第5章02 ターさんの家
午後4時。
一行は家に到着し、ターさんは木箱を玄関前に下ろす。護は木箱の中で眠ってしまったカルロスを起こして木箱から出すと、自分もカルロスのバッグを持って木箱から出る。
「カルロスさん、まずシャワー浴びといで」
ターさんの言葉に護が「お風呂場こっち」と家の中へカルロスを案内しようとすると、カルロスは「ちょっと待て」と酷く汚れた制服の上着を脱ぎ始める。
「家の中を汚しては申し訳ない」
「まぁいいよ俺、掃除するし。その上着ここに置いといて」
護は玄関脇を指差す。カルロスはそこに上着を置き、護に続いて靴を脱いで家の中へ入る。
廊下を歩いて風呂場へ行くと、護は脱衣所の床に置かれた籐の篭を指差す。
「脱いだ服、この篭に入れて。俺が洗濯するから」
「申し訳ない」
「気にすんな、お互い様だ。ちなみに体洗うのは、シャワーの近くにヘチマのスポンジ置いてあるからそれ使って。あとバスタオルか」
護は棚からバスタオルを取ってカルロスに渡す。
「じゃあ俺、着替えの服を持ってくる」
脱衣所から出ると、丁度ターさんが服を持って来た所だった。
「これカルロスさんに」
「ありがとう。ゴメンよ」
「いいけど、それにしても雲海を越えて逃亡してくるなんて、人工種ってよっぽど大変な状況で生きてるんだねぇ」
「いや、そんなでもない……」
「あと何人来るんだろ」
「もう来ないよ」
ターさんは「そうかなぁ」と言うと「さて夕飯は何にしようかなー」と去って行く。
暫し後。ターさんと護はキッチンで食事を作っている。
そこへTシャツにジーンズ姿のカルロスがバスタオルを羽織ったまま部屋に入って来て、キッチンに来る。
「色々、ありがとうございます。すみませんが水を頂けますか」
ターさんはコップに水を汲んで「はい」とカルロスに渡してから「何か食べる?」
「いや」
カルロスはキッチン前のテーブル脇の椅子に腰掛け、水を飲む。
護は冷蔵庫の隣の食材棚からリンゴを取り出し
「リンゴくらい食ったら? あとは夕飯まで寝てたらいいよ」
「食べ物はいい」
「お腹すかない? だって何も食べてないだろ?」
「食欲が無くて。特に空腹でもないし」
「じゃあ俺が食う」護は包丁を取り出してリンゴを切り始める。
ターさんは隣でジャガイモの皮を剥きながら「護君が食べたいだけじゃん。でも良かったね、お仲間が来て」
すると護は首を傾げて「んー」と唸り「まぁ人工種という意味では仲間だけど、殆ど面識はない。ただカルロスさんは有名人なので、本部で皆がエレベーター待ってる時にこの人が来ると、あれがカルロスさんだよ、ってなるから顔は知ってる」
「ほぉ」
「でもさっき最初に見た時は、誰この人? ってなった。だってまさかこんな凄い人が来るなんて!」
カルロスが辟易気味に「何が凄いんだ」と呟く。
「だって周防先生が作った史上最高の探知人工種だし」
護はカルロスにそう言ってからターさんに「あ、周防先生ってのは世界で唯一、人工種でありながら製造師になった人で」
「え、唯一? つまり他の人工種は製造師にならないの?」
「うん」
「何で?」
「……んー……」
切ったリンゴをパクリと食べ、暫しモグモグと噛んで飲み込むと、カルロスの方を向いて「何で?」と聞く。
「知らん。でも人工種で製造師なのは周防だけだな」
「他の製造師は皆、人間だもんねぇ」
護はそう言ってからターさんに「でさ、カルロスさんがあまりに凄いから、俺の製造師の十六夜先生が意地になって五人兄弟を作って、その四男が俺」
続けてカルロスが「つまり人工種の周防と、人間の十六夜の、意地の張り合いです。どっちが素晴らしい人工種の遺伝子を作れるかと。私一人に対して五人兄弟を作るのが意味不明ですが」
ターさんが「人海戦術なのかな」と呟く。
護はリンゴを食べながらターさんに「人工種で五人兄弟を作るって凄く難しいらしいよ。とりあえず俺、ホントはカルロスさんに勝たなきゃならないんだけどな、十六夜の四男として」
「腕相撲でもしたら」
「それは絶対勝てる!」
カルロスは「断固拒否します。腕を折られたくありません」と言うと立ち上がり「ちょっとそこのソファに横になります」
「ごゆっくり」
ターさんと護は夕食の準備を続ける。
すぐ傍のリビングの三人掛けのソファでは、横になったカルロスが数匹の妖精達に飛び跳ねられたり叩かれたりしている。カルロスは寝返りを打って護とターさんの方を向くと、辟易した顔で尋ねる。
「これは、ペットとして飼っているのか?」
「違うよ。勝手にドア開けて入って来るの。窓開けてると窓からも来るけど」
護に続けてターさんが
「引き戸のドアに紐付けて、開けられるようにしたしね。閉じてるとドア叩かれてうるさいから」
「この妖精達に個別の名前はあるのか?」
護はスープを器に盛りつつ答える。
「あるよ。仲良くなると自分の名前を教えてくれる、奴もいる。教えてくれないのも居るけど」
「ほぅ」
夕食の準備が整い、護とターさんは向き合って席に着く。
「いただきます」
そこへ妖精がテーブルの上にポンポンと跳ねて来て、夕食のトマトソースのパスタと、色々な野菜がたっぷり入ったスープをじーっと見る。
護は妖精に「何ですか見学ですか。……匂いを嗅ぎに来ただけ? いい匂いだろ」と言い「お前、イェソド鉱石しか食べないもんな」
思わずカルロスが「鉱石を食べる?」と驚く。
「うん。この口でボリボリ食べるよ」
「この口で……」と言いつつカルロスは自分の目の前に転がっている妖精を見る。
「あと妖精って綺麗好きでさ。そもそも妖精の身体って汚れないんよ。触ると分かるけど、汚れを弾く。……だから例えば妖精が整髪料付けた俺の頭に乗って髪をグシャグシャかき回した後にターさんの肩に乗ってターさんの頬にスリスリしても、ターさんの顔に俺の整髪料が付く事は無い」
「……ほぉ。面白い生き物だな」
「うん」
パスタを口に入れようとした護は、ふと何か思い出したようにターさんを見る。
「そういや明日、街に買い出しに行く予定だったけど、どうしようか」
「俺が一人で行って来るから護君はここにいて」
「了解」
「……街というと、あの山にある街か」
カルロスの言葉にターさんが感心する。
「流石。『壁』があるのに探知しちゃうんだ」
「その『壁』とは、あのバリアの事かな。ちなみにこの近辺に家が無いのはどうして」
「元々は人が住んじゃいけない所だったから。……以前、採掘師はあの『壁』のエリア内で採掘してたんだよ。『壁』の外に出るには船団を組むか、相当な理由が必要だった」
「なぜ」
護が話に加わる。
「なんか変な話があってさ。昔、人工種が人間の手先になってイェソドを攻めたから、それで『壁』を作ったとか」
「なんだと?」カルロスが目を丸くする。護は続けて
「有翼種はそれ信じてるんだよ。だから今も一応、人間と人工種からイェソドを守る為に『壁』があるの」
「すると、我々はちょっと、まずい?」
「んでも俺はここで生きて行かなきゃならないし」
そう言って護は野菜スープを飲む。
「まぁ、なぁ」
カルロスは何か聞きたそうにターさんを見て「しかし……」と言葉を濁す。
パスタを食べていたターさんは、一旦フォークを持つ手を止めて
「とりあえず俺は『壁』の外で自由に採掘したいなぁと思ったんだ。それで頑張って一人で外に出て、珍しい石を採ってきて石屋に見せたら凄い喜ばれて、コレがかなり売れた。そしたら最初は苦い顔してた採掘仲間も興味を持ち始めて皆で外に出ようって事になって、それで俺はここに家を建てて住むまでになったと」
護がカルロスに言う。
「ターさんは最初は洞窟に住んでた事もあったんだって」
「まぁ洞窟暮らしも面白いよ」
溜息交じりにカルロスが「自由だな……」と呟く。
護も「自由だよねぇ」と言いパスタを食べる。
「ところでカルロスさん、ホントに何も食べなくて大丈夫?」
ターさんが尋ねると、護も「少しくらい食ったら」と勧める。
カルロスは言い難そうに「……食べられないので」
「というと?」
護の問い掛けに、カルロスは思い切ったように話し始める。
「実は私は、護を探知した後から、なぜだか知らんが食べ物を飲み込めなくなった。頑張って食べても、後で全部吐いてしまう」
ターさんも護も驚いて食事の手を止める。カルロスは続けて
「でも食べないと不審がられる。体調不良だとバレればメンテ送りにされる」
「メンテ送り?」ターさんの問いに護が答える。
「人工種製造所で治療する事」
カルロスが「つまりそれだけ壊れやすい人工種という事で、価値が無いと」と言った途端、ターさんが「価値が無い?」と驚いて大声を出し「あの、病気って、何で病気になるか知ってる?」と言うと「無理したら病気になるんだよ!」と若干怒ったように言う。
「しかし無理をしてでも自分の症状を隠さなければならなかった。もし不調がバレればメンテ送りになる。それは黒船から降ろされる事を意味する。だったら、逃げてしまえと。どうせ全て失うなら……」
カルロスはそう言って目を閉じる。
ターさんは悲愴な顔で「そんな……」
「でも結果として逃げて良かった。ここに辿り着けた」
微笑するカルロスを、暫し黙って見つめるターさんと護。
護がボソッと呟く。
「俺より、アンタの方が……」そこで大きな溜息をついて「随分、重いモン背負ってたんだな。そりゃそうだよなぁ……」と目を伏せる。
ターさんは神妙な顔で「よく、ここへ……。本当に、よく来てくださいました。苦労されましたね……」と言うと、笑みを浮かべて「まぁゆっくりして下さい。もし何か食べたくなったら彼が何とかしてくれますから」と護を指差す。
「え。俺が?」
「たまに変なもの作りますけど」
「変なものって。まぁアレは失敗したけど」
ターさんに向かって微妙な顔をした後、カルロスに言う。
「とにかく何か食わせてやる。だから食べたくなったら言って」
「うん」
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