第2章03
エネルギーを上げたまま強烈な探知を続けるカルロス。しかしその顔に徐々に不安の色が浮かぶ。
(おかしい。なんだこの不安は……。もしかして彼は既に死んでいて、私はそれを探知するのが恐いのだろうか)
その時、船の周囲の天候が変わり始め、視界が徐々に悪くなる。
総司が不安げに呟く。
「なんか曇って来たな……」
その言葉が更にカルロスの不安を煽る。
(こ、恐い。なぜだ、なぜこんなに不安と恐怖が)
無意識に喉元のタグリングに手を当てる。
(しかしここで探知しなければ、私の存在価値が……)
『役立たずは捨てられる』
恐怖の思考を振り払うように、更に探知エネルギーを上げる。
(何が何でも絶対に見つけなければ!)
船の周囲はどんどん曇り、ついにブリッジの窓の外が真っ白になる。
駿河が「視界が」と言いかけると同時に総司が「周囲が真っ白です!後ろに航空管理の船が居るとはいえ、ちょっと危険では」
すると上総が「あれ?……管理の船、止まった」
駿河と総司もレーダーを見て「あっ!」と目を見開く。
何も情報が示されない外地で唯一の目印である航空管理の船を示す点が、動かない。
外の天候に気を取られてレーダーを見ていなかった事を反省しつつ、駿河が呟く。
「なぜ止まる」
そもそもカルロスさんが何も言わないし、と思った時。
上総も同じ事を思ったらしく、探知しながら困ったように「管理の船と、どんどん離れてるんですが……」
そこへ突然、警告ランプが点灯し警報が鳴り響く。
慌てて「緊急停止だ!」と叫んだ駿河は船長席側の制御システムで船を止める操作を、同時に総司も「はい!」と操縦席側で同じ事をする。船長席と操縦席、どちらか一方の操作だけで緊急停止出来るが、一応どちらも操作する事になっている。
カルロスは探知を続けながら目を開けて「なぜ」
「だって管理区域外警告が」駿河に続けて上総も
「航空管理の船は遥か後方で止まってます!」
そこへピピーという緊急連絡のコール音が鳴ると共に、ブリッジのスピーカーから
『航空管理より緊急連絡。天候悪化の為、本日の捜索はここまでとします。至急戻って下さい』という強制通信。
瞬間、カルロスが怒りの表情で「なに」と呟く。
駿河は受話器を手に取ると「駿河です、了解しました」と言い受話器を置きつつ「という事で」と言いかけたがカルロスの「いた!」という大きな叫びに遮られる。
「えっ」
駿河と上総、そして総司も思わずカルロスを注視する。
「あっちだ!」
カルロスは目を閉じて凄まじい探知エネルギーを発しつつ、船の前方を指差す。
「……ALF IZ ALAd454、言葉と感覚が完全に、一致する。確実に見つけた。十六夜護が生きている!」
「ほ、本当に?!」
信じられないといった体で駿河が呟く。
カルロスも呆然とした様子で、ゆっくりと腕を降ろすと額に手を当て静かに呟く。
「しかも、元気だ……」
(何だこの、護のエネルギーは……。あいつ、何でこんなに楽しそうなんだ。しかも護が居る場所の遥か先に……)
駿河が「管理に連絡します!」と電話に手を伸ばし掛けた瞬間。
カルロスが「待って下さい!」と叫び、駿河の横に駆け寄ると
「……い、十六夜護の……いや、でも、しかし」
淡い光を纏って探知を続けながら何かを言おうとして言えず、焦って、悩み、喉元のタグリングを右手で抑えて絞り出すように、やっと言葉を発する。
「近くに、誰かが、いる」
「誰か……?」
「誰かが、いる……。わからない。これは、初めて感じる……」
真偽を確かめるように、駿河が怪訝そうに呟く。
「外地なのに、護さんの近くに、人が……?」
カルロスは暫し黙り、上総を見て「上総、わかるか?」
突然矛先を向けられた上総は「えっ」と驚き慌てて探知して「い、いえ。全く何も……」
「とにかく今、行かなければ」
必死に訴えるカルロスに駿河は困惑する。
「い、今って」
そこへ総司が「これ以上進むと航空管理の管理波から外れてしまう!」
カルロスは総司の方を向いて怒鳴る。
「私がこうして探知している、管理波なんか無くても遭難しない!」
駿河は椅子から立ち上がりつつ強い口調で
「ダメです危険すぎる!ここは外地の奥なんですよ!」
するとカルロスは駿河を睨み物凄い気迫で
「私の能力が信じられないと?!」
至近で怒鳴られて駿河は思わず一歩下がる。
「そんな事は」と言ってから両手でカルロスの上腕をガッと掴み、諭す。
「落ち着いて下さい、今はダメです。せめて天候が回復してからでないと」
「今でなければ!頼む、行かせてくれ!頼む!」カルロスは必死な顔で懇願する。
(……こんなカルロスさん、初めて見た……)
尋常ではないカルロスの様子に、この人がここまで懇願するなら行ってみるか?と思い掛けたが、いやそれはダメだと思い直す。
「護さんは誰かに保護されて、元気でいる。ならば急ぐ必要はないのでは。無理をすればこちらが遭難します」
「だが!」と言って、カルロスは言葉を止めると
(保護って、こんな所に人間がいる訳がない!だが、ならばあれは一体?)
悩みながら辛うじて言葉を発する。
「……どんな『人』かもわからないのに……」
「ここでもし貴方が倒れたら本船は遭難するんです。そんな無茶な冒険はできない」
駿河はカルロスの目を見ながら凛とした口調で伝える。
暫し悔し気に駿河を睨んでいたカルロスは、非常に言い難そうに口を開くと「……もし、……アンバーの剣菱船長ならば、何がどうでも護の所に行くだろう、私の能力を信じて!」
「!」
ショックで目を見開く駿河。劣等感が心を突き刺す。カルロスは更に畳み掛ける。
「貴方が黒船に来てからもう何年経ったと?私の能力は散々見て来た筈だが!」
……貴方の能力は信じているが、と言い掛けた時。総司が口を挟んだ。
「しかし先代のティム船長なら何がどうでも引き返す筈です。アンバーのような無茶は絶対させません!」
駿河はそれに同意し、更に続ける。
「そう、この事態はアンバーが引き起こした。黒船はそんな事は出来ない。なぜなら黒船は人工種を代表する船で、貴方はその採掘監督なのです」
厳しい表情でカルロスを見つめる駿河の目。
悔しさを滲ませながら、カルロスは目を伏せる。
(……理屈は、間違ってはいない、が……!)
「貴方の能力を信頼しない訳ではありませんが、本船はここで引き返します。貴方は少し船室で休んで下さい」
駿河の言葉に、怒りと悲しみが湧いて来る。
(ここで戻ったら二度とあそこへ行けない気がする。だが……)
突然カルロスは右手でガッと駿河の上腕を掴むと、悲壮な声で。
「……貴方は、本当にそれでいいのか。……お前は、そんな奴なのか?」
問い掛けの真意が掴めず、駿河は「えっ?」と小さく声を漏らす。
「昔のお前は」と呟いたカルロスは、続きを言う事を躊躇い、やがて諦めたように項垂れ、長い溜息をつきながら肩を落として沈黙する。探知エネルギーが一気に弱まり、纏っていた光が消える。
「わかりました。少し休みます」
下を向いたまま事務的に言い放ったカルロスは、バッと踵を返すとブリッジの入り口へ向かう。
上総が慌てて声を掛ける。
「あっ、あの、何かあったら俺、頑張りますから!」
カルロスはドアを開け、黙ってブリッジから出て行く。
足早に通路を歩いて自分の船室に入ったカルロスは、後ろ手に引き戸のドアを閉じ、再びエネルギーを上げて護を探知する。
(……あいつ、何であんなに幸せ……)
なぜか涙がポロリと零れて自分で驚く。
(な、なぜ、涙が)
ドア上部の採光窓から入る僅かな光の薄暗い中、壁際のサイドテーブルに駆け寄りティッシュを取って涙を拭うが涙はどんどん溢れ出て来る。
(なぜこんなに涙が。いかん。こんな顔を誰かに見られたら、とんでもない事に)
しかし感極まって「う……」と嗚咽を漏らすと(うあぁぁぁぁぁ!)と声を押し殺しながら号泣する。
0コメント