第7章03
死然雲海の浮島で、カルロスが雲海切りの練習をしている。
真剣な顔で黒石剣を構え、少し先の森の中に広がる白い霧に向かってバッと黒石剣を振り下ろすと、一瞬、霧が舞い上がり、徐々に消えて、周囲の森の景色が現れる。
「そうそうそんな感じ!」
カルロスの背後の上空に浮きながら、ターさんが褒める。カルロスは少し疲れたように溜息をつくと
「やっと何とか雲海は切れるようになってきたが、探知の方がな……。ああもぅ、売れる石がわっからーん!」と頭を抱える。そこへ護がやって来て「ターさん、木箱が一杯になっちまった」と少し離れた岩場に置かれた木箱を指差す。
「じゃあ街に売りに行こうか」
三人は木箱の所へ移動を始める。
歩きながら、カルロスは少し不機嫌そうにブツブツと
「私の探知より、護の勘の方が売れる石を探せるという……」
ターさんは「まぁそれはねぇ」と言い地面に降りてきてカルロスの左隣を歩きつつ
「貴方ちょっと、人型探知機っぽいんだよね」
「はい?」意味を問うようにターさんを見る。ターさんは続けて
「何というか、広範囲で凄く正確なんだけど、んー……、もうちょっと繊細にならないと」
カルロスは護を指差し「するとコイツは繊細だと?石茶の美味しさもワカラン癖に」
指差された護は「石茶は……まぁお茶だよね!」とニッコリ。
ターさんはカルロスに「そう貴方、石茶の美味しさが分かるって事は繊細なんだよ。だから売れる石は……、うーん」と言って腕組みする。カルロスは溜息ついて
「仕方ない、また街で売れてる石を見て勉強してこよう」
「うん。色んな店で色んな石を見るといいよ」そこへ護が
「まぁ美的センスを磨こうって事かな!」ニッコリ
「ウルサイ」護を睨むカルロス。
三人はケテル石満載の木箱の所に到着すると、護とカルロスが木箱のケテル石の上に乗り、ターさんは木箱を吊り上げて飛び始める。
「しかし木箱すぐ一杯になるなぁ。最近、街に売りに行ってばっかのような気が」
それを聞いて護が申し訳なさそうに「スマン。俺達が船を買うまで頑張って!」
ターさんは笑って「まぁ翼が鍛えられるし、君達が来て楽しくなったよ」
「あの家に一人で暮らすって寂しいだろ?」
「いや基本あんまり家にいないし、たまに仕事仲間も来るし、妖精もいるから寂しくはないけど……」と言い「……まぁ、いいや」と言葉を濁す。
「なに?」
「その、実は」そこでちょっと黙ってから言い難そうに「俺、彼女がいるんで」
「ほぉ」
「……連れて来れないんだな」
護は目を見開いて「あああああ!」と両手を頭に当てる。
ターさんは慌てて「いやいいんだよ、君達と一緒に暮らすの楽しいし!最近、頻繁に街に行くし、その時に会ってるし」
そこへカルロスが「護。ちなみにお前はいるのか」
「ほぇ?アンタこそどうなん?」
「……」暫し無言で見つめ合うカルロスと護。
護が叫ぶ。「だって人工種は恋愛どころじゃ無かったし!仕事第一で」
「そうでもないぞ」
「えっ」とカルロスを見る。
「時々、恋愛はあった」
ガーンとショックを受けて固まった護を見ながらカルロスは淡々と「ただ人工種は子供を作れないから、何の為に恋愛し結婚するのか動機が非常に重要。……結婚するの相当大変だからな」
護はショックで固まったまま「……流石に史上最高の探知人工種なだけある……やっぱ黒船はモテる……」と、うわ言のように呟く。その様子が面白すぎてターさんは笑いを必死に堪える。
カルロスは「んー」と唸って「まぁ確かに黒船は結婚してる奴が多いな。しかも職場内で」
「アンタは結婚しなかったの?」
「……うん。そこまでの動機がなぁ。やっぱ結婚する奴って、それなりの理由と事情があるし」
「俺なんて……」護はそう言ってガックリ俯くと「だって恋愛なんてイカンと長兄が……しかも透がそれに反発して遊びまくってて……だから恋愛は絶対に結婚前提だと」
笑いを堪えきれず、ターさんが大爆笑する。同時にカルロスもプッと吹き出して笑ってしまう。護は怒って叫ぶ。
「笑うなよー!」
「すまんすまん」カルロスは笑いを我慢しながらそう言うと、護の肩に手を置いて「まぁお前はまだ若いし、これから出会いが沢山あるさ!」
「……人工種と付き合ってくれる有翼種って居るかなぁ」
「いると思うぞ」同時にターさんも「いるいる!」
護は溜息をついて「じゃあ頑張って、稼げる人工種になろう」
ターさんは微笑みながら「護君、頑張り屋だし真面目だから、好きになる人、居ると思うけどなぁ」
カルロスも「うむ」と頷く。
「そうかなぁ」護は首を傾げてからカルロスに「とにかく、何とか船を持ってターさんの家からとっとと出ないと」
「うむ。できればデカイ船が欲しい……」
暫し後、ケセドの街。
石屋から出て来る三人。
「何か今日は評価が厳しかった……」
肩を落としてションボリする護に、ターさんが笑って
「ハードル上げたのさ。期待してる証拠だ」
「俺達の採った石は散々だったけど、ターさんの石はいつも通りの高値取引」
護は溜息をつく。カルロスは首を傾げる。
「……ターさんの採る石と我々の採る石の違いがイマイチワカラン」
ターさんは道の途中で足を止めて二人を見る。
「さて。じゃあ、どうしようか?」
サッと護がカルロスを指差して「俺とコイツは街で買い物してくるからターさんご自由に!」
「え」
ターさんは戸惑い気味に声を発し、「そしたら……、夕飯も別々でいいかな。8時頃にここで会おう。で、向こうの家に戻ると」
「了解!行こうカルさん!」
護はバッと走り出す。
カルロスは慌てて護を追いつつビックリ顔で「か、カルさん?!」
石材問屋や宝飾店等が軒を連ねる石屋街。カルロスと護は色々な店に入って様々な石を見る。
無邪気に喜々として石を見る護の後を付いて歩きながら、カルロスは難しい顔で
(ほんとコイツ、石が好きだな……。それにしてもこんなに石があるとエネルギーが何が何やらで、一体何をどう観ればいいのか。売れる石とは一体?……お!)
視線の先に、一軒の石茶カフェが目に入り、思わず顔がほころんだカルロスは護の肩をつつく。
「護、石茶カフェ行こう」
「え、ちとまってこのアクセサリー屋入ってから」
護は目の前の、とってもカワイイ感じのアクセ屋に入って行く。
(……マジか。よくこんな店に入れるよな!)
恥ずかしさに躊躇する自分を鼓舞して渋々小さな店内に入ると、良い香りが漂ってきて緊張が少し和らぐ。
(なんか分からんが精油の香りか)
色々なアクセサリーと様々なパワーストーン、占いのカード、精油らしきオイル、その他カルロスにはよくわからんものが売っている。店の隅に置いてある大きな水晶の傍には妖精が一匹いて、スヤスヤとお休み中。
(色々置いてある割には、全体的にクリアなエネルギーの店だな。悪くはない……妖精も転がっているし)
護は小さな瓶が沢山並ぶ一画で、何やら悩んでいる。一体何を……と思ったその時。
「カルさん!ブレスレット2本作ると1本無料だって!」
「はぁ?」
「自分で石を選んでブレスレット作れる。安いから作ろう!」
「……」
(腕輪なんぞ、採掘時に必ず着ける、浮き石の腕輪だけでいいだろ……)
目を丸くして立ち尽くすカルロスを尻目に、護は茶色い丸い玉の入った小瓶を手に取って見ながら
「俺はやっぱアンバーだな!カルさんはオブシディアン?」
「作るとは言っていない……」
「俺が勝手に作る。アンタ要らないなら妖精の耳にでも着けちゃう」
「……」
(なぁ、ここは女の子とか女性が来る店だと思うんだが。いい歳した男性が二人で……)
無言のカルロス。護は至極楽しそうに
「俺、青が好きなんだよな。自分の髪の色だから。あ、これもいいな。……よし、これにしよう!」と青い石の入った小瓶を手に取りカルロスの方を見る。
「カルさんは?」
「私のはいい」
「こういう時にセンスを磨くんだよ!」
「は?」
「自分が魅かれる石を直感で探す!多分アンタがいいなぁと思う石が売れる石なんだと思う」
「……」
(一理有るような無いような……あっ、店員の子が笑ってるぞオイ!もうコイツを納得させてとっととここから脱出しよう!)
カルロスは至極渋々と「まぁわかった。作るか……」と呟く。
「じゃあその間にこれ作ってもらおう」
護は天然石のビーズが入った小瓶を店員に渡して「これ、お願いします」
ふとカルロスは気になって、護に聞く。
「お前、何にしたんだ」
「アンバーとアクアマリン。直感で選んだ」
「へぇ。じゃあ……まぁ、私は」棚に並んだ様々な石をじっと見てから適当に
「これとこれで」と天然石のビーズが入った小瓶を2本、店員に渡す。
護が怪訝そうに「オブシディアンと、カルセドニー?」
「直感で選んだ。次はどうするんだ!」
「てか、ビーズの大きさそれでいいの?」
「大きさ?」
「玉の大きさ色々あるよ」
「なんでもいい次はなんだ」
「手首の太さ、測らないと」
「そうか……」
「では、こちらへどうぞ」と言う店員の満面の笑みが、何だか至極恥ずかしく感じて、カルロスは逃げたくなるのを必死に堪える。
15分後。カルロスが店から出てきて立ち止まる。
若干間を置いて護が手首に着けたブレスレットを見ながら出て来てカルロスに
「1000ケテラで2本だから、これ1本500ケテラだよ!凄いよ、500でこんな良いのが出来た」
カルロスは護の腕を掴んで引っ張るように歩きつつ
「とりあえず石茶カフェ行こう。しかしお前ああいう店よく行くのか?!」
「以前は絶対行かなかったよ。でも末子の透がああいう店好きでさ、俺は」
「わかった。今の私のように渋々付いて行ってたんだな!」
「うむ。当時は恥ずかしかった」という会話をしつつ石茶カフェに入り、店員の誘導で空いている席に座る。
若干薄暗く、革張りのソファとどっしりした木のテーブルがある落ち着いた感じの店内には数人の有翼種の客がいて、二人を珍し気にチラチラ見る。店員がやってきてメニューを置く。
護はそれを見て、(うわ!ここ1500ケテラの石茶がある。まさかカルさん……)とカルロスをチラリと見る。
カルロスが店員に「オススメの石茶はどれですか」と聞くと店員は
「今日のオススメはこちら」とメニューの一番上に大きく書かれた600ケテラの「元気石茶」を指差す。
「元気石のは家でよく飲んでるから変わったのが飲みたいな」
「今日の元気石はかなりエネルギーが高いですよ。でも変わったのが飲みたいなら」と言い、カルロスを見て「貴方に合った石茶を調合しましょうか」
「それ、是非お願いします。でもあの、お値段は……。あまり高い石を使われると」
護は内心、良かったと安堵する。
店員は「ではオススメと同じ600ケテラでお作りしますね?」と確認し、カルロスは「お願いします」と頷く。続いて護が「じゃあ俺はオススメの元気石茶で」と注文し、店員は「はい、今お持ちします」と言い去っていく。
カルロスは溜息ついて「採掘師なのに高い石茶が飲めないとは……」
「まぁ俺達、ここでは駆け出しだから」護が言うとカルロスは残念そうに
「向こうに残して来た貯金が気になる。アレがあれば高い石茶も船も買えるのに」
護は自分のブレスレットをしげしげと眺めながら
「んじゃ向こうで船買って持ってくるか」
カルロスは護を見て「お前、操縦できるのか」
「いや。誰か操縦士スカウトするとかさ」
「すると人工種が三人かー。ターさん困るから家が必須だな」
「またはそこそこデカイ船を買って船で暮らすとか」
「デカイのは高い」カルロスはそう言って「まぁとにかく船にしろ何にしろ向こうに戻ると管理がな」
護も「なー」と同意し「またコレに締め付けられる」とタグリングを指差す。
カルロスは「ここで頑張るしかない。しかしここの採掘の探知は、難しい……」と言って腕組みして足を組む。
と、そこへゴツゴツした妖精がやって来て、カルロスの膝にポンと乗る。
「カルさん、ゴツゴツ妖精に好かれてるよね」
「……まぁな」
妖精を撫でようとして、ふと。さっき作ったブレスレットを自分の手首から外すと、妖精の耳に着けてみる。護がちょっと笑う。
「かわいくなった」
妖精は「???」と頭にハテナマークを三つ並べ、耳からブレスレットを外そうとする。
「要らんかー」
カルロスは耳からブレスレットを外してやる。そこへ店員がやってきて「お待たせしました」と石茶のカップをそれぞれの前に置き、「ごゆっくり」とその場を去る。ゴツゴツ妖精もカルロスの膝から降りて、店員の後を付いて行く。
早速カップを手に取って、石茶をゆっくり口に含んだカルロスは、「美味い……」と幸せそうな顔をする。
「これ本当に美味いな。何だか安らぐ。これはいい」
護も石茶を口に含んで「うん。美味しい」と言いつつ内心密かに、(これで600ケテラは高いなぁ)
カルロスは護に「ちょっとそっち飲ませろ」
「ほい」
二人はカップを交換する。カルロスは護の石茶を口に含むと
「ん。これはまたちょっとクールな」と驚き「確かに家で飲む元気石茶とは違う」
護はカルロスの石茶を飲んで、「うん同じだ」
「お前、違いがワカランのか」
「どっちも美味しいよ」
「それ返せ」
二人は再びカップを交換する。
カルロスは自分の石茶を飲むと「やっぱりこっちがいい」とニコニコ。
そんなカルロスを見て、ふと護が「なぁ、カルさん」
「カルさんじゃない。カルロスだ」
「アンタ、石茶用の石なら、売れるものを探知できそうな気が」
するとカルロスはハッ!と驚き
「そうか!なるほど!美味い石を自分で採ればいいのか!」
護も内心ビックリする。
(う、美味い石?……ていうか売れる石……。まぁいいや!)
8時過ぎ。
待ち合わせ場所の石屋の前で、ターさんが待っている所にカルロスと護がダダダと走ってやってくる。
「ターさんお待たせ!」と同時にカルロスが護を指差し
「飯屋でコイツがサラダをお代わりしすぎてちと遅くなったスマン」
「だってサラダ食べ放題だもんよ。アンタは石茶飲みまくりやん!」
「だってお茶各種、飲み放題だもんよ」
ターさんは二人に「ねぇ君達、ちと事件が起きたよ」
「?」二人は頭にハテナマークを浮かべてターさんを見る。
「さっき役所から連絡があってさ、人工種に会いたいという人がいるから明日、君達をコクマの街に連れてけと言われて」
「!」頭にビックリマークを浮かべる二人。
護が怪訝そうに「何の用事だろう?」と言うとターさんもワカランというように首を振って
「さぁねぇ。ちなみにコクマの街って俺、行った事がないんだ」
「あら」
「かなり山の上の方の街でさ。ともかく今日は君達、宿に泊まって。部屋とっといたから」
するとカルロスが「じゃあ石茶を飲もう」
「ってアンタ。飲み過ぎやん!……ターさんは実家でごゆっくり!」
ターさんは「ん?うん」と少し照れたように言うと「はい、これ君達の新しい身分証明書」と腰のポーチからカードサイズに折り畳まれた身分証明書を出してカルロスと護に渡す。
「これでコクマの街にも入れる。今までのは明日、コクマの役所に出せって」
カルロスは「役所?」と驚いたように言うと自分の服装を指差し「またこんなTシャツにラフなGパンで……。なんでこう突発的に呼ばれる」と溜息をつく。
護は「そうかな」と首を傾げて「逆にスーツとかビシッとした服の方がおかしくないか?だって俺達、流れてきた人達で金無いし……」そこでハッ!と気が付いて拳を握ってカルロスに「ああ!わかる、わかるよカルさん!」
カルロス驚く。「なんだどうした突然」
「俺もアンバーに居た頃は!服装はキチンとしろって言ってた!役所に行くならスーツだよな、うん!でも今はそんなの吹っ飛んだ、だって無一文で流されて来たんだもんよ!」
「はぁ。スーツまでは要らんと思うが」と戸惑い顔のカルロス。
ターさんは二人のやり取りに腹を抱えて爆笑しながら
「単なる手続きに行くなら普段着だよ、皆!……何か記念の式典とかあれば別だけど!」笑いを抑えながら「気になるなら上着と着替えのTシャツ貸すよ、宿に持っていってあげよう。どうせ向こうの家に持っていくやつだし」
「あ、じゃあそれお願いします」とカルロスが言い、護は「宿は、この間の所?」と聞く。
「うん同じ所」
カルロスは「こんな事なら今日、服買ったり本屋で石茶の本を買ったりすれば良かった」と嘆く。
護は「石茶の本ってあの高いやつ?アカンよ。今日の宿代も増えちゃったし」するとターさんが
「図書館で借りるって手があったけどもう閉まったな。まぁ今日はとっとと寝るんだ」
「くぅ」と唸ったカルロスは「今夜の石茶は我慢しよう」
「随分、石茶にハマっちゃったねぇ……」
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