第22章02 新時代の子供達
ジャスパーの周防紫剣人工種製造所、通称SSFの大きな建物の屋上は駐機場になっているが、普段は子供達の遊び場にもなっている。駐機場なので人工種管理や来客の船等がよく来る為、それには絶対触らない、傷つけない壊さない、というのが遊ぶ条件であり、それが守れない子は屋上に出る事が出来ない。
屋上の左の隅には下へ続く階段と給水設備等が入った『塔屋』と呼ばれる所があるが、その塔屋の屋上出入り口のドアが開いた途端、10歳位の人工種の男の子が三人、外に駆け出してくる。
少しウェーブの掛かった長い金髪の子が空を見上げて「いい天気だー!」と叫ぶと、若干バサバサな短い黒髪の子も「青空だぁー」と空に向かって万歳し、三人の中で一番年下らしい、肩の所でキッチリ長さを揃えたストレートの青い髪の子は二人の後ろで立ち止まると、真剣な表情で目を閉じる。
金髪の子が青い髪の子に聞く。
「ラピス君! 採掘船どこから来るの」
ラピスと呼ばれた青い髪の子は目を開けて
「探知した! 採掘船あっち!」と右手でやや右寄りの正面を指差す。
金髪の子はその方向へ走って行き、屋上の縁にある柵に手を掛けた途端、塔屋の方から月宮の声が飛んで来る。
「落ちるなよカーネル!」
「うん! 怪我しない!」
その返答に、屋上出入り口から外に出て来た月宮は苦笑いしながら言う。
「君が落ちても大丈夫なのは分かるけど、それでも落ちてはダメなんだ……」
「あれれ?」
ラピスが不思議そうに声を発する。
黒髪の子が「どしたのラピス君」と聞くと、ラピスは「なんかこっちから小さい船が来る!」とカーネルの居る場所の90度左側を指差す。
月宮も怪訝そうに「小さい船?」と言った所へ屋上出入り口から紫剣と、事務員のカモミールが出て来る。
「いい天気だなぁ」
空を見上げて微笑む紫剣に、月宮は「なんか小さい船が来るらしいです、あっちから……」とラピスの示した方を見て、「あ、来た」と呟く。
遠方から小型船が近づいて来るのが見える。
カモミールが戸惑ったように「来客の予定は無いけど……」と言うと、月宮も「アポ無しかな?」と言ってから、……あの船は! と目を見開く。
「勝手に屋上に停められても困るんですけど」
迷惑気な顔で溜息をつくカモミール。
紫剣も「もうすぐデカイ船が来るしな」と少し困った顔をする。
屋上の端に着陸する小型船。
胴体横のドアがスライドして開くと、中から霧島研の管理が三人出て来る。
管理達は慌ただしく紫剣達の所へ走りつつ、先頭のリーダーらしき男が叫ぶ。
「緊急の用件にて失礼します! もうすぐお戻りになる周防先生に伺いたい事がありまして!」
紫剣は特に何も言わず、月宮とカモミールだけが小声で「はぁ」と言った瞬間、カーネルの「採掘船、見えた!」という大声が響き、一同は声の方向を見る。
ラピスも「採掘船だー!」と叫び、黒髪の子と共に遠方に見える二隻の船影に手を振る。
「わぁい周防先生戻って来たー!」
月宮はカーネル達に向かって「皆、こっちおいで!」と叫んで手招きする。
「うん!」
「はぁい!」
月宮の元へ駆け寄る子供達。
ゆっくりとSSFの屋上に近付いた二隻は、小型船がいるので黒船だけが着陸し、アンバーは上空待機する。カーネル達は採掘船に大喜びで、はしゃぎまくる。
「おっきーい!」
「でっかーい!」
「かっくいーい!」
カーネルの最近の流行りは『かっくいい』らしい。
黒船の採掘口が開いてタラップが下りると、駿河と、ショルダーバッグを肩に掛けた周防を先頭に、周防のスーツケースを持ったジェッソ、続いてカルロス達が船内から出て来る。同時に上空のアンバーの採掘口が開き、穣と護が屋上へ飛び降りて来る。
黒髪の子がそれを指差して「上から落っこちて来たー!」と言い、カーネルも「うぉ、かっくいい! 俺もあれ、やる!」と言った途端、月宮が「落ちる時は必ず浮き石の確認だぞ!」と言い、三人の子供達は「うんっ」と返事。
三人の管理達はダッと走ってタラップを下りた駿河と周防を取り囲む。
「周防先生、貴方を霧島研に連行します!」
慌てて紫剣も管理達の所へ駆け寄る。
「ちょっとアンタらSSFの業務を妨害するつもりですか!」
「なに?」
穣と護も、カモミールと月宮も、三人の子供達も、タラップ下の紫剣や管理達の所へ集う。
紫剣は続けて
「周防先生が居ないとウチはとても大変なんですよ! やっと戻って来たのに、仕事してもらわないと!」
「だが周防先生が有翼種に何を聞かされてき」
「紫剣さん!」
周防が大声で強制的に会話を遮り、ショルダーバッグをしっかりと腕に抱えて
「……私はイェソドで、人工有翼種の資料を沢山貰ってきましたよ」
「えっ?」
「あと、カナンの血と有翼種の血も採血してきました」
紫剣はパンと手を叩いて「流石!」と手でグッジョブのサインを出す。
管理の一人が「な、……なんですと!」と驚きと不安の入り混じった顔になり、声を荒げる。
「なんて危険な! それはまず霧島研で厳重にチェックしないと!」
リーダーの管理が叫ぶ。
「とにかく貴方を霧島研に連行する!」
バッと紫剣が右手で管理を制止し
「待った! 周防先生は連れて行ってもいいが、その血とか資料は置いて行って下さい!」
周防が「何でだ!」と怒る。
「だってそれ、霧島研に没収されたら二度と研究できないじゃないか」
「私が取って来たモンを何でアンタが研究するんだ!」
紫剣は両手で周防をなだめつつ
「大丈夫。アンタの没後、遺志は継いであげるから」
「まだ死ぬ気はない!」
「じゃあわかりました。周防先生も資料も没収するなら、私も霧島研に連れて行って下さい! ってか一緒に行きまーす!」と管理に向かって挙手する。
呆れる管理達。
「そんなアホな」
「ダメだっつーなら私がイェソドまで行って資料取ってきます!」
周防は怒る。
「私と資料とどっちが大事なんだ!」
「資料!」
月宮が「あのー」と会話に割り込むと、管理達に向かって言う。
「その二隻がもうイェソドと行き来出来るのに情報隠蔽した所で意味ない気がするんですが」
紫剣が「全くだ」と頷き、管理達はウザイ奴だ、というように月宮を睨む。
管理達を見回しつつ月宮が「周防先生がイェソドからどんな情報を持ち帰って来たのか霧島研で把握したいなら、俺が全部報告しますが」と言うと、紫剣が「それが月宮君の管理としての仕事だもんなぁ!」とニッコリ。
三人の管理は黙ったまま仏頂面で月宮をじっと見る。
……こいつ、すっかり紫剣に洗脳されやがって……。
リーダーの男は内心、月宮を霧島研に連れ戻すかと思い掛けたが、しかし周防と月宮が霧島研に来ると、面倒な奴まで来てしまう。そもそもSSF内部が混乱するのは非常にまずい。『製造師見習いだからっていい気になるなよ』と喉元まで出かけた言葉をグッと飲み込み、溜息をついて言う。
「事の重大さが分かっていないな、周防先生は人工種だぞ? 何を企むか」
「心配なら霧島研から誰か監査が来ればいいんです。周防先生を連れて行くより霧島研から人が来た方が絶対効率的だと思います」
紫剣が口を挟んで
「いやまぁ効率的には周防先生を霧島研に持ってった方がいいわな、月宮君の仕事が無くなるけど」
「あ、そうか」
「よし、こうなったら皆で霧島研に行って周防先生が持ち帰って来た資料を研究しよう! SSFは月宮君に全部任せた!」
途端に凄まじく辟易顔になる管理達。
月宮が「いやあの俺、まだ製造師見習いなんですけど」と言うと紫剣は月宮を指差して
「できる!」
「って製造師免許ありませんし!」
「やる!」
「いやまだワカラン事が沢山あるのに貰ってもー!」
ヤケ気味に叫んだ月宮は、管理達に「俺にSSF任されても業務が滞るだけなので、周防先生を連れて行かないで下さい!」と懇願。
紫剣も管理達に「周防先生を連れて行くと、もれなく私もオマケで付いていきます!」とアピール。
月宮は必死な顔で「SSFが大変な事になるので周防先生はここに置いておきましょう! 資料の事とかは俺がちゃんと霧島研に全部、報告しますから!!」と叫ぶ。
紫剣は「給料分の仕事はしないとな!」とニッコリ。
月宮は「そもそも周防先生を霧島研に連れて行くと、もれなくこの採掘船二隻まで霧島研に行くと思いますよ!」と黒船の船体を指差す。
紫剣は駿河の方を見て「俺を乗っけて行ってくれ!」と自分を指差す。
管理達のリーダーの男は苛立ちを吐き散らすように
「はぁー……」
と巨大な溜息をつくと、心の中で盛大に毒づく。
……いい加減にしろ、このクソ製造師!! いつもヘラヘラしやがって、周防を利用し盾にして強引にのし上がっただけの奴が……!
嫌悪の目で紫剣を見ながら辟易気味に「貴方と話すのはいつも疲れる!」と言うと、ゴホンと咳払いして平静を装い「まぁ余計な奴まで霧島研に来られると困るので、とりあえず周防先生はここに残す事にしよう。その代わり、霧島研からSSFに何人か人を入れる。君に報告を任せるのは不安だからな」と月宮を指差す。
紫剣が渋い顔で言う。
「あんまり団体で来られても」
月宮が言う。
「それは助かります。何せ子育ては大変なもんで」
「うん、子供達の遊び相手なら何人いてもいいぞ!」
ニッコリする紫剣。
するとカーネルが「月宮さん、大変なの?」と首を傾げる。
ラピスが「カーネルが逃げるからだ!」と言い、黒髪の子は「僕が中庭の木を折っちゃったから?」と月宮に聞く。月宮はクッタリして
「かくれんぼが大変すぎる……探知のラピスがぁ!」
カーネルも「そうだラピス君いると、かくれんぼにならない!」とラピスを指差す。
「だってぇー!」
口を尖らせるラピス。月宮は「いいんだ探知の練習になるから……」と言ってラピスの頭をちょっと撫でると、カーネルに向かって「この方達も、大変みたいだよ」と管理達を指差す。
カーネルはビックリしたように「大変だ!」と言ってから管理三人に「お家に帰って休んで下さいっ!」と叫ぶ。続いてラピスが管理達に「お疲れ様でした!」と深々とお辞儀し、黒髪の子が「でした?」と首を傾げる。
「……」
子供に『帰れ』と言われてゴネる訳にも行かず、三人は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
……以前は大人しく言う事を聞いた奴らが……!
はらわたが煮えくり返りそうな怒りを堪えつつ、こいつらは三人では無理だ、もっと大勢で、もっと厳しく締めなければと考え、リーダーの男は憎々し気に一同を睨んで語気強く言い放つ。
「重大案件だからな、一旦、戻って対策を立てねばならん!」
バッと踵を返して小型船へと歩き出し、二人の管理もそれに続く。
黒髪の子はニコニコしながら「お、お疲れ様でしたぁ」と言い、カーネルはキョトンとした顔で「行っちゃった」と言ってから、笑顔で「ばいばーい!」と両手を振る。ラピスは「さようなら!」とお辞儀をする。
そんな子供達を見ながら周囲の大人達は皆、思う。
……最強だ……!!
管理の小型船が飛び立つのを待って、紫剣は、カモミールや月宮と共に周防に歩み寄る。
「やれやれだ。……おかえりなさい周防先生、思ったより早く帰ってきましたね」
「うん。ただいま戻りました」
三人の子供達も「おかえりなさーい!」と周防に駆け寄る。
月宮は周防の横に立つジェッソに「あ、荷物受け取ります」と言って周防のスーツケースを受け取り、周防は「これも」と月宮にショルダーバッグを渡してから、ジェッソに「ありがとう」と礼を言う。
「いえいえ」
周防は子供達に「皆、ここに並んで。採掘船の人達に自己紹介をしよう」と言い、三人を駿河と黒船メンバー達、そして穣と護に向き合わせる。
「ウチのチビ達だ」
カーネルが「はーいっ!」と手を挙げ「俺、カーネルっていうSSF SI F15紫剣カーネリアン、11歳!」
黒髪の子は恥ずかしそうに微笑んで「お、オニキスです。F16の紫剣オニキス、11歳、怪力ですぅ」
ラピスはキチンと背を伸ばして「僕は! まだ10歳の、探知の! SU F17周防ラピスですっ!」
「この三人は今、SSFの中で最もうるさくて。特にコイツが」
周防はカーネルを指差す。
「俺うるさくないもん!」
カーネルはそう言って黒船の船体を指差して嬉しそうに「採掘船でっかい! 凄いでっかい! かっくいい!」と言うと、駿河の前に立つ。
「船長さんですか!」
「……うん」
「ラピス君、オニキス君、ご挨拶だ!」
三人は駿河の前に並び、キチンと気を付けする。
カーネルは「俺達いつか採掘船に乗るー!」と叫ぶと
「せーの、宜しくお願いします!」と三人でお辞儀。
駿河は「じゃあ、待ってるからね」と優し気に微笑む。
カーネルは飛び上がって「はぁいっ!」
オニキスは「やったぁ」とニコニコ。
ラピスはトコトコと駿河の後ろにいるカルロスの前に歩いて行くと、恥ずかし気に俯いて言う。
「あ、あ、あの。僕いつか、カルロスさんみたいな凄い探知になるんです!」
「お? ……おお。なるのか」
「あ、握手して、くれますか!」
「うん」
カルロスはラピスと握手。
ラピスは握手した自分の手を見て「わぁ……」と嬉しそうに呟くと、カーネルの所に戻って「握手したー!」と叫ぶ。
「おし! これでラピス君も一人前だ!」
オニキスが「もう一人前?」と首を傾げる。
周防が苦笑して駿河達に言う。
「な? 元気だろ?」
「いいですねぇ……」
笑う駿河。
ジェッソも「将来が楽しみだ」と微笑む。
「では、そろそろ」
周防は駿河の前に立ち、周囲の採掘船メンバー達を見回して
「駿河船長、本当にお世話になりました。そして、皆さんありがとう」
駿河も「こちらこそ、色々とありがとうございました」と一礼する。
カルロスが周防に言う。
「まぁ、またイェソドに行こう。……行くんだろ?」
「うん。次は紫剣さんを連れて行くかも。留守番は月宮君に任せて」
月宮が「え」と目を丸くする。
駿河は「黒船は、呼ばれればいつでも先生をイェソドへ連れて行く、筈です」と周防に言ってから、紫剣やカモミール、月宮と三人の子供達を見回して「それでは」と言い、後ろに振り向き採掘船メンバー達に「じゃあ皆、船内へ」と指示する。
周防は思わず「駿河さん」と呼び掛けると、少し言葉に迷ってから「……応援しています、新しい船」と言い、駿河の隣に立つカルロスを見る。
「頑張って」
「うん」
駿河も「はい」と返事し「では、失礼します」と周防と紫剣達に向かって一礼し、タラップを上がって船内へ。
穣と護は上空のアンバーの採掘口から下ろされた2本のワイヤーで上に上がり、船内へ戻る。
その様子を見てカーネル達三人が凄い凄いと騒ぐ。
船底の採掘口を閉じて上昇を始める二隻。手を振って見送るSSFの一同。
カーネルがジャンプしながら叫ぶ。
「れっつごー頑張れオブシディアンー! かっくいーい!」
オニキスは「アンバーも頑張ってー!」と叫んで手を振る。
ラピスは腕を伸ばして両手を大きく振りながら
「黒船もアンバーもお元気で!」
二隻はSSFから離れ、採掘船本部に向かって飛んでいく。
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