第22章(最終章)01 さよなら、駿河船長
黒船のブリッジ入り口付近には、何時にも増して野次馬メンバーが集っている。
本来は待機時間であるアメジストと静流に続き、メリッサ、昴、夏樹、レンブラント、オーカーに大和まで来て入り口付近が混雑したのでジェッソやカルロスはブリッジ内の操縦席の右側に並んで立ち、アメジストと静流もブリッジの中に入って船長席左側の壁際に立つ。
操縦席の総司が計器を見ながら「なんか船首側に重さが……。野次馬、増えたな?」と苦笑いすると、左隣に立つ上総が「うん、だって皆、見ておきたいよね、色々……」と寂し気な顔をして「『駿河船長』と一緒に黒船に乗るの、これが最後なのかなぁ……」と溜息をつく。
駿河が「多分ね」と言ってから「でも『ただの駿河』なら、いつか黒船にバイトに来るかも」と笑う。
上総は船長席の方を見て
「ただの、っていうか先代の、黒船船長の駿河さんです」
「あ、そうか俺が先代になるのか!」
「なにビックリしてるんですか、もぅ……」
ションボリと溜息をついた上総は「カルロスさんも駿河船長も居なくなっちゃう……」と少し俯く。
カルロスが「いや、私はバイトには来る」と言うと、駿河が
「あっ、よく考えたら俺がバイトに来ても仕事も寝る部屋も無いっていう」
すかさずジェッソが「なんか出来る事をやればいいんです!」と言い、「寝る場所は……」と考えた所で上総が「よし俺が寝袋持ってきて床に寝袋で寝るから船長、俺のベッドに寝ればいい!」と言い、皆ちょっと笑ってしまう。
「仕事はさ、掃除とか食事作りの手伝いとかあるよ!」
上総の提案に続いてカルロスが「何なら中和石着けて一緒に採掘すりゃいいんだ」と駿河を見る。
「いいけど俺、そんなに腕力ないですよ」
「え!」
皆ちょっとどよめく。
静流が「やるんですか!」と驚いた顔をすると、入り口の壁際に立つレンブラントも「マジで採掘します?」と駿河を見る。
「……やってみるかなぁ。石拾いレベルだと思うけど……」
野次馬達が「おおー!」と歓声を上げ、数人がパチパチと拍手。
ジェッソも楽し気に「じゃあ是非バイトにいらして下さい、お待ちしております!」と笑う。
そこへ上総が「あっ、そろそろ目印の湖です」と言い、進行方向を指差しつつ
「総司船長、やや1時の方向へ」
「まだ副長です。ところで管理の船は?」
「いないよー。まだ死然雲海の中だし」
「でもあいつら以前、死然雲海の中まで来たぞ」
「あっ、そっか」
上総は探知を続けながら首を傾げる。
「んでも、いないなぁ……」
カルロスも探知しながら「雲海を出た先にも居ない。かなりジャスパーに近づかないとダメかな……」と呟く。
駿河が言う。
「……本部に着くまで管理が来なかったら悲しいな」
ジェッソが「いやそれは悲しすぎる」と顔を顰め、総司も「ってかそれ職務怠慢では!」と言い、静流の「流石にここで来なかったらショックなんですけど……」という言葉に入り口の昴やレンブラント達が「全くだ!」と頷く。その間に徐々に雲海が晴れ、視界が拓けてくる。
死然雲海を出た二隻は目印の湖の上空を通り過ぎて行く。
湖を過ぎ、そろそろ管理と出会う頃だという事で、ブリッジ前の通路の野次馬待機所にはシトロネラとジュリアに周防まで加わり、これで機関室を離れられないリキテクス以外の全員がブリッジ付近に集った事になる。
ブリッジ内では上総とカルロスが目を閉じて探知を掛けたままずっと言葉を発せず、二人の報告を待つ皆も特に何も喋らないので沈黙が広がっていた。暫くして皆が『もうこの辺りで何か探知しても……』と思い始めた頃、やっとカルロスが「おっ」と何かに気づく。少し遅れて上総も「お!」と声を発するが、すぐに「ぉお?」と眉間に皺を寄せる。
「管理は居たけど……」
カルロスも険しい顔で探知を続けながら「ちと遠すぎんか?」と腕組みをする。
上総も「うん、殆ど街中に近いとこ飛んでるし……」と少し怒った顔になる。
カルロスは「まぁ別に管理の船がどこを飛んでいても構わんが、しかし今は勝手に外地に出た船が二隻もいるんだし、もうちょっと外地の近くをウロウロしてくれても……」と苦々しい顔をすると、目を開けて駿河を見て言う。
「とりあえず、あと3分後に管理波の中に入るので、入ってみてどうなるか、です」
「了解」
再び静まり返るブリッジ。皆、真剣な顔で状況を見守る。
少しするとブリッジ内に警告音が響き渡り、『管理区域外警告』の表示が出て航路ナビとレーダーが復活する。
総司が告げる。
「管理波の中に入りました」
「うん」
駿河は頷き、黙って管理からの連絡を待つ。
「……」
警告音と表示は消え、沈黙から1分も経たない内に上総が「ええー! 管理の船、動かないし!」と怒り出し、カルロスも「マジで来ないのか……」と呆れたように額に手を当て、総司も少し唖然としながら呟く。
「つまり、管理の所まで、来い、と……?」
ジェッソは「さてこれはどうしたもんか。相手は相当お怒りなのか、何なのか……」と言いつつ不安気に自分の首のタグリングを触り、野次馬達もざわめき始めて夏樹も不安そうに「相手の出方がワカランのが恐い……」と言いつつ自分のタグリングを触る。昴も「なんかヤバイ感じ……」と心配気な顔をするが、レンブラントは「俺達の事、どうでもいいのか」と憤慨する。静流は「相手にも都合が……」と言うが、アメジストに「えー、ウチの船ってその都合以下って事?」と言われてグッと詰まる。
皆が騒ぐ中、駿河は前方を見つめたまま「……随分とナメられたもんだよな。俺の首輪は外れてるんで、もう遠慮はしねぇよ?」と不敵な笑みを浮かべる。思わず怪訝な顔で駿河を見る一同。
「……?」
その時、緊急電話のコールが鳴り、ブリッジ内の一同がハッとする。
「副長、ここで一旦停止」
「停止します」
総司の復唱を聞くと、駿河は腕を組み、鳴り続ける電話をじっと見る。
上総が慌てて「で、出ないの?」と聞くと
「少しは待たせてやろうかなーと思って」
「えっ、で、で、でも、出ないと切れちゃう、早く!」
不安気に焦り、急かす上総。
「……そろそろ出るか」
駿河はやっと受話器を取り、「はい、オブシディアンの駿河です」と言いつつ外部スピーカーをオンにする。
『我々の制止を振り切って出て行った癖にわざわざ戻って来るとは、一体何しに戻って来たんです?』
「……は?」
『随分、鉱石を採って来たようだが、それで許してもらおうなんて考えが甘いですよ』
「……」
ブリッジ内の空気が凍り付く。
……いきなりケンカを吹っ掛けられるとは思いもしなかった……。
駿河は目を大きく見開き唖然としたまま、怒りで真っ白になりそうな頭を必死に働かせて冷静さを保とうと努力する。
『この数日どこで何をしていた』
尋問するような管理の口調に、ブリッジ内の皆の顔が緊張で強張る。駿河はその、彼らの恐怖を感じ取りつつ凛とした声で返答する。
「イェソドに行って有翼種と和解をしてきたんですよ、人工種が」
『我々に何の相談も無く勝手にそんな事をされては困ります! 黒船は貴方の船じゃないし、人間の代表でも無い癖に勝手に有翼種と交渉するとは何様のつもりですか。貴方を即刻、黒船から降ろしたい位ですが、まぁ一応、事情を聞いてからにしましょう。これから船内のチェックを行います。我々が指定する場所に着陸しなさい』
……何だこいつら……、対等のタの字もねぇ……。
駿河は受話器を握り締めて必死に怒りを堪えつつ、椅子からゆっくりと立ち上がる。
『……聞いてるのか船長? 我々の命令に従わないと厳罰に』
「一体、カルさん達が霧島研に殴り込みしたのは何だったんだろう……」
うわ言のように呟いた駿河は、俯き、はぁ……と深い溜息をついてから受話器を持ち直す。
……やるしか、ない。
大きく息を吸うと、一気に捲し立てる。
「……いい加減にしとかないと人工種が爆裂しますぜマジで。アンタらが人工種の意思をガン無視するから人工種だって強硬手段を取らなきゃならなくなる訳ですよ。大体、鉱石が無かったら人間生きていけないのに何でその鉱石を採る人工種を粗末にするんですか。自分らが人工種を作ったからとかアホな特権意識があるならそんなバカ野郎は一回死んで来いって話です。大体、人工種ってのは有翼種と人間が一緒に作ったもんで、有翼種が人工種を尊重すんのに人間が人工種を支配するって意味がワカラン。言っとくが有翼種が和解したのは人工種です。人間とは和解しちゃいませんよ! 俺と剣菱さんは有翼種に怒られましたからね!」
そこで再び息を吸うと、更に声を大きくして
「アンタらは人工種を支配する事で貧弱な自己価値を保ってる。だから人工種に何だかんだとウザイちょっかい出して来る。人工種が居なくなったら、または人工種が自己意志で生きはじめたら管理もへったくれもない。アンタらは人工種が自分らと対等になる事が恐い、だから何とかして上に立とうとする! ……ハッキリ言ってハリボテの虚勢張ってんの、みっともないんですけど!」
はぁ! と大きく息を吐く駿河。
その気迫に総司をはじめ、ブリッジ内外に居る全員がたじろぐ。
……す、凄い……。
カルロスや、長年黒船に乗っているメンバー達は密かに思う。
……そう、そうだ、駿河は本来、こんな奴だった。
駿河を見つめながら内心、快哉を叫ぶ。
……7年前の駿河がバージョンアップして帰って来たあぁ!
長い沈黙の後、やおら管理が口を開く。
『……貴方の言い分は分かった。まぁ、今回は貴方の責任は問わない事にするが、イェソドで何があったか事情聴取をしたい』
「事情聴取?」
『有翼種との関係の為にも事情を把握しておかないと』
駿河は若干苦笑して怒鳴る。
「有翼種と関わる気なんか全く無い癖に!」
管理の男は暫し黙り、緊迫した空気が流れる。
相手が何も言わないので駿河は静かに息を吐くと、落ち着いた声で話し始める。
「とにかくこれからSSFに周防先生を送り届けて、それから採掘船本部で鉱石を降ろさなきゃなりません。どうしても事情聴取したいならその後で。しかしせっかく二隻がこれだけの鉱石を採って戻って来たのにアンタら喜んでくれないんですね」
『まぁそんなに困ってないからな』
「えっ」
『マルクトの方には相当量の鉱石の備蓄があるし、万が一の時の為の発電の手段もある。だからそこまで人工種に頼らなければならない訳でも無い。……まぁ黒船のような有能な人工種達には残って欲しいが、どうしてもイェソドに行きたいというなら止めはしない』
「……」
その場の全員が目を丸くして呆然とする。
……つまり、我々、要らんって事か……?
あまりの衝撃に、駿河は受話器を持ったまま両腕をだらんと下に垂らして脱力し、ガックリと項垂れ、長い溜息をついてから、上体を起こして操縦席を見据える。
「……総司」
「は、はい?」
駿河は物凄い気迫で「頑張れ!」と怒鳴ると息を吐き、受話器を持ち直して管理に言う。
「ところで。俺は今日で黒船の船長を辞めます!」
『そうか残念だ』
「新しい船長は、人工種の江藤総司君に決まりました」
『なっ! 勝手に』
「これは総司君自身の意志と、アンバーと黒船のメンバー全員の総意です! 俺が勝手に決めた訳じゃありません。だからダメだというなら二隻のメンバー全員と話し合い、全員を納得させて下さい」
『しかし人工種は船長には』
「航空管理に総司君の船長免許の交付を申請します! 人間と全く同じ試験に合格して副長を1年以上務めているのに人工種だから船長になれないなんて、そんなバカな決まりはない!」
『だが!』
管理は怒鳴って言葉に詰まり、少し黙った後に低い声で憎々し気に『……す、駿河、お前……』と呟く。
「俺の首輪はもう外れているのでアンタらに遠慮はしませんよ」
『……』
歯ぎしりと、この野郎、という微かな呟きが聞こえたような気がした直後、管理の男は荒々しく『後でまた追って連絡する!』と叫んでプツッと通信を切る。駿河も受話器を置くと、立ったまま天を仰いで悲痛な声を発する。
「……管理がこんなに重症だったとは……!」
パチパチ、と数人が拍手したのを切っ掛けに一気に皆が拍手を始め、駿河が驚いて一同を見回すと、上総が涙を流しつつ船長席に近付く。
「駿河船長ぅ……、ありがとう……」
ジェッソも涙を零しつつ笑顔で船長席に近付くと、「……駿河船長!」と大きな声で言いながら両手で駿河の右手を取り、しっかりと握って「ありがとう、ありがとう……!」と呟く。
カルロスも目頭を熱くして大きな拍手を送り、静流もアメジストも、そして入り口側の野次馬メンバー達も、涙ぐみつつ拍手を送る。
総司が操縦席から涙声で叫ぶ。
「貴方は本当の黒船船長です!」
「……」
戸惑う駿河。
そこへ入り口からシトロネラが顔を覗かせ、涙を拭って大きな声で言う。
「7年前を思い出したー……!」
ジュリアや昴達が「うん!」「同じく!」と同意する。
駿河は少し恥ずかしそうに「……まぁ7年間、ここで鍛えられたんで」と呟く。
レンブラントが泣き笑いしつつ「バイトには来て下さいよ!」と言うと、駿河は「うん。多分、来るけど、それよりな」と言って皆を見回し、大きな声で力強く言う。
「皆、もう管理に遠慮する事無いぞ!」
「はい!」
昴が「管理、許さんー」と拳を振り上げる。
そこへ周防がハンカチで涙を拭きつつ「あ、あのな一応……」と言って通路からブリッジ内に少し入って来ると、「管理も色々で、SSFで製造師見習いをしている月宮君みたいに、真っ当な管理もいるからな?」と周囲の皆を見回して「彼も今は随分と図太くなったが、真面目で素直な月宮君は、最初の頃、霧島研で本当に苦労したんだよ……」と溜息をつく。
カルロスが「真っ当な管理が苦しむってのが変なんだ」と言い、駿河は「その真っ当な管理の苦しみが何となく想像できますよ……」と言ってから「俺がイライラしてんのは、人工種を見下す管理が居るから……あの野郎……!」と拳を握り締めるとバッと操縦席の方を見て叫ぶ。
「総司! もう首輪なんか気にせず堂々と立て! 戦え!」
「はい、勿論!」
ジェッソも「戦います、戦います駿河船長!」と言いつつ両腕で駿河をギュッと抱き締める。
一瞬、驚いた顔をした駿河はジェッソに抱き締められたまま「ちくしょー、管理にヘコヘコしてた過去の俺って一体!!」と嘆くと「皆、もっと堂々と生きろぉぉ!」と叫び、「それにしてもムカつく……、あのクソ管理いぃぃぃ!」と絶叫。そんな駿河の頭を愛おし気に撫でるジェッソ。
シトロネラが涙声で嬉し気に呟く。
「黒船の最後に、やっと本当の駿河君になったのね……」
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