「しかし!」
「もしあの時ティム船長だったなら、私はそれこそ廃棄処分で、二度と黒船には乗せてもらえない。でも貴方はそんな事はしない」
カルロスは寝たまま、駿河を指差して言う。
「上総、どっちがマトモな船長だと思う?」
「駿河船長!」
「だろ? 大体あの時、私も『黒船から降ろされたら終わりだ』とか完全に思い込んでいて……何せ昔、ティム船長や管理達から散々そのように言われたしな。だから不調になっても言えない。しかし昔はティム船長は立派だと思っていたよ、厳しさこそ愛だとか思っていたしな」
駿河が「そう、俺もそう思っていた」と同意し「でもあれはハリボテの立派さだった。今になって分かる……」とガックリすると「人工種が40代後半で早々に採掘師を辞めてしまう理由が今、わかった。恐怖で不調を言えずに我慢してしまうからか……」
「そういや前に周防が『昔は人工種は本当に短命だった』と言っていた。苦痛に対して麻痺してしまい、限界までやりすぎて、ある日突然、倒れると」
「えぇ」駿河は微妙な顔になって
「それよりは、まぁ、貴方が黒船から逃亡してくれて良かったとは、思うけれども……」
言いながら再び椅子に腰掛ける。すると上総が不服そうに口を尖らせて言う。
「んでもどうせなら管理に反抗してから逃亡するとかさ」
その言葉にカルロスはビックリして
「待て待て私がどんだけ管理に反抗したと思っとる!」
「へ?」
「忘れたのか! 散々人を探知しやがってからに」
「あ、ああ! だって探知しろって言われたし!」
「確かに言ったが、あの時、タグリングの管理波とアンバーと黒船の探知に対抗しながら逃げたんだぞ私は!」
上総はパチパチと拍手して「確かに反抗してる! 凄いです!」
駿河は、更に微妙な顔で「反抗かぁ」と呟いて、ウーンと唸って腕組みをする。
「今回そこそこ反抗してるんですけどねぇ……。ちなみに、どこぞに管理に反抗して黒船から降ろされた船長が居たりするけど」
途端に上総が真顔で言う。
「駿河船長はそれやっちゃダメです!」
「……でもなぁ……」
腕組みしたまま左右に首を傾げて「正直、黒船の船長として、俺は一体どうすりゃいいのか」と嘆いてから、巨大な溜息と共にションボリする。
カルロスは胸の上の小型船の教本をテーブルの上にパンと置くと、やおらゆっくり起き上がり、椅子に座って駿河を見る。
「もしかして今晩アンタが剣菱船長の誘いを断って船に残ったのは、俺に『黒船に戻りませんか』と話をする為だったとか?」
……な、何となくカルロスさんの雰囲気が変わった気が?
上総と駿河は同じ事を思いつつ、駿河が「……うんまぁ」と返事する。
「そういう事をするから黒船に残りたくなってしまうんだよ! アンタと一緒に居たくなる」
思わずキョトンとしてカルロスを見る駿河と上総、そしてジュリア。
……ならばこのまま黒船に、と三人が思った途端、カルロスが言う。
「だが私は護とターさんと小型船で採掘したいんだ! でも黒船と離れるのは寂しいんだ! だからバイトだけさせてくれ! それに小型船でどれだけ稼げるのか正直不安があったりする。小型船の値段って予想以上に高くて、買うと貯金が……黒船でバイトしないとジャスパー側の金が無くなる。宜しくお願いします船長」
「わ、……わかりました」
戸惑いがちに答える駿河を何やらじーっと見つめるカルロス。
……なんか、カルロスさん、目が据わってるぞ……と三人が思っていると、カルロスは溜息をつき、ガックリして駿河を指差す。
「昔はもっと元気だったのに。7年前、黒船に来た当初の駿河はウザイほど元気な操縦士で」
ジュリアが内心密かにウンウンと大きく頷く。
駿河は渋い顔で、ちょっと頭を掻きつつ「それはまぁ……若かったんですよ」
「今も十分若い! あの元気な操縦士がティム船長と管理共に締められてこんなにショボくなってしまった」
「ショボくって。……そもそも俺は別に黒船の船長になりたかった訳じゃ無いし」
上総が「ええっ!」と大声を出してビックリ仰天し、駿河も驚く。
「そうなの?!」
「うんまぁ船長には、なりたかったよ。でもいきなり黒船は無いだろうと。せめて別の船だったら……ブルーは満さんが居るから嫌だけど」
上総は目をパチパチさせつつ意外だ、というように言う。
「えぇ……だって前の船長、厳しいって聞いたし、よっぽど頑張って努力したのかと」
「努力はしたよ、黒船に残りたかったから。でもまさか船長なんて……。だって新人船長が黒船ってオカシイだろ? しかもあのティム船長の後釜って壮絶なプレッシャーなんですけど」
「逆に言うと、いきなり大抜擢されたっていう……よく引き受けたね!」
「んん?」
駿河は大きく首を傾げて「んー、ティム船長のお陰です。……まぁせっかくティム船長に育てて頂きましたし、あの人も『駿河が船長になるなら仕方がない』とか言って黒船を降りて行ったもんで、その期待を裏切らないよう、黒船を支えて行こうと……って俺はティム船長みたいには出来ないけど、多少ヘッポコな船長の方が皆、ラクだろうし。それで黒船の中が少し緩くなるといいなぁと」
「ヘッポコ?」
今度は上総が首を傾げて「いつも堂々としてて自信満々で落ち着いてるのに」と言った所で駿河がテーブルに額がつきそうな程、ガクッとして言う。
「そりゃ自信無さげな船長だと皆に信頼されないし! 堂々とするようにはしますよ」
「そっかぁ……」
アハハと笑う上総を見ながら駿河は大きな溜息をつくと、顔を顰めて
「でも、もう無理だと思った事、何回もあるよ。何度も潰れそうになった。特に貴方が逃げた時とかね……」
右手でちょこっとカルロスを指差すと、また溜息をついて言う。
「んでも自分はどうせ傀儡だし、傀儡らしく管理の言いなりになっとこうと腹括った。そういやアンバーが逃亡した時に、剣菱さんに好き放題言われてさ……」
苦い顔で自嘲気味に笑う駿河。
ずっと話を聞いていたカルロスが、呆れ気味に口を開く。
「アンタは何というか、しぶとい」
「まぁね」
「そこは管理もティム船長も想定外だったろうな」
「えっ、想定外?」
「……ティム船長は、駿河が船長になるから降りたんだろ。恐らくあの人、駿河が潰れて黒船を降りたら自分がまた黒船船長に返り咲くつもりだったと思うぞ」
「……へ?」
「管理も、駿河はすぐ潰れるだろうと思ってティム船長を降ろす為に駿河を臨時の船長にしたのに、アンタ全然潰れない上に管理の無理難題をよく聞く傀儡船長になったので、このままにしとこうと」
「……」
驚いた顔で目をパチパチさせる駿河。上総は面白そうにそれを見ながらジュースを飲む。
駿河は頭にハテナマークを沢山浮かべてカルロスに聞き返す。
「臨時の船長……?」
「うん、だってそうでもしないと、あの人、頑固に黒船に居座っただろ」
「えっ、つっ、つまり……、誰も、俺に、期待してなかった……?」
「正直に言えば私も期待しておりませんでした半年持たずに潰れるかもなと思っていたし!」
「そんなー」
衝撃的ショックを受ける駿河。カルロスは駿河をバシッと指差し
「ハッキリ言ってアンタは凄い。何でそんなに黒船の船長で居られるのか!」
「なっ、なんでって、……なんでだろう。そりゃまぁ潰れそうになった事は多々多々あるけど、うーん……」
そこで眉間に皺を寄せ、腕組みして思いっきり首を傾げてカルロスに問う。
「えぇ……ホントに俺に誰も期待してなかったの?」
「うむ!」カルロスは大きく頷いて
「むしろ『駿河の奴、とっとと潰れて船を降りろ』と」
「それすっごいショックなんですけど!」
「だからアンタは凄いって!」右手でバンとテーブルを叩いて
「誰も黒船船長を続けろと言ってないのに自発的に続けている」
「そーれーはー!」と叫んだ駿河は上目遣いにカルロスをキッと睨んで
「何か知らんがやりたいんだからいいだろー!」
横から上総が「いいよ!」
駿河はカルロスの方に身を乗り出して
「このまま俺がずっと黒船に居座ってもいいのか!」
「いいんじゃないの」
軽い口調で答えたカルロスはテーブルに右肘を付き、手にアゴを乗せる。
駿河は更に畳み掛けるように
「だが個人的には総司君が船長になったらいいと思ってるんだが!」
思わず手からアゴを落としゴンと額をテーブルにぶつけるカルロス。
仏頂面で顔を上げて「なんでだ」
上総が「今、絶対痛かったよね」と突っ込み、ジュリアは密かに笑う。
駿河はカルロスに力強く
「だってそしたら黒船は人工種だけの船になる!」
「総司が船長だと管理がゴタゴタ言うぞ」
「それは何とかする! だって人工種だけの黒船って管理への最強の反抗だろ?」
「……」
カルロスは若干呆れた顔で駿河をじーっと見つめてから
「アンタ、ホントに人工種が好きなんだな……」
上総がニコニコしながら口を挟む。
「テレビで採掘船の番組見て人工種ってカッコイイと思って操縦士になったんだよね!」
若干赤面しつつ「まぁね!」と言った駿河は真剣な顔でカルロスに言う。
「俺は、人工種だけの黒船が見たい」
カルロスはヤケ気味に「まぁお好きなように!」
「わかった!」
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