第2章04 心
一方その頃。
浮島で採掘中の護は思いっきり楽しそうに「よーし次はアレだー!」と叫んで妖精と一緒に走りながら、見つけたケテル石を黒石剣で叩き切り、切った石をうっとり眺めて「いい石だなぁ」と満足気。
「やっぱり石っていいなぁ! 採掘は楽しい!」
幸せそうな護の周囲を妖精がポコポコ跳ね回る。そこへターさんが木箱を吊り下げて飛んで来る。
「護くーん、そろそろ終わりにしない?」
「もう少しやりたいです!」
「俺、温泉行きたいんだけど!」
「えっ、温泉?」
ターさんは石が入った木箱を地面に下ろし、自分は飛んだまま「うん。川の中にあるの。気持ちいいよ」
「はい、行きます!」
「じゃあ木箱に乗って」
「あの、俺の切った石は持って行かないんですか?」
護は自分が切ったケテル石を指差す。
「そんなの売れないもん。もっとキレイに切らないと」
「えぇ」ちょっとショック。
ターさんは笑って「練習すれば売れる石を採れるようになるって」と言い「飛ぶよー!」
護は慌てて木箱の中に入る。
浮島を出て少し飛ぶと、眼下の森の中に地面にぽっかり開いた大きな穴が見えて来る。
ターさんはその中へ降下して行く。
下には川が流れていて、その一部分に湯煙の立つ小さな水溜まりのような場所がある。よく見ると川の一部を石で囲って作った露天風呂だった。ターさんはその傍の河原に木箱を下ろして着地し、かなり湯煙が立っている上流を指差して「あの辺は結構熱いから気を付けてね」
それから露天風呂に近づき、中の湯に手を入れて「お。今日はイイ感じ」とニッコリ。
護も露天風呂の湯に手を入れて「青く光ってる。これ鉱石水?」
「うん。イェソドエネルギーを含んだ水」と言いつつターさんは石を動かして川の流れを調節すると、木箱に戻って中から大きな巾着袋を取り出し、袋を開けてシートやバスタオルを出す。地面にシートを敷き、その上にバスタオルを置いて服を脱ぎ始める。
「さぁ脱いで」
「う、うん」ちょっと躊躇する護。
ターさんはニヤリと笑って「大丈夫、君のハダカは昨日見た!」
「そうでした」
ターさんと護と妖精はザブンと露天風呂に入る。
一旦、頭のてっぺんまで湯の中に入れてからザバッと上半身を出したターさんは、両手で顔の湯水を拭いつつ「ふー! きもちいいー!」
妖精たちも平和な顔でプカプカと浮いている。
護はキチンと正座して湯に浸かりつつ「この温泉、ターさんが作ったんですか?」
ターさんは「友達と一緒に作った」と言うと、「ところでさっき、何かに気づかなかった?」
「何か? というと」
「俺は誰かの意識エネルギーを感じたんだけど。来た方角からして、あれは有翼種のエネルギーじゃないし、人工種なのかなぁ。人間は探知能力とか持ってないんだよね?」
護の顔が一瞬で強張る。先程とは裏腹に、緊張の面持ちで
「は、はい。人間には無理だから、探知人工種……」
「物凄いパワーで、ちょっと恐い位だった。人工種にも凄い人がいるね」
「……居場所、バレたのかな……」
「場所はともかく、君が無事だって事は分かった筈」
「じゃあ、来るかもしれない……」
「そうかもね」
その言葉に不安と恐怖が蘇る。護はお湯に鼻が付きそうな程ガックリと肩を落とすと
「戻らなければ、貴方に迷惑が」
「俺は別に君が居てもいいんだけどな」
「でも」苦し気に、掠れ声で小さく呟く。
「……せっかく探しに来てくれたのに、戻らないと……」
「さっき、君は物凄い楽しそうだったけど」
護はその思いを振り切るように「でも、探しに来たなら」
「ここで採掘師として生きるって手もあるけど」
「しかし、長兄や、製造師が、悲しむから!」
決意を固めようと必死に叫ぶ。
ターさんは少し間を置き、大きな声でゆっくりと言う。
「ホントの親兄弟なら君がここに居る事を、喜ぶ筈だけどな」
「……えっ!?」
思わず顔を上げてターさんを見る。
「好きな事して幸せそうな護君を見て、良かったなぁと思う筈。だって俺は今日、そう思ってたよ。凄く楽しそうだったから、このまま一緒に採掘したいと思った」
「……」
唖然とした顔でターさんを見つめる。
大きく見開かれた目から涙が零れて、自分で驚く。
(な、何で涙が)
「でも君の親兄弟は、それは良くないと怒るんだね」
「ち、ちがう。だって……」
なぜか無意識に首のタグリングを両手で抑える。涙を零しながら掠れた声で「……だっ、……て……」
「自分の本当の心に従おうよ」
護は俯き「俺の、心は」と言うと「昔から、色んな事を諦めて来た。だって、どうせ長兄に否定されるし、人工種だし、心を潰して生きるしか」
「じゃあその涙は何なの」
「……」
言葉が続かなくなる。苦し気に、黙り込む。
やがてターさんが諭すように優しく言う。
「自分の心を守らないと」
瞬間、護の脳裏に穣の言葉が蘇る。
『護。……お前は何を護りたいのさ?』
(あぁ……そういう事なのか……)
護の心に穣への思いが沸き上がる。
(あの人は自分のやりたい事をやっていた。例え長兄や管理に叱られても外地に出たいと。結果はともかく……いや、どんな結果だろうと受け入れる覚悟で自分の心に従おうとしたのか。凄いな……。なのに自分は穣さんに向かって失態だとか汚名だとか……)
涙がポロポロ零れて止まらない。
(ごめんなさい穣さん。穣さんに、会いたい……会って、謝りたい。でも、もう、……会えない……)
護は泣きながらザブンと湯の中に潜る。
ターさんはちょっとビックリして「ま、護君?」
いきなりザバッと湯の中から出て来た護は両手で顔の湯をバッと拭うと
「俺は、当分、戻りません!」
目をパチクリさせつつターさんは「うん」と答える。
「でも、いつの日か……」護はそう言って黙ると、また泣きそうになる。
そんな護にターさんはバシャバシャと手でお湯をぶっかけ始める。
「ち、ちょっと! やめ……」
ターさんはアハハと笑いながら「面白い人が来たなー!」
「面白いって!」と言いつつ自分もターさんに向かってバシャバシャとお湯をかける。
「うわ! じゃあ家に戻ってゴハンにするかー!」
護は元気良く返事する。
「はいっ!」
一方、航空管理の船と共に天候の良い場所へ移動した黒船は、低木が疎らに生える草原のすぐ上に停止している。
ブリッジの操縦席には二等操縦士の静流がいて、その右隣に既に交代した総司がヒマそうに立っている。操縦席の左側には上総が壁際に座り込み、同じくヒマを持て余している。
うーん、と伸びをした総司は「まだかなぁ管理からの指示は」と言うと、両手を腰に当ててハァと溜息をつく。
「航空管理は人工種管理と何を相談してるんだろう。管理職同士で意見が合わずにケンカでもしてるとか? そもそも管理と管理で紛らわしい!」
上総が口を挟む。
「管理と管理だから、仲良しだとか噂を聞きました」
「利害が一致してればな」総司はそう言うと腕時計を見て「待機してもう3時間。これじゃ静流さんと交代した意味が無いぞ」
「でもこの時間帯は本来、二等操縦士の受け持ちですから」
静流が真面目な顔で言うと、船長席の駿河も言う。
「総司君、別にブリッジに居なくても」
「状況が気になるのでここに居ます。副長の俺がここにいるので船長は休憩してもいいですよ」
「いや」続きを言おうとした時、ノックも無しにブリッジのドアが開いて駿河はそっちを見る。
カルロスが中に入りつつ駿河を見て「管理から連絡は?」
「まだ何も」
「そうですか」と言いドアを閉める。
総司はカルロスの方を見ながら、何か探るような口調で
「それにしても外地に人間がいたなんて。どんな人間なんでしょうね」
ドキッとするカルロス。
(……この副長、なかなかの曲者だからな)
動揺を隠して無表情を貫き腕組みをすると、総司と目を合わせないように何か考えるフリをして、入り口近くに立つ。代わりに駿河が答える。
「まぁ人間は外地に出ても、特に罰せられないから」
総司は、やや皮肉な表情で言葉を返す。
「人工種は勝手に出たらトンでもない事になりますけど」
会話を聞きつつ、カルロスは考える。
(人間でも人工種でもない存在が外地に居るという事を、管理は知っているのだろうか? ……だが今はそれを言ってはならない、なぜか直感的にそう思う)
そこへリリリリリと緊急電話の呼び出し音が鳴り、一同ハッとする。
駿河が船長席左側の受話器を取り「はい駿河です」と応じるが、暫し話を聞くうちに表情が変わり、「えっ」と言ってカルロスを見る。
カルロスも怪訝そうに駿河を見る。
駿河はカルロスを見たまま「しかし……」と言って言葉を切ると、「アンバーには、はい。了解しました」そこで静かに受話器を置く。
「護さんの捜索は、ここで終了だそうです」
皆、驚いて「終了?」と声が重なる。
上総が「助けに行かないの?」と言うと同時にカルロスも「救助に行かないのか?」
駿河は二人を交互に見て説明する。
「管理波中継機の関係で、航空管理の船はあれ以上行けない。天候に関係無く」
「いや私が探知すれば」カルロスの言葉を遮り、駿河は「貴方に無理はさせたくない」
「無理じゃない! 上総もいるし、航空管理の船の位置を目印に、先に進める!」
……むしろ管理が付いて来れないなら好都合、このチャンスを逃すものかとカルロスは拳を握って駿河に詰め寄る。駿河はカルロスを落ち着けようと冷静な口調で
「貴方の探知によれば、彼は人間に助けられて無事でいる」
「だが、どんな人なのか」
「無事なら良い、それより助けに行こうとしてウチの船が遭難する方が大問題」
「しかしアンバーが納得するのか?」苛立ちで声が大きくなる。
「アンバーには管理が話を」
「アンバーが怒り狂って黒船に抗議しに来なければいいが!」
ついに自棄になって怒鳴ったカルロスに、総司が止めを刺す。
「アンバーは前科があるのでこれ以上ヤバイ事は出来ないだろうと」
「……」
一瞬、総司を睨んだカルロスは目線を落とし、悔し気な顔で黙り込む。
駿河が淡々とした口調で言う。
「……アンバーの剣菱船長は、船長経験も豊富で人脈もある、力のある方ですが、俺は1年半前に初めて船長になった、経験も人脈も無い船長なんです。アンバーは無茶が出来ますが、黒船はできません。ご理解下さい」
カルロスは顔を上げて駿河を見つめながら
(……管理の言いなりの、傀儡船長……)
行き場の無い怒りと悔しさを飲み込み、仕方なく「……わかりました」と掠れ声で呟く。
駿河は操縦席の方を見て「では航空管理の船と一緒にアンバーの所へ戻ります」と言い、船内に出発を知らせるボタンを押して「出発します」
静流が「出発します!」と復唱する。
カルロスはやるせない想いを押し殺し、船長席に背を向けて、無表情にブリッジ入り口の前に立つ。
(……何という事だ。これで、護は)
『人間のいない世界で自由になった』
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