第10章02 脱走

 SSFの屋上では、カルロスが呆れたように「何だか知らんがモタモタと……」と呟いて屋上の出入り口を指差す。

「あそこに何人か居るが、なかなかこっちに来ない。一体、何やってんだ?」

 足止め役の管理の男は動揺を隠して沈黙したまま無表情を取り繕う。

 カルロスは溜息をついて「全く。管理ってのは暇人の集団なんだな」

 護は苦笑しながら管理の男に「貴方も嫌な役を引き受けちゃったねぇ……」

 カルロスは護を見て言う。

「彼が可哀想だな。行くか、護」

「うん。じゃあ周防先生、立って下さい」

 周防がゆっくり立ち上がる。その間にカルロスは建物の端の屋上フェンスへと歩いていく。

 管理の男は不安気にカルロス達を見ながら「な、何をするつもりだ」

 護も周防の首に巻いたベルトを若干引っ張るようにしながら、周防と共にカルロスの方へ。

 フェンスの所に来ると、護は少し屈んでカルロスの前に右腕を真っ直ぐ水平に伸ばして差し出す。

「ほい、踏み台」

 カルロスは護の腕を踏み台にしてバッと屋上のフェンスを越える。

 同時に管理の男が「え!」という大声を発する。

 フェンスの足場と外壁の、僅かな隙間に足を掛けてフェンス外に待機するカルロス。護は周防の首に巻いたベルトのバックルを留めて、首から落ちないように固定してから管理の男に向かって叫ぶ。

「ちょっとビックリすると思う!」

 それから両手で周防の身体を抱き抱え上げ、弾みをつけてブンと周防を上に投げ、フェンスを越えさせる。

 管理の男の絶叫。

「ええええーーーーーーーー!」

 待機していたカルロスは落下する周防をキャッチし、抱き抱えて一緒に落下する。

 護は管理に「落ちても死なないから大丈夫!」と言うと一気にフェンスを越えて、自分も落下。

 管理の男は殆どパニック状態で、インカムに「たっ、大変、落ちたっ! 下に、落ちました、下に!」と絶叫。

 カルロスは浮き石を使って落下速度を緩め、周防を立たせながら着地。続いて護も落下速度を緩めて着地。

「こっちだ」

 カルロスの指示で走り出す三人。建物の裏手に回ると、塀の傍に脚立が置いてある。三人が脚立を上って塀を越えるとそこには一台の小型車が。運転席には月宮が居る。

 周防は楽しそうに「いいね、SSFから脱走!」

 カルロスが「早く乗れ。護と後ろに」と急かしつつ自分は車の助手席へ。

 待機していた月宮がカルロスを見て「ここまでは予定通り」

 護は周防と共に後部座席に座ってシートベルトを締めると周防の首のベルトに手を伸ばす。

「ご協力ありがとう周防先生、ベルト外しましょう!」

 周防は護を見て「いや、一応まだ着けといた方がいいかもな」

「そうですか? じゃあそのままで」

「うん。しかし浮き石を持っていたとはいえ、ちょっとドキドキしたよ」

 微笑む周防に護が申し訳なさそうに謝る。

「すみません、高齢の方に荒っぽい事を」

 周防は満面の笑みを浮かべて「いや、凄く楽しい」

「は……?」

 護は驚いたように周防を見る。

 (なんか周防先生、生き生きしてる……?)

 そこへ月宮が「じゃあ出します。とりあえず裏道を通ってマルクト方面へ」と言いつつ車を発進させる。

 カルロスは探知を掛けつつ「ところで、黒船がマルクトに向かっているようだが」

「えっ」月宮は運転しながら驚きの声を上げて「黒船がマルクトに? なぜ」

「分からんが……まさか霧島研じゃないだろうな」

 護が後部座席から会話に入る。

「もしかしたら直談判しに行ったのかも」

「何の直談判だ?」

「ちなみにアンバーは?」

「さっき本部を出た。しかし管理が沢山乗ってるんだよなぁ……」

 カルロスの言葉に月宮が「探知で状況が分かるのか。流石」と感心する。

「とりあえずアンバーと連絡とってみようよ」

 護が言うと、月宮が「どうやって?」と聞く。

 護はカルロスを指差して「この人型探知機が何とかする」

 カルロスは難しい顔で「んー」と唸ると「アンバーの探知のマリアさんはずっとこっちを見ているので我々の動きに気づいてる。しかし向こうは管理に制圧されているらしく、好きに動けないんだな」

「あらま。どーしたもんか」

 すると周防が「複数の人工種にSOS波を打ってみるとか」と提案する。

「何ですかそれ」と言いつつ護が周防を見た途端、カルロスが「お前が気づかなかった奴だ!」

「あ」

 何か理解したらしい護に、周防が追加説明する。

「探知人工種が放つ緊急信号。人間でも敏感な人なら感じるよ」

 続いてカルロスが「人工種でも鈍感な奴は気づかない。護は私が全力で放ったSOS波に」

「気づいてたよ一応!」

「ウソつけ」

 カルロスはそう言い放ってから「アンバーにSOS波やってみる」とエネルギー全開でSOSを打つ。

 エネルギーの高さに若干淡く光るカルロスを見て、月宮が「凄い」と驚きボソッと呟く。

「後でデータ取らせて欲しい……」



 穣とネイビーとマリアが待機させられているアンバー船内の食堂では、管理の男がマリアを急かしていた。

「早く探知してくれ、周防先生を」

「まだ、ちょっと……」

 難色を示すマリアに男は不満をぶちまける。

「余計な探知は勝手にする癖に、肝心な時には探知が遅い!」

「……」

 困った顔のマリアは、カルロス達の位置を言った方がいいのか、それとも……と悩みつつ、とりあえず「カルロスさんが探知妨害していて、なかなか……」と誤魔化す。

 バン! 

 突然、男がテーブルを平手で叩いてビクッとするマリア達三人。

「もっと頑張れよ!」

 マリアの左隣に座っている穣が「……頼み事はもっと丁寧にした方がいいぜ?」と言い、右隣のネイビーも「大事にした方が言う事聞くわよ?」と男に言う。

 管理の男は呆れたように「こっちがどれだけ君達を大事にしてると思ってるんだ」と言って溜息をつくと、三人をキッと睨んで言い放つ。

「廃棄処分にされないだけ、ありがたいと思え!」

「……」

 穣とネイビーは同時に腕を組み、脚を組み、仏頂面で男を睨む。


 ブリッジでは、剣菱が船長席で大きな溜息をついて言う。

「……突然発進したと思ったら、いきなり停船とか……。一体何がどうなっ」

「暫し待て!」

 若い管理の男に言葉を遮られ、剣菱はわざと不貞腐れ気味に「待ってますがねぇ、とりあえずどういう状況なのか、少しは教えてくれませんかねぇ?」と言うと、男は剣菱を睨んで「貴方は黙ってそこに居ればいい!」と怒鳴る。

 (……この野郎、人を置物扱いしやがって……)

 剣菱も男を睨んで「一応、船長なんで」と言ったその時。

 (ん?!)

 誰かに呼ばれたような気がして、左右を見回す。

 (……? 誰か呼んだ? 入り口のドアは閉じてるし……気のせいかな。いやでも、なんか気になるな……)


 食堂では穣とマリアとネイビーが同時にハッと何かに気づいて三人で顔を見合わせる。

 ネイビーが「今、何か感じたよね!」と言い、穣も「うん、何だ今の」そしてマリアが「物凄いエネルギー、こんなに近いと皆も感じるのね」と真剣な顔で言う。

「何だ、どうした?」

 訝し気に聞く管理の男にマリアはハッキリ言い放つ。

「SOS波です。カルロスさんを見つけました」

「えっ!」

 穣も驚いたように呟く。

「SOSだと……?」

 マリアは男に訴える。

「ブリッジに行かせて下さい! 彼は車で逃走中なのでここでは場所を指示出来ません!」

「な、なに」焦る男。

 穣は「なんてこった」と呟きつつ立ち上がり「ブリッジに行こう!」と管理を無視して食堂を出ようとする。

 戸口に居た二人の管理達が慌てて穣の前に立ちはだかるが、バンと何かに弾かれる。

「マリアさん行け!」

「はい!」

 食堂から走り出るマリアだが、通路にいた管理がそれに気づいて「待て!」と怒鳴る。

 しかし穣がマリアの背後から「邪魔するとバリア職人のバリアが炸裂するぜ!!」

「!」

 その声は船室にも聞こえる。船室に軟禁されているメンバー達がざわつく。

 悠斗が「なんだなんだ」

 透も「穣が騒いでるぞ」

 通路では、バリアする穣に管理達が怒声を放つ。

「貴様! こんな所でバリアを張るな!」

 穣は「ええいもうめんどくせぇ!」と天を仰ぎ、大声で叫ぶ。

「みんな! もう自由になろう! 管理を抑えろ!」

 船室のメンバー達が喜び勇んで「おお!」と叫び返し、マゼンタは「お腹すいたぁぁぁーー!」と立ち上がる。

 悠斗は「メシぃぃーー!」健も「ごーはーんーー!!」と叫びつつ管理を押し退けて船室のドアを開け通路に出る。

 制止しようと必死な管理達の叫び。

「お前らぁぁぁ!」



 一方、車で逃走中のカルロスは、ふぅと安堵の溜息をつく。

「何とか伝わったようだ。アンバーがこっちに来る」

「おお!」思わず拍手する護。

 カルロスは探知しながら「どこかでアンバーと合流せんとなー。あのデカさの船となると合流場所が限られる。んー、どこか広い場所は」と悩む。

 信号待ちで止まる車。月宮がカルロスに言う。

「近くに大型の駐機場ビルがありますけど」

「どこに?」

 月宮はカーナビの地図を示して「ここ」

 思わずアッ、と驚いた顔でカーナビを見るカルロス。

 護はそれを目敏く察して「カルさんがカーナビに負けた……」と呟く。

 カルロスは若干悔し気に「待て。そのビルって採掘船も着陸できるのか?」

 月宮が「はい。空いていれば」と頷く。

 周防は面白そうに笑みを浮かべて護に言う。

「知らないものは探知出来ないんだよ」

「なるほどー」

 カルロスはムキになって「本部以外の街中に採掘船を降ろす事なんてまず無いからな!」

 信号が青になり、月宮は車を発進させつつ「じゃあそこに向かいます」

 護は「お願いします」と言ってから「ところで、アンバーが来たら月宮さんはどうします?」と聞く。

「一緒に行きますよ。まぁ君達にカッターで脅された事にでもしようかなと。その為にコレ持って来たんで」

 月宮は自分の胸ポケットの事務用カッターを指差す。カルロスはそれを見て

「ちょっとショボイな。まぁ周防を人質に取られて仕方なく来たって感じで」

「OK」



 車は駐機場ビルの地下駐車場に入る。空いている一画に車を停めると一同はエレベーターで屋上に出て、採掘船が着陸できそうな駐機スペースに立つ。

 周防はその場に正座すると、護に「首絞めて下さい」と言い、護は再び周防の首に巻いたベルトの両端を持って背後に立つ。カルロスがボソリと呟く。

「マジで絞めてもいいけどな」

「いけません。あ、アンバーが来た」

 遠方の空に小さく見えた茶色の影が次第に大きくなり、護達の上空に到達すると採掘口を開けながらゆっくりと垂直降下して空中停止し、タラップを下ろす。

 タラップが駐機場の床に付くと船内から硬い表情の管理の男が降りて来る。その背後には穣の姿。

 護は周防の首のベルトを絞めつつ叫ぶ。

「来るな! コイツがどうなってもいいのか!」

 続けてカルロスが「我々を霧島研まで連れて行ってもらおうか」

「わかりました」

 一瞬の間。

 護達は、驚いた顔で「え?」

 すると管理の背後の穣が「ちょいと管理に説教したのさ。はっはっはぁ! 見たかアンバーの底力!」と笑いながら前に出て来る。目をパチクリさせる護とカルロス。

 穣は管理の男を小突いて「ったく、ええ加減にしろってんだ全く!」

「……」

 渋い顔の管理。穣は元気良く

「さぁいざ行こう、霧島研!」

 意表を突かれたカルロスは「お、おぉ」と呟く。

 護も「さ、さすが」と呟いた所に穣が

「とはいえ油断できないんで、護、その名の通り周防先生を護ってくれ。管理に周防先生を取られると困る」

 一瞬「は?」とキョトンとした護は我に返って「ああ!」と頷く。

「ところで、この管理さんは?」

 穣が月宮を指差す。

 カルロスが慌てて「あぁ、えぇと管理だが製造師見習いの月宮さんだ。適当に脅して連れて来た」

「なるほ。ところで実は、黒船が霧島研に向かっているらしい。なぁ?」

 穣が管理の男の腕をつつくと、男は渋々「……駿河船長を監禁し、採掘監督の独断で霧島研へ」と呟く。

 驚くカルロス達。護が不思議そうに「船長を、監禁……?!」

 管理の男は続けて「周防先生を救う為に、霧島研の上層部にお前達の要求を呑むよう訴えに行くと」

「へぇー!」護は驚きカルロスを見て「凄いなカルさん!」

「ん? う、うん」

 戸惑い顔で返事したカルロスは、なぜか照れて「と、とりあえず、行くぞ護!」

 穣はあからさまにニヤニヤして「良かったな、カルさん!」

「カルさんじゃない、カルロスだ! アンバーに邪魔するぞ!」

「どうぞどうぞ、ようこそー!」

 穣はカルロス達をアンバー船内へ誘う。一同はタラップを上がってアンバーの中へ。