第21章05 誕生
皆が黒船のタラップを上がって採掘準備室に入ると、既に駿河と総司、そして黒船の船内に残っていたメンバー全員が待機していた。
駿河は皆を見て「ええと、まず周防先生、イスどうぞ」と自分の右手前に並べた六つの折り畳み丸椅子を指差す。それから「剣菱さんも、椅子を」と言い「残りの椅子は早い者勝ちで座りたい人がどうぞ。本当は小さいコンテナがあれば皆の椅子代わりに出来るんだけど、全て使用中なので申し訳ないけど皆、俺の前に適当に並んで床に座って下さい。立つ人は座る人の後ろへ」と言う。
各自、「はい」「了解っすー」等と返事して適当に並び始める。
並び立つ駿河と総司と相対するように、駿河側には黒船の一同が、総司側にはアンバーの一同が集って、
前列にはカルロス、上総、昴、大和、オーカー、リキテクス、穣、マゼンタ、オーキッド、悠斗、護が座り、
二列目にはジェッソ、レンブラント、夏樹、シトロネラ、透、健、オリオン、良太、シナモンが座って
後列には静流、アメジスト、メリッサ、ジュリア、ネイビー、剣宮、アキ、バイオレット、マリアが立つ。
剣菱はカルロスの隣に丸椅子を置いて腰掛け、周防は静流の隣辺りに丸椅子を置いて腰掛ける。
残り四つの椅子は誰も座らないので適当に後ろに置かれる。
一同が落ち着いた頃合いを見計らって駿河が「じゃあ……いいかな、始めます」と言うと、ゴホンと咳払いして少し間を置き、言葉を発する。
「皆さん、突然ですが、俺は黒船の船長を辞める事にしました」
「……えっ?!」
昨夜カナンのお茶会に行っていないメンバー達が驚いて目を見開く。
「そして人工種の総司君が、黒船の新しい船長になります!」
その言葉に、お茶会に行っていないメンバー達はポカーンとした顔で言葉を失う。
「……」
戸惑いを含んだ奇妙な沈黙。
突然、穣がパチパチと拍手し始め、続けてカナンのお茶会参加メンバー達が次々と拍手を開始し、それ以外のメンバーが驚き慌てて拍手するメンバーを制止する。
「えっ待って待って!」
「ちょちょ、ちょい待った! ……何で?」
後列に立つネイビーが「彼、人工種なんですけど……」と総司を指差す。
駿河は深く「うん」と頷き「これで黒船が人工種だけの船になる」
ネイビーの隣に立つ剣宮が「いやいや!」と首をブンブン振り「ってか、あの、駿河さん。ホントに船長辞めてもいいの?」と問い掛け、アンバー側の前列の端の護が思わずバッと正座して真剣な顔でパンと膝を叩き、「ダメですよ管理にクビにされた訳でもないのに!」と大声を出す。
「クビにされる前に自分でクビになるよ」
微笑む駿河。
護はパンパンと膝を叩いて肩を怒らせ「ダメです! 諦めちゃイカン!」と言い、剣宮も「なにバカな事言ってんですか!」と叫んで拳を握って必死の形相で語り掛ける。
「黒船に未練とか無いんですか? せっかくここまで頑張って来たのに!」
「総司君が船長になるなら未練なんか無いよ。だって俺、元々傀儡だったし」
「ってかそもそも人工種が船長っ……て」と言い掛けた剣宮は、ふと「あれっ」と我に返って周囲を見回す。
「……あの、ちょっと皆さん。何でそんなに静かなの?」
少しの間の後、剣菱がフム、と溜息をつき、腕組みをして言う。
「昨日、カナンさんのお茶会で聞いたから」
「えっ?」
驚く剣宮。ネイビーが不安気に「じゃあもう全部決まっちゃってるの?」と剣菱に尋ねる。
「いや昨日は単に駿河さんの望みを聞いただけだ。何も決まってはいない」
「その割には、何で皆、引き留めないのかなって。何で反対しないの?」
「んー……」
剣菱は返答に悩むと「まぁちょっと、この二人の話を聞こう」と駿河と総司を指差す。
そこへカルロスが「ひとつ、いいかな」と手を挙げて「私はお茶会には参加していないが、この人が以前から総司君を船長にしたがっていたのは知っている」と駿河を指差すと、駿河から総司に視線を移しつつ尋ねる。
「貴方はともかく、総司君はどうなんだ」
総司は少し考えてから、口を開く。
「……まぁ、正直、不安は物凄くありますが、でも駿河さんがクビにされたら代わりに船長ってのはスッキリしない。管理に決めさせる位なら自分で決める」
「ほぉ?」
そんな話があったのかと怪訝な顔をするカルロス。総司は緊張を吐き出すように溜息をつくと
「とにかく挑戦する事にしました。どこかの誰かも黒船から逃げた割には戻って来て楽しそうにしてるし、何がどうなるか、やってみないとわからない」
いきなり自分の事を言われたカルロスは若干面食らって「お、おぉ」と小声で呟く。すかさずカルロスの隣の上総が「そう、どっかの誰かが逃亡したお蔭で俺は突然、黒船の探知の役目を押し付けられて大変だったぁ!」と大声で主張し、総司も「ああ、そうだったな」と頷いて、カルロスは肩身狭そうにションボリする。
駿河は「でもあの時、上総の成長ぶりが凄かった」と笑みを浮かべ、総司も「うん、なんかどんどん頼もしくなって」と言い、上総の斜め後ろに座るジェッソが「うむうむ」と大きく頷く。
上総が叫ぶ。
「だって、やるしかなくなったからー!」
総司が言う。
「そうだよな。……俺もやってみるしかない」
その言葉を聞き、駿河は一同を見回して宣言する。
「……と言う事で、これで晴れて人工種だけの船が誕生したと!」
「いやちょっと待って!」
黒船メンバーの後列に立つメリッサが呆れたように声を上げ、「突然すぎて……いきなり言われても」と言い、隣のジュリアも「そんな急に駿河船長が辞めるのは……」と寂し気な顔をする。
剣宮も額に手を当て溜息をつき、「そうだよ辞めるの勿体無いよ、どうして突然?」と問い、護は不思議そうに「駿河船長、なんか嬉しそうですね、何で……?」と尋ねる。
「まぁ俺の望みだったんで」
「黒船の船長、大変過ぎたとか?」
護の問いに駿河は笑って
「いや。そりゃ船長という立場的に辛い事はあるけど、嫌ではないよ」
剣宮が「んじゃ何で……」と言った所でカルロスが駿河を指差して尋ねる。
「ところでお前はどうなるんだ。船長辞めて黒船から降りて、その後は?」
駿河は「はい」と返事すると、カルロスを真っ直ぐ見て言う。
「カルロスさん、もし良ければ俺を雇って一緒に中型船を買いませんか」
「へ?」
一瞬、何を言われたのか理解できず、カルロスはキョトンとした顔で駿河を見つめる。それから確認するように、「え?」と眉間に皺を寄せ、頭にハテナマークを浮かべつつ駿河を見る。
駿河は自分自身を指差して
「この操縦士を雇うと、すぐに船が持ててアチコチ飛べますよ」
「はぁ?!」
仰天して大声を発したカルロスは、困惑しきった顔で「……な、なんだって? お前を雇う?」
「はい、護さんと三人で頑張れば中古の中型船を買えるかもしれませんよ!」
「いや無理だろ!」
即座に剣菱が力強く叫ぶ。
「買える買える! ってか買わせる!」
「いやあの、ちょっと」
酷く焦ったカルロスは、両手で駿河をなだめる仕草をしながら「ちょっと待て、落ち着け!」と言い、「もしかしてお前、その為に黒船船長を辞めるのか」と聞く。
「はい!」
駿河は笑顔で思いっきり頷く。カルロスは呆れて
「やめとけ……。黙ってそのまま黒船に居た方が……。だって俺と護はイェソドに住んでるし」
「俺、船に寝泊まりしますから」
「いや、……だって俺らには何の保証も無いんだぞ!」
「はい、覚悟の上です!」
ニコニコと微笑む駿河。
「はぁ」
カルロスは若干呆然としつつ駿河を見つめて、つい小声でボソッと呟く。
「度胸あるよなお前……」
その呟きが聞こえた周囲の面々がちょっと苦笑。
溜息をついたカルロスは、困った顔で
「……まぁ操縦士が来るのはありがたいが……でも、お前の寝るとこ考えたら中型になってしまう……」
上総が尋ねる。
「ちなみに中型ってどの位のサイズなんですか」
すかさず剣菱が「この採掘船サイズ!」と黒船の天井を指差して、「ええー!」と驚く上総。
カルロスが「剣菱さん!」と真面目に怒り、カルロスに睨まれた剣菱は慌てて「冗談だ冗談」と上総に言う。
剣菱の代わりに総司が説明する。
「中型もピンキリで大きさ色々だよ。この採掘船は一番大きな中型だ」
「へぇ」
駿河がカルロスに向かって言う。
「まぁ最初は小型でもいいですけど、何にせよ俺が代表で船を買います」
「……」
暫し黙って駿河を見つめたカルロスは、溜息混じりに「……お前な……」と呟き、護の方を見て「護、アイツとんでもない事言い出した」と駿河を指差す。
「んー?」
護はちょっと首を傾げて「まぁ駿河さんが良いなら良いんですけども」と言ってから「カルさん。俺は個人的には中型が良いと思うです。小型船だと滅茶苦茶頑張らないと稼げないっす、多分!」
「……でもな」
「デカイ船だと、もし稼げなくて金無くなっても一応住むとこあるし!」
「でも船がデカイと維持費がかかるだろ、メンテとか駐機場とか」
剣菱が「うむ!」と大きく頷く。カルロスも声を大に
「最初の出費がデカイと後々大変になるから、最初は小さく」
護は「カルさん!」と言って立ち上がると
「自信無いのは分かるけど、総司さんも船長するんだからカルさんも頑張ろーよ!」
「ってお前、何でそんな自信満々な」
「だって川に落ちてドンブラコして何がどうなったやらだもんよ!」
「まぁ俺もなぁ黒船から逃げた時には覚悟したんだが……、しかしデカイ船を買うとなると今後の事が」
剣菱が呆れ気味に口を挟む。
「アンタ、妙な所で堅実だわな」
「ええまぁ」
「あの人が居れば、どんな船買っても大丈夫だと思うぞ」
剣菱は駿河を指差す。カルロスは
「えぇ……」
その否定的な声に思わずガクッとする剣菱。
「アンタ、あの人は黒船の船長やってた人だぞ!」
「いや、あの」カルロスは焦って
「だってデカイ船で三人も居たら探知が頑張って高値の付くモンを探さないと稼ぎが」
駿河が「少なくとも良質のイェソド鉱石を採れば三人分は十分稼げます」と話に割り込む。
「そ、そうかな、だって船の代金とかあるし、イェソド側の金も必要だからアッチとコッチで稼がなきゃならないっていう」
剣菱が「少なくともマルクト石を売ればイェソドで稼げるかと」と口を挟む。
「あー……まぁ……」
なぜかクッタリするカルロスを見て、上総をはじめ周囲のメンバー達は『あのカルロスが何でこんなに自信無さげなのか』と不思議に思う。剣菱も、『この人、黒船から逃亡するだけの度胸があんのに人ってワカランもんだなー』と思いつつ身振り手振りを交えて言う。
「コッチでマルクト石を採ってアッチで売って、アッチでイェソド鉱石を採ってコッチで売る。これで両方で稼げる」
護が「するとターさんはどうなるの?」と質問。
剣菱は護を見て「あの人は一人でも十分稼げるんだから、当面は別行動でいいやん。アンタらは、まずとにかくお金を貯めようや。……船買ったら貯金スッカラカンのカッツカツになるんだし!」とニヤリ。
「はぁ……貯金が」カルロスは溜息をついて
「稼げなくなった時の為に貯めてたのに……」
驚く剣菱。
「いやアンタ何歳だ、俺より若いべ!」
「それはそうなんですが、何せずっと黒船から降ろされたら終わりだと思っていたので、お金が有れば何とかなると……。そもそも昔から管理連中に金は使うな貯めとけと散々言われて節約生活してきたので使うのが恐いんです! イェソドに逃亡するとか、どうしようもない状況で使えなくなるならともかく、自分で使うのはー!」
カルロスの言葉に一同『ほぉ』と納得し、人によっては『分かる分かる』と密かに頷く。
……人の思い込み、刷り込まれた信念の力って凄いよな……。
剣菱は「何でもいいが、まぁ貯金ガッツリ減るのは誰でも怖ぇわな!」と苦笑してから「自分の金を自由に使うのは人生を自己選択で自由に生きるって事だから、縛りたい管理さん的には使って欲しくないんだろ」と言い、護を見て言う。
「とにかくアッチとコッチで稼いで、稼ぎに余裕が出来たら、ターさんと一緒に雲海でケテル石の採掘するなりご自由に!」
護は真剣な顔でカルロスに叫ぶ。
「俺は早くケテル採掘で一人前になってイェソドのお金を貯めたい! カルさん頑張ってアッチとコッチを往復しよう!」
「何だこの信じられない急展開は……」
呆然とするカルロスを見つつ、総司はふと思い付いて手を挙げて「あの」と言うと、「ちょっと思ったんですが、カルロスさんの船が常に双方を行き来するなら、アンバーと黒船が二隻一緒でなくても、各船それぞれ雲海を越えてイェソドへ行き来できるのでは」
上総がパチンと指を鳴らして「はいっ、出来ます、やります!」と言い、マリアも元気よく手を挙げて「出来ます! 妖精さんもいるし、イェソドに行き来しましょう!」
「じゃあもう自由にイェソドに行きまくって鉱石を採って来る事ができますね」
総司の言葉に穣がパンと手を叩き「よっしゃ採掘量爆上がりだな! これで管理は俺らにデカイ顔できねぇ」と不敵な笑みを浮かべる。続けてジェッソが涼しい顔で一言。
「ついでにマルクト石をイェソドで売って来ましょうか?」
すかさず駿河が「マルクト石は当面カルさんの船に独占させて頂けませんかー!」と言い、ジェッソは「独立支援キャンペーン中だけなら」とニヤニヤ。剣菱もニヤリと笑って「しょーがないなぁ。期間限定で独占させてあげよう」
「あのー……」
皆の会話を遮るようにネイビーがおずおずと挙手しつつ不安気な声を上げ、一同は声の主の方を見る。
「ちょっと質問なんだけど、総司君が船長になるのはいいけど黒船の副長は誰がやるの?」
真剣な顔のネイビーに、駿河も真面目な顔になって答える。
「そう、それが居ないんですよ。静流さんはまだ副長になれる資格が無いし、どうしようかと」
ジェッソの背後に立つ静流も「はい、今、一等操縦士になれる2級免許取得の勉強中です」と口を挟んだその瞬間。
総司が「あっ!」と大声を発して目を見開き、バッと駿河を見て叫ぶ。
「今、気づいたけど俺、船長免許、持ってませんよ!」
「え?」
キョトンとする駿河。
剣菱は「あっ!」と気づいてパンと手を叩き
「そうか人工種だから交付されてねぇのか!」
「ああー!」
駿河も気づいて目を見開く。
ネイビーが「うん、人間だったら2級免許取る時に船長免許も来るけど、人工種は貰えない」と言い、剣宮やバイオレット、静流やアメジスト達も「あぁ確かに……」と若干呆然とした顔になる。
駿河は疲れた顔で「そうかそうだった……資格は有るのに免許がねぇという……」とガックリすると、総司に向かって「いや、それは船長免許くれって本部に言うよ! 俺が何とかするからさ!」と言い「人間と全く同じ勉強して試験受けて受かってんのに人工種だけ免許もらえないって、どんなだ……」と溜息をつく。
剣菱も「だよなぁ。何の為に勉強するのか……」と溜息をつくと、静流が少し遠慮がちに「それは、例え人工種でも副長は船長の代理を務める事があるからだと教わりました」と言い、思わずガクッとした剣菱は「そりゃ確かに副長ってのはそーいうモンだが、せっかく勉強すんなら船長免許キッチリもらおうや!」と静流に言うと、「本来、2級免許は船長と副長になれる資格なんだから船長免許くれと騒ごう!」と言いつつ駿河を見て「……って事で、とにかく黒船の副長どうする?」と問う。
「……例えば人工種限定で、一等操縦士を募集するとか」
総司がウーンと首を傾げて「人工種限定で一等……、すぐ見つかるかなぁ……」と顔を曇らせる。
駿河も自信無さげに「んー」と唸って
「一等が来るまで出航しませんとか本部にゴネる……のは」
「その間にどこぞの管理さんが」と総司が渋い顔で駿河を見る。
「だよなぁ……管理が来るよなぁ」
駿河は腕組みをして溜息をつくと
「とはいえ、そこは何とか押し通さんと……ここは船長交代のタイミングをズラすしかないか……?」
「待った!」
ネイビーが大声を出して言う。
「私が黒船の一等になろうか?」
剣菱以下アンバーメンバー達が「えっ?」と驚きの声を上げる。
ネイビーは「だってウチの二等の剣宮君、すぐ一等になれるじゃん」と言い、剣菱は「あ、そうか」と納得して「剣宮君はもう2級を取ったからな」
それを聞いて悠斗が驚いたように「えっ、じゃあもう船長になれるの?」と剣宮を指差す。
「いやいや、そんな簡単じゃないよ」剣宮は否定して
「資格だけではダメ。副長としての乗船履歴が1年以上無いと」
「ほぉ」
話を聞いていたマゼンタは、ネイビーを見ながら「ちょっと質問、いいっすか」と控え目に手を挙げる。
「何で船長が2級なんですか! そしたら1級はどうなるの?」
ネイビーはちょっと笑って
「免許の種類の事なのよ。第三種が個人用の小型船、第二種が採掘船みたいな一般的な船、第一種は航空管理とかの特殊船で、第二種の中に、船の大きさや乗員数によって免許の等級が分かれてて、1級は鉱石輸送船とかの大型船免許、2級が中型船以下の船長と一等、3級が二等と三等の操縦士になれる免許。ちなみに剣菱船長は1級免許持ってるから第二種1、2、3級と、第三種の免許で合計4つの免許を持ってるって事になる」
「ほぁぁ」
マゼンタは奇妙な声を発して「なんか、凄いっすね」
駿河が「ちなみに俺と総司君は1級持ってないので合計3つの免許です」と口を挟むと剣菱が「今後、1級取得する予定は?」と駿河に向かって問い、駿河は「特に無いです、大型は別に……」と答える。
ネイビーは「私も1級無いから免許3つよ」とマゼンタに言ってから
「話を戻すと、アンバーの三等のバイオレットさんはすぐ二等に上がれる。すると三等がいなくなるけど、黒船と違ってアンバーは種族問わずだから……」
剣菱がウンと頷いて「まぁ種族不問で三等募集なら、すぐ来るわな!」と言い、ネイビーは駿河と総司に向かって尋ねる。
「ってな事で、私が黒船の一等になろうか?」
総司が言う。
「……じゃあネイビー、黒船の副長になって下さい。お願いします」
「はーい宜しくー!」
剣菱が言う。
「そして剣宮君が晴れてウチの副長、と」
「頑張るっス!」
「よし決まった!」剣菱はパンと手を叩き
「これで黒船は駿河さんが抜けても問題なく出航できる。ウチは三等募集になるけど、まぁ誰か居るだろ」
一同、「おお……」という若干微妙な感嘆の声を発し、その空気を代弁するように護がボソッと呟く。
「こんな簡単に船長とか副長とか決まっていいんだろか……」
駿河が「いいんじゃないの」と苦笑して
「だって本部も俺の事を突然、簡単に黒船船長にしたし」
総司が「……よく引き受けましたね」と駿河を見る。
「んー、まぁ俺が船長にならないとさ、あのティム船長よりもっと厳しい人が来たら嫌だと思って」
「なるほど」
「それに……俺、あの時もし船長にならなかったら、黒船から降ろされていたかもしれない。だから出来る所までやってみようと思った。どうせ新米船長だし、多少ヘッポコな船長の方が皆もラクかもなーと……、どうしたんです剣菱さん」
話の途中でガックリと項垂れた剣菱は、呆れたような笑いを浮かべて顔を上げ、駿河に言う。
「脅されて船長になるとか……どんな船だ」
「……まぁ、黒船ですから」
総司も「まぁ黒かったですね、色々」と言い、剣菱は「はぁ」と苦笑して駿河に向かってしみじみと「よく、ここまで続けたな……」と呟く。
「いやもぅ、潰れそうになった事、何回もありますよ」
「忍耐強いやっちゃ。辞めるの勿体ない気もするけど……」
駿河はニッコリ笑って力強く言葉を発する。
「今が辞め時です。自分でクビ切ったから、最後に管理に言いたい放題、文句言って辞めます!」
その気迫に、剣菱をはじめ皆が「ほ」と目を丸くする。
皆に向かって駿河が叫ぶ。
「……という事で、この決定事項を本部や管理に伝えに行きましょう!」
「お、おお!」「行くべ!」
皆、返事をしながら立ち上がり、剣菱も椅子から立ち上がりつつ「じゃあ茶色の奴はアンバーに戻るぞー!」と叫ぶ。
「はーい」「ういっす!」
返事しつつ移動を始めるアンバーズ。
周防も椅子から立ち上がり、密かに目頭を熱くしながら笑顔で皆を見守る。
……なんて素晴らしい……!
アンバー一同はタラップへ向かい、黒船メンバー達はそれを見送る。
「お邪魔しましたー!」
テクテクと黒船のタラップを下り始めるアンバーの一同。
剣菱が感慨深げに「いやぁ……あの人、変わっちまったなぁ」と呟くと、穣が「なんか吹っ切れましたよね」と言い、剣菱と共に歩きつつ嬉し気に呟く。
「凄いな。まさかマジでこんな事が」
「なぁ、全く。人生何がどうなるやらだ。奇想天外すぎるぞ」
穣はニヤリと笑って
「管理さんの反応も楽しみですな!」
剣菱もニヤリと笑い
「言うな。……ここから大変だぞ?」
「そりゃー覚悟の上ですよ! あぁもう早く帰りたくてたまんねー!」
穣はアンバーの方へ走り始める。
黒船の船内では駿河と総司、上総の後についてカルロスがブリッジへの通路を歩きつつ、大きな溜息をつく。
「……何でこんなに変わってしまったんだ……」
「何が?」
駿河が振り向くと、カルロスは「お前だ!」と駿河を指差す。
駿河は立ち止まってカルロスに
「貴方こそ、何でそんなに変わったんですか!」
「……そう、か?」
カルロスは首を傾げて「ところで……私の小型船免許はどうなる?」
「俺が居るから貴方は免許無くても大丈夫です。あとは貴方が個人的に免許欲しいかどうか」
駿河はそう言って再びブリッジへ歩き出す。カルロスも駿河の後ろを歩きつつ
「せっかくだから免許取っておくかなぁ……しかしなぁ……」
難しい顔で悩むカルロスに、駿河の隣を歩く総司がカルロスの方に振り向いて、助け舟を出す。
「免許は最初の講習から半年以内なら取得できるので、ゆっくり決めたらどうですか」
「……そうしよう」
二隻の採掘船は御剣研の屋上から出発し、死然雲海の中を飛び始める。
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