第22章04 始動

 次の日。

 採掘船本部事務所の受付で、まだ副長の制服のままの総司とネイビーが辞令書と関連書類を受け取っている。

 和やかな雰囲気で、二人は周囲に集った数人の本部の人々と軽く談笑すると、傍に置いた小さなキャリーバッグを引きつつ事務所から出る。

 駐機場に向かって通路を歩きながら、ネイビーが言う。

「なんかサクッと辞令書もらって終わったけど、副長はともかく船長任命の辞令交付式って、こんな簡単なモンなの? もしも人間だったらもっと丁寧にやると思うんだけど」

 隣を歩く総司がアハハと笑う。

「だって辞令もへったくれも、こっちが強引に要求したしな」

「まぁね?」

「ちゃんと船長免許もらったし、別にいいよ。とりあえずこれで黒船は明日から出航できる」

「ただ制服が間に合わないから私はこのままだけど」

 ネイビーは自分が着ているアンバー副長の制服を指差す。

「制服なぁ……」総司は顔を曇らせて

「別に人工種用の船長制服なんて要らんのに、本部が絶対作ってやるって頑固な……。どうして人間と同じ制服じゃダメなんだ」

「でもわざわざ新しいデザインの作ってくれるっつーんだから」

「俺、駿河さんの船長制服もらう事になってるし、昨日試着したらちゃんと着れたし、明日それ着て出航するからもうそれでいい。作るってんなら、それと同じ奴のスペアを」

「まぁどんなデザインの服が来るか楽しみではあるわね、人工種用船長制服。もし嫌だったら着なきゃいいのよ」

「それはそうなんだがー……」

 総司は溜息をついてから「しかしアンバーの三等、いつ頃来るかなぁ」と話題を変える。

「そうねぇ。募集出して一週間以内に希望者が来なかったら、他船に入れる予定の新人をアンバーに回すって話だから、何にせよ一週間後には出航出来るわよ」

「つまり希望者が来なかったらアンバーは一週間も休みっていう。あの赤い髪の元気な人が喜ぶな」

「そうねぇ。まぁ元気が溜まりすぎて鬱屈しそうだけどねマゼンタ君」

 ネイビーはそう言ってから

「さて今日は船室の引っ越しと明日の準備! ……って私は大して移動させるモノ無いけど」

「俺もそんなに無いな。あまり船室にモノ置かないから」

 話をしながら二人はエレベーターホールへ。駐機場に出る為のエレベーターが来るのを待つ。

 総司は「駿河さんは今、船長室の片付け中か」と言うと「まぁ黒船は、ここからが勝負だな……」と溜息混じりに呟く。

「管理があれで素直に引き下がるとは思えない」

「まぁ気負わずノンビリやりましょ」

 ネイビーは総司に向かってニッコリ微笑む。

「大丈夫よ、何とかなる。だってここまで来たんだもん!」




 それから2日後の午後3時。

 ジャスパーの街の一角にあるカジュアルなカフェ。やや広めの店内には休憩に立ち寄ったサラリーマンや勉強する学生等が居るが、まだそんなに混んではいない。

 店の奥の四角いテーブル席に、私服姿の護、カルロス、駿河の三人が並んで座っている。

 その対面には剣菱と穣が座っていて、穣は自分の前に置いた薄い小さなタブレットで何かを検索中。

 各自の前にはコーヒーや紅茶、カフェオレ等が入ったマグカップが置いてあり、テーブルの中央には航空船の薄いパンフレットが二冊置いてある。

 剣菱は自分のマグカップを手に取ると、カルロスに「……まぁアレだ。船を買うのは駿河さんだが最大出資する船のオーナーはカルロスさん、アンタなんだから」と言い、ブラックコーヒーを一口飲んでマグカップをテーブルの上に置く。

 カルロスはハァと溜息をつくとボソッと呟く。

「しかしこの決断は、重すぎる……」

 穣が「ホント慎重なやっちゃな」と苦笑すると、「大丈夫アンタなら稼げるって! なぁ駿河さん」と航空船のパンフレットを見ている駿河を見る。

 カルロスの左隣の駿河はパンフレットを見たまま「うん」と返事。

 代わりにカルロスの右隣の護が「第一、俺がいるしさ!」とニコニコする。

「護はともかく」

「ほぇ?」

 カルロスは悩み顔で「しかしその……中型だと維持費が……とはいえ三人だしなぁ。そのうちターさんも乗るかもしれないと考えると小型はムズイか……」と腕組みをすると、ハァー……と溜息をついて剣菱を見る。

「あの、……もうチョビッと、お安くは……」

「ならん! あの中古屋がメッチャ頑張って、あのお値段だ」

「むぅ……」

 穣もタブレットで船の価格を調べて言う。

「うん、やっぱ他のとこだと、もっと高ぇよ?」

 駿河は「いい船だと思いますけど、この中型船」と言いつつパンフレットを閉じてテーブルの真ん中に置き、「まぁ船を買うなんて滅多に無い事だから躊躇するのも分かりますが。……俺も初めてだし!」と言いマグカップを手に取るとカフェオレを少し飲む。

 カルロスが凄まじく真剣な顔で呟く。

「こんな超高額な買い物は初めてだ」

 思わずクスッと笑う駿河。

「笑うんじゃない」

 カルロスに睨まれ、駿河は『コワイコワイ』というように肩をすくめてまたカフェオレを飲む。

 剣菱がカルロスに諭すように言う。

「一旦は諦めた貯金だろう?」

「……です、けども……」

 溜息をついたカルロスは、額に手を当て「むぅ、中型か小型か……」と悩む。

 護が「中型がいいー」と騒ぐと、駿河がマグカップを置いてカルロスを指差しつつ護に「結論は出てると思うんだけど、心の準備がまだなんですよ」と言い、護は「だねぇ」とニッコリ微笑む。

 穣は「よし、じゃあちょっと気分転換に船の名前でも考えようか」と言い「何にする?」と三人を見る。

 護が元気良く「やっぱ石の名前でしょう! ジオードとか!」と言った途端、穣が「え、ジオードは……」と表情を曇らせる。

「なに? なんかマズイ?」

「いや、まずくはないけど……」

 口ごもる穣。

 駿河が「ジオードってどっかで聞いたな」と首を傾げて「あ、そうだイェソド大長老の名字だ」と言うと、護が駿河を見て「そもそもジオードってのは中が空洞になってる鉱物結晶の事で、ガマとか晶洞とも言います」

「ほぉ」

 護と駿河が会話する中、真ん中のカルロスは悩み顔で自分の手元のマグカップを手に取ると、ぬるくなった紅茶をゴクゴクと飲んでハァと溜息をつく。

 穣がタブレットの画面にジオードの写真を出して駿河に見せる。

「こういうもんです。これはアメジストのジオード」

「あぁこれ見た事ある、これジオードっていうのか」

「この結晶の集まりが、なんか街みたいですよね」

 駿河と護が同時に「街?」と怪訝そうに穣を見る。

「あっ、あー……」

 穣は若干恥ずかし気に「なんつーか、ほら例えば、いつかイェソドの護の家の周りに色々な家が出来て、そこが人工種の街となった時にさ、俺、街の名前をジオードにしたいなーと」

 駿河と護と剣菱が同時に「ほぉ!」と声を上げる。

 護は「なるほ、わかった。じゃあ船の名前、何にしよう……」と言いつつカルロスを見て、思いついたように「……カルサイトとか」

 再び紅茶を飲もうとしていたカルロスは思わず「なんでだ」と口元からマグカップを離す。

 駿河が「それどんな石?」と護に聞くと、護より先に穣が「方解石です。まぁ石灰というか、炭酸カルシウムの結晶」と答える。

「ほぅ」

 カルロスは「俺がカルさんだからってカルサイトなんて安易な」と言い再び紅茶を飲もうとマグカップを持ち上げた途端、護が「あれ! カルさんそれ着けてたの」とカルロスの手首を指差す。そこにはあの、イェソドで作ったブレスレットが。

「あ、ああ。まぁせっかく作ったので」

「それにしよう!」

「え、これ? ……これオブシディアンと……なんだっけ、適当に選んだやつ」

「カルセドニーだよ」

「あー」

 駿河がカフェオレを飲みつつ「どんな石?」と護に尋ねる。

「玉髄。細かい石英の結晶が集まったものです。だからよく人の縁を繋げる石とか言われる。縞々模様だとアゲート、真っ赤だとカーネリアン、不純物が多いとジャスパーとかの名前になる」

 駿河はマグカップをテーブルに置いて

「それ、いいな!」

「でしょう!」

「よし、船のオーナーはカルさんだしカルセドニーで行こう!」

「決まった!」

 カルロスは「それマジで言ってんのか」と眉間に皺を寄せる。

 駿河と護が同時に「マジです!」

 そこへテーブルの上に置いた剣菱のスマホの電話のコールが鳴り、剣菱はスマホを手に取り電話に出る。

「はい剣菱です」

 渋い顔のカルロスは「なんて安易な決め方なんだ」と愚痴り、紅茶を飲む。

 駿河が言う。

「でも採掘船の名前も安易かもですよ。黒いからオブシディアンとか」

 護も「茶色いからアンバーとか」

 カルロスはマグカップをテーブルに置き

「いやそれ名前に合わせて船体を塗装したんじゃ」

 その時、電話しながら剣菱が「えっ、そうですか。護に……」と驚いた顔で護を見る。

「?」

 頭にハテナマークを浮かべる護。

 剣菱は「はい、6時ですね、ありがとうございます」と言い電話を切ると、護に尋ねる。

「ブルーアゲートのセルリアン君って知ってるか」

「えっ、ああ……操縦士の」

「三等操縦士な。彼がアンバーに来る事になった」

「ほぉ!」

「その理由が!」と言って剣菱は少し間を置き、おもむろに口を開く。

「この間、イェソドへ行く時に黒船の上で十六夜兄弟の大喧嘩したろ。彼はそれを見て……『以前ブルーに居た時の護さんと全然違う! アンバーへ行って、一体何が!』……って衝撃を受けて、アンバーの三等募集を知った瞬間、自分もアンバーへ行きたいと思い、武藤船長に行かせてくれと懇願したそうな」

「ほおおおお!」

 驚く一同。

 穣が楽し気に「なんてこった!」と言い、護も笑顔で「いやー参ったなー」と頭を掻く。

「って事で、今度はブルーが三等募集と」

「いやぁブルーも大変な事になっておりますなぁ!」

 至極嬉しそうにニヤニヤ笑いを浮かべる穣。

 駿河も「変革の時だな!」とニヤリ。

 剣菱は一旦マグカップのコーヒーを飲むと、カルロスに言う。

「さてカルロスさん、三等が来たから私は6時までに本部へ行かねばなりません。船を買うなら早急に!」

 護が「決断の時だ」とカルロスを見る。

 穣もカルロスを見て言う。

「答えは出てんだろ? もう観念しちまえ」

「……他人事だと思って……。まぁしかし、あの時一度は諦めた貯金だ……お金が無くてもターさんの家で楽しく暮らせたしな……」

 ブツブツ言うカルロスを指差して、剣菱が駿河に言う。

「こんなに貯金に拘るなら、そりゃ貯まるわな」

「うん」と大きく頷く駿河。

 穣はマグカップを手に取り、コーヒーを飲みながら目の前の三人を見て思う。

 ……なんか不思議な光景だよな、この三人が一緒に居るって。……こいつらは別に俺のように自由を求めて長い年月、足掻いて来た訳でも無い。護がこんなに明るく素直になったのは、川に落ちてターさんに出会ったからだ。もしも昔の護のままだったなら……、辛すぎてダメだな。護自身も、俺も、周囲の連中も、苦しみが募るだけ。カルロスも同じだ。もしカルロスが以前のままなら黒船も変われなかった筈。……とはいえ……まさか駿河さんがカルロスと護と一緒になるとは……。変化って変化を呼ぶよなぁ。まぁ必ずしも良い変化だけではなく……


 管理達にとっては俺らの変化は困った変化な訳で、今後、ガチで何かしてきそうな気はするが……。


 ……でもある意味そういう試練で鍛えられるんよな。

 自分が本当はどのように生きたいのか、その為にどうしたいのかを、突きつけられる。

 真の自己意志、『自由』とは何かを……。



 しかめっ面で悩んでいたカルロスは、迷いを吹っ切るように「あぁもう、仕方がない!」と言うと、両手を握って深呼吸してから剣菱に言う。

「わかりました、覚悟する。……皆さんがオススメする、あの中型船を、……買い、ます!」

「決定だな? 男に二言はないな?」

「ありません!」

 剣菱と穣が同時に「よーし!」とニッコリ笑い、穣はマグカップを置いて「先方に連絡するぞ」とタブレットで先方に連絡を取り始める。

 剣菱は自分のマグカップを手に取って

「では皆さん。コーヒー飲み干したら中古屋に出発です。購入手続きに参りましょう!」

 護と駿河が「はい!」と返事してマグカップを手に取り美味しそうにコーヒーやカフェオレを飲む。カルロスも自分のマグカップを持つと、僅かに残っていた紅茶を飲み干し、フゥと溜息をつく。

 護が笑って言う。

「まぁカルさん、リラックスしなよ」

「大丈夫だ。覚悟は決まった」

「そっか」

 穣はカルロスに「先方に、購入予定で30分後に店に行くって連絡したからな」と言い、自分もコーヒーを飲み干して、心の中で三人にエールを送る。


『頑張ろうぜ。……人生は、荒波の時が変化のチャンスだ』