第11章04 駿河
何と言葉を返したらいいのか皆が戸惑っていると、それまでずっと黙って話を聞いていた駿河が突然、声を上げる。一同の中央に置いてあるテーブル代わりの小さなコンテナにコーヒーのカップを置いてから
「周防先生、俺は黒船で、貴方をイェソドのカナンさんの所へ連れて行きたいと思います!」
思わず「えっ」と目を丸くする周防。
「だって俺は、人間としてとても恥ずかしい! 今すぐにでも先生をカナンさんの所へ連れて行きたい。この、オブシディアンで! もう管理なんかどうでもいい、許可なんか要らない。人間がどれだけ貴方や人工種に理不尽な事をしたかを思えば……」そこで少し俯くと、膝の上に置いた拳を握り、悔し気な顔をして言葉を続ける。
「俺は、今までティム船長が立派な船長だと思っていました。だけど違った。……俺は、そして黒船の皆は、本当の自由がどんなものかを知らなかったんです。……本当の自由とは、まず、自分の苦しみを知る自由。それを教えてくれたのは、カルロスさんです」
カルロスがビックリして目を見開く。
「だって、相手の望む自分で居れば、苦しみを感じる事が無い。俺はずっとティム船長に認められる事だけを考え、その為に頑張っていた、だけど自分が船長になった時、ティム船長のようにはなれないと思い……そこから苦しみが始まって、苦しみの理由を考えて、その為に自由になれたんです。……俺は、間違える所でした。ていうか、歴代の黒船船長は、皆、間違って来たんだと思います。どこかで間違えたのに、それを正しい事だと思って代々踏襲してきてしまった。それがやっと今、止まったんです! ……先ほど先生は、霧島研で、苦しみが無ければ内省する事も無いって仰いましたが、俺は苦しむ事が出来て幸いだと思います。なぜなら……」
一旦言葉を切り、悲し気な表情をして言う。
「……自分が絶対に正しいと思って苦しまずに去って行った方がいるからです……」
駿河を見ながら周防は内心、深く感動する。
(まだ若いのに、この内省と理解力、凄いな……。恐らく随分、悩んだんだろうな……)
カルロスも駿河を見ながら同じ事を思う。
(こいつ随分と精神的成長したな。……どっかの誰かの逃亡で、相当悩んだんだろうな……)
駿河は周防の方に少し身を乗り出して尋ねる。
「とにかく先生をイェソドに連れて行きたいのですが、先生のご都合は」
「……本当に行く気ですか?」
「勿論です!」
駿河に続けて上総が「もっ、ちろん!」と強く頷き、ジェッソも「当然です!」メリッサも「そうよ!」シトロネラも「当たり前でしょ?」等と皆がそれぞれ返事をする。
「しかし……」と周防は首を傾げて「いいのかな。カナンの都合もあるんじゃないかと」
カルロスが「いや、向こうは行けば会えるという感じではある」と言うと、護が「あっ待ったカルさん」と止めて「カナンさんはいいけど、街に入る為の許可が無い。黒船で行くなら尚更」
「しまった、そうか。有翼種に許可とらないといけないのか」
「うん」
護は一旦立ち上がって紅茶のカップを椅子の上に置くと、腰に着けている小さなポーチから白い石で出来たカードケースを出し、中の用紙を取り出して「これ、俺のイェソドの身分証明書です」と周防に見せる。
「ほぉ」
穣と他の数人も「おぉ」と護の所に身を乗り出してそれを見る。
カルロスも少し立ち上がり、目の前にあるテーブル代わりの小さなコンテナの上に紅茶のカップを置いて腰のポーチから同じものを出すと「これは私のだ」と駿河やジェッソ達に見せる。
「新たに作った人工種専用の身分証明で、有翼種のとは大きさも違う。何が違うかと言うと、裏面に禁止事項とか許可された事とか色々追記できるようになってるんだ」
続けて護が「一番最初は臨時に作った奴だったから、もっとでかい紙だった」と言い「ちなみにこのカードケースはケテル石だぞ」
穣が「ケテルぅ!?」と驚く。
ジェッソも「ケテル石は高いんでは」と言い、カルロスが「いや」と否定して「向こうはケテルが沢山採れるし良く使うんで、高くはない」
「ほぅ」
護が身分証明をポーチに仕舞いつつカルロスに言う。
「やっぱ一度イェソドに行って来なきゃならないよ、カルさん」
カルロスも身分証明を仕舞いながら「そうだな。って事はアンバーで行って来る事になるのか」と言い、紅茶のカップを取って椅子に腰掛ける。
「アンバーはいつでも行けますぜ?」
穣が言うと、護はカップを取って紅茶を飲みつつ椅子に座って「うん、それはいいけどケセドの長のガーリックさんを、どう説得しようかねぇ……」とカルロスを見る。カルロスが言う。
「別に四六時中、街の中に居る訳でも無いんだし、ちょこっとカナンさんに会わせてくれ、という事で何とかなるだろう!」
「やってみるしかないねぇ」
護はそう言い、周防を見て「先生はいつ頃イェソドに行きたいですか?」と尋ねる。
「うーん……」周防は考えながら「SSFを数日空けても大丈夫なようにしとかないと。とはいえまぁ、紫剣さんが何とかしてくれるが。でも行くなら早くて……一週間後だな」
「じゃあそれに間に合うようにイェソドで許可取って戻って……あっ。カルさん、航空船舶学校どうしよう」
「あー……」
カルロスが悩み顔をした瞬間、コーヒーを飲んでいた駿河が「そうだ免許の事だけど」と口を挟む。
コーヒーのカップをテーブル代わりのコンテナに置いてから「第三種なら、学校行かなくても免許取る方法ありますよ。要は試験に受かればいいので、誰かの小型船を借りて来て、操縦経験の豊富な人を指導者として同乗させて教習区域で練習すりゃいいんです。最初だけ教習所で教習船を使った技能教習と学科の基礎教習を受けなきゃなりませんが、あとは自由に時間を使えるので学校に入るよりいいかと。何せ指導者なら黒船とアンバー足して8人もいるし。もし管理が人工種の指導者はダメとか騒いだら、俺が」と言った所で「ふと思ったんだが」とカルロスが口を挟む。
「何でしょう?」
「外地で練習するなら種族関係ないんでは」
「へ?」
駿河はちょっと驚いて「外地……は、何も無いし、探知しないと、というか貴方、探知しながら操縦できるのかな?」
「……やってみないとワカラン」
「ダメです。恐いからやめましょう。そもそも航空管理の船舶用の管理波が無い所で操縦ってラクすぎます。練習にならない」
「え。そ、そうなのか?」
「はい。最も難しいのは都市部での操船です。さっきのウチの副長の操縦にはマジで、ビビりました」
護が「どの位の期間で免許取れるんですか?」と質問する。
「それはもう、お二人次第です。自主学習と練習が全てなので。逆に言えば教習所や学校に行ったとしても、しっかり学ばないなら試験に合格できずいつまでも免許取れませんし」
そうだよなぁ、と神妙な顔になった護は「なるほ、確かに」ウンウンと頷く。
カルロスはうーんと唸って「指導者が8人いると言っても皆、仕事があるし、教えてる時間あるか? 邪魔にならないか?」
駿河はカルロスに向かって「正直、第三種の小型船なんぞ操縦は簡単なんです。難しいのは学科で、中でも特に難儀なのが航空船舶法!」と言い「分厚い本が沢山来ますから覚悟しといて下さい」と右手でカルロスを指差す。
「ハ、ハイ」
「学科を各船4人の、機関部まで入れると6人の教官が交代で空き時間に教えるとして、実機の練習は休みの日にミッチリやって何とか仮免さえ取れれば教習区域から出られるので、そしたら静流さんか、アメジストさんを教官として横に乗っけて採掘船と一緒に採掘現場まで練習に飛ぶとか出来ますし」
カルロスが小声でボソッと「アメジストさんがいいなぁ……」と呟く。
「総司君でもいいですよ、休みの日ならば!」
「……」
黙って紅茶を飲むカルロス。
護が小声で「なんか学校に入るより凄いような気が」と言うと、駿河が「そうですよ」と大きく頷いて「何と言っても費用が安く済む!」
「うぉ!」護は目を見開いて「そうだ! オカネの問題が」
カルロスも苦い顔で「そうなんだよ、免許取るのに幾ら掛かるのかワカラン。だからと言って黒船とアンバーに甘える訳には」
「いいんです!」駿河は右手でパンと膝を叩くと「そこは何とかしますから! ……だって霧島研に直談判に行ってまで船が欲しいという人工種を応援しない訳が無い。逆に学校とか教習所だと人間ばっかりなので、どんな教官に当たるか、ってのもあります」
カルロスは駿河の気迫に気おされたように「な、なるほど」と頷く。
そこへ穣がカルロスに向かって「いいから好意に甘えちまえよ。その方が皆も助かる」と言い、シトロネラが「そうそう」と同意して「エンジンについては二等機関士の私が無料でガッツリ教えてあげるから!」と自分を指差す。
「そ、そうか。……じゃあ皆のご厚意に甘えて、学校ではなく自主学習にしよう。いいな護?」
「了解です!」
駿河はカルロスと護を交互に見て言う。
「ならとりあえずジャスパーの教習所に行って手続きしとけばいい」
カルロスは「ジャスパーか。明日、管理に連絡してジャスパーの教習所にしたと言わんとなー」と若干めんどくさそうな顔をして「勝手に予定を変えるなとか怒られそうで嫌だな……」と言い紅茶を飲み干す。
穣がニヤニヤ笑いつつ言う。
「ダメだっつーなら後日また二隻で霧島研にお伺いしますよって脅せば?」
「なるほど」
護は「じゃあその教習所の手続きとか終わったら、アンバーでイェソドに行くって感じ?」と穣を見る。
「うむ!」
カルロスが周防を指差して、駿河に言う。
「で、何とか一週間後にあの人を黒船でカナンさんのとこに連れて行くと」
「了解です」
二隻の船はSSFの上空に到着する。黒船とアンバーは一旦停止すると、先に黒船が屋上の片側に寄せて着陸し、続いてアンバーが黒船と向き合って船首が互い違いになるように向きを変えつつゆっくり降下し着陸する。
屋上ではカモミールと、二人の男性が一同を待っていた。
各船のタラップが降りて、アンバーからは月宮やマゼンタ達が、黒船からは周防やカルロス達が出て来る。
出迎えの人々が「おかえりなさい!」と声を掛ける。
「ただいま戻りました」
周防に続いて月宮が「ただいまです」と言うと、出迎えの男の一人がカルロス達の方に歩み寄りつつ
「ちょっとちょっと君達。大事な事を忘れてますよ」
護がその壮年の男に「何でしょうか?」と問うと、男は自分を指差して「これを連れて行かないと。私も仲間に入れてくれ!」
周防が護に言う。
「これが紫剣先生です」
紫剣は自分の背後の二人の人工種を指差して「こっちがウチの事務とか受付やってるカモミール、あの男が育成師やってる翔。どっちもSU、周防製」と言い「ところでなんか物凄く面白い事が起こっていたらしいけれども何がどうなった、おい、そこの昴!」とジェッソの背後にいる昴を指差す。
「ええ」
昴は面倒臭そうに「夏樹に聞いて」と自分の隣を指差し、夏樹も「えぇ」と顔を顰める。
駿河は紫剣に歩み寄り、「夜分遅くすみません、黒船船長の駿河と」と言い掛けた所で紫剣が「おぉ船長、こんな夜分にわざわざどうも紫剣と申します」と挨拶して「いやビックリしましたよ、SSFの屋上って採掘船が二隻着陸できるんだなぁと」
夏樹が「そっちか……」と小声で突っ込む。
駿河は思わず笑いながら「はい、ギリギリではありますが、それだけのスペースはありますよ。ただ重量的に、完全な着陸ではなく少し浮かせた半着陸ですけど」
「そうですか。とりあえず皆が無事に戻って来て良かった」
そこで周防が「あ、そうだ」と紫剣を見て「紫剣さん、ちょっと小型船を貸してくれませんか」
「え、何で、というか誰に?」
周防はカルロスを指差して「コレに」
紫剣はカルロスを見て「コイツ誰だっけ。…………といういつものね、SSFでよくある会話」
カルロスは紫剣に冷たい視線を送る。
「わかってる。どっかの十六夜先生が執念深く目の敵にしているカルロスだろ」
カルロスは紫剣にもっと冷たい視線を送る。
「……お前、昔の周防先生に似て来たな」
「なんですと」
周防はカルロスと護を指差して「コレとコレが一緒に第三種免許取るので小型船を貸してほしい」
紫剣は「ええ」と驚き「いいけど壊したら新しいの買ってくれよ。ところでコレは一体誰だ!」と護を指差す。
「ALF IZ ALAd454十六夜護と申します!」
「なんだと?」
目を丸くしてからアッハッハと手を叩いて笑い出すと「周防と十六夜がくっついた! 恐いなぁ。十六夜先生から苦情の電話が来ないといいけど」
周防も渋い顔で「あの人の電話は怖いからなぁ……」
護は若干恥ずかしくなって「だ、大丈夫です! そんな事はさせません!」と言いながら、そういえば長兄の電話も怖かったなぁと思い出す。
「さて、ところで紫剣さん」周防は紫剣を真っ直ぐ見ると「私は一週間後にちょっと旅行へ行ってきます」
「どこへ?」
「黒船でイェソドのカナンの所へ行く事になりました」
ハッ! と目を見開く紫剣。真顔になり、唖然として周防を見ながら「イェソドのカナン、って……」
周防は護を指差して「コレがイェソドでB01に会ったと」
「えっ! ……会った?」
「うん。人工種最高齢の記録更新です。120歳」
「えぇ……」
言葉を失い、暫し黙った紫剣は、周防を指差して叫ぶ。
「つまりアンタそんなに生きるの?!」
「すみませんね、とっととくたばらなくって! って事で一週間後にイェソド行ってきます」
「ほー……」
目を丸くしたまま周防を見つめてから紫剣は「そうですか」と言うと、微笑を浮かべて感慨深げに「そうですかぁ……」と呟く。
カルロスは「もう遅いんで、そろそろ」と言い、紫剣やカモミール達に向かって「とりあえず明日ジャスパーの教習所に行くので今晩はSSFに泊まります」
続けて護が元気よく「お邪魔しまーす!」
穣は「んじゃあ今日はこの辺で!」と言ってから護に「明日また連絡するからな」
「ほい!」
駿河もカルロスに「予定が決まったら教えて下さい」
「はい。また連絡します」
穣は「では紫剣先生、周防先生、皆さんおやすみなさい!」と挨拶してアンバーへ。野次馬で船から出て来たマゼンタ達も「おやすみなさーい!」と挨拶して船に戻る。
駿河は「周防先生、貴重なお話をありがとうございました」と言い「それでは皆様、失礼します」と一礼してからタラップの方へ。黒船のメンバー達も「おやすみなさーい」と挨拶し、船へ戻って行く。
やがて船はタラップを上げ採掘口を閉じてゆっくりと上昇を始める。
採掘船本部へ飛び去る二隻を見送りつつ、紫剣は感慨深げに「いやぁ、驚いたなぁ……」と呟くと、カルロスと護と月宮を見て「いつの間にか、随分と成長したもんだ」と微笑む。それから周防に「何がどうなったか詳しく教えて下さいよ先生!」
「……語ると長いから明日だ!」
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