第22章03 帰還

 ジャスパー採掘船本部には、屋外駐機場と、格納庫を兼ねる立体駐機場、という二つの駐機場がある。

 この立体駐機場の建物は、全体では四階建ての建物だが駐機場部分は三階に分かれていて、各階に二隻で採掘船が合計六隻収容できるという、それだけでもかなり大きな建物なのだが駐機場だけでなく本部事務所や会議室等があるフロアもあり、しかも隣の鉱石集積所の建物と一部繋がっているという、超巨大な建物になっている。

 屋外駐機場の方は鉱石輸送船等も駐機するので、採掘船は、特に鉱石を積んで戻って来た時は殆ど立体駐機場の方に入る。ただしすぐに再び出航するとか、場合により採掘船も屋外駐機場に停める事はある。


 その屋外駐機場は、今、霧島研の小型船が数隻と、要請を受けて遠方に居た管理達を急遽乗せて運んで来た航空管理の船で埋め尽くされていた。航空管理の人々は船から出ないが、人工種管理達は立体駐機場の三階へと急ぐ。

 三階の片隅では、既に到着していた管理達が、壁際に並んだ10人強の50歳代の男性人工種達に何か指示をしている。彼らの近くには、採掘船本部の制服を着た人間の中年男性が一人、不安げにオロオロと歩き回りつつ管理と人工種達の会話を聞いている。


 管理達の中央に立つリーダーらしき男が咳払いをしてから言う。

「……ともかく、何はともあれ二隻は戻って来た。我々が二隻の連中に事情聴取をしている間に、貴方達は鉱石のコンテナを降ろす作業を」

「えっ」

 茶髪の人工種が驚いて声を発し、他の人工種達も「もしかして勝手に船内に入るんですか?」と驚く。

「そうです!」

 リーダーの男が大きく頷くと同時に「待って下さい」という人工種達の声。

 皆の中で一際背の高い人工種が言う。

「荷降ろしは船の採掘メンバーが行う作業です。勝手に入って降ろすのは」

「聞け!」

 突然発せられた怒声にビクッとする人工種達。

「誰がやろうが、積み荷が降ろせればそれで良い!」

「です、が……」

 背の高い人工種は恐怖に耐えつつ掠れ声で呟く。

 リーダーの男は「黙って言う事を聞きなさい! 何の為に貴方達をここへ連れて来たと思ってるんです? 今は緊急事態なのです!」とヒステリックに叫び、ゴホンと咳払いしてから人工種達に諭すように語り掛ける。

「いいですか。一人の間違いは皆の間違いとなり、全体が迷惑を被る事となるんです。間違いは早々に正さねばなりません。……我々は人工種全体の事を考えて、あなた方に厳しくしてるんですよ? あなた方まで間違った道に進み、廃棄処分にされないように!」

 人工種達は皆、恐怖で青ざめ黙りこくる。

 そこへ採掘船本部の制服を着た男が、おずおずと「あ、あのー、本当に、二隻の面々は、その処分にされるんでしょうか……」と管理達に尋ねる。

 管理の一人が男を見もせず「状況による」と一言。

「はぁ……」

 本部の男は困り果て、苦渋の表情をしながら言う。

「あ、あの、事情聴取は構いませんが、せっかく二隻が戻って来たのですから、あまり厳しくされない方が……」

 キッ、とリーダーの男は本部の男を睨み

「元はと言えば採掘船本部が二隻をしっかり把握しないからこんな事に!」

 続いて別の管理の男も厳しい口調で怒鳴る。

「貴重な人工種を貸与されているという認識が足りん!」

 本部の男は冷や汗をかいて狼狽しながら

「ふ、船がどこで採掘するかは各船の船長が決める事でして、……こちらとしては……」

「言い訳か?」

「……そもそも、採掘船は本来、我々の管轄で」

「とにかく余計な口出しはしないで頂きたい!」

 ビシッと管理達に叱責された本部の男は小声でボソボソと呟く。

「……こっちの意見も聞いて下さいよ……」

 その時、場内の誰かが「来ました!」と叫び、皆、大きく開け放たれた開口部、採掘船発着口に目を向ける。

 見れば遥か遠方の空に黒と茶色の点のような船影。

 管理達は一斉に発着口へと走り出し、落下防止の安全柵の手前にズラリと並ぶ。

 ちなみに駐機場内では船の方向転換が出来ない為、発着口の『入口』側から入った船はそのまま対面の『出口』側の発着口から出る仕組みになっている。今は『出口』側は閉じられているが、二つある『入口』の片方も閉じられていた。場内は空いているので本来ならば二隻同時に入場できるが、一隻に集中する為に管理達が閉めたのである。

 徐々に近づく二隻の船。

 なかなか船影がハッキリせず、二隻が非常にゆっくり飛んでいるのが分かる。

 やがて二隻はアンバーを上、黒船を下にして上下に重なるような状態で飛び始めると、駐機場のかなり手前で停止し、暫しそのまま待機する。

 管理の一人が呟く。

「……なかなかこっちに来ませんね」

 リーダーの男はニヤリと笑って

「まぁ戻れば我々に締められるからな。恐がるのも当然だ。……おっ、動いた!」

 やっと動き出した二隻は、黒船を先頭にして前後一列になって駐機場へ近づいて来る。

「来たぞ、皆、下がれ! 甲板ハッチから行く奴は、甲板用通路へ!」

 駐機場内の外周や天井付近には、直接甲板へ行く為のキャットウォークのような狭い通路がある。

 数人の管理が甲板用通路へ上がる階段に向かって走り出し、他の管理達は、船が停止した時に船底のタラップが下りる地点まで後退する。

 ゆっくりと駐機場へ近付く黒船。

 船の入場を知らせるピーッ、ピーッという警告音と警告灯が光り始め、発着口前の安全柵がゆっくりと左右にスライドして開き、発着口が完全に開放される。

「……ん?」

 眉間に皺を寄せ、目を凝らす管理達。

 よく見ると黒船の甲板に、茶色い服を着た人物が何人か立っている。

 ……アンバーの奴らか? なぜ黒船に?

 不審に思ったリーダーの男は咄嗟に叫ぶ。

「気を付けろ! 奴ら、何か企んでいるぞ!」

 発着口に到達した黒船は静かに場内へ入り始め、アンバーは黒船の後方で停止し、そのまま空中で待機する。

 すぐにでも甲板に下りようと、天井付近の甲板用通路に待機していた管理達は、甲板上のアンバーメンバーが各自それぞれ何かが入った大小の青いビニール袋を担いでいる事に気づく。

 ……何を持って来たんだ? と思った瞬間。

「イェソド鉱石!」

 誰かの叫びに「えっ!?」と驚いてよく見れば、透明なビニール袋に入った青く輝くイェソド鉱石。


 ……まさかビニール袋に入れて来るとは!!


 甲板用通路の管理達が恐怖に身をすくめたその瞬間、穣の大声が場内に響く。

「管理の皆さんご機嫌よろしゅう! アンバーとオブシディアン、ただいま戻って参りました!」

 船首付近に立つ穣とマゼンタ、そしてハッチ付近に立つ護、透、悠斗、オリオンは一斉にイェソド鉱石が入った大小のビニール袋を高々と頭上に掲げ、驚いた管理達は腹の底から大声で怒鳴る。

「バカかお前ら! とっとと仕舞えそれを!」

「コンテナに入れなさーい!! せめて船の中へ入れるんだ!!」

 管理達の悲鳴に近い絶叫が響く中、黒船は規定の位置に停止する。

 ビニール袋入り鉱石を担いだ護が大声で叫ぶ。

「鉱石いっぱい採り過ぎてコンテナに入らないんだー!」

 管理の男は顔を真っ赤にして

「ならそれを船内に置いて全員、船から出て来なさい!」

「積み荷を降ろさないと!」

「それは他の人工種にやらせる!」

 船底では管理達が採掘口周辺を取り囲み、タラップが下りるのを今か今かと待ち構えていた。

 程なくして採掘口が開き始めると、いきなり船内からビニール袋入り鉱石を肩に担いだカルロスやジェッソ達が管理達の目の前にバッと飛び降りて来る。

「ひぃっ!」

「おおおおいおいおいおい!!」

 絶叫しながら慌てて退避する管理達。

「馬鹿共その石を置け、船内に置いて来い!!」

 ジェッソがニコニコ笑いながら言う。

「今から積み荷を降ろしますので皆さん、そんな所に居ると危ないですよー!」

 鉱石入りビニール袋を持って採掘口から飛び降りた10人の黒船メンバーは、鉱石をちらつかせて採掘口周辺から管理達を追い払う。

「……きっ、貴様ら……、我々に何かあったら貴様ら、ただでは」

「大丈夫です」

 カルロスが管理の言葉を遮り、淡々と言う。

「我々もプロですので、どの程度まで近づけても大丈夫か把握しております」

「信用出来るか!」

 採掘口の周囲をぐるりと囲むように立つカルロス、ジェッソ、レンブラント、昴、メリッサ、夏樹、オーカー、大和、上総、シトロネラの10人。近づくに近づけない管理達は忌々し気に距離を保ちつつ黒船の一同を緩く取り囲む。

 そこへやっとタラップが下りると駿河と総司が二人並んでタラップを下りて来る。

「す、駿河船長! どういう事なんだこれは!」

 リーダーの男が怒鳴ると同時に管理達よりも後ろに居る採掘船本部の男が震える手で駿河を指差し「そっ、そんな近くに鉱石が……、アンタ、危険だろう!」と蒼白な顔で悲鳴のような声を上げる。

「俺は大丈夫です。イェソドで有翼種に中和石というイェソドエネルギーを中和する石を頂きまして」

 駿河は右腕を上げ、袖を少し下げて皆に中和石の腕輪を見せると「これがあるのでこの位の鉱石なんか全く問題じゃない」と言い、腕を下ろして「イェソドの首都ケテルなんかもっと壮絶ですからね」と微笑む。

「……」

 やや呆然とした顔で駿河を見つめる管理と本部の人間達。

 駿河が大声で言い放つ。

「ところで俺は、本日付で黒船の船長を辞めます!」

 総司が叫ぶ。

「そして俺が、黒船の船長になります! これはアンバーとオブシディアンのメンバー全員の総意です!」

 本部の男が「ま、ま、待ってくれ!」と叫んで総司を指差す。

「彼は人工種だ!」

「そう、彼が人工種初の船長になるんです!」

 駿河が叫び、「でも」と言いかけた本部の男の言葉を遮って「先程、航空管理に彼に船長免許を交付して下さいと言っておきました」と続ける。

「えぇ……」

 困惑の表情をする本部の男。

 総司が言う。

「黒船の新たな副長は、今アンバーの副長をしているネイビーさんになります。そしてアンバーの副長は剣宮君に、二等操縦士はバイオレットさんになりますが、三等だけは居ないので、募集する事にしました。アンバーは三等が見つかるまで出航できませんが、黒船は俺に船長免許が交付され次第、出航出来ます」

「いやそんな勝手に決められても……」

「そちらも相当勝手です。あなた方は、今まで俺達人工種の意見を聞いてくれた事なんか殆ど無かった」

「いや」

「そもそも意見を考える事すら出来ない位に縛られてましたからね、これで」

 総司は自分の首のタグリングを指差す。

「いや、でも、そうすると、……黒船から人間が消える……」

 本部の男が呟いた瞬間、周囲を取り巻く人工種管理の一人が「……駿河、貴様……」と憎々し気な声を発してほんの少し前に出ると、物凄い形相で「なぜ突然、船長を辞めると……何があった!」と怒鳴る。

「イェソドに行ってきました」

「イェソドで何があったと聞いている!!」

「何って、凄く楽しかったですよ。そもそも俺、元々人工種が好きで採掘船に入ったので、黒船が人工種だけの船になればいいなとずっと思ってたんです」

「馬鹿か貴様は! 前はもっとマトモだっただろう! どいつもこいつもイェソドに行くとおかしくなる!」

「違いますよ。イェソドに行ったからじゃない、自分の本当の心に気づいた、それだけです。だからイェソドに行ったとか、そんなのは全く関係ない」

「……何を偉そうに……」

 気付けばいつの間にか管理達の後ろには、壁際に居た50歳代の人工種達や、採掘船本部の他の人間達も集まって来ていて、不安げに成り行きを見守っている。

 管理の男は駿河に向かって「人工種達にこんな事をさせて……」と溜息をつくと、目線を総司に移して言う。

「君も随分と洗脳されたなぁ。すまないね、こんな未熟な人間を船長に選んでしまって」

 管理達のリーダーの男も若干前に進み出ると、黒船のメンバー達に優し気に語り掛ける。

「君達にはもっと素晴らしい、いい人間の船長を与えるよ。だから我々の言う事を聞くんだ。でなければこんな未熟で至らない船長の為に、君達人工種にも重い処罰が下る事になってしまう」

 堪らず総司が叫ぶ。

「これは俺の意志です! 俺が、黒船の船長になりたいと、駿河船長に懇願しました!」

 バッ、と管理や本部の人間達が一斉に総司に注目し、その射るような視線に総司の全身にゾクッと恐怖が走る。

 ……う……。

 まるで首を絞められたかような息苦しさが襲って来て、それが恐怖を増幅させる。


 ……だが、ま、負けるものか……!


 密かにグッと、拳を握り締める。

 リーダーの男は蛇のような目でじっと総司を見つめながら、諭すように言う。

「君はどうやら間違った事を教わったようだ」

「例え間違いであろうと二隻の全員が俺が船長になる事を認めてくれました」

 はぁ、と男は溜息をつくと

「アンバーの剣菱さんも黒船の駿河も、困った人間だからなぁ。どっちも表向きは、人工種に優しいだろう? それで皆、コロッと騙されるんだ」

「……」

「思い出して欲しいんだが、四条所長は、そこの金髪の奴に免許取得を許してやったんだぞ? あんな乱暴を働いても何の処分もなく全て許してやったしな。我々人工種管理こそ、君達の事を最も大切に」

 我慢ならずに叫んでしまう。

「いいから俺に船長免許をください! 望むのはそれだけです!」

 悲痛な絶叫。男はフフンと鼻で笑って

「いやしかしね、船長は大変なんだよ、未だかつて人工種で船長になれた人はいないんだ」

「だからこそ俺が挑戦します!!」

「……こまったなー」

 リーダーの男は苦笑しながら額に手を当て、わざとらしい溜息をつくと不気味にニヤリと笑って言う。

「じゃあ君は、我々の言う事を聞いてくれるかね?」

「……納得できる事ならば。理不尽な事と判断したら聞かないかもしれません」

 言いながら、喉が締め付けられる感覚に襲われる。

「ほぉー。もし、素直に言う事を聞いてくれるならば……、特別に船長免許をあげても良いと思ったんだが」

「……」

 言葉が出てこない。

 ……喉が変だ……、締め付けられ……、息が……苦し…………

 恐怖が凄まじく沸き上がり、必死に平静を装いつつ横目で隣に立つ駿河を見ると、なんと駿河が嬉し気な微笑みを浮かべて総司を見ている。

 えっ? と驚いてふと気づく。


 ……そうだ、彼は俺が自己意志を持つ事が嬉しいんだ……!


 ……そしてこの苦しみは、過去に彼が歩いた道……。


 共に歩く人が居る


 ……そうだ、彼はずっと、この恐怖と苦渋に耐えてきたんだ、人工種の為に……!


 息を吸い、苦しさと壮絶な恐怖に耐えつつ大声を発する。

「黒船の存在意義はイェソド鉱石を採る事、もし俺に免許をくれたら黒船は勝手にイェソドへ行き、このレベルの鉱石をガンガン採ってきますが!」

 言いながら前方に立つジェッソが担いでいるビニール袋入りイェソド鉱石を指差す。

 リーダーの男は微笑んで

「君が我々の言う事を聞いてくれるなら」

 先を言わせず総司が怒鳴る。

「それはどのような指示かによります!」

「君のワガママを聞いて特別に船長にしてやるのだから、我々の指示に従うのは当然だろう?」

「……」

 悔しさに奥歯を噛み締めつつ必死に色々考える。

 ……何を言っても堂々巡り、どう、したらいい……。

 そこでハッ、と駿河の言葉を思い出す。


 『例え人工種の船長でも、管理の望む、イイコな船長であるなら、管理に大事にされるだろう。でもそれだと、人工種の皆から怒られるけどな!』


 ……そうだ、そういう事だ……!


 総司は「じゃあ……」と言って疲れ果てたように溜息をつき

「仮に俺があなた方の言う事を聞く傀儡船長になったとして、黒船の皆は俺を見限り、船から逃亡するでしょう……。……俺は、管理の言う事を聞く、けれどもメンバーの皆は、絶対に言う事を聞かない。そして黒船の採掘量はガタ落ちして、使い物にならない船になる、それでいいなら……」

「だから言っただろう? 船長は大変だと。君には無理なんだよ」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべるリーダーの男。

 総司は「でも……」と呟き、視線を採掘船本部の男に移すと、相手をじっと見つめながら淡々と語り掛ける。

「先程も言った通り、俺が船長になり、自由に、イェソドへ行かせてくれるなら、黒船のメンバー達は最大限に力を発揮し最大の成果を挙げる事が出来ます。……一方、管理の指示を聞く人間の船長では、メンバー達はやる気が出ませんし、逃亡する人も出て来るかもしれません。採掘船本部は、どちらを望みますか」

 本部の男がおずおずと「も、勿論それは」と言いかけた所にリーダーの男が口を挟む。

「逃亡する奴は仕方がない。メンバーを入れ替えればいいだけの話だ」

 エッと驚く本部の男。リーダーの男を見て言う。

「しかし一人の採掘師を育てるのにどれだけの時間が掛かると」

「採掘船はあと三隻いる。黒船とアンバーの採掘量が落ちた所で大して」

「この二隻は鉱石採掘の主力なんですよ?!」

 本部の男が怒ると、リーダーの男は「だが勝手にイェソドへ行かせる訳にはいかん! これ以上、向こうから変なものを持ち込まれては困る!」と怒鳴り、他の管理の男が「確かに!」と同意して駿河と総司を睨みつつ、「この二隻がここに居ると他の船まで変な影響を受けてしまう! ならばむしろ居ない方が」と言った所で採掘船本部の男が「そしたら鉱石はどうするんです?!」と怒鳴る。

「備蓄の鉱石があるから大丈夫だ」

「……それは不測の事態に備えてのもので、平時に使うもんじゃない!」

 男は頭を抱えて「そもそも鉱石が無かったら我々の仕事も……」と呟き、切実な顔で管理達に「この二隻が鉱石を採らなくなったらどれだけ困るか……」と訴える。

「だが奴らがイェソドから危険なものを持ち込んだらどうする!」

「でも鉱石をこんなに採って戻って来た! 少しは感謝したらどうです?」

「感謝はしている、しかしそもそも人工種は鉱石を採る為の存在!」

「……とはいえ……、とはいえ……!」

 悲痛な声を発した本部の男は突然「ああもぅ!」と天を仰いで絶叫すると、総司に向かってハッキリと言う。

「わかりました、免許を何とかします!」

 驚いた管理が「待て!」と怒鳴るが本部の男は「今から航空管理に掛け合ってきます!」と叫んでダッと走り出そうとした途端、管理達が慌てて男の腕や服を掴み、強引に引き留める。

「勝手に動くな人工種の事は我々が決める!」

「こっちの生活もかかってるんです! 人工種だけの問題じゃない!」

「いや我々が人工種を管理しているからこそ、あなた方の生活も」

 本部の男が絶叫する。

「誰か航空管理に連絡してくれぇぇ!」

 周囲で状況を見ていた採掘船本部の他の人間達がハッとして、一人の男が「私が航空管理に連絡してきます!」と叫びつつ駐機場の階段室の方へ走り出す。

「待て!」

 止めようとする管理達と、それを妨害する採掘船本部の人々。

「アンタら、もう諦めろ!」

「うるさい! 人工種は我々の管轄だ!」

 総司が大声で叫ぶ。

「ではこれから積み荷を降ろします!」

「待ちなさい!」という管理の怒声に本部の人々の「お願いしますー!」という絶叫が重なる。

 ジェッソがニヤリと笑って「よし」と言うと、ビニール袋入りイェソド鉱石を両手で頭上に掲げ、叫ぶ。

「これから鉱石のコンテナを降ろしまーす! 中和石を持っていない人間の方々、危ないですよー!」

「きっ……貴様……」

「諦めて退避しろ!」

 本部の人間達は黒船から管理達を無理矢理引き離し始める。

 ふぅ、と密かに短い溜息をつく総司。

 駿河が「やったな!」と総司に向かって満面の笑みで呟く。

「うん」

 総司も駿河に満面の笑みを返す。既に恐怖も息苦しさも完全に消え、むしろ清々しさだけが残っていた。

 ……この人のおかげだ……。

 黒船とアンバーのメンバー達は、総司が人工種初の、人間と対等に立てる黒船船長になった事に驚きと感動を覚えつつ、同時にそれは人間の黒船船長が既に去った事を意味し、感謝と、寂しさも感じていた。

 しつこく残っていた甲板用通路の管理達も、甲板上のアンバーの面々がニコニコ笑いながらビニール入り鉱石を近づけて来るので渋々と退避し始める。

 穣が叫ぶ。

「じゃあアンバーも入場するので、向こうの発着口を開けてくださーい!」


 少しして発着口のシャッターが開き、アンバーが黒船の隣の駐機スペースに入って来る。アンバーメンバーは黒船の甲板から飛び降りるとアンバーの方へ。二隻の荷降ろしの作業が始まる。



 タラップを上がり、アンバーの船内に入った穣達は貨物室の扉を開放し、コンテナ搬出作業を始める。

 すると突然「手伝います!」と聞き慣れない声がして、見れば数人の50歳代の人工種達がタラップを上がり採掘準備室に入って来る。

「え。皆さん一体……?」

 驚いた穣達は、一旦仕事の手を止めて見知らぬ人工種達の方へ。

 茶髪の男が説明する。

「管理に突然、連れて来られたんだよ。二隻の事情聴取してる間に積み荷を降ろせとか言われて」

「ええ」

 呆れ顔になるアンバーの一同。茶髪の男が溜息をついて言う。

「こっちにも仕事があるのに。俺は鉱石運搬やってるんだが、俺が抜けると他の奴の仕事が増える……」

 その後ろに立つ一際背の高い男も「私は鉱石加工を。今日の分のノルマが……」と溜息をついた瞬間、穣が「あっ、誠一さんじゃないですか!」とその男を指差す。

「うんALA416の十六夜誠一です」

 護が慌てて「あっ、気づきませんでした!」とお辞儀し、透も「俺も。すみません!」と頭を下げる。

 誠一は「いや年が離れている上に滅多に会わないから仕方ない。実は私も、君達がわからない。穣はハチマキでわかるけど」と苦笑する。

 護と透は自己紹介する。

「俺は十六夜五人兄弟の四男、護です!」

「俺、末子の透です!」

「あぁ行方不明になった四男の護は、君か……」

「はい! ご心配おかけしました!」

「無事でよかったよ」

 誠一と護と透の会話をキョトンとした顔で聞いていたマゼンタは、透の傍に近寄ると腕をつついて小声で聞く。

「どういう関係の人?」

「十六夜先生が作った、五人兄弟以外の人工種」

「え、そんなの居たの?」

「いるよ。俺達以外に23人いる」

「えええ!」

 驚愕して大声を出すマゼンタ。

 穣が「もしかして十六夜の人工種は五人兄弟だけだと思ってたんか?」と聞くと、マゼンタは大きく頷いて「まさか他にそんなに居たなんてー!」と言い、透が「しかも全員男なんだよねぇ……」と呟くと、マゼンタは「うげぇ」と目を丸くする。

 その反応に誠一が「うげぇ、って随分な驚きぶりだな」と笑い、「君は?」と尋ねる。

「俺、ALF KUR D22のマゼンタっす」

「おぉ。そうか今の若い子は十六夜の他の人工種を知らないかぁ」

 他の50歳代の人工種達も苦笑しながら「知らないんだなぁ」「世代差だねぇ」と呟き、誠一が穣や護を見てしみじみと言う。

「しかし十六夜というと五人兄弟と言われる位、君達は有名になったなぁ」

 穣が苦い顔で言う。

「色んな事件を起こしてますから」

 その言葉に誠一の後ろにいた緑髪の男が「確かに大事件だよ、二隻が周防先生を連れて居なくなったと聞かされて……人工種は一体どうなるのかと心配だった」と言い、茶髪の男も「さっきは黒船の若い人工種が船長になるって堂々と叫んで管理に対して一歩も引かず、もう本当に凄いなぁと。コレが怖くないのかなぁ」と自分の首のタグリングを指差す。

 マゼンタが真顔になって「あれはマジ凄かった……」と呟き、穣は拳を握り「怖くっても挑戦するんすよ、やりたい事はやらんと!」と言うと、誠一たちは苦笑いして「簡単に言われてもなぁ。やはりコレが……」とタグリングを指差す。

 緑髪の男は「とはいえ我々50、60代の人工種も見習わないとな」と言い、「人工種は働き続けて60代で亡くなるのが多いが、そんなんじゃダメだな……」と呟く。

 誠一も「そうだな」と頷いて「十六夜一族でも三人、60代で亡くなってるからなぁ……」と遠い目をする。

 穣が真面目な顔で言う。

「もうそんな時代は終わりにしましょうや」

 護も頷いて

「仕事だけが人生じゃありませんし。自分の好きな事、やりたい事をやって」

「しかし管理が許してくれるだろうか……」

 誠一の言葉に思わずガクッとするアンバーの一同。

 護が苦い顔で呟く。

「もうこれは人工種全体の意識改革が必要だねぇ……」

 穣も「長年、首輪に締められてきたからな。まずは俺達が自由にならんと!」と言うと、透が「やっぱ護の家、早く建てよう! 宿泊施設つけてさ、皆がイェソドで遊んだり出来るように」と言い、マゼンタが「そうだそうだー」と同意。

「その為にはイェソド側のお金がぁー!」と騒ぐ護に、穣が「稼げ!」と一言。護をビシッと指差して

「お前が自分の夢を達成する事が皆の変化に繋がるんじゃあ!」

「ほぇ?!」

 誠一は寂し気な顔でボソッと言う。

「夢があっていいねぇ。イェソドか……私には無理だな」

 途端にマゼンタや穣達が一斉に「はぁ?!」と驚き、護が「何を言ってるんですかぁぁ!」と天を仰ぐ。

 透は「人生は何がどうなるやらなんです! 護なんて死にかけたし!」と力説し、穣も「どっかの探知バカみたいに足掻いて下さい!」そしてマゼンタが「人生はドンブラコで奇想天外だぁー!」と叫ぶ。

 唖然としながら誠一が言う。

「私も、君達のように自由になれるかね……」

 穣はビシッと誠一を指差して

「貴方が望めば!」

 護も「なれます!」と誠一を指差す。

 茶髪の男がアハハと笑って「本当に凄いな、皆……」と言い

「じゃあとっとと積み荷を降ろして仕事を終わらせよう。手伝ってあげるから」

 穣が「いや、手伝いは……皆さんも仕事が」と言い掛けた所で、誠一が「我々の今日の仕事はここだ。我々がそう決めたんだからそれでいい」と言い「一緒に仕事するのは初めてだな」と微笑む。

 その時、ググゥ……と誰かのお腹が空腹の音を立て、マゼンタが「アッ」とお腹を押さえる。

 護がウンと頷いて「もう午後1時半だし、腹減ったよねぇ」と苦笑。

 穣は「管理のせいだ! あいつらがグタグタするから昼飯遅くなってる!」と怒る。

 茶髪の男が「昼飯食べてないの?」と聞くと、マゼンタが「うん、11時頃にオヤツ休憩した時にリンゴとクッキー食べたけど、ガチの昼飯はこれから!」と答える。

「じゃあ尚更とっとと積み荷を降ろさないと」

 透が「あっ、そうだ!」と声を上げ、誠一達に言う。

「もしよければ俺達の昼食後に皆でお茶をしませんか。皆さんにイェソドの話を聞かせたい!」

 穣がパチンと指を鳴らして「ナイス透! ちょいとお茶会するべ!」と言ってからマゼンタを見て「まぁとっととお家に帰りたい奴は帰ってもいいからな」と言う。

「ほぇ? 俺も参加するわい!」

「じゃあ荷降ろし作業開始ー!」

 穣の号令で皆、コンテナ搬出作業を再開する。