第11章01 溜息

「なんか絶望したなぁ……」

 霧島研の屋上で、ジェッソの隣に立つ駿河が溜息混じりに呟く。円になって立ち話をしているジェッソと駿河、上総、昴、夏樹そしてレンブラントの六人。

 建物から少し離れた上空には黒船とアンバーの船体が並んで待機していて、屋上に停めてある管理の小型船が移動して着陸場所を空けるのを待っている。船の発着の為に屋上照明の光量が上げられ、夜なのに周囲はかなり明るい。カルロスと穣は屋上入り口の所で二人の管理官と話をしていて、そこからちょっと離れた所に周防とアンバーのメンバー達が、更に少し離れて黒船メンバー達が、集まって雑談をしている。

 駿河が言う。

「そもそも俺が人質になってた意味は……?」

 ジェッソが「意味は一応ありましたよ、正面玄関突破に」と返す。

 夏樹は「逆に怒られてましたね、貴方の管理が悪いって」と言い、駿河は「まぁね」と言ってから「人質なのに説教されたな。確かに俺の管理は悪いですよ、ぬるい船長なので。とはいえ皆が必死に訴えに行ったのに、あの対応はどうなんだろうか」

 レンブラントが不機嫌そうに「子ども扱いされてたな」と呟き、昴も「そもそも人の話聞いてないし」と苛立ったように言う。

 ジェッソは腕を組んで溜息をつくと「あれは相当に手強い……」と呟いてから

「まぁ確かに俺達は物理的に閉じ込められている訳でも無く、そういう意味では自由ではあるが、でもそういう事じゃないんだよなぁ……何と表現したらいいのか」

 上総が口を尖らせて言う。

「とりあえず物凄くイライラする」


「はぁ……。なんか凄く疲れた」

 ジェッソ達から少し離れた所で、護が大きな溜息をつく。

 隣に立つ周防はポンと護の背中を叩いて「お疲れさん」と言ってから「人工種管理本部の現実が分かって良かったな」

「んー……」

 護は思いっきり顔を顰める。

 護の隣に立つマゼンタと健も顔を顰めて溜息をつき、マゼンタが「なんかスッキリしない」と言い、ううーと唸って「なんかムカツク。どうしたらいいんだ!」

「そうなんだよねぇ……。一応、要求は通ったけどスッキリしない……」

 溜息をつく護に周防が微笑みながら

「その怒りは大切なものだよ。君達は随分と進化した。私は嬉しくてたまらない」

「進化、したのかなぁ……」

 護が首を傾げると、健が「いや護さんは進化したと思います」と言い、マゼンタが「うん!」と頷く。

 そこへカルロスと穣が話をしながらやって来る。

「最後にキッチリ修理代請求するとか……」

「流石は管理というか何というか」

 声を聞いて振り向く周防、護、マゼンタ、健の四人。

 二人は四人の前に来て立ち止まると、カルロスがハァー……と巨大な溜息をつく。

「やれやれ。何だか知らんが凄まじく疲れた……」

 言いながら黒石剣を入れたホルダーを肩に掛け直す。

 穣がカルロスの隣で不満気にブツブツ呟く。

「……あのブチ壊したドアの修理代、何で俺まで」

 即座にカルロスが「ドアぶち壊すぞ! と叫んだからだな」

 穣はカルロスをじーっと見て「俺は壊してませんけど」

 カルロスも穣をじーっと見て「私だけ支払うのは納得いかん。貴様と半々で弁償だ、諦めろ」

「へいへい。いいけど、もし仮に管理から法外な請求が来たら裁判でも起こすか」

「そんなメンドイ事したくないから真っ当な請求が来る事を祈ろう……!」

「うむ」

「あぁもぅ早くイェソドに戻って石茶が飲みたい……」

「石茶?」

 護が「有翼種が飲むお茶。カルさんが凄いハマってる」と説明する。

 それからカルロスを見て「ちなみにカルさんもアンバーに乗るの?」と聞く。

「え。なぜ?」

 穣が小声でコソッと呟く。

「黒船に行きゃあいいのに」

 カルロスは自分の背後に近付いて来たジェッソ達を気にしながらコソコソ小声で「逃亡した奴が行ける訳なかろう!」と穣に言い「それにコイツに聞きたい事もあるし」と周防を指差す。

「あぁなんか120歳の話か」

「うん」

 すると護が小声で「なら俺が周防先生つれて黒船に行けばいいんだなぁ」とニッコリ。

「なにぃ」

 苦い顔をするカルロス。

 穣は「んじゃ俺も話を聞きたいから一緒にお邪魔しようかな」と言い、カルロスに「アンタもどう?」

「いや待て。……なんで黒船に」そこへ背後から「カルロスさん」と呼ぶ声。

「はい」と答えて振り向くと、駿河が笑顔でカルロスに言う。

「貴方が黒船を出る時に置いて行った荷物は、採掘船本部の倉庫に置いてあるので取りに行った方がいいかと」

 驚いて目を丸くしたカルロスは、思わず「あー……」と声を発してから「もう、処分されたと思ってましたが。大したもの入ってないし」

「多分まだ無事です」

 その会話に穣がハッとする。

「あ、護! お前の荷物はお前ん家にある。部屋は透が時々掃除してたからキレイな筈」

「おお、ありがたい!」

「勝手に合鍵で入って申し訳ないとは思ったんだけど、全然面白いモンが無かった」

「いやー、見つからなくて良かった!」

「って何かあったんか!」

 駿河は更に「カルロスさん、もし良ければ黒船へどうぞ。採掘船本部までご一緒しましょう」と言い、駿河の隣に立つジェッソや昴、レンブラント、夏樹も「ぜひ黒船へ」とニヤニヤ笑う。

 上総も笑顔で「何なら泊まってもいいですよ、部屋空いてるし!」

 戸惑い顔で「い、いや」と焦るカルロス。

 (何で皆、笑ってるんだ。そもそも再び黒船の面々と会うなんて完全に想定外すぎて……。嘘ついて逃亡した自分が恥ずかし過ぎるじゃないか! どうしたらいいんだ一体!)

 会話をしている間にやっと管理の小型船が屋上から飛び立ち、まずアンバーが屋上に着陸してタラップを下ろすと、船内から数人の管理達が悠斗や透、オーキッド達に追い出されるように駆け降りて来る。その様子を見てマゼンタが言う。

「おぉアンバーの治安は守られた!」

 穣は「よっし! ちょいとここで周防先生に話を聞いとこう!」と言うと、マゼンタと健に向かって「俺ちと黒船に行って来るんで、船長に宜しく言っといて」

 健は「はーい」と返事するが、マゼンタは「はぁ?」とビックリ顔をする。

 護が周防に言う。

「じゃあ周防先生、行きましょうか黒船へ!」

 途端にカルロスが「ってお前ら黒船に誘われてねぇだろ!」

 駿河は「構いませんよ! 自分も周防先生の話を聞きたいし!」

 マゼンタは「ええー俺も聞きたい」とゴネて、穣が「後で聞いた事を教えてやっから!」となだめる。

「絶対っすよ!」

「うむ!」

「んじゃ俺はアンバーに帰りまーす、バイバイ」

 手を振ってアンバーのタラップへ走り出すマゼンタと健。

 カルロスが慌てて「あっ、ちょっと待ったマゼンタ君、これを」と黒石剣を入れたホルダーを肩から外して「アンバーで護の斧と一緒に預かって欲しい」と差し出す。

「了解っす!」

 言いながらマゼンタはそれを受け取り、途中で立ち止まって待っていた健と共にアンバーへ走る。

 アンバーのタラップには悠斗と透が待機していたが、マゼンタと健から事情を聞くと、皆で穣やカルロス達の方に手を振ってから船内へ。

 タラップを上げて採掘口を閉じつつ上昇し移動するアンバーと入れ替わりに、黒船が空いた場所へ降下を始める。一同は暫し黒船の着陸を待つ。

「黒船か……」

 なぜか落ち込み気味に溜息をつくカルロスに、穣はたまらず苦笑して「黒船ですよ」と呟く。

 カルロスは穣をキッと睨んで「何が可笑しい」

「そんなアンタ、初めて見たわい」

「逃亡者だからな……」

 目線を落とすカルロスに、穣の苦笑が爆笑に変わる。

「笑い事じゃない! 貴様は変わらんな本当に!」

 怒るカルロスに穣は黒船を指差しながら「ほら黒船、着陸したし!」

 黒船は船底の採掘口からタラップを下ろす。

 上総も満面の笑みで「行きましょうカルロスさん!」

 駿河も皆に「行きましょう!」と促す。

 一同は黒船に向かって歩き始める。

 護は「初めての黒船だ!」とワクワクしながら「お邪魔しまーす!」と挨拶してタラップを上がり始める。

 穣も「すまーんお邪魔するよー」

 周防は駿河に「では、ちょっとお邪魔します」と言い、皆と共にタラップを上がり始める。

 少し上がると上の方から「おかえりー!」という二人の女性の声がして、見ればタラップを上がった所に調理師のジュリアと機関士のシトロネラが立っている。シトロネラが驚いて言う。

「うわ珍しいのがいる! 周防じゃん、久しぶりー」

「お、シトロネラ。久しぶり」

 ジュリアは「カルロスさんお帰りなさい! 無事で良かった」と微笑む。

 カルロスは至極気まずそうに小声でボソボソと「……帰った訳でも無い……」

 皆がタラップを上がり、採掘準備室に入ったのを確認したジェッソは、「タラップ上げるぞー!」と叫んで採掘口の開閉レバーに手を掛ける。駿河はその隣にある船内電話の受話器を取ってブリッジを呼び出すと「あ、副長。駿河です。今、全員無事に戻りました。とりあえずここからアンバーと一緒にSSFまで飛んでくれるかな」


 ブリッジの船長席には総司が居て、操縦席には静流が居るが、更に女性の三等操縦士、アメジストも居て操縦席の隣に立っている。

 総司は受話器で駿河に「了解」と答え、ブリッジ内の二人に「じゃあ本船はこれからアンバーと一緒にSSFへ向かいます」と指示する。


 採掘準備室の駿河は、採掘口が閉まるのを見つつ受話器に言う。

「留守番ありがとう。今、ここにカルロスさんと周防先生が居てさ、俺ちょっと話を聞きたいんで、もう少ししたらブリッジ行くと思うから、それまで」

『来なくても大丈夫ですよ』

「え」

 総司の返答に驚いてキョトンとした所へ、ジェッソが「船長、採掘口閉鎖オッケーです」と報告する。

 駿河はジェッソに「うん」と返事してから受話器に向かって「採掘口閉じましたよ、総司船長」

 すると総司がアハハと笑いながら『了解です!』と返事する。

『まぁ問題無いのでゆっくり来て下さい。ところで船長、さっき航空管理に怒られて、反則金払う事になりましたんで宜しく』

「免停にならなくて良かった」

『ウチよりアンバーの方がヤバいんじゃないかな。かなりの速度でぶっ飛んでましたから。免停は免れましたが相当怒られたと思います!』