第21章02 総司の想い

「船がどんどん重くなる。凄いな」

 黒船の船長席で、計器を見ながら駿河が呟く。

 そこへピピーとコール音が鳴り、ブリッジのスピーカーから『ブリッジ! そろそろ貨物室満タンになるから甲板積みいきまーす』とジェッソの声。同時にやや遠くから『アンバーも甲板積みいきまーーす!』という穣の声が聞こえてジェッソが『ウルサイぞハチマキ男!』と返す。

『黒船には負けねー!』

 駿河が傍らの受話器を取ってジェッソに「甲板積み了解です」と伝えると

『船長、アンバーには負けません! 打倒ハチマキ男です!』

 その気迫に思わず「アッ、はい!」と答える駿河。受話器を置いて「なんか元気だな皆」と笑う。

「石茶石採掘の時も元気だったけど、イェソド鉱石の採掘で、皆がこんなに楽しそうに作業してるの初めて見た」

 操縦席の総司も「ですねぇ」と相槌を打ち「これだけ凄い鉱石だと、テンションも上がる」と言ってから、ふと。……果たして管理はこれを認めるのだろうか、と不安になる。

 さっきブリッジでジェッソが言った言葉……。

 『本部の驚く顔が見たい』

 船窓から見える皆の楽し気な様子を眺めつつ、総司は思う。

 ……ちょっと前までジャスパーに戻るのが嫌だと言っていた皆が、今、こんなに楽し気に作業しているのは、管理や本部に認めて欲しいからだ。勝手に出て行ったが自分達はちゃんと戻って来て、しかも凄い成果を持って来たよと。でももし、それを管理や本部が認めなかったら? 管理は我々に『ありがとう』と心の底から言ってくれるのだろうか。……いや。彼らの感謝の言葉は『利用する為の手段』であり、だが彼らにその自覚は無く、自分達は人工種の事を考えてやっている、感謝すらしていると本気で思っている。だから恐らく皆の期待は裏切られ、ガッカリする事になるだろう……それでも、それを薄々知ってはいても、僅かな期待と望みを掛けて、皆、楽しく採掘しているのか……。

 やり切れない想いが浮かび、総司は駿河に悟られないよう、静かに小さな溜息をつく。

 ……そもそも。

 なぜ我々は、感謝もしてくれない人々の為に鉱石を採ってやらねばならないのだろう。

 我々が鉱石を採るのは駿河船長や剣菱船長のように、本当に我々の事を考えてくれる、尊重すらしてくれる人々の為であり……まぁ自分達の為でもあるが。

 仕事は楽しい事ばかりでは無い、だからこそ、やり甲斐や、使命感が大事で……。


 『またイェソドで仕事したい。また皆の楽しそうな顔が見たい』


 ……以前の自分はそんな事、考えもしなかったな。

 だって駿河という人間に、負けたくない、と尖っていた。それが……。

 イェソドでの、この二日間。有翼種との合同採掘や、街歩きやお茶会など、色々な事が思い浮かぶ。

 皆との交流、深まった親睦。視野が広がり、心も広がった。

 ……黒船は再びイェソドに来れるだろうか。

 恐らくそれは管理が望まない事であり、望めば駿河船長に負担が……。

 とはいえ人工種の船長こそ、管理が絶対に望まない事であり、断固として阻止しようとする筈だ。


 俺には、それに耐えられる自信が、無い……。



 二隻は鉱石のコンテナを甲板に積み始める。

 採掘船には貨物室や採掘準備室からコンテナを甲板に上げる為の専用エレベーターがあり、それを使うとコンテナを一度に二つ上げる事が出来る。余談だがこれは雨の日だと船内が水浸しになる為、雨天時使用禁止である。

 護はアンバーの甲板に出ると、エレベーター用のスライド式のハッチを開け、傍らの操作盤を操作して、さっき自分が採掘準備室でエレベーターに載せた二つのコンテナを甲板まで引き上げる。

 上がって来たコンテナを取って傍らに二つ重ね、持ち上げて船首側へ運ぶが、勿論この作業は怪力人工種だけが出来る技で、それ以外のメンバーは手動の小型リフトや台車を使う。

 護が二つのコンテナを甲板に固定する作業をしていると、悠斗がコンテナを一つ抱えてハッチ内の階段を上がり甲板に出て来る。

「積んで積んで鉱石積んで~♪」

 謎の歌を口遊む程ご機嫌な悠斗は、護が固定したコンテナの隣に自分のコンテナを並べて置くと、「管理の皆さんにも喜んで欲しいなぁ!」とニコニコする。

「だねぇ」

 護もニコニコしながら「でもこんなに鉱石があると、管理さんビビッて近づけないかも」と言いつつ悠斗が持ってきたコンテナも甲板に固定する。

「あー、鉱石が恐いから。そうかこれ管理避けだったのかー、じゃあもっと積まなくちゃ!」

 悠斗は自分の上腕をパンと叩いて

「よぉーし。護さんが甲板に居るなら俺が下でエレベーターに箱積みするよー」

「んじゃ俺、お届け物、待ってる」

「ほいさ」

 悠斗は「積んで積んで、管理さんビビらせちゃう~♪」と再び謎の歌を口遊みつつハッチの方へ戻る。


 黒船もエレベーターを使って手際良くコンテナを甲板に積んでいく。

 やがてブリッジの後方からハッチの手前まで、甲板上がコンテナで埋まり、ジェッソとレンブラント、昴の三人はコンテナ全体を荷崩れ防止のシートで覆い、シートを甲板に留め、更にその上からも頑丈なベルトを荷物全体に掛けて甲板にキッチリ固定する。

 作業を終えた三人は、ハッチの近くに立って甲板の大荷物を感慨深げに暫し眺める。

「甲板にこんなにコンテナ積んだの初めてだ……」

 少し感動を覚えつつレンブラントが言うと、隣に立つジェッソが小声で

「コンテナを二段に重ねられたらもっと積めるんだがなぁ」

 レンブラントは苦笑し

「それは流石に重すぎて……操縦士連中が発狂しますよ、墜落させる気かと」

「まぁな。でもこっちは力が有り余ってんだよな、まだ採れる」

「それは同意しますけど!」

 二人の会話に、昴は物凄く呆れた顔で「この怪力連中、ヤバイ……」と呟く。

 ジェッソは「まぁしかし、もう空のコンテナが無い」と言って「それも凄いよな、入れるものが無いという!」

 レンブラントと昴が「うむ!」と頷く。


 ジェッソ達が甲板で話をしていると、アンバーの甲板でもコンテナ固定作業が終わる。

「よっしゃー終わったー!」

 穣が勢い良く空に向かって右拳を掲げると、護と悠斗も「満載だー!」と空に向かって右拳を掲げる。

「上も、下も、全部満載! やったな護、悠斗!」

 穣は護とハイタッチし、続いて悠斗とハイタッチする。

 悠斗と護は両手で「ばんざーい」とハイタッチ。

「よっしゃ片付けするべ。戻って本部の奴らの驚く顔が見たい。……浮き石着用確認!」

 言いながら穣は手首の腕輪を見ると、「行くぜ。撤収だぁー!」と叫んで船首の方へ全速力で走って行き、走り幅跳びの要領で甲板からジャンプしてブリッジの右窓のすぐ横を通って下へ落ちて行く。

「俺の真似したな?」

 護は笑って「浮き石確認、いっきまーす!」と叫び、甲板を走り助走をつけてブリッジの右横辺りにジャンプ、下へ落ちる。

 悠斗も「浮き石ある!」と確認してから「悠斗、いっきまーす!」と甲板を走って大ジャンプし、船首の先端付近まで飛ぶと、その右横をかすめて下へ落ちる。

 その様子を見ていた黒船のジェッソは嬉々として「我々もアレをやろう!」と叫ぶが早いか「浮き石確認、撤収に向かって、行っけぇぇぇ!」と叫びながら甲板を走って大ジャンプ。ブリッジを越え、船首の先端を越えて、下へ落下する。

「うわ、すげー……。なんか凄い距離ブッ飛んだ」

 昴が目をまん丸くしていると、レンブラントが「ここからは見えないけど、あれ多分、船首越えたな」と言い「俺も船首越えしたいが、出来る自信がねぇ。船体にぶつかると怒られるから、少し横を目指して飛ぶか。……浮き石あーる」と手首を確認して「いくぜぇぇー!」

 甲板を走って大ジャンプ、船首先端のすぐ左横を通って落ちて行く。

 昴は「皆、飛びすぎ! 俺は普通に落ちる」と言い「浮き石ある、れっつごー」と甲板を走ってジャンプしてブリッジの左横辺りを落下する。


 ブリッジでは総司が「突然、人が落ちて来るとマジでビックリするんだってばよ……」と苦笑いしていた。

「船長! 甲板から落ちる時は事前に一言連絡する事にしませんか!」

「うむ。そうしよう」

 駿河は神妙な顔で頷いてから

「しかし甲板から船首の先までジャンプできるって凄いな」

「凄すぎます。あれはジェッソさんだから出来る技だと思いますよ? 現にレンブラントさんはちょっと手前で落ちたし」

「確かに。でも甲板からジャンプって楽しそう。いいなぁ人工種は」

「まぁ人工種でも、高さによっては練習が必要ですけどね」

 総司はそう言ってから小声で「俺もいつか甲板からジャンプしよう」と呟く。

「むぅ。羨ましい」駿河は唸って

「よし、俺は霧島研の時みたいにジェッソさんに抱えてもらって飛ぼう!」

「なるほど」



 手際良く撤収作業を終えた二隻は船底の採掘口を閉じて上昇し、採掘場を後にして、黒船を先頭に前後に並んで飛び始める。

 黒船のブリッジには進路ナビの為に上総が入って来るが、入り口に野次馬連中はまだいない。

 上総はいつものように操縦席の左側に立ち、探知をかけて「えーと。目印の遺跡はあっちです」と方角を指差し「高度このままで、あっちに飛んで下さい」と進路を指示する。

「あっちね、了解」

 総司は舵を切りつつ「船が凄く重い!」と少し微笑む。

 上総が呟く。

「大荷物だからちょっと緊張するぞ。久々の出番だし!」

「え?」

 総司の怪訝な声に続いて駿河も不思議そうに

「久々って、一昨日も大活躍してただろ?」

「そうだけど、俺一人で航路の探知するのは久々だなぁと」

「そういう事か」

 納得する駿河と総司。上総が言う。

「重い荷物積んでるのに帰り道を間違えて時間ロスすると大変だから、ちょっと緊張する。雲海あるし……」

 すると入り口の方から「雲海で探知できなくなったらコレに聞けばいい」というカルロスの声。

「コレって?」と上総が振り向いて入り口を見ると、カルロスが丸い妖精を一匹抱いて立っている。その背後には野次馬のジェッソ達。

 上総は驚いて「え、何で妖精?」

「船内に居た奴を捕まえた。どうしても途中まで一緒に行きたいらしい」

 総司が「密航者が居たとは!」と言い、駿河は妖精を見て微笑み「カルロスさんの探知に見つかったか……」と残念そうに言うが、カルロスの「いや階段上がろうとしたら出くわした」という言葉にガクッとする。

「……ご対面だったか」

 カルロスの背後のジェッソが「ポンポン跳ねまわって逃げるから、捕まえるのが大変だった」と溜息をつく。

 駿河は「遊んで欲しかったんだな……」と苦笑。

 ふと、上総が「そういえば」と言い「カルロスさん、以前、管理に妖精の事を話しても信じてもらえなかったと言ってたけど、現物を見せたら管理はどんな反応するんだろ?」

「んー……」

 カルロスは眉間に皺を寄せる。

「それ以前に妖精が嫌がりそうだな。管理に近付けた瞬間、逃亡しそうな」

 ジェッソが「キックするんじゃないか?」と言うと、カルロスが真面目な顔でジェッソに言う。

「ホントに嫌だと電撃バチンするぞ」

「えっ、電撃? 妖精が?」

「うん。マジで怒ると凄い電撃する」

「もしかして、された事が、ある?」と言いつつジェッソはカルロスを指差す。

 カルロスは一瞬黙ってから

「……前に、ソファの上に妖精が寝ているのに気づかず上に座ったら、メチャ怒られた」

「つまり……そこに電撃……」

 密かにクククと笑ってしまうブリッジの一同。仏頂面でカルロスが言う。

「皆、笑うな!」