第2章02 護

 空飛ぶターさんが吊り下げる大きな木箱に載った護は、目を輝かせ、ワクワクした顔でキョロキョロと周囲の風景を眺める。

「わぁ……! 空って広いなぁ!」

 護が嬉しそうに呟くと、ターさんが怪訝な顔で「空、飛んだ事ないの?」

「今まで何度も採掘船で飛んだよ、だけどこんなに風を感じた事は無いし、こんなに空を見る余裕なんて無かった! ……あっ、あれは何?」

 前方に、空に浮かぶ岩のような点が見えて来る。ターさんが叫ぶ。

「浮島が見えて来た!」

「浮島?」

 前方の点は、近づくにつれてどんどん巨大になって行く。

 護は驚いて「嘘だろ、空に島が浮いてる! 本当に?!」

「見た事ないの?」

「無いよ! あんなの有り得ない、信じられない!」

 ターさんは島に近付き、島の木々のすぐ上を飛んでケテル石の柱を探すと、見つけた柱の近くに木箱を静かに下ろし、自分も着地する。

 護も黒石剣を持って木箱から出て地面に降りつつ「でっかいケテル石! こんなの生えてんのか!」

「うん、ケテルはメジャーな石材だ。モノによって硬さも色々、切り方によっても変わって来るし」

 言っている間に護は嬉しそうにケテルの柱に駆け寄り、黒石剣を地面に置いて、自分の背よりも少し長く、どっしりと太い柱に抱き付く。

「すごい。すごい、すごい!」

 若干呆気に取られつつその様子を見ていたターさんは、……昨日とは別人だな、と少し驚きながら護の傍に行き、柱の側面を人差し指の関節でコンコンと叩く。

「じゃあこれを、その黒石剣で切ってみて」

「これで?」

 護は黒石剣を手に取ると「ケテルはケテルでないと切れないんじゃ」

「黒石剣でも切れる。何せそれはケテルより硬い」

「そうなのか。どのように切ればいいですか?」

「お好きなように」

 うーん、と暫し悩んだ護は「ダメだ、こんな凄い石、俺なんかが切っては」

「いいから切ってみてよ。失敗してもいいから」

「じゃあ……」

 真剣な顔で黒石剣を構えると、ガンと柱をナナメ切りする。その途端、石柱が大小の破片となってバラバラに砕け、ターさんが驚く。

「ほー……。君、相当な怪力だね」

「いや、長兄の方がもっと怪力です」

「兄弟がいるの?」

「はい。五人兄弟で、長男と俺が怪力、次男がバリアラー、三男と末子が風使い」

「ほー。……俺、兄弟いないからちょっと羨ましい」

 護は少し顔を顰めて「五人も居ると、色々ですよ?」

「かもなぁ。じゃ、俺は仕事を始めるから、君は適当にしてて」

 ターさんは、すぐ近くの細めのケテル石柱の所へ行き、白石斧でカンカンと部分的な切り落としをしてから最後に横からガンと刃を入れ、背丈程の柱を横に切り倒す。輝くケテル石柱がゴロンと倒れる。切り口が美しい。護が感嘆の声を上げる。

「わぁ、すごい。切り口が輝いてる……」

「石は切り方によって輝きが変わるんだよ。さっきの石で試してごらん」

「うん、やってみる!」



 所変わって護を捜索中の黒船の船内。

 不安げな顔のメンバー達が、食堂に集っている。

 調理師のジュリアが皆を落ち着かせようと、来た人にお茶を配っていると、入口に細身で背の高い男がやってきて怪訝そうに「あれ」と呟き「集まって、お茶タイム?」

 小柄で頭に黒いバンダナを巻いた爆破スキルの昴が「うん」と頷き、昴と向き合って座る白い髪の風使い、夏樹が「だって、やる事が無い」と溜息。続いて立ったままお茶を飲んでいる赤い髪の女性風使い、メリッサが「それに、不安だからよ」と答える。

「だよなぁ。俺もお茶でも飲んで落ち着こうかな、って来たんだ」

 船内で二番目に背の高い男は食堂の中に入り、船内で一番背が低い昴の隣の椅子に座る。

 ジュリアは「今、レンブラントさんにもお茶を持って来るわね」とカウンターの方へ。

 昴は隣のレンブラントを見ると「レン、大丈夫?」

「何が?」

「だって昔、一緒だし」

「ああ。護か」レンブラントはテーブルに右肘をつき、手に顎を乗せる。

「あいつとは、まぁ、ALFで一緒に育った同い年ではあるけど」

 すると夏樹が「えっ、そうなの?」と驚く。

「うん。あっちは十六夜、俺はレストールだけどな。俺も護も怪力だから、訓練の時は一緒に」と言ってから「ただ十六夜の一族は、ALFの中でもちょっと異質で……」と何か思い出したように黙り込む。

 夏樹が「異質?」と続きを促す。

 代わりに、お茶を淹れたカップを持ってきたジュリアが「恐かったな、十六夜兄弟」と言いつつレンブラントにそれを渡すと「ちなみに私は次男の穣さんと同い年。……穣さんはまだいいんだけど、長男の満さんがね……」

 そこへ船内で一番背が高い大柄な男が食堂に入って来る。

「あ、ジェッソさん」夏樹が声を掛けると同時に昴も「護は見つかったの?」

 船内で一番怪力な銀髪のジェッソは「さぁ」と返事をする。

 レンブラントが怪訝そうに「あれ? ブリッジには」

「いや。呼ばれるまでブリッジには行かない方がいいかと思って」

 そう言いながらジェッソは夏樹の隣の席に座る。

 メリッサが、ぽつりと呟く。

「心配ねぇ……」

 ジュリアも「心配よね」と言うとジェッソを見て「今もう船は外地を飛んでるんでしょ? 大丈夫なのかしら。船長を信頼しない訳じゃないけれど、もし遭難したら……」と不安げに訴える。

「航空管理の船が一緒だから遭難の心配はない。私も何か飲もう」

 立ち上がり掛けたジェッソに、ジュリアが「あ、持ってきます。お茶でいい?」

「ブラックな濃い目のコーヒー下さい」

「了解です」

 ジュリアはキッチンへ。

 レンブラントは不安を吐き出すように、はあっと大きな溜息をつくと

「しかし、外地だぜ? 生きてんのか、あいつは。……確かに十六夜の五人兄弟は苦手で、ずっと距離置いて来たけど、でも、こんなのは……」

 俯いて、黙り込む。

 ジェッソも溜息混じりに「あいつら喧嘩してばっかりでな。特に、満と穣が……。その下の三人は影が薄い。穣が何か起こしたのなら分かるが、護なのか……」

 レンブラントはジェッソを見て「穣と護も仲良くないから、穣が何かしたせいで護が、ってのもアリだけど。しかし、もし無事だとしても、あいつはどうなるんだ。処罰されるのか」

 その言葉に一同、黙ってしまう。

 沈黙の中、ジュリアがコーヒーを淹れたカップを持ってきて、ジェッソに渡す。

 ジェッソはそれを一口飲み「うん、いい感じの濃さだ。ありがとう」

 昴がぽつりと呟く。

「廃棄処分……」

 夏樹が否定する。

「でもアンバーが外地に出た事件の時も、別に誰も処分されなかったし」

 メリッサも「そうよ」と同意し「密かに殺されるとか、罰として閉じ込められるとか、そんなの噂よ!」

「しかし」ジェッソはそう言って溜息をつくと「アンバーが何か起こすのはこれで二度目だ。しかも今回は前回より事情が重い。恐らくアンバーは当面採掘が出来ないだろう。誰かが採ってやらねば」

 即座にレンブラントが言う。

「勿論、採ってやりますよ。黒船は人工種を代表する採掘船ですからね」

 昴も頷いて「アンバーの埋め合わせは、黒船がやる」

 夏樹は「まぁ、採ってやるのはいいんだけど、その前に……」と言って少し黙ると「護さん、無事で居てくれるといいなぁ」

 ジュリアが「そうね……」と頷く。

 レンブラントは天を仰いで「頼むから五体満足で居て欲しい!」

「でもまぁ皆」ジェッソは一同を見回してから、低い声で

「……死体を見るかもしれないという覚悟はしておこう」



 その頃、浮島で採掘中の護はターさんから少し離れた所で石を切る練習をしていた。

 小さな石の柱をいくつか切り、自分が切った石を拾って手に取ると「おっ! キレイに切れた!」と嬉しそうに眺める。

「ターさん、これ、どうかな!」

 声を掛けるとターさんがやってきて「見せて」と石を受け取り「……もうちょっと活かすといいかも」

「活かす?」

「うん。丁寧に切るというか。切り処が悪いと石が死ぬからね」

「死ぬ?」

 護は頭にハテナマークを浮かべる。

 ターさんは「例えばこれを」と言って護が切った石の欠片を地面に置き、自分の斧でガンと切ると、石がボロッと崩れるように割れて濁ったような色になる。驚く護。

「え、こんな簡単に崩れるのか。結構固いのに……」

「これが石殺し。でも切り所が良いと」と言いつつターさんは別の石をカンッと切る。石が一瞬パッと明るく輝く。

「光った!」

「これが石を活かすって事。ケテルは切り処を見極めて活かしてこそ価値が出る」

 護は「ほぉ」と感嘆の声を漏らしてから「そんなの今まで考えた事も無かった。採掘量ばかり気にしてたから」

 それからターさんの方を見て「どの辺りを切ったら上手く活かせるの?」

「それは自分で掴まないと」

「なるほど。よし! 頑張るぞ」

 護の顔も明るく輝く。



 一方、黒船のブリッジは重苦しい雰囲気に包まれていた。

 カルロスと上総は目を閉じて探知に集中している。人工種は強烈に集中すると、生命エネルギーが上がって身体の周囲が若干青く光る事があるが、特にカルロスはそれが顕著で駿河はそれを見るのが好きだった。だが今日はまだそれが起きていない。カルロスを見ながら駿河は考える。

 (こんな事態だし、もっと強く探知を掛けてもいいような……。それとも、やはりカルロスさんも嫌なのだろうか)

 上総は時々集中が切れるのが明確に分かる。欠伸をしたり、そわそわしたり、嫌々探知しているのが本当に分かり易い。まぁ素直ではあるんだけどと思いつつ、駿河はポツリと「外地に出てかなり経つな……」と呟く。

 (この距離を流されて、果たして彼は生きているんだろうか。……死体は見たくない。皆にとっても酷な作業になる。何とか生きていて欲しい……)

 祈るように目を伏せる。

 やがてカルロスは「うーん……」と唸ると目を閉じたまま「速度を落として、もう少し2時の方向へ。さてどうしたものか」と悩むように顎の下に手を当てる。

「なにか、問題が?」

 総司の問いに、カルロスは探知を続けながら目を開け、船の前方に見える途切れた大地を指差す。

「地中の川は、あの崖で滝となって外へ流れ出る。もし彼が移動できる状態だとすれば、そこからどこへ向かったのか」

 探知をやめて目を開けた上総が前方の景色を見ながら言う。

「水が無いと大変だから、川から離れる事は無いと思います」

 すかさずカルロスが「だから探知をやめるなと」と背後の上総を睨む。

「はい」慌てて探知を再開する上総。

 総司は操縦しながらカルロスに伝える。

「川が見えてきました。その先に湖があります」

「湖の近くで一旦止まって下さい」

「はい」

 そこへ上総が「んでも」と言うと、首を傾げて「湖の近辺に何も感じませんが」

「かといって湖底に沈んでいる訳でも無い」

「えっ! 湖底の探知なんて思いもしなかった!」

 仰天する上総に呆れるカルロス。

「流されたなら可能性はあるだろう! そもそも最初に全体を大雑把に探知しろと」

「一応したんですけど、何も無くって……」

 口籠る上総にビシッと「その後、精査してないよな?」

 ウッと詰まった表情の上総は「……精査は、しませんでした、はい」

「必ず確認の精査をしてから何も無いと言え」

「はぁ」

 上総はションボリして「湖の底かぁ……」と小声で呟く。

 カルロスはそれを無視し、「とりあえず、もし彼が生きているなら体力から考えてもこの周辺にいる筈だ。もっと広く観てみよう」と目を閉じて探知エネルギーを上げる。

 カルロスのエネルギーを感じながら、上総はしみじみと

 (凄いなぁ、この人どんだけ広範囲の探知が出来るんだろう)

 そう思った時、カルロスが何かに気づいた。

「あれ?」と呟いて額に手を当て怪訝な顔をする。

 すかさず駿河が「何か見つけましたか」

 カルロスは探知しながら思案するようにゆっくりとした口調で言う。

「かなり巨大な人工建造物らしきものが……でも人が居ない。これは何かの遺跡ですね、多分」

 総司が驚いて「外地に遺跡が?」

「行ってみますか」という駿河の提案をカルロスは「いや」と拒み、「あっ」と叫んで左側を指差すなり「違う、こっちだ」と一気にバンと探知エネルギーを上げる。エネルギーの高さに若干カルロスの身体の周囲が淡く光り、隣に立つ上総が驚く。

 カルロスは目を閉じて左側を指差したまま「こっちが気になる、こっちへ飛んで下さい!」

 曖昧な指示に総司は思わず「こっちって?」

 駿河が「9時の方向へ」と補足する。

「了解」

 上総は本気で探知するカルロスに尊敬の眼差しを向けながら「凄い探知エネルギー……」と呟く。

 (かっこいいなぁ)

 駿河も「久々に見ました、カルロスさんの本気モード」と言い、密かに上総と同じ事を思う。

 (かっこいい……)


 進路を変えて飛ぶ黒船と、その後に続く航空管理の二隻の船。