第11章02 昔話

 アンバーと黒船は霧島研を離れ、SSFに向かってアンバーを先頭に飛び始める。

 黒船の採掘準備室では、周防の話を聞きたい人々が折り畳み椅子や小さなコンテナを並べて輪になるように集って座り、突発的な『お茶を飲みつつ話を聞く会』が開かれようとしていた。

 周防の右隣には護、メリッサ、昴が並び、周防の左隣には穣、カルロスと上総が並んで、周防と向き合う対面には駿河とジェッソが並んで座っている。一同の中央にはテーブル代わりの小さなコンテナが置かれ、そこに飲み物のカップを置き、立ったままでOKという夏樹やレンブラント達は、座っている一同の後ろに適当に立ち、ジュリアやシトロネラはメリッサの後ろに置いたテーブル代わりの大き目のコンテナの上にポットやカップを置いて、そこで紅茶やコーヒーを淹れている。

 ジュリアが紅茶を淹れたカップを周防に差し出す。

「どうぞ」

「ありがとう」

 紅茶を受け取った周防は早速一口飲み、はぁと溜息をついてポツリと呟く。

「黒船かぁ。何年ぶりだろうな」

 シトロネラからコーヒーを受け取りつつ、穣が「以前にも乗った事が?」と聞くと、周防は「うん、確か……」と考えて「私が15才くらいの時だから」

 上総が驚いて「82年前?!」と叫ぶ。

 護も目を丸くして「またトンでもない数字が」

「っていうか」

 上総は周防の方に身を乗り出すと「その頃、黒船あったの?」

 続けてメリッサが「もしかしてその頃は採掘師してたとか?」

 ふとメリッサを見た周防は、ハッとして指差す。

「あ、お前がメリッサか!」

「そーよ! 一体私を誰だと思ってた訳?」

「フランだったかフェンネルだったかと思って」

「フランキンセンスは昴のほう!」

「へ?」

 キョトンとする周防に、メリッサは自分の隣でコーヒーを飲んでいる昴を指差して

「昴の奥さんがフランよ! 採掘船シトリンに乗ってる!」

「ああ。……フェンネルって今どこだっけ」

「採掘船レッドコーラル!」

 そこへ皆に飲み物を渡し終えたシトロネラが、ジェッソを指差して話に割り込む。

「ちなみにメリッサはあの人の奥さんよー!」

 それを若干ショックな面持ちで聞いていた護は「皆さん結構、結婚してらっしゃるんですね……」と何やらションボリ顔になる。穣が「コラ、そこ!」と護を指差して「お前がその歳で落ち込んだらカルロスとかどーなる!」

 一瞬、「なぬ?」という顔をしたカルロスは「どうだっていいが、ところで話がスッ飛んだぞ!」と周防を指差す。

 周防は「スマン」と言ってから溜息ついて「ウチの人工種は人数が多いから、あまり会わない奴は顔と名前が一致しない場合がある。更に誰と誰が結婚したとかは、もう……」

 また話が脱線しそうなので穣が「まぁまぁ82年前の黒船の話の続きを」と促す。

「ああ。黒船と言っても、この船体じゃ無いけども。黒船に乗って探し物をね……」そこで少し黙ると、再び口を開いて言う。

「昔、知識の都ベリアーに、有翼種を研究する人々がいて。彼らはイェソドを探す為の人工種を作った。それがカナンと私」

「え!」

 一同、驚いて声を上げる。

 メリッサが怪訝そうに「イェソドを探す為?」と言い、カルロスも「てことはアンタ、探知人工種なのか?」と問う。

「まぁ探知もあるけど」

 カルロスは驚いたように「も?」と問い返す。

「……カナンは探知の特化型だよ。でも探知とかそういうのは、私はもうとっくの昔に出来なくなったな。使わないと能力落ちるんで」そこで「あんまり昔の事は話したくないなぁ」と苦笑いする。

 それから紅茶を一口飲み「まぁ、何とかイェソドを見つけて有翼種と交渉したんだけどうまく行かなくてね。ハッキリ言えば追い払われた」

 護が「有翼種に?」と聞く。

「うん」

 カルロスは周防を急かす様に「その原因は? そもそも何の為に!」と尋ねる。

「それは当時の人間達に聞かないとな。私はまだ15だったし、まぁ……私とカナン以外の人工種に自己意志なんか無かったので」

 穣が眉間に皺を寄せて「どういう事ですか?」と問う。

 周防は淡々と「人形。本当に人形」と言い「例えばこうして集っても、仲間と私語する事も無く、ただ立っている」

「……」

 唖然とする一同。

「ただ、立っている……」

 護の呟きに周防は頷き「個性も感情も無い」と言ってから、自分の首のタグリングを指差す。

「この首輪がね、壮絶だったんですよ、本当に」

「……」

 再び沈黙が起こり、周防は微笑しながら一同を見回す。

「皆さん、そんな緊張しないで」

 穣がボソッと言う。

「それ、……ちょっと怖すぎるんですけど」

「まぁねぇ……」

 短く溜息をついた周防は「まぁ人工種の歴史を紐解くと、闇が沢山ありまして」と言って思案するように暫し黙ると「この話を言って良いものやら……」

「できれば是非、聞かせて下さい」

 穣に続いてカルロスも言う。

「カナンさんとアンタが死んだら、それこそ永遠に闇に葬り去られる」

「……だがなぁ。うーん……」

 唸った周防は上総を見て「特に若い子には聞かせたくない話なんだが」

 上総は真剣な顔で「聞きたいです! 周防先生の過去、聞いた事ない」

 その言葉にメリッサも「同じく!」と同意して「殆ど聞いた事無い。今まで話してくれなかった!」

「うん。……まぁ、昔の人工種はね」

 周防はそこで言葉を切り、言い難そうに「……壊れると、処分されましたからね」

 穣が硬い表情で続きを促す。

「て、いうと?」

「殺された」

「……」

 皆、身動き一つせず、凍ったように周防を見つめる。

 周防はニッコリ笑って「やめようこの話」

 カルロスが大声で「いいから聞かせろ!」

 上総も「聞きますっ!」

「んー、……まぁ、その……」

 微笑したまま少し黙った周防は、護のタグリングを指差して言う。

「これでガンガン締め付けるだろ? すると当然壊れるわな。メンテして治らないと廃棄処分という」

 思わず護が「先生、よく生き延びて来ましたね」と言い、驚いた顔をした周防は「……そう、だな」と呟く。

 何か考えつつ「まぁ私が人間にとって役に立つ人工種だったからだな」と言ってから、ふと。

「あ、そうか思い出した。私が製造師になったキッカケは、自分をメンテする為だったんだ」

「そうなんですか?」と護が問うと

「うん。今、話していて思い出した。そう、そうだ。最初はそれなんだ。このタグリングをな? 何とかしたくて……」そこで溜息をついた周防は俯いて言う。

「あんまり話したくないな、色々思い出してしまう」

 穣は俯いた周防の顔を覗き込み

「いや、でもここは頑張って話して下さい。でないとマジで人工種のホントの歴史が」

 少し顔を上げた周防は「んー……」と唸って目を閉じると「……まぁ自分が生き延びる為に必死でタグリングの事を調べて色々やっているうちに……。あの時は自分が製造師になるとは全く思っていなかった。それがこんな事になるんだもんなぁ……」

 再び俯き、深く長い溜息をつく。それから意を決したように目を開けて顔を上げると、一同に言う。

「複雑な話だ、順を追って話そう。まず」

 昴が「待って待って!」と大声で話を遮り「録音してもいい?」と腰に着けたポーチからスマホを取り出す。

「えっ」と驚く周防。

 穣がパチンと指を鳴らして「昴ナイス! 録音しとけば後でアンバーの連中に話す手間が省けるし!」

「って、データあげないぞ」

「えー!」

「じゃあ穣がそこでこのスマホ持っててくれたら、後でデータあげる」

「交渉成立! って録音していいですよね?」

 穣は許可を問うように周防を見る。

「……うん。ご自由に」

 昴からスマホを受け取った穣は周防にそれを近付ける。

 周防は一旦、紅茶を飲んでから

「まず、ええと。……カナンの製造師は神谷俊明という方なんだが、この方は人工種に自己意志を持たせる為に有翼種の研究をしていた」

 護が驚いたように「有翼種の?」と尋ねる。

「うん。人工種が支配される前の状態になるには原種である有翼種の遺伝子が必要と考えたらしい」

「原種が、有翼種?」

 不思議そうに首を傾げる護に、穣が言う。

「俺ら人工種は有翼種と人間の混血なんだよ」

 するとカルロスが「それは人工有翼種では?」と割り込む。

「ってかその人工有翼種から、人工ヒト種というモンになったのが、俺達」

 穣の説明に、カルロスと護は頭にハテナマークを浮かべて「ほぉ?」「どうしてそうなったの」と首を傾げる。

「お前ら、知らないんか。イェソドに行ったのに」

 カルロスは「うん。何やら色々と伝説の話は聞いたが」と言い、護も「あんま気にして無かった。だって気にするなと言われ……」そこでハッと思い出して「あ、もしかしてカナンさんが言ってたアレかな? 『愛の力で出来た人工有翼種を、人間達は私利私欲の為に改造し、人間の操り人形にしてしまった』っていう!」

「あぁ……そういやそんな事を言っていたな」

 穣は二人に「まぁいいや、知らんなら後で俺が詳しく教えてやる。今はとにかく周防先生の話だ」と言い、周防に「続きをお願いします」と言う。

「うん。……まぁ、とにかく有翼種の居るイェソドを探す為に、探知に特化した人工種を作った訳だが、ここに大きな謎があって、カナンと私の遺伝子が、当時の他の人工種と、かなり違うという……」

 そこまで言うと、周防は皆を見回して

「ここでちょっと専門的な話になるが、昔、人工種の遺伝子型は一つしか無かった。霧島研で最初に作られた人工種の遺伝子型で、これを『基礎原体』と言うんだが、当時の製造師はこれを改変して色々な人工種を作っていた。しかしカナンが作られた時、その遺伝子型が基礎原体から大きく外れるものだったので、管理はこれを原体B型とし、基礎原体の系統を原体A型と定めた。つまりそれほど遺伝子が違う。神谷俊明という製造師はなぜ、そしてどうやって原体B型を作ったのか」

 護が「じゃあB02である周防先生は、俺達とは全然違う……?」と質問する。

「いや、実は皆には原体B型の遺伝子が少し混じっているので全く違う訳じゃない」

「え、混じってる?」

 護は驚いて「俺、ALA型だけど俺も?」

「うん。生粋の原体B型は私とカナンだけだが」

 上総が「B03は?」と割り込んで質問する。

 すると昴が驚き「えっB03って居たの? 誰?」

「SSFで育成師してる紫剣愛美さん」

「え。……実家の事、興味ないから知らなかった。ってか夏樹は知ってた? あれどこだ夏樹」

 左右を見回す昴。背後から「後ろに居るよ」と声。

 昴が座ったまま振り向くと、夏樹がコーヒーのカップを持ったまま後ろに立っていて「うん、知ってたよ」と答える。

「なにぃ。あのオッサン……いや俺の製造師が原体B型の人工種にチャレンジしてたのは知ってたけど、B03って居たのかー!」

 上総が苦笑気味に「愛美さんはもう25歳だから結構前から居ますけど……」と呟く。

 昴は「アレェ?」と大きく首を傾げて「だって、他人のナンバーとか聞いてすぐ忘れるし、うん」と言って誤魔化すようにニッコリ笑う。

 周防がしみじみと言う。

「あれは紫剣さんの『原体B型を絶滅させるな』という執念で生まれた子だよ」

 護が「絶滅って」と突っ込むと、周防は大きな溜息をついて

「だって原体B型はもう……何回やっても全然、出来ないんですよ。もうね、私は殆ど諦めていました」

 夏樹が続けて言う。

「でも紫剣先生が、周防先生をしつこく追い掛け回してB03を作った」

「んー」周防は唸って「まぁ一応、管理にB03と認定はされたけど、遺伝子が私とちょっと違う所があるので生粋のBではないんだなぁ……。真面目に謎なんですよ。生粋の原体B型、つまり私とカナンの遺伝子は一体どのようにして作られたのか」そこでふと、護を見る。

「ああ、話を戻そう。……カナンが作られた当時から、製造師連中は原体B型を作ろうと躍起になって、その過程でAとBの遺伝子が混ざったMAやALA等の原体A型変形が作られ、そこからCやらDやら色々生まれて君達がここにいる。だから皆には原体B型の遺伝子が多少なりとも入っている」

 護が「なるほど!」と大きく頷く。