第10章03 マルクト霧島人工種研究所
SSFがある採掘都市ジャスパーの隣の『研究都市マルクト』は、その名の通り様々な学術研究機関が集う大都市で、都市中心には大規模な人工種製造施設マルクトファクトリー(MF)があるが、人工種管理の本部であるマルクト霧島人工種研究所(MKF)は中心から少し離れた『旧・研究都市』と呼ばれる地域にある。
黒船は、左右を航空管理の船に挟まれながら、マルクト上空を霧島研に向かって飛んでいた。
ブリッジのスピーカーから、警告音と航空管理の怒声が流れて来る。
『停船しなさい! 止まりなさいオブシディアン!』
『こちらの指示に従わなければ船長を厳罰に処する事になります!』
船長席の駿河は「……だそうですが」と隣に立つジェッソを見る。
楽し気にハッハッハと笑ったジェッソは「困ったな。どうしよう?」と不敵な笑みを浮かべつつ首を傾げる。
上総は「これで船長が厳罰ならアンバーの船長も厳罰だしカルロスさん護さんも大厳罰だけどなぁ」と言い、ブリッジ入り口近辺にたむろするレンブラントや昴も苦笑しながら「こわいねぇ」「全くだ」と同意。
駿河が小声で「まぁ航空管理の制止を無視するっていう意味では違反」と呟いた途端、操縦席の総司が「では制止を聞いて停まって周防先生がブッ殺されたら誰が責任取るんでしょう?」と反論。
駿河は頷いて「うん、まぁ、そうだな?」と言い「そもそもカルロスさんが逃げた時に俺は厳罰でも良かったのに処分無くて今ここで厳罰ってのも何かよくワカラン」と首を傾げる。
ジェッソは駿河の肩をポンと叩いて「イイコなら怒らないんですよ」と言い「我々が管理の枠から外れて羽ばたこうとすると、相手にとってはワルイコになるらしいです」とニヤリ。
ハァ、と溜息をついた駿河は腕を組んで言う。
「皆、突然ワルイコになって……いいんだろうか。俺は別にどんだけ管理に叱られても構わないけど」
それを聞いたジェッソは真面目な顔で駿河に語る。
「我々はあまりに従順なイイコすぎた。せっかくカルロスさんが人工種の可能性を拓こうとしているのに、このチャンスを潰す事は出来ない。そして……」
一旦言葉を切り、駿河を見てニヤニヤしながら「こんなぬるい船長だからこその大チャンス!」
「……」
微妙な顔で黙る駿河。それを見たジェッソはアハハと笑って駿河の背中をポンと叩く。
「いい船長ですよ!」
駿河は渋い顔で「フォローは要らんて……」
その会話にブリッジ内の一同がちょっと笑う。
総司も少し笑いつつ、……自分が本当に望んでいたのはこれだった……と思う。
(良い子であれば、ティム船長のような『立派な人に』認められる。でもそれは相手に自分の価値を委ねるという事。行き過ぎれば自分の本心を殺す事になる。だから俺は、カルロスさんが憎かった。偽りの価値を捨てて自分の本当の願望を成したカルロスさんに、嫉妬した……)
航路ナビが目的地への接近を知らせる。
総司が「さてそろそろ霧島研ですが、どこに着陸します?」と言うと、ジェッソが「出来ればすぐ建物内に入れる所へ」と言い、続いて上総が探知しつつ「正面玄関前にちょっと広場があるから、船は上空待機でメンバーだけそこに降下するってどうかな」
「いいねぇ!」
ニッコリ笑うジェッソ。
総司は「了解」と返して「じゃあ皆が降りた後、船は管理と鬼ごっこしてます」
「船の事は頼んだ、よろしく副長!」
「お任せを!」返事をしながら内心ニヤリとする。
(あーあ。黒船も、アンバー以上の悪い子になっちまった!)
そこへ上総が「俺、船に残った方がいい?」と聞いて総司とジェッソを交互に見る。
「んー……」
総司はちょっと考えて「船の鬼ごっこはレーダーがあるんで、皆と一緒に行った方がいいな。建物の中とか探知が要るだろ」
「じゃあ俺も霧島研に行く」
ジェッソは「よし」と頷くと、駿河に向かって「では、行きましょうか船長!」
「えっ。俺は監禁されてんじゃないの?」
「人質として連行致します」
「なるほど」
駿河は頷いて立ち上がる。
黒船は船底の採掘口を開けて、霧島研に接近する。高度を下げ大通りのすぐ上を通り抜けつつ霧島研の前へ。
皆と共に、開いた採掘口前で待機する駿河は、ジェッソに背後から身体を抑えられつつ採掘口から下を見て「うわ!」と大声を出して驚く。
「おいおい高度下げ過ぎだろ……総司君の操縦の腕は流石だけど航空船舶法違反ギリギリやん!」
ジェッソは耳に着けたインカムに「聞こえたかな副長!」
すると船内スピーカーから『聞こえてるよ!』と総司の声。
駿河が叫ぶ。
「無理して器物損壊とかするなよぉぉー! 俺の首がブッ飛ぶー」
『その時はご一緒に!』
「ってどういう」
上総が「そろそろ降ります!」と叫ぶ。
「了解!」
降りるメンバー達が返事をし、上総の「3、2、1、GO!」という合図と共にジェッソが駿河を抱き抱えて飛び降りる。続いて上総と風使いの夏樹、爆破の昴、怪力のレンブラントも飛び降りる。一同が霧島研の正門前に着地すると黒船は上昇しつつその場を飛び去る。
霧島研の守衛が一同を止めて「君達! 無断でここに」と言うのを無視してジェッソは駿河の首に腕を掛ける。
「邪魔すると船長の首をへし折りますよ!」
「!」
「私は怪力人工種の、ジェッソと申します」
怪力と聞いた途端に守衛達の顔色が変わる。
ジェッソはニッコリ笑って「通して頂けますね。ありがとう皆さん!」と言いつつ門の中に入り正面玄関へと歩く。守衛達は及び腰で一同を取り巻き、玄関からはバタバタと数人の管理官達が出て来て叫ぶ。
「ま、待て話し合いを」
ジェッソの大声がそれを掻き消す。
「所長に会わせて頂きたい!」
ジェッソの背後にいた上総が少し前に出てジェッソに聞く。
「所長の名前、なんて言うの?」
「……なんだったかな?」
首を傾げてから周りの守衛達に聞く。
「所長のお名前は?」
少しの沈黙の後、誰かが「四条さん」と呟く。
それを聞いて黒船メンバー達の最後尾にいるレンブラントが言う。
「あれ。霧島じゃないんだ?」
上総は「四条所長……言いにくいな」と言いつつ探知し「あ、いた。建物の中、2階の真ん中の部屋にいるね」
同時に人工種管理の制服を着た男が叫ぶ。
「お前達、一体何をしに来たんだ!」
ジェッソが答える。
「所長と話がしたいんです。会わせて頂けませんか」
「何の話を」
「カルロスさんの件です」
「お前達には関係ない! もう帰りなさい!」
ジェッソは顔に微笑みを浮かべつつ、声は凄みを効かせて言う。
「……会わせて頂けないなら、駿河船長の腕が一本折れますよ」
「そんなハッタリを……人工種が人間を傷つけられる訳が無い」
「まぁそういう事になってますが。やってみなくちゃワカランという事もあります」
右腕は駿河の首に掛けたまま、左手で駿河の左腕を掴むジェッソ。
管理の男は少し引き攣った笑みを浮かべて「ふざけるな。大変な事に、なるぞ。いいのか?」
別の男が駿河を指差し、大声で苛立ちを爆発させる。
「こんな事態を引き起こして、貴方の管理が甘いからだ!」
「……」無表情の駿河。
「とにかく所長を」ジェッソの叫びを掻き消すように「船長を解放したら考えてやろう!」と管理の声。
「それはできません!」
溜息をついたジェッソは声を張り上げ
「なぜそんなに人工種を抑圧しておきたいのか。我々が居なければイェソド鉱石が手に入らずあなた方は生活できなくなるというのに」
「だが人工種を作ったのは人間だ! ここまで進化させてきたのも」
「その事については感謝しておりますが」
「人間がどれだけの時間と労力を使ってお前達を育てて来たと思っている。それがここに来て反逆だと!? あまりワガママを言うと」
「あまりに縛ると我々も覚悟するしかなくなります。たとえ首輪に絞め殺されても船長の首を折る!」
「……」
睨み合うジェッソ達と管理達。
脅しの効いた低い声でジェッソが言う。
「所長を、ここへ。でなければ、こちらから、行きます」
まるで火花が見えそうな程に緊迫した空気の中、上総がニヤリと笑って呟く。
「そろそろ飛んで来るよ、アレが」
「お」
黒船メンバー達の表情が緩む。上総は続けて楽し気に
「物凄い速さで飛んできた! 航空管理の船を連れて」
ジェッソが「もしやスピード違反か? ヤバいな」と言う間に後方から数機のエンジン音が聞こえて来る。音はどんどん大きくなり、やがて速度を落としたアンバーが霧島研の上空に現れる。
守衛や管理達がどよめき、叫ぶ。
「上から!」
ジェッソはニヤリと笑って「ふ。上と下から挟み撃ちだ!」
船底の採掘口を開けて屋上に近付くアンバー。開いた採掘口から誰かの叫びが聞こえる。
「行くな! お前ら、やめなさぁぁい!」
「あとは頼んだ! よし、行っけぇぇ!」
「ああああああああ!」
誰かの絶叫が響く中、穣に続いて黒石剣を持ったカルロス、マゼンタ、健、そして周防を抱えた護が採掘口から飛び降りる。屋上駐機場には霧島研の小型船が停めてあるので一同はそれを避けながら屋上に着地。
上空の船の採掘口から悠斗が叫ぶ。
「管理さんは鎮めたぞ! アンバー内の治安は任せろ! 皆、頑張ってこーい!」
アンバーは航空管理の船に挟まれつつ、その場から飛び去る。
降りた一同は屋上出入口へ急ぎ、走りながらカルロスが閉まっているドアに向かって大声で怒鳴る。
「そこに居る奴、怪我したくなければどけぇ!」
続いて穣も「ドアぶち壊すぞ!」
カルロスはドアの手前で立ち止まり、「よし!」と叫んで黒石剣をホルダーから抜くとブンと振りドアをドカンとブチ開け、中に入って階段を下り始める。
穣も続いて階段を下りながら「アンタ随分ワイルドになったな!」
護も周防と共に階段を下りながら、しみじみと呟く。
「有翼種に鍛えられたからねぇ……」
霧島研の玄関前ではジェッソがサッと駿河の身体を持ち上げ、くの字に曲げるように右肩に掛けつつ「押し通ります、どけ!」と怒鳴り、周囲の人々を押し退けて前に進む。守衛や管理達の必死の静止を振り切り一同は玄関内へ。受付ロビーを通って奥の吹き抜けにある階段に近付くと、中年男性が上階から階段を下りて来るのが見える。
上総がそれを指差して叫ぶ。
「あの人!」
思わず立ち止まるジェッソ達。
管理達がざわめく。
「あっ、所長!」
「来ちゃダメです、所長!」
所長と呼ばれた男は階段の途中の踊り場で立ち止まり、ジェッソ達を見て言う。
「用件は何かな」
ジェッソは、これが人工種管理の総元締め、四条所長かと思いつつ、駿河を肩から下ろす。
……まずはカルロスの件で、黒船から逃亡した事への処分はあるのか尋ねようと口を開いた瞬間、階段下の一同と、踊り場の四条の間に、上階の階段からバッとカルロスが飛び降りて来る。
驚く一同。
四条の前に立ったカルロスはその首に黒石剣を突き付けて怒鳴る。
「ここで貴方を殺せば人工種と人間の関係はどうなるのでしょうね!」
皆が唖然とする中、四条だけは顔色ひとつ変えず、落ち着いた声でカルロスに尋ねる。
「それはもしかして黒石剣とかいう石かな」
カルロスは若干驚き
「知ってるのか。そう、有翼種はこれを採掘道具として使っている」
「なるほど。イェソドへ行って有翼種に何を吹き込まれた?」
「吹き込まれる?」
カルロスは怪訝そうに言うと「私は他人に何か言われた位で自分の意見をコロッと変えるような自己意思無しじゃありませんが」
「何か誤解があるのではと」
上階の階段の途中には、アンバーから降りた一同が待機して会話を聞いている。
少し黙ったカルロスは、護を指差して
「まぁ、一般的にはコイツみたいなバカ正直で素直なイイ子が人工種だと思われてるようで」
思わず護が「それって褒めてんのか貶してんのか」と呟く。
カルロスは続けて四条に
「有翼種に、人工種は人間の手先で操り人形だとか言われたよ。向こうは人工種の事を快く思ってはいない。それでも私と護を助けてくれた」
「なぜ戻って来た」
「自分の船が欲しい。あっちとこっちを自由に行き来したいもので」
途端に穏やかだった四条の顔が一気に険しくなる。
四条は声色に若干の非難を混ぜて「すると、採掘船も向こうに行くようになるのかな?」
カルロスは語気を強めて言い放つ。
「人工種が有翼種側に付く事が恐いか」
フッと微笑む四条。
「せっかく育てたものを手放すのは惜しいさ」
「せっかく育てたものを腐らせても?」
「腐らせる?」
少し間を置いてから、カルロスが言う。
「私はこちら側の採掘師としてはベテランだが、有翼種側の採掘師としては新人だ。探知も全然出来ないしな」
それを聞いて、階段下にいる上総が驚き「ええ?」と大声を上げる。
護が階段の手すり越しに下を見て上総に言う。
「うん。カルさんはまだ売れる石を探知できない」
カルロスが続けて「むしろ護の方が売れる石を探せるという!」
上総は否定の意を込めて「でもー!」と叫ぶ。カルロスが言う。
「だって『売れる石』って何だかワカランだろ、『美しい絵を探知しろ』ってのと同じ事だ!」
「ああー!」
納得し笑顔で頷く上総。カルロスは四条に向かって
「同じ探知という能力でも求められる性質が違う。という事は、自分の可能性を広げられるという事です。人工種がさらに進化する事は人間にとっても有益だと思いますが。閉じた世界で同じ事をしていたら、せっかくの可能性を腐らせるだけ。それは人工種に限らず、人間もそうです」
四条は険しい顔で暫し黙り、それから低い声で圧を掛けるように言葉を発する。
「……僅かな亀裂が全てを決壊させる気がする。それを防ぐ為に、管理がいる」
クッ、と悔し気な顔をしたカルロスは「保守的な……」と呟いてから「まぁ、変化には恐怖が伴う。私も黒船から飛び出す時には死を覚悟した。……全てを決壊させる勇気が無ければ新しい世界は見られない」
「君達が我儘を言わなければ何も問題が無いのだよ。今までずっとそうだっただろう」
その言葉に、やや唖然とした顔で四条を見つめるカルロス。
(……人は、現状に不満を抱かなければ変わろうとは思わない……)
顔に失望と諦めの色を見せて目線を落とし、四条の首に突き付けていた黒石剣をゆっくりと下ろす。
「では私と護はイェソドに行き、二度とこちら側に戻って来ない事にしましょう。そうすれば変化は起きない」
「いや、起きる!」
上の階段から穣の声。穣は拳を握り締めて
「なぜなら俺が行くからだ! お前が自力でイェソドに行ったように俺も行く!」
続けて護がニッコリ笑って「それに俺みたいに偶然行っちゃう人もいると思いますし」
「うん!」と頷いたマゼンタは「俺はドンブラコで行きたい!」すると隣に立つ健が「え。生死を賭けて川にドボン?」
下の階段のジェッソも駿河を拘束したまま「私も行こう! 有翼種の採掘を見てみたい!」と叫び、上総が「俺も!」
レンブラントも「俺も! 有翼種の世界が見たい!」
夏樹と昴が同時に「俺もー!」
穣が四条に向かって叫ぶ。
「もう波紋は広がってしまった。どんなに締めて閉じようとも、俺達はそれをブチ壊していく!」
「……」
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