第11章03 周防の過去

 周防は話を続ける。

「ところで私のナンバーはATL SK-KA B02で製造師記号が二つ入ってる。KAは神谷俊明、SKは周防和臣。この和臣という製造師は人工種の進化の為に有翼種の遺伝子が必要だと考えて、イェソドを探す為に神谷さんと一緒にB02を作り始めた。しかし私が生まれる直前に神谷さんが老衰で亡くなってしまい、だから私は神谷さんに会った事は無い。その代わり、約20才離れのB01、カナンが色々と世話してくれた。……と言うか、私にはカナンしか居なかった。なぜなら和臣という製造師は……」

 暫し黙ると暗い顔になり、一気に声のトーンが落ちる。

「和臣には一人息子がいてな。勿論、人間で、私と同い年位の奴なんだが。……そいつが、事情は知らんが10才の時に家出して行方不明になった。その時から和臣は、私を息子の代わりにし始めた。まぁ私も嬉しかったので必死に和臣の理想の息子になろうと頑張った。だが……」

 溜息をついて黙り込み、目線を落として暫し悩む。

 手に持つ紅茶のカップを眺めながら「ちょっとここは語れないな……」と呟くと、少し間を置いて話し始める。

「とにかく私は幼い頃から船に乗せられカナンと一緒に雲海でイェソドを探していたが、特に何も見つからなかった。しかし私が15才になったある日、カナンが突然『一緒にイェソドへ逃げよう』と言い出した」

「!」

 皆が驚いて目を見開く。

「つまりカナンは既にイェソドを発見していたがそれを人間に言わなかったし、私の探知を妨害していた。カナンに何があったか知らないが、彼はもはや人間に見切りをつけて、イェソドで有翼種と共に暮らす決意をしていた。そしてその為の計画を立てていた」そこで遠い目になると「……あれは何年経っても忘れられない……」と呟く。

 目を閉じた周防は、淡々と、しかしハッキリした口調で語る。

「今から82年前のある日、航空管理の船2隻と警護の船2隻そして採掘船オブシディアンの5隻でイェソドへ行った。鉱石弾で死然雲海を切り開き、イェソドを守る『壁』が近づいた所で船団は多数の有翼種に囲まれ、そこで最初の話し合いが持たれた。まぁ人間側は有翼種に和解しようと言う訳だが理由はどうあれ有翼種にとっちゃ勝手な言い分でどうでもいい訳だよ。大体、カナンと私以外の人工種は人形みたいな奴らで、……これが人工有翼種の成れの果てと知って有翼種はショックだったろうな」

 そこで目を開けるとカルロスと護を交互に見て言う。

「……ところで、カルロスと護君は、イェソドの首都ケテルには行ったのかな?」

 カルロスは「いや」と否定し、護は「ケテルの下のコクマの街なら行きました」と答える。

「それでも恐らく相当なイェソドエネルギーだったろ?」

「ああ」とカルロスが頷く。

 護は「う、うん多分」と言って「俺はよくワカランけど、カルさんが凄い凄いと言ってました」と答える。

 周防は「有翼種達は5隻の船を首都ケテルへと案内した」と言い言葉を切ると、少し間を置いてから「しかしカナンと私はケテルがどんな所か人間に言わなかったんだよ」

「え!」

 カルロスと護が大声を上げ、驚きで目を丸くしながらカルロスが言う。

「あの壮絶なエネルギーの中に突っ込んだと?」

「……うん。有翼種が住むイェソド山、あれは殆どイェソドエネルギーの山と言っても過言じゃない。頂上にはエネルギーの源泉があり、首都ケテルはその近くにある。……なのでケテルが近づくに連れ人間は立っていられなくなり、人によっては急性エネルギー中毒を起こして倒れる。ついに船は進めなくなり、そこで二度目の話し合いをしたが、有翼種は、ケテルに来れないなら和解は無いと言い張り、人間は仕方なく一旦引き上げる事にした。そこで私は本当は、カナンと一緒に浮き石を持って船から飛び降りる筈だったのに。……どうしても行けなかった」

 深く長い溜息をつき、肩を落として俯くと、目を閉じ、少し顔を上げて、感情を殺して皆に語り聞かせる。

「まぁ……息子の和樹が居なくなって悲しむ和臣を見ていたし、自分がその息子の身代わりをやっていて、それが自分の存在価値だと思っていたし。ここで逃げたら製造師の和臣を悲しませるという罪悪感に引っ張られて私は、一緒に飛び降りようとするカナンの手を振り払って自分は船に残ると言い張った。……それが自分の選択であり自己意志だと。カナンは、『それは本当に貴方自身の自己意志なのか』と何度も何度も、何度も問い、私はそうだとキッパリ答えた。ついにカナンは諦めたように『では、お元気で』と言うと微笑みながら船から落下して行った。下には有翼種の街。落下するカナンが数人の有翼種に取り囲まれるのが見えた。それが私がカナンを見た最後だ。……あれ以後、人間はイェソドに行きたいと言わなくなった。お蔭で私のイェソド探しの役目も無くなった訳だ」

 話し終えてフッと短く溜息をついた周防は、目を開けてゆっくりとカップの紅茶を飲む。

「……」

 皆、驚きで言葉を発する事が出来ず、暫し静寂の時間が流れる。

 やがて護が悲愴な顔で周防を見たまま「……そんな、ことが」と呟き、周防は「あったんだよ。……で」と言って言葉を切ると「ここからが地獄の始まりなんだが聞きたいか」

「ここから?」

 更に目を見開いて驚く護。

 カルロスは「聞こう」と身を乗り出す。

「……イェソドから戻って数日経ったある日、行方不明になっていた和臣の息子が突然、戻って来るという珍事が起こった」

 皆が「ええっ」とどよめく。

「なんか行方不明というのは嘘だったんじゃないかと思うけれども、まぁとにかく本物が戻って来た。てことは身代わりはもう要らん訳だよな?」

「い、いや」と穣が否定し、メリッサも「そんな訳ないでしょ!」と叫ぶ。

 周防は自分を指差して「コレはアッサリ捨てられまして。人工種の息子は要らんと」

 皆の「ええええ?」という大合唱。

 全員が信じられない面持ちで周防を見つめる。

 穣が「やべーよ、そいつ……」と呟くと、周防はちょっと微笑して「まぁ、そもそも人工種への理解と認識が、当時と今では違うからな」

「とは言っても……」

「別にポイッと捨てられた訳じゃなくて、その、……全然、こっちを向いてくれなくなった。それで私は衝動的に和臣の元から逃亡した。何で逃げたかよく覚えてないんだが……」

 溜息混じりに穣が言う。

「そりゃあショックで記憶も飛ぶわ……」

「とにかく人間の居ない所に行こうと思ったんだがイェソドには行けない。なぜなら自分が行かないと決めたから」

「そんな」と護が声を発し、周防は護の方を見て「当時はそう思った。まぁ探知を使ってアチコチ逃げ回っていたけども、結局捕まって、霧島研で働く事になった。あの頃は本当に人工種の自分が嫌で、とにかく人間になりたかった。タグリングさえ外せば人間のフリをして暮らせるかもしれないと思って霧島研で働きながらタグリングについて勉強をした。当時の霧島研は人工種を作っていたので日々の仕事で色々学んだ。するとだんだん人工種のメンテを任されるようになり遺伝子管理もやるようになり、まぁ重宝されてはいたが私はとっとと霧島研から逃げたかったので密かに自分のタグリングに細工して逃げる準備をしていたら、見つかって壮絶に締められた」

 そこでちょっと言葉を切り、上を向いて「ああ、思い出した」と呟くと、ハァと溜息をついて言う。

「当時は原体B型だからって凄い言われたな。重要資料だから生かしとくって事だよ。殺してくれりゃあラクなのに、とは思ったが黙って殺されるのもハラが立つ。自殺してやろうかと思った事もあったが、……自殺できないようにされていたという。凄いよな」と皮肉な笑みを浮かべると「まぁ、とにかく色々足掻いて……しかしある時、一人では限界だと思った。そして仲間を作ろうと思った。自分のように自己意志を持った人工種を作ろうと思ってそこからは製造師めざして一直線。……だが人間の望むものでなければ作らせてもらえないという、このジレンマ。自己意志を持った奴を作ろうとすると尽く阻まれて、人間の望むものを作れと。でも成果を挙げないと力を持てない、力が無ければ自分の望むものが作れない。その葛藤の中で……結局は人間の操り人形になって人工種を苦しめて行ったという。……私は最も残酷な製造師だと思う」

 そう言って項垂れる周防を、一同は言葉も無くただただ見つめる。

「そんな状況の中で……確か42才の時かな、霧島研が様々な事情で人工種製造をやめたので、製造師は全員、MFに移籍になったんだが、その頃になると流石に私も認められて、しかしこっちが力を持つと逆に私を持ち上げて利用しようとする奴が結構いた。……そう、だから、私は紫剣さんを信用するのに相当な年月がかかった。あの人は原体B型の研究がしたいと言って私の所に来たんだが、ああこいつも私を利用するのかと思った。何せまぁ……本当に、人間は勿論、自分が作った人工種にさえも、誰にも理解されずに生きて来たので、孤独すぎて誰も信じられないという」

 大きな溜息をつき、困ったような顔になって「でもあの人、しつこかったんだよ。私はMFでやっとそれなりの力を持てたので、独立して一人で自由にやろうと思ったのに、あの人が『付いていく』と。まぁでも人間の紫剣さんが一緒だと管理とか世間がゴタゴタ言わず、スムーズにSSFが出来たけれども、でも本当は、どんなに小さくてもいいから人工種だけで建てた製造所にしたかったな……」そこでふと、我に返る。

 恥ずかし気に頭に手を当て「あっ、喋り過ぎたな、すまんすまん」とアハハと笑って「いやはや長い話になってしまった。まさかこんな話をする事になるとは。語るつもりは無かったのに」

 周防は紅茶を飲んでニコニコしているが、他の全員、コーヒーや紅茶のカップを手に持ったまま、飲むのも忘れて神妙な顔で言葉を失い、暫しの時間が過ぎる。

「……壮絶すぎる……」

 ジェッソがぽつりと呟いたのを皮切りに、穣が「凄ぇ……信じられねぇ……」続いてシトロネラが「びっくりした……」等と皆、驚きの声を発し始める。

 皆を見回しながら周防が言う。

「だから今、君達がこんな事態を起こした事に、驚いてるよ。ありがとう。……皆、本当に進化した。私はとっても幸せだ」

「……」

 微笑む周防を見つめる一同。