第10章05 対峙、……そして。

 自分達の想いが全く伝わらない、この悔しさを一体どう表現したものかと悩むカルロスや穣達。

 そこへ周防が「護君、ちょっとこれを外してくれるかな」と自分の首に巻かれたベルトを指差す。

 護は申し訳なさそうに「すみません、もう暫く人質を」

「いや、人質というかね……」

 周防は暫し黙って考えてから、ゆっくり立ち上がると四条を見て言う。

「四条所長、そろそろ、人工種全員のタグリングを外したいのですが」

「えっ」

 一同、バッと周防を見る。

 四条は大きく目を見開き「た、タグリングを?」と聞き返してから険しい顔で「……そ、それは!」

「ダメだというなら自殺しますが宜しいか」

「!」

 激しい動揺を何とか抑えつつ、四条は引き攣り笑いを浮かべて呟く。

「じ、冗談を……」

 周防は四条を見つめながら、静かな声で「私はもう97ですしね。いつ死んでも全然おかしくない」と言い、護は思わず「す、周防先生……」と掠れ声で呟いて、周防の首に巻いたベルトを外す。護に微笑して感謝を示した周防は、再び四条の方を向く。

「ここでタグリング廃止が決まると歴史に残る大事件ですよ」

「何が起こるか」

「それはやってみないとわからない。大体、人生奇想天外で、……まさか彼らがこんな事を起こすとは……」

 僅かに目を潤ませて、嬉し気にカルロス達を見回す。

 それから溜息をついて自分のタグリングを指差すと

「私はもうこんなものを皆の首に着けるのは本当に嫌なんで、外させてくれませんかね」

 四条は威圧的な声で、ゆっくり言葉を発する。

「それだけは!」

「申し訳ないがもうタイムリミットです。この提案が通らなければ私は自殺します。すると人間は、人工種に恨まれるでしょうね。しかし提案を受け入れれば……皆に感謝されますよ」

「……」

 射るような目で周防を睨み続ける四条。

 周防は穏やかな口調で「今すでにもう、これはただの首輪です。何の効力もない。……本気で全力で生きようとする者の意志をなめちゃいけません」と言い「とりあえず、製造師記号がSUの人工種のタグリングは今日からどんどん外して行きます」と言い切る。

 すると護が「あの、俺のも外して下さい!」同時に穣が「俺のもー!」続いてマゼンタも「俺も!」

「勿論、外したい方のタグリングは製造師を問わず、外しますよ」

 四条は肩を怒らせて「待って下さい!」と怒鳴り、拳を握って「勝手なことをされては混乱が起きる!」

 途端に周防が「当たり前だ!」と鋭く叫ぶと「混乱の無い変化なんか無い。各個人が悩み苦しみ葛藤すればいい。苦しみが無ければ変わろうと思う事も自分を内省する事も無い!」

「……あなたは……!」

 言葉が続かず憎悪の眼差しだけを周防に向ける。

 周防は淡々と

「私を阻止するなら殺すしかありませんよ」

「……今まで散々タグリングを着けてきた奴が!」

「ええ今まで本当に従順な人工種でした。本当にバカな事ばかりやってきました。でもバカなりにダラダラと長く生きて良かったと思います。この命の使い道がこんな所にあるとは」

「勝手に死ぬんじゃない。貴方にはまだまだ生きて頂かねば」

「利用する為に?」

 四条と周防は睨み合ったまま、暫し無言で対峙する。

 やがて周防が低い声で呟く。

「……まぁ、私がどうなろうと流れはもう止まらない」

 周防の隣に立つ護は、この二人の壮絶な対峙に自分なんかが口を挟むべきではないと思いながらも、あまりのやり切れなさに声を発する。

「い、嫌です、俺は。俺は……」目線を下に落とし、独り言を言うように「俺はもう、自分を全く理解しない人に対して分からせようとする事も、相手の勝手な押し付けで自分がイライラするのもどうでもいい。そんな下らない事の為に自分の人生が頓挫するのが嫌なんです。俺は、自分を生きたい。やっとそれをイェソドで見つけた」

 そう言って目線を上げ、四条を見つめて訴える。

「貴方が変化を拒むなら、俺は貴方の望み通りにイェソドへ行き二度とこちらに戻りません。人間の事とか全部忘れて捨て去ります。有翼種と同じように、断絶します。俺は別に一生イェソドで暮らしてもいい、けれども、もしも貴方が変化を恐れて周防先生を殺すなら、……いや殺さずとも苦しめるなら、その時には、憎しみが発生し、俺はこちらに戻りたくなってしまう。憎しみというもので、あなた方に執着させられ自分の人生が生きられなくなる。……そんなのは嫌です」

 息を吸い、四条を真っ直ぐ見つめて言う。

「……ほっといてくれるなら、俺達はむしろ感謝して皆の為に頑張ろうと思うのに、なぜ憎しみを喚起するような事を……」

 若干涙ぐみ、声が掠れて言葉が続かなくなる。だが思い切ったように再び口を開き、悔し気に言い放つ。

「俺は、自分の望む人生を切り拓く為には全力で戦うけど、憎しみとか復讐は本当に不毛だから、したくない。なのに、それを仕掛けてくる人がいる……!」と残念そうな目で四条を見る。

 穣は信じられない面持ちで護を見つめつつ、内心深い感動を覚える。

 (……お前、成長したな……)

 じっ、と護を見ていた四条は無表情のまま淡々と言う。

「何か誤解があるようだ。我々は別に人工種を苦しめようとはしていない、ただ人工種が何の為の存在かを考えれば当然の事を言っているだけだ」

「……」

「人工種を作ったのは人間。タグリングは人間と人工種の関係の為に重要なもの。別に監獄に閉じ込めている訳でも無いし、それなりに自由にさせてやっているだろう。あまり我儘を言って我々を困らせないでくれ」

 (……どうしたらいいんだろう)

 自分の想いを完全に無視され、衝撃を受けながら護は思う。

 お互いの認識と理解がこんなに離れている場合、『分かり合う』事って出来るんだろうか。

 (無理な気が……)

 呆然と立ち尽くす護の隣で周防が溜息混じりに小声でボソッと呟く。

「……だからカナンはイェソドに残ったんだ」

 護とカルロスが同時に「えっ」と周防を見る。

「カナンって?」

 護に続いてカルロスも「カナンとは? 残った?」

 周防が「知ってるのか? カナンを」と言うと、護が「はい。カナンという方に会いました、イェソドで」と答える。

「人工種の、カナンと?」と周防は聞き返して「……もし、生きていれば今、120歳だが」

「ええええええ!」

 護とカルロスは仰天して大声を上げる。二人は目を丸くして一瞬固まった後、護が「120? マジで?!」と声を発する。

 カルロスも叫ぶ。

「あれで120だとう?! てっきり98とか99だと思っていた!」

 二人の反応に驚きながら、周防が言う。

「うん、だから別人では」

「いやいや!」護は頭を大きく振り「存命で健在です! しかもタグリング外れてました、勝手に取れたとか!」

 続けてカルロスが「しかも有翼種の女性と結婚して養子まで育てたという!」

「……?」

 キョトンとする周防。

 護は両手を握り締めて力強く言う。

「周防先生そのうちイェソド行きましょう! カナンさんの店に行かないと!」

「店?」

 カルロスが「そう! カナンさんはコクマという街で石茶の店……喫茶店をやってんです!」と言い、護も「貴方が製造師になったと話したらビックリしてました!」

 そこへ穣が割り込む。

「あの、ちょっと。なんか話がぶっ飛んでんだが」

「だって年齢が」と言い掛けた護は「あっ、そうだ」と気づいて周防に「カナンさんが残ったってのは?」と尋ねる。

「……カナンは自分の意志でイェソドに残ったんだよ」

「え? カナンさん、たまたま流されて来たって自分で言ってましたが」

「いや、カナンは自分の意志で残った」

 カルロスも怪訝そうに「残った?」と聞き返す。

 穣が叫ぶ。

「話が全くわからーん」

 護も叫ぶ。

「俺もワカラン!」

 若干不機嫌そうな顔で話を聞いていた四条も言う。

「どういう事か、説明してくれるかね?」

 ふとジェッソが「所長、120歳のイェソドの人工種について、ご存知ですか?」と尋ねると、四条はぶっきらぼうに「それを今、尋ねている」と言い「……人工種最高齢は97歳の、この方だけの筈だが」と周防を指差す。

 周防はちょっと首を傾げて「ところで……」と思案気に右手の指を顎の下に当てると、護とカルロスを交互に見てから少し疑うように聞く。

「本当にカナンなのかな?」

 カルロスが周防に向かって

「本当に、ATL KA B01神谷可南だ、アンタの事を知ってんだから本人に決まってる!」

 ハッと目を見開いた周防は「よく、そのナンバーを……」と言い、驚いた顔でカルロスを見つつ「じゃあ本当に会ったのか。……人工種って、120まで生きられるのか……」

 護が周防に怒る。

「だから死ぬとか軽々しく言わんで下さい!」

「あ、あぁ、そうだなスマン」

「俺達が船持ったら真っ先に先生をイェソドのカナンさんの所へ連れて行きますから、しっかり生きなきゃダメです! 大丈夫、俺らは首輪なんかには負けないから!」

「うん、わかった」

 護に優しく微笑む周防。その微笑みを見ながら護は固く決意する。

 (そうだ。例えどんなに管理に誤解されても邪魔されても、俺は自分の心が望む事をする。……俺は周防先生をカナンさんに会わせたい。その為に頑張って船の免許取るんだ!)

 護の想いを察したように、カルロスが言う。

「……免許と船の許可は貰ったし、護、そろそろ行くか」

「うん」

「待ちなさい」四条が圧を掛けるように「説明を頼むと言った筈だが」と二人を睨む。

 護が「……イェソドに120歳の人工種が居た、ってだけですよ」と微笑む。

「なぜそれがイェソドに? 何の為に? 詳しく説明を」

 カルロスが面倒臭そうに言う。

「知りません。だって我々は120という年齢すら、今知ったんですよ? 単にちょっと出会っただけです」

「……隠し事は、いかんな」不穏な顔の四条。

「いや」と呆れ顔のカルロス。

「では、貴方に聞くしかないようだ」

 四条は周防を見て「語って頂きましょう」と言い「またはこちらがSSFまで出向いて詳細を確認してもいいんですよ?」と不気味に微笑む。

 周防もフッと微笑んで「この霧島研に真実があるのに、ご存じ無いとは」

「……?」

「ATL KA B01について、本当に知りたいのなら、私に聞くより、この霧島研に保管されている全資料を隅から隅まで調べ上げれば、何があったか出てきますよ。もし出て来ないなら、霧島研が、資料を紛失したか、または隠した、という事になります」

「……ほぅ」

 無表情になった四条は一同を見回して「……さて、もう気が済んだだろう。他に何か要望はあるかね? もうこんなバカ騒ぎを起こさないよう、今のうちに吐き出しておいてくれ」と言い、それを聞いたカルロスは小さく溜息をついて「今日の所は特にありません。これで失礼します」と階段を上がろうとする。その背後から四条が言う。

「せっかく許可をやったんだ、明日、必ず航空船舶学校へ行くように。こちらから話を付けておいてやる」

 既に怒りも沸いて来ず、カルロスは淡々と『言葉』を述べる。

「……ありがとう、ございます」

 ジェッソも「では我々も、今日の所はこの辺で」と言いかけるが、言葉が終わらぬ内に四条が階下の管理達に向かって叫ぶ。

「航空管理に連絡してアンバーと黒船を霧島研上空へ呼んでやれ!」

 管理達の「はい!」という返事。

 ジェッソと穣は内心、耳にインカム着けてるから自分らで船を呼べるんだが……と思いつつ階段を上がる。上階の階段に居たマゼンタ達も、下の階段に居た上総やレンブラント達も、それに続く。踊り場の四条が一同を見送りつつ「全く、世話の焼ける奴らだ」と溜息をついたが、皆、それは聞かなかった事にした。


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