第12章01 珍獣扱い

 翌朝の9時40分、ジャスパーの航空船教習所。

 ロビーの受付前に並んだ長椅子に、グレーのスーツ姿のカルロスと護が座っている。周囲には学生らしき若者が数人と中年近い男性がちらほらいて、長椅子で教本を読んだり自販機の所で缶コーヒーを飲みつつスマホを見たりしている。

 護はふぁぁと欠伸をして「最初の学科の時間まであと20分かぁ……」

 カルロスは周囲の人間達を見ながら小声で護に言う。

「やっぱ教習所に人工種って珍しいんだな。我々のタグリングに気づくと皆、エッという顔になる。イェソドで珍獣扱いされるのは慣れたが、ここでも珍獣とは」

「まぁねぇ。スーツ着て来て良かったね」そう言って、また欠伸をする護。

「いや我々だけスーツだから、余計目立ってるんだが……しかもお前の髪の色が青だし。人工種だから許されたが人間だとアウトらしいな、その色」

「第一印象って大事。珍獣だから最初はスーツでキメる、次からは普段着。ふぁぁ」護はまたまた大欠伸をする。

「一理はある。申し込みとか色んな手続きがスムーズに終わったしな」

「管理さんも、ジャスパーの教習所に変える事をすぐに許可してくれたし……」

「ただ電話で盛大な溜息つかれて『我儘だな』とは言われたがな!」

「でも寝るの遅かったから眠い……」護は椅子の背もたれにもたれ掛かる。

 カルロスは「私なんぞ早起きして採掘船本部に自分の荷物を取りに行き久々に自宅に戻って掃除を……」と言ってふと横を見ると、護が居眠りしている。

「私も眠いんだが。早い者勝ちかっ!」

 イライラしつつ呟くと傍らに置いたカバンから教本を出して読み始める……欠伸をする。

 教本を見て、ウトウト。また欠伸をする。また教本を読む。ウトウト……ハッと目を覚ます。

 カルロスは隣で眠る護をジト目で見ると、いきなり教本でパンッと護の頭を叩く。

「……?」

 護が目を開けてカルロスを見る。カルロスはイライラしながら

「昨日、管理がゴネたお蔭で今日は睡魔との戦いだ! 全く」

「まぁ管理も眠いだろうねぇ」護は欠伸混じりに言うと「なぁカルさん」

「ん?」

「アンタがイェソドに来てくれて良かったな。俺ずっと悩んでたんだ、あのままイェソドに居ていいのかなって。人工種が一人で心細かったし。アンタが来て嬉しかった」

 目をパチクリさせるカルロス。

「……突然、何を言うかと思えば」

「だってアンタ凄いんだもんよ」

「何がだ!」照れたらしいカルロスは、また教本でパンッと護の頭を叩く。

「ったく寝不足だと変な事を言いだす!」

 やがて学科教習の時間が近づき、二人は他の人々と共に教室に入る。



 夕方6時近く。

 午前、午後といくつか連続で学科を受け、最初の技能教習もこなした二人は夜の学科教習に備えて早めの夕飯を取るべく近くの食事処へ。

 テーブルを挟んで向き合って座り、生姜焼き定食を食べていると、護のスマホに電話が掛かって来る。

 護は電話に出て「はい護です、こんばんは穣さん。……今、早い夕飯の最中だよ。夜からまた教習あるから」

『え、もう教習受けてんの。教習所どんな感じ?』

「んー、人工種が珍獣扱いされる以外は何も問題無い。そっちはどうなってる?」

『さっきチョコッと採掘した後、霧島研に行って許可証を取って来た。昨日色々あったから今日はノンビリ』

「俺とカルさんは今日は睡魔との戦いだよ。ちなみに黒船は?」

『黒船も今日はノンビリだよ。明日の仕事の準備したら帰るってさ。ところでイェソドだけど、もし明日の朝、行けるなら行っちまうけど。皆、早く行きたいって言ってるし』

「勿論、行くよ。その為に今日、眠いの我慢して頑張って教習受けてるし。明日の朝、何時?」

『8時出航で』

「了解。じゃあまた明日」

『頑張ってなー』

 通話が切れる。護はカルロスを見て

「明日イェソド行き。7時半にはアンバー!」

「了解。私が寝坊したら置いて行ってくれ」

 護はニッコリして「おっけー!」

「冗談だ、連れてけ!」



 次の日の朝7時、採掘船本部。

 駐機場のアンバーの元に、キャリーバッグを引いた副長のネイビーがやって来る。ネイビーは船底の採掘口の下に来ると、胸のポケットから『船の鍵』であるリモコンキーを出し、上に向けると採掘口が開いてタラップが下り始める。

 採掘船に最も早く乗船するのは副長で、次に操縦士、機関士、調理師といった『運航クルー』達が乗り、船長は事務所での出航手続きが終わり次第乗船する。『採掘メンバー』は基本的には朝礼に間に合えば良いので一番最後になる事が多い。

 タラップが下りてネイビーが乗船すると、少しして制服の剣宮と、私服の良太がキャリーバックを引いてやって来る。一応、出勤時は私服で本部内の更衣室または船の船室で制服に着替える事にはなっているが、規則では無いので制服で出勤し私服はカバンに入れて持って来る人も多々いる。

 剣宮と良太が乗船すると、続いて船長の剣菱が、それから他のメンバー達が続々とやって来て、タラップから船内に入って行く。7時20分になると、バックパックを背負った私服のマゼンタと護が一緒にやって来てタラップを上がり、採掘準備室の点検をしている穣と悠斗に「おはよーございます!」

「おはようさん!」

 穣は護を見て「あれ。カルさん一緒じゃないの?」

「うん。だって、こっちだと家、別々だし」

「あ、そうか自宅で寝たのか、なるほ」


 その頃、私服のカルロスはキャリーバッグを引いてテクテクと黒船の採掘口のタラップを上がり、採掘準備室に入って「お……?」と驚く。

 見れば既に制服を着た黒船の一同が駿河の前に並び、朝礼が始まろうとしている。

 (し、しまった間違えたー!)

 気づいた時には既に遅く、駿河が振り向いて「あれ?」とカルロスを見て驚く。

 機関長のリキテクスも「カルロスさん、今日はアンバーでは?」

 皆が不思議そうにカルロスを見る。

 全員の注目を一身に浴びて恥ずかしさで頭が真っ白になったカルロスは

「あっ、今日は、アンバーだった、いつもの癖で間違えた、すまんー!」

 叫ぶなりバッと採掘準備室を出てタラップを駆け下りる。背後にドッと大爆笑するメンバー達の笑い声。

 (くっそぉぉぉぉ恥ずかしいぃぃぃぃぃ)


 アンバーの採掘準備室のタラップ付近には穣と護だけがいる。

 アンバーの制服に着替えた護は壁の時計を見て不安気に呟く。

「35分か。7時半にはアンバーって言ったんだけどな。もうすぐ朝礼なのに……」

 穣も不安気な表情で「あのカルロスが遅れるとは珍しい。とりあえず、あと5分して来なかったら」

 タラップの下から誰かの足音が聞こえて来る。

「あ、来た」

 キャリーバッグを引いたカルロスが息を切らしつつタラップを駆け上がって来る。

「すまん、遅れた」

「おはよー」

 穣はカルロスを見て安心したように笑いながら言う。

「アンタが遅れるとは珍しい。間違って黒船に行ったんじゃないかと心配してたよ」

「えっ」真剣に驚くカルロス。

「えっ?」怪訝そうに聞き返す穣。

「いや。まぁ」

 恥ずかし気に俯くカルロスに、穣は少し驚いて「……もしかして、マジなの?」

 護は笑って「さすが黒船勤続13年」



 8時。

 駐機場から黒船が飛び立ち、続いてアンバーも飛び立つ。暫し二隻は並走して飛んでいたが、途中から黒船が左に進路を変え、アンバーから離れる。アンバーのブリッジ左側の窓際で、護が遠ざかる黒船の小さな船影に手を振っていると、ブリッジの様子を見に来た悠斗や透、マゼンタ達と共に入り口付近に立つ穣が「カルロスじゃなく、護が黒船を見送ってるし」と笑う。

 護と少し間隔を空けて隣に立つ、私服のTシャツと黒いGパンのままのカルロスは、ムッとしたように「別に向こうから見える訳でも無いし」と言い、腕組みして壁に寄り掛かる。

「まぁな」

 ニヤニヤ顔でカルロスを見ながら、……ほんとコイツ、照れ屋さんだよなーと思っていると、護が「あっ!」と驚いたような声を上げて「そういえば、ターさんへのお土産にマルクト石を買って持って行こうと思ってたのに、そんなヒマ無かった……」と落ち込む。

 カルロスがキョトンとして言う。

「買うって、どこで売ってんだ?」

 護より先にブリッジ入り口の壁際にいる透が「天然石ショップで売ってます」と答える。遅れて護が「ほら、天然石のブレスレットとか作れる店で、色んなパワーストーン売ってるやん。あれだよ」と説明し、操縦席の隣にいるマリアも「原石そのままってパワーが強いって言われてて、人気あるんです」と付け加える。

 カルロスは驚いたように「はぁ」と言い「マルクト石のエネルギー?」と首を傾げて「何のパワーがあるんだ?」

 それを聞いたマリアは認識の違いにアハハと笑いが出る。

 護は困って「んー、この場合のパワーってのは、信じる力というかー!」と言い、透は「お守りみたいなモンです! あとはこう、心のテンションを上げる為にインテリアとして飾る」

「はぁ」

 頭にハテナマークを浮かべ、何だかよくワカラン、というように額に手を当て困った顔をするカルロス。

 本人は全く無意識だが、その様子があまりにお茶目でブリッジの一同、なんとなく笑ってしまう。

 穣は、マジでカルロス面白くなったなぁと思いながら「マルクト石なら、あるよ」

「えっ」と驚く護。剣菱も笑いながら「採って来た!」

「マルクト石を? なんで?」

 剣菱は笑いを収めて「我々も、何かお礼を持って行こうと考えてて、護がマルクト石は向こうで貴重だと言ってたのを思い出して、それにしようと」続けて穣が「だって有翼種の世界がどんなかワカランしさ、相手も採掘師ならまぁ石を売る事も出来るんじゃないかって事で、マルクト石を、許可証もらいに霧島研行くついでにマルクトの山まで行って採って来たと」

「おお! ありがとう、ターさん喜ぶぞ!」

 満面の笑みを浮かべる護。

 剣菱は「マルクト石にして正解だったか。良かった」と言ってから「ところで教習所どうだった?」と尋ねる。

 護は楽し気に「もう技能やりましたよ! シュミレーターだけど技能は、楽しい!」と言い、カルロスは少し疲れた顔で「昨日は朝の8時から申し込み手続きと最初の学科やって、午後から色んな教習でしたが、まぁとにかく他の人に散々珍しがられましたよ。人工種が第三種? って」と溜息をつく。

「そりゃそうだろうな」頷く剣菱。

 カルロスは少し船長席に近寄り、真顔で剣菱に尋ねる。

「ところで昨日ちょっと小型船の値段を調べたんですが、なんであんなに高いんですか」

「な。高いだろ? ミニ船にしたら?」

「まぁ私は徒歩でイェソドに行きましたので、ミニ船で行けない事はないですが」

「……」

 少しの間、じーっとカルロスと見つめ合った剣菱は、可笑しくなって、ついクッと笑ってしまう。

 カルロスは申し訳なさそうに下を向いて「冗談です……」

 その様子にアハハと笑う剣菱。穣がしみじみと呟く。

「お前、冗談言うようになったのはいいけど、外すよな……」

 剣菱も「全く、真面目な顔して……」と呟き一旦ゴホンと咳をしてから

「個人にあんまりお空をウロウロしてほしくないので航空管理が値段上げて締めてんだよ。長距離飛べるような良いエンジン積んだ奴は、メチャ高い」

 カルロスは「うーん」と腕組みして眉間に皺を寄せる。剣菱が言う。

「まぁ後で中古屋紹介してやるから。お手頃価格にしてもらおうや」

「それはありがたいんですが……聞けばあの教習所に来るのは、ミニ船の免許を取りに来る若者か、仕事で小型船が必要な方だそうで」

「うん。船より車の方が安いから、若い人は車の教習所に行く方が多い」

「そういう意味でも人工種が第三種? という目で見られるのかなと。しかも免許取得まで全て教習所で習うのではなく最低限必要な事だけ受ける一番安い教習プランだから、それで試験に合格するつもりか? というような」

 穣が「嫉妬だろ? 人工種の癖に……って」と顔を顰める。

「……多分な。何にせよ学校に入らなくて正解だったと思う。こんなに珍獣扱いされるとは思わなかった。……イェソドの珍獣扱いは気にならんが、こっちの珍獣扱いは結構ストレスになる」

 護が苦い顔で「こっちのはネガティブだからねぇ」と小声で呟く。

 カルロスは腰に両手を当て仁王立ちすると、気合を込めて

「これで試験に落ちたらどんな目で見られるかワカランから頑張らねばならん!」

 ふと剣菱が二人に言う。

「そういや、なんか紫剣先生が小型船貸してくれるらしいが、もし良かったらウチの小型船も貸すぞ?」

 護が「小型船持ってるんですか?」と尋ねる。

「うん。ウチの奥さんが仕事で使ってる」

「え。それは」

「いいんだよ、二人が免許取るまでレンタル船を借りるから。二隻あると二人が同時に練習出来ていいよな」

 カルロスが「はい」と頷き「それは是非、お願い致します」と一礼する。

「それにしてもなぁ……」

 剣菱はちょっと落胆したように溜息をつくと「一旦、社会に根付いた思い込み、偏見ってのは払拭するのが難しいな。そんな珍獣扱いされるのか……。いや、でも俺もイェソドに行ったら同じように、有翼種からネガティブな目で見られる」と言い掛けた所で護が「いや!」と言葉を遮り「俺は、イェソドは違うと思います!」

「そうかな」

 護は大きな声で「はい!」と頷き「アッチとコッチの大きな違いは、管理っていう存在が居るかどうかです! コッチでは管理が人工種を縛ってるけど、イェソドでは人間を縛るような事は絶対しない」

「それは実際に行ってみないと分からんなぁ」

 思案気にそう言った剣菱は「まぁ俺は、一応、腹は括ってる」と溜息をついてから「とりあえずコッチは人間がメインの世界になっちまってるんで、もしもイェソドが人工種を温かく迎えてくれる世界ならば、もう少し、人工種の皆に、生活の基盤を作らせてくれたらなと……」

 穣が怪訝そうに「どういう事ですか?」と尋ねる。

 剣菱は穣を見て「これしかない、と思ってしまえば絶望するが、違う世界の可能性があれば絶望せずに済む。……この二人が体現した通りだ」とカルロスと護を指差す。

 穣は「あぁ」と頷いて「確かに。俺も護のように、別の世界での生活を体験してみたい……」

 うむ、と頷いた剣菱は「……まぁ本当は、管理さんが変わってくれればいいんだが、そこに力を注ぐよりも、自分達の可能性を広げる事に全力を注いだほうが建設的だ。だから護の言う、アッチとコッチを繋ぐ採掘はとっても大事なんだよ。その為に、護達の小型船も、アンバーと黒船も、頑張らねばならん」と言いながらレーダーを見る。

「さてと。もう少しで外地だな。この許可証がある手前、邪魔は無いだろう」

 振り向かずに指だけで、背後の壁のボードに貼られたビニール入りの許可証を指差すと、護がそれを見て「額入りにするんじゃなかったの?」と聞く。

 穣がニッコリして「いやー額装するヒマなかったんでビニール袋に入れといたよ!」

 護もニッコリして「あらまぁ四条さんガッカリ!」