第2章01 黒船
翌朝、夜明け前。
アンバーは洞窟から少し離れた林の中の、木々の隙間に埋まるように着陸して停泊している。
その船体上部の、時に積み荷を載せる事もある平らな甲板に、誰かが2畳程の作業用シートを敷きその上に毛布を被って横になっている。
そこへカチャッと音がして甲板ハッチがゆっくりスライドして開くと、首にタグリングが付いていない眼鏡を掛けた若い男が頭を出して「んぁ? ありゃ誰だ、こんな所に」と驚いて甲板に上がり、毛布をめくる。
「穣さん!」
声を掛けるが穣は起きない。屈んで穣の肩を揺さぶり「穣さん!」
穣はやっと目を覚まして「ふぁ? ……ああ、剣宮(つるぎみや)君」
「なんつー場所で寝てんですか! ビックリさせんで下さい!」
気だるげに上体を起こした穣はポツリと
「部屋で寝たくねぇからさ。……あいつ、居ねぇし」
その言葉にハッと気づく。
(そうか、護さんと同じ船室……)
「眠れないから、ここで空を見てたらいつの間にか寝てた。船が飛ばなくて良かったなー」
穣は目をこすりつつ言うと、ふぁぁと欠伸をして青いシートの上に胡坐をかいて座る。
「飛ぶ前にチェックしますから大丈夫ですよ」
「あ、それで二等操縦士が今ここに」
剣宮は「はい」と頷き「夜が明けて来た」と遠方の空に目を凝らす。
空が明るくなってくる。
「あ、何か聞こえて来た」剣宮は耳を澄まして「エンジンの音だ。……来た」と彼方に見える小さな船影の点を指差す。途端に穣の顔が険しくなる。
「来たか黒船」
「黒船と、人工種管理官を乗せた航空管理の船が二隻、合計三隻来る予定です」
「来るの遅ぇわ!」
穣は怒鳴りつつバッと立ち上がると
「今日は何が何でもカルロスに護を見つけてもらう。あの人型探知機、出来なかったらただじゃおかねーーー!」
腹の底から絶叫し、どんどん近づく黒船を指差す。
「この俺の気迫を探知しやがれ金髪野郎! カールーロースー!!」
(なんか突然、人を突き刺すような意識エネルギーが……アンバーの穣か)
ブリッジへ向かって黒船の船内通路を歩いていたカルロスは、足を止めて顔を顰める。
(やれやれ、昔から五月蠅い奴だが、相変わらずだ)
再び歩き始めると、ブリッジの入り口前に来て立ち止まり、閉まっているドアを見ながら静かに溜息をつく。
(ここまで来ても気づかないのか)
引き戸のドアの取っ手に手を掛け、ノックも無しにガラッと開ける。
「わぁっ!」
カルロスの目の前に、大声を発した驚愕の表情の若い青年が立っている。
「おはよう上総」
挨拶しながらブリッジ内に進み、後ろ手にドアを閉める。上総は若干怒ったような表情で
「さ、採掘監督!! いつからそこに居たんですか、全然わかんなかった!」
「分かったら探知妨害している意味がないだろう」
「ていうか俺がブリッジから出ようとしたの見計らってドア開けましたよね!」
「お前が私を本気で探知しないのが悪い」
「だって監督の探知妨害は完璧すぎて」
カルロスは溜息をついて腕組みすると、諭すように語り掛ける。
「お前、黒船に来てもう何ヶ月経った? そろそろ私を探知できるようになろう」
「でも……」口を尖らせ不服そうに呟いた上総は突然「あっ」と何かに気づくとすぐ傍の船長席の駿河を見る。
「船長、採掘監督いました!」
駿河は若干呆れた顔で「探しに行く手間が省けたな」
同時にカルロスが相当呆れた顔で「上総。君は周防先生が私の後継機として作った探知人工種だろ」
「んー」上総は嫌そうに口籠りつつ「遺伝子的にはそうらしいですが……」
「本気で探知すれば私の妨害を突破できる」
「そうかなぁ……」
反論したそうに呟く上総に困った奴だと思いながら、カルロスは駿河の方を向く。
「船長、アンバーの行方不明者はこの辺りには居ません。少し移動しましょう」
「えっ。もう探知したとか?」
「はい」
「早いですね。じゃあアンバーに連絡します」
駿河は通信用の電話の受話器を取る。
上総はカルロスを見て「凄いなぁ……」
内心、凄いもへったくれもあるかと思いつつカルロスは自分に尊敬の眼差しを向ける上総を見る。
「お前も私のようになる。そもそも君が何の為に黒船に入れられたか」
「それはそうですけど」
……こいつまだ21歳だし仕方がないとは思いながらも内心イライラしてくる。
(私の若い頃と全然違う。同じ製造師に作られて、何でこいつはこんな甘えた奴になったのか……)
自分なんぞ相当厳しくされたんだぞ、と思っていると、電話中の駿河がカルロスを呼んだ。
「監督、アンバーの剣菱船長が、貴方と話がしたいと」
「はい」
駿河から受話器を受け取る。
「代わりました、カルロスです」
『ああカルロスさん。聞けば既に探知して、この辺りに護がいないと』
「はい。あとは彼が落ちた洞窟内の川の流れを辿って移動しつつ探知するしかありません」
『ちなみに貴方は、その……』剣菱は言い難そうに言葉を選ぶと『護がどんな状態かも、分かるのでしょうか』
「分かります。もし仮に死体でも探知出来ます」
『そう、ですか。……では本船は黒船の後を付いて行きますので宜しくお願い致します』
「お任せください。では船長に代わります」
受話器を駿河に返しつつ「アンバーは黒船に付いてきます」と伝える。駿河は剣菱と若干の会話を交わした後、受話器を置いて通信を切る。
そこへ上総がカルロスに「死体でも、探知できるんですか?」
一瞬、えっ、と驚いたカルロスは上総の方に向き直ると、やや厳しい口調で
「当然。お前も出来るだろ?」
上総は伏せ目がちに「う、うん。出来ますけど、でも」と言って溜息をつき
「嫌なものって、なかなか探知できないですよね」
「だが仕事となれば別だ。それを探知する事が任務上必要ならば、嫌だとは思わない」
「……」
不満気な顔で黙り込む上総。
カルロスはそれを無視して船長席のすぐ前にある操縦席へ近寄り、副長の総司に指示をする。
「総司君、やや1時の方向に寄りつつ、このまま直進して下さい」
「了解。発進します」
続いてカルロスは自分の背後の上総に振り向き「君も探知しよう」
「えっ、死体をですか?」
思わず総司が「まだ死んでない!」
カルロスも呆れ気味に「行方不明者を、だ。……お前ここでただボケッとしてるだけか?」
「いえ、探知します」
渋々探知を始める上総を見ながらカルロスは内心やれやれと大きな溜息をつく。
(とにかく何とかこいつを一人前に育てなければ。それが私の最後の務め。こいつが一人前になった時が私の最後だ……)
アンバーの上空に一時停止していた黒船は前進を始める。その後方に航空管理の白い船が二隻続き、二隻を追うようにアンバーが上昇し、後に続く。
探知を続けるカルロスと上総。
暫くして上総がふぅ、と溜息をついて「見つかるのかな……」と小声で呟く。
「集中しろ」
カルロスに窘められて「はい」と返事し再び探知を始めるが、集中できずに内心グチグチと文句を垂れ始める。
(嫌だなぁこんな仕事。大体俺は突然黒船に入れられて、まだ数カ月なんですけど。この人みたいな凄い探知は無理っていうか、俺このままずっと黒船で探知をするのかなぁ。嫌だなぁ。俺まだ21だし何かもっと別の事をしてから黒船に……でも人工種だから選択肢無いもんな。いいなぁ人間は自由で。駿河船長なんて人工種ばっかりの船の中でたった一人の人間だけど、自分で選んだ仕事だから嫌じゃないんだろうなぁ……っていうか、嫌になったら自由に黒船から降りて別のとこに行けるのかー)
「全く集中してないな、お前!」
「えっ」思わず焦ってカルロスを見る。カルロスは目を閉じて探知を続けながら
「バレるの承知でサボるな! 分かるんだよ、こっちは」
怒るカルロスに上総は「だ、だって、その」と口籠りつつ「も、もし、……既に亡くなってたらって思うと」
駿河が少しだけ助け舟を出す。
「まぁ気持ちはわかる。しかし、仕事だ」
上総は駿河の方を見ると「あの、もし、行方不明の人がダメだったら、アンバーはどうなるんでしょうか」
「余計な事は考えるな」
「だけど」
上総の言葉を遮るように、操縦席の総司が溜息をついてしみじみと言う。
「上総君はティム船長の時代に黒船に入れられなくて良かったなぁ」
「ティム船長?」上総は総司に「その人って、凄い厳しかったんですよね」
「うん。先代の船長は厳しかった。今の優しい船長に感謝しとけ」
「はぁ」
適当な返事をする上総。駿河は「優しいかねぇ……」と微妙な顔をする。それを聞いた総司は内心イラッとして密かに思う。
(まぁ生ぬるいっちゃ生ぬるいんですけどね。俺より一歳年上なだけだし)
「ところで」カルロスが口を開く。
「この辺りの山中の川はイェソドエネルギーを含んだ鉱石水の川で、どの支流に乗ったとしても彼は溺死には至らない。ただ流れがかなり速い場所があるので、激突死の危険はあるけれど、生死はともかく彼はこの流れに乗って、かなり遠くまで行ったと思われます。つまり、外地に出たと」
「外地?!」
カルロス以外のブリッジ内の三人が同時に叫ぶ。
総司が「そんなに流されたなんて!」と言うと、上総も不安げに「生きてるのかな……だって外地って、凄く危険な所だと……」
駿河は冷静に言う。
「航空船舶にとっては確実に危険な所だ。外地は航空管理の管理波が無いから、許可無く出ると遭難する。……ともかく人工種管理に連絡します」
一方その頃。
護が滞在するターさんの家では、アンバーの制服を着た護が作業小屋の前の地面に座り込み、黒石剣の周囲についているイェソド鉱石をノミで丁寧に削り落とす作業をしていた。作業しながら内心溜息をつく。
(……はぁ。俺、一体どうなるんだろう。いつまでもここに居る訳には……しかしターさん、ここに一人で住んでるって事は独身なのかな。何歳なんだろう。見た感じは穣さんと同い年に見えるけど、有翼種の年齢って人工種と同じなのかな。……とにかく俺が一体どうなるのかが大問題だ。どうしたらいいんだ……)
悩みながら作業をしていると、ターさんがやってきて何かが入った巾着袋を護に見せる。
「これは今日のお昼の弁当! 野菜の漬物と、おにぎりだけだけど」
護は作業の手を止め、ちょっと顔を上げて「ありがたいです」
ターさんは少し屈んで黒石剣を見る。
「お、周りについてた鉱石、殆ど取れたね。そんな感じでいいよ」
「はい」
ふと見ると妖精達が地面に落ちたイェソド鉱石の欠片に集まり、鉱石を美味しそうにポリポリと食べている。
護は少し驚いた表情で不思議そうに
「鉱石が朝ゴハンとは……。歯も無いのにどうやって食ってんだ。美味そうに食っちゃって……」
それからターさんを見て「そういえば、有翼種もイェソド鉱石を採るんですよね?」
「うん。有翼種もそれを使って生活してるからね」
「じゃあもし万が一の場合は俺、ここで採掘師として働く事も……」
「ならとりあえず、その黒石剣を使えるようになろう」
護は手に持った黒石剣を指差して「これをどのように使うんですか」
「後で教えるよ。じゃあ木箱に入って。採掘場所に行くから」
ターさんは吊り下げ用ワイヤーのついた、木製の大きなコンテナを指差す。
護はキョトンとして「これに、入る?」
「……昨日のように俺が君を抱いて飛んでもいいんだけど」と言ってターさんは翼を広げて宙に浮かんで「箱で運んだ方がいいだろ?」
「あ、そ、そうか飛ぶのか!」
慌てて護は黒石剣を持って木箱の中に入る。数匹の妖精もポンポンと中に入る。
「箱にしっかり掴まって。揺れるぞ!」
ターさんは吊り下げ用ワイヤーを掴んで木箱を引き上げ、上空へ飛び上がる。揺れる木箱。護は木箱の縁にしがみつきつつ「おおー!!」と歓声を上げる。
「恐くないかー?」
護は笑顔で「全然! 浮き石があるし!」と言いつつ木箱の縁から顔を出して周囲の風景を見る。
「うわ、森ばっかで家が無い! 街も無い! ここは一体?!」
笑いながらターさんが答える。
「ここがどこなのかは、当分気にするなー!」
同時刻、黒船や管理と共に護を捜索中のアンバー船内。
戸が開け放たれたブリッジ入り口から通路にかけて、数人のメンバーが集っている。
透や悠斗は時々心配そうにブリッジの中を覗き、マゼンタは溜息をつく。
「まだかなぁ黒船からの連絡……」
悠斗は天を仰いで「頼んますよ、オブシディアン様ぁー!」
するとオーキッドが「誰それ?」
「え、知らんの? 黒船の正式名称だよ! 採掘船オブシディアン!」
「そんな名前だっけ?」
キョトンとするオーキッド。マゼンタも「いつも黒船って呼んでるから忘れてた」と言い、健まで「俺も」と同意して、面倒そうに呟く。
「もう黒船が正式名称でいいよ……」
ブリッジ内では船長席の左隣に立つ穣が壮絶にイライラしていた。
頭に着けた長いハチマキの先を手で弄びながら愚痴る。
「まだかよカルロス遅っせぇな……とっとと探知しやがれ!」
「落ち着けや」と剣菱が窘めるが、穣は「あの野郎、余計なモンは速攻で探知する癖に……!」と拳を握り締める。
操縦席のネイビーが「余計なモンって?」と聞くと、穣はネイビーの方に近寄るなり凄い剣幕で
「昔カルロスがアンバーに居た頃、奴と俺は同じ船室でな! 俺が密かに買っ」と言いかけてハッ! と我に返ると、真っ赤になって焦って叫ぶ。
「……奴と一緒の部屋になると地獄を見る!」
「何を探知されたの」
そこへリリリリと緊急用電話が鳴り、剣菱が「管理からだ」と言いつつ受話器を取る。
「はい、アンバー……」と言った所で暫し黙ると突然「えっ」と叫び「黒船だけ外地に?」
穣たちも驚いて目を見開く。
剣菱は「ウチの船も外地に出して頂けませんか、護はウチのメンバーなんです! 一緒に」と必死に言い「いや確かに以前ウチは、あの! ちょっと!」と言うと「畜生、切られた」と苦々しい顔で受話器を置く。
「船を停めろネイビーさん。……管理と黒船は外地に出るけどアンバーはここで待機だと!」
マゼンタがバッとブリッジに入って来て「なんで!」と叫ぶ。
透もブリッジ内に踏み込み「外地って、危険なのでは!」
すると操縦席の右隣に立っているマリアが「でも黒船にはカルロスさんがいるから」
その言葉に穣が「奴が探知すれば安全ってか! 奴一人で大丈夫なのか? マリアさんも居た方がもっと安全だろーに!」
「皆、落ち着け!」と剣菱が少し立ち上がって両手で皆を宥めると、再び椅子に腰掛け、おもむろに言う。
「基本的に、航空管理の船には管理波の中継機が搭載されてて本部からの管理波を更に遠くまで飛ばせる。なので管理の船と一緒なら、外地に出ても遭難しない。でもウチの船は前科があるからここで待ってろと」
穣は呆れたように腕組みして「はぁーん」
ネイビーも呆れ顔で「前科って……1年前の事なのに、根に持つわねぇ」
「だよなぁ」穣は大きく頷き「マリアさんの探知で船の位置を確認しながらチョコッと外地に出ただけなのに!」
「チョコッと出た割には凄い叱られちゃったよね?」
「俺がな!」と自分を指差す穣。続けて剣菱が困ったように「普通は船長が怒られるモンなんだが」
穣は剣菱に「でも出ましょうって提案したのは俺ですんで!」
「いや、決めんのは船長なんだから普通は船長だべ!」
そこへ悠斗が大声で「船は遭難しなくても、人は……」と不安げに言い、透も「そもそも、そんな遠くまで流されて、無事なのか……?」と悲愴な声で呟く。
穣と剣菱が同時に「ワカラン!」
剣菱は一同に向かって「ワカランという事は希望があるという事!」
穣もウンと頷き、昔、ラメッシュに言われた言葉を思い出す。
『全ては人の意味付けさ。起こった物事の良し悪しは、自分がどんな考えを信じるかによる』
……そうだ。だって、起きちまった事を悔いても仕方ねぇ。とにかく、今、起こる現実と向き合わなければ。
皆に向かって叫ぶ。
「あの金髪の人型探知機を信じて待ってるしかねぇ!」
黒船と二隻の航空管理の船は、停止したアンバーを置いて飛んで行く。
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