第10章04 対峙

 能面のような表情で穣をじっと見つめる四条。

 そこへ護の傍の階段に座っている周防が「……未だかつて人工種が、ここまで反抗した事は無かった」と静かに呟き「前代未聞の事態。逆に言えば、やっとここまで来たという事です。……長かったな……」と目を閉じる。

 四条は周防の方を見て「まさか、こんな事が」

「これは私が望んだ世界そのものです」

 瞬間、四条の顔が怒りに歪む。

 憎々し気に「なに」と呟き、声に殺気を含ませながら「貴様、一体何を」

 周防は笑って「私は何もしていませんよ、出来る訳が無い」と言い、目を開けて四条を見ながら「なぜなら私が今ここで、自由とは何かを彼らに教わっているからです。……長かった。本当に長かった……」

 遠い目をした周防は、皮肉な笑みを浮かべて言う。

「でも製造師連中は何もしていないんです。むしろ作った子達を苦しめましたからね、憎まれ殺されてもおかしくない位に。だって製造師連中が真の自由を知らないから。そして管理の人々も」

「自由を、知らない?」四条が苛立ったように問う。

「知らないからこんな事になる訳です。ぶっちゃけアンタらの心はガチガチですよ。まぁ私もですが!」

 カルロスが「全くだ」と吐き捨てるように呟く。

「何なら殺しといて下さい」

 周防の言葉にカルロスは「ふざけんな」と周防に向かって黒石剣の切っ先を向ける。

「復讐の為にコイツを殺すと俺が他の人工種に恨まれて復讐される、負の連鎖。それと同様、貴様を殺しても人工種が人間から復讐されるっていう!」言いながら黒石剣を四条に向ける。

「とある人工種が小さな船一隻欲しいというのをこんな団体で阻止しようとする、管理ってのはよっぽどヒマなんだな! 貴様らがガンガン締め付けたお蔭でコッチは自由を渇望しまくって、こんな事に……と言っても発端はコイツの偶然のドンブラコなんだが」と今度は護に黒石剣を向ける。

「自由を渇望したから落ちたんだよ!」

 護の主張に穣が「そして有翼種のターさんに出会った!」

「そう!」笑顔で穣を指差す護。穣も声を張り上げて

「自由を渇望したから本当に自由な人と出会った、本気で渇望すれば道は拓ける!」

 護はパチパチと拍手しながら「さすがカッコイイ事を言う」

「だろ! 言っててちょっと恥ずかしいが!」

 周防が「でも本当にそうですよ。信じられませんよ本当に……」と言い「昔の人工種がどんな状態だったかを思うと、もう……」と目頭を熱くして、右手で少し目を擦って嬉し気に長い溜息をつく。

 黒石剣の切っ先を下に下ろしたカルロスは、四条に言う。

「とにかく貴様らがどんだけ阻止しようと我々は船でイェソドとこちらを行き来する。その方法を編み出す! という事で小型船の免許を取りたいので許可してくれ!」

「……」

 黙り込む四条に苛立つカルロス。

「まぁ誰か免許持ってる奴を探して操縦してもらうって手もあるが!」

 護がニコニコしながら「すると船は大きめのがいいねぇ」

 カルロスは「で……、それでもなお、我々の自立を頑なに阻止するならば、その時は本当に……」と黒石剣の切っ先を四条の首に当てる。

「血の流れる復讐の連鎖が始まるかもしれないな!」

「脅すのか」

「貴様ら、既にコッチを脅してるだろう!」

 カルロスは自分のタグリングを指差して「どっちが最初に脅したと思ってる?」

 四条は黙ってカルロスを見ながら内心、大きな溜息をつく。

 (まるで子供の反抗期だな。まぁ、気が済むまで喚かせてやれば満足して帰るだろう)

 両者の長い沈黙。

 睨み合いに痺れを切らしたカルロスは、天を仰いで叫ぶ。

「もうめんどくさいので今からマルクトの航空船舶学校に話をしに行きます!」

 バッと後ろに振り向くと、黒石剣の切っ先をジェッソの前に立つ駿河の首に突き付ける。

「人質として一緒に来て頂けますね!」

「は、はあ」

 四条が「待て!」と鋭く声を発する。

 駿河は「んでも流石に今の時間だと、もう窓口は……でもマルクトの学校はデカイから、まだ受付やってるのかなぁ」と呟き、穣が叫ぶ。

「カルさん探知だ!」

 カルロスは穣に向かって「私が何でもかんでも探知できると思ったら大間違いだぞ!」と叫んでから四条を見て「ったくどこぞの管理がモタモタしてるせいで余計な時間を食った! お陰でここで朝まで交渉ができるじゃないか!」

「なに?」

 カルロスは黒石剣の切っ先を再び四条に向けて

「第三種免許取得と小型船所持の許可を出してくれるまで貴方はこの状態です!」

 護が溜息つきながら「何せ朝までヒマなもんで……」

 健は「寝る時間は欲しい」と小声で言い、マゼンタが大きく頷く。

 四条は暫し呆然としてから深い溜息をついて頭を振り、「全く困った奴らだ……」と呟くと、カルロスに向かって厳しく言う。

「君は史上最高の探知人工種と言われるほど能力のある奴だが、少し傲慢になり過ぎてはいないかね? 黒船から勝手に逃亡したり、かと思うと突然戻って来て強引に無理難題を要求したり。本来ならば厳しい処分を与える所だが、しかし君は以前、黒船でかなり頑張ってくれたしな、君にも色々と事情があるのだろう。その辺りを考慮し、本当に特別な、特例として、とりあえず貴様には第三種免許を与えて」

 そこで「俺もです!」という護の声。四条は護を指差して

「……あいつと君の二人には、許可しよう。明日、航空船舶学校へ入校手続きをしに行くが良い」

 そう言って階段下にいる管理達を見回しつつ「誰か一緒に行って先方に説明してやれ!」と大声で指示する。

「は、はい!」

 管理達の返事。

 カルロスは内心、こんな上司で部下も大変だよなと思いつつ黒石剣の切っ先を下ろす。何はともあれ今は免許の許可さえ貰えればいい。怒りを殺して四条に言う。

「貴方の寛大さに感謝します四条所長。貴方は人工種に史上初めて小型船の免許取得と所持の許可を与えて下さった方です。皆、喜びますよ」

 四条は苦々しい顔で「船の所持もか。まぁいいだろう!」と言い「その代わり、あまりこちらに戻って来て欲しくないのだが」

「えっ?」

「君は先程、向こうに行って戻って来ないと言っただろう。船を持って向こうへ行ったら是非、そのようにして欲しい。言っている意味が分かるね?」

「……」

 驚きで、やや目を見開くカルロス。

 ……つまり四条が言っているのは、イェソドに行って戻らなければ変化が起きない、という言葉の事かと理解する。僅かな亀裂が決壊させるから、亀裂を起こすような奴は要らん、と……。

 若干のショックを感じ、相手に返す言葉が浮かばず黙っていると、四条はカルロスを睨みながら言う。

「せっかく君の希望を聞いて船を持たせてあげるんだ、我々の頼みも聞いてくれ」

「……」

 何と答えたらいいのか、呆然とした頭で考えていると、突然、穣が階段を駆け下りてバッと四条の前に進み出る。

「所長! ついでにアンバーはイェソドに行っても良いという許可を頂けますか!」

 驚いて「な」と言う四条の先を言わせず穣は一気に畳み掛ける。

「何せ有翼種と一緒に採掘しようって約束したもんで行かなきゃならねぇんですわ大丈夫! 良質の鉱石タップリ採って帰ってきますから給料アップよろしう!」

 マゼンタが「えっ給料アップ?」と食い付く。

「ダメだ! 勝手にそんな」

 四条が言い掛けた所へジェッソも階段を上がり四条の前に進み出ながら大声で言う。

「所長、さらにオブシディアンまでイェソドに行かせてくれるとは!」

「誰がそんな事を言った」

「アンバーが行くなら黒船も行かねば!」

「黒船は、ダメだ!」

 四条が声を張り上げると穣が「アンバーは許可するんですね流石ですぜ所長!」

「いや人の話を」と言った所でジェッソも声を張り上げる。

「わかりました黒船は今は行きませんがアンバーが行った後に黒船も行きます、これで宜しいか!」

「黙れ、聞け!」

「無理ですアンバーは何がどうでもイェソドに行きます!」

「アンバーを阻止すると代わりに黒船が行ってしまうかもしれません!」

 四条が「貴様ら!」と大声で怒鳴る。

 穣とジェッソは一緒に「何でしょうか!」

 はぁっ、と大きな溜息をついた四条は、苦々しい顔で「相手がどんな存在かも分からず有翼種と関わるとは……」と呟き「約束をした、というのは本当か?」と穣に問う。

「はい」

「仕方がない……約束を破れば相手が怒る。アンバーには外地に出る事を、当面は、許そう。だが有翼種は人工種を快く思ってはいない。仕事上の関係は仕方が無いが、あまり深く関わるな。何か事件が起こってからでは遅い。我々はそれが心配なんだ。場合によっては君達の安全を守る為に、タグリングの管理波をもっと強める事になる」

 内心、またそうやって脅す……と思いつつ穣は一応「……なるほど」と返事する。

 ジェッソが「所長、黒船は」と尋ねると

「黒船はダメだ! 我々にとって最も重要で大切な船を危険な場所へやる訳にはいかん。もしどうしても行きたいと言うなら先程も言ったように君達の安全の為にタグリングを強めねばならん。そんな事はしたくない。分かってくれ」

「……ですが」

「なぜそんなに外地に出たいんだ。何か不満があるなら言ってくれれば考えてあげるのに。何も言わず勝手に無茶な事をするから我々が涙を呑んで君達を処罰しなければならなくなる。それは辛い」

「……」

 穣とジェッソは同時に同じ事を思う。

 (ダメだ……勝てねぇ……)

 若干クッタリした穣は、気を取り直して四条に言う。

「あの、所長。口約束だけですと何も知らない管理の方が困ると思いますので所長の直筆サイン入りのイェソド行き許可証をアンバーに頂ければと。立派な額縁に入れてアンバーのブリッジに飾りますから」

「ん、なるほど。では明日必ず許可証をやる」

「流石っす所長!」

 一応『お礼』を言いながら、この人に対しては、マトモに関わるだけ無駄で、自分の希望を通すには、ヨイショしてご機嫌取って上手くやるしかないんだろうか……と激しく虚しい気持ちになる。

 (人工種の苦しみは、この人には伝わらんか……)

 同時に剣菱の事を思い出し、自分達と対等に、真剣に向き合ってくれる船長に深い感謝の念が湧く。

 その時、階段下に集っている管理の一人が「要件は終わったな? もういいだろう」と声を上げ、少し前に進み出ながら「希望が通って良かったな。寛大な所長に感謝しろ。さぁもう帰りなさい!」と叫ぶ。

 (寛大……マジでそう思ってんだろうか)

 穣の思いと同様に、ジェッソもカルロスも皆、虚無感に襲われる。

 (我々の本気の想いは、彼らにとって、一体……)