第13章01 ケセドの街の長、ガーリック
『壁』の警備の有翼種達を乗せたアンバーは、彼らの指示でケセドの街へ向かって飛ぶ。
街の上空に入ると更に警備が増え、アンバーは数人の警備の有翼種達に囲まれつつケセドの役場の庁舎の上に停止する。少しして上部甲板のハッチが開き、剣菱、剣宮、護、カルロスの四人が甲板上に出て来ると、警備の屈強な男性有翼種達が四人に近付き、それぞれを背後から抱えて飛んで、庁舎のベランダに着地する。
アンバーは、後からやって来たカルナギの船と共に移動を開始し、街はずれの採掘船停泊所へ向かう。
庁舎の建物内に入った四人はケセドの街の長、ガーリックの部屋の前へ。護、カルロス、剣菱、剣宮の順に並び、警備の有翼種に続いて護が部屋に入った途端、ガーリックが怒鳴る。
「また君か!」
護は満面の笑みを浮かべて「お久しぶりです、ガーリックさん!」
ガーリックは肩を怒らせ護の前に歩いて来ると、大声で怒鳴る。
「今度は人間を連れて来るとは、いい加減にしなさい! これ以上連れてきたら貴方をイェソドから締め出しますよ!」
「待って下さ」と言い掛けた護の声に、剣菱の「待って下さい!」という声が重なる。
バッと護の隣に進み出た剣菱は、ガーリックに訴える。
「護が連れて来たんじゃありません。船の皆が行きたいと言い、私が行こうと言ったのです!」
続けて護が「お願いです、アンバーとオブシディアンの二隻を」
ガーリックは全拒否するように「ダーメ!」と大声で言う。
咄嗟に剣菱は護の背後のカルロスの腕を掴み、自分の前にグイと引き出し「この人の親の生き別れた兄弟がイェソドに居るんです!」
「えっ。な、なに?」
ガーリックは少し驚いて「人工種に兄弟がいるのか」
護が「居ます! 俺なんか五人兄弟です!」と言い、剣菱はカルロスを指差しながら「この人の親は、コクマに住んでる神谷可南(カナン)さんの弟なんです!」
その言葉に驚くガーリック。
「コクマに住んでいるカナンさん? ……あの人はもう、かなり昔にイェソドに来て」
「はい、82年間も会えなかった兄弟ですよ! 何とか会わせてあげたいんです。だから黒船、採掘船オブシディアンだけでもイェソドに入れて頂けませんでしょうか!」
「ん?」
ガーリックは首を傾げて剣菱を指差し「……あんたらの船は何て言うんだ」
「私の船は、アンバーです。そして、もし許可が出たならば、オブシディアンという船で、カナンさんの弟を連れて来る、と」
「ほぅほぅ。それでさっき二隻を、と言ったのか。うーん……」
右手の指で顎の下をトントン叩きつつ、首を傾げたガーリックは、自分の右後ろに立っている背の高い中年の男性有翼種を見て「カナンさん、だと。これはどうしたものか?」と尋ねる。
「それは貴方の方が詳しいでしょう、ガーリックさん。あの人工種のこと」
「んー、カナンさんはなぁ……」
そこで剣菱達四人を見て、少し険しい表情で尋ねる。
「あの人が、どうしてイェソドに居るのか、知っているか?」
護と剣菱が「はい」と頷く。
カルロスも「知っています。82年前、何があったか聞きました」
三人の後ろに居る剣宮も小さく「はい」と頷く。
「うーん……」
唸ったガーリックは溜息をついて「これは……まず本人に会いたいかどうか、聞かないと……」と言い「ちなみにその弟さんを連れて来る採掘船ナントカって奴には人間はどの位いる?」と尋ねる。
カルロスが答える。
「採掘船オブシディアン、略して黒船で結構です。人間は、船長だけです」
思わず剣宮が「えっ、たった一人なの?」と驚いて言う。
カルロスは振り向いて剣宮に「うん。まぁ先代のティム船長の時に辞める人が多くて」
「どんだけ厳しかったん……残った駿河船長スゴイ」
ガーリックがカルロスに「イェソドに入りたい船は黒船とアンバーだけか?」と尋ねる。
護が「いや、あと俺とカルさんの小型船で、合計3隻です!」と言い、続けてカルロスが「それが自由にイェソドに出入りできればと」
「えっ」とガーリックの右後ろの男性有翼種が驚いて「出入り?」
「はい」
カルロスは頷き「黒船とアンバーの人工種と人間は、有翼種との交流を望んでいます」
「第一希望はイェソド鉱石採掘だろう?」
「はっ、はい」
あまり強く押し出せない事を先に言われて焦るカルロス。
男性有翼種は溜息をついて
「もしも、絶対ダメだと拒否したらどうなる?」
「……その、時は」言葉に詰まった瞬間。
「ターさんのようにイェソドの外で暮らします!」
皆が護に注目する。護は続けて
「俺とカルさんが小型船を持つし、俺はターさんの家の近くに自分の家を建てるので、そこを拠点にイェソドに迷惑掛けないように暮らします!」
ガーリックが問う。
「人間の世界では生きたくない、という事か」
護は一瞬、悲し気な顔で黙ってから
「……でも剣菱船長や剣宮君のように大好きな人間達が居ます。だから断絶はしたくない。俺はアッチとコッチを繋いで、真ん中で生きたいんです」
「真ん中か」
ガーリックは苦笑いを浮かべて「やれやれ何やら大変だな」と溜息混じりに呟く。
男性有翼種は神妙な顔で「ふむ」と呟き、少し思案してから口を開く。
「……では代表を決めてもらわないとな。人工種側で、イェソドに来る奴を統率し管理する責任者が必要だ。船は3隻でもいいが、イェソド側との窓口は一本に絞ってもらおう」
「なるほど」
カルロスと剣菱、そして剣宮が頷く。護が言う。
「わかりました。後で皆と相談して決めます」
男性有翼種は「俺はラウニー・フェブラシア。『壁』の警備の隊長だ」と言い「3隻をちょっと入れるだけなら許可できるが、常時出入りの許可となると俺だけでは判断できない。カナンさんの意思の確認もあるし、時間をくれ」と言い、右腰に下げたポーチからメモ帳とペンを取り出してカルロスに聞く。
「そのカナンさんの兄弟の名前は?」
「ATL SK-KA B02周防和也」
途端にラウニーが「はぁ?」と眉間に皺を寄せて「そうか人工種の名前って長いんだよな」
「B02とか周防和也でも」
「書いてもらうよ」
ラウニーはカルロスに近寄りペンとメモ帳を渡そうとして「あっ、ところでその黒船ってのは、いつイェソドに来るんだ?」
「早ければ5日後に来る事が出来ます」
「乗員全員の名前が分かれば今、書いてもらうんだが」
「全員……」
カルロスは記憶を探りつつ「名前は分かるが人工種ナンバーがワカラン……」と苦い顔をする。
ガーリックが「何人乗ってるんだ」と尋ねる。
「私を入れて16人です。あっ、あとカナンさんの兄弟を足せば17人に」
剣菱が「ウチの船は護を入れて16人」と付け加える。
護も言う。
「まだ持ってないけど俺とカルさんの小型船は俺達2人だけ」
ラウニーが「まだ、って……いつ持つ?」と護に聞き返す。
「数か月以内には! それまではアンバーと黒船に乗っけてもらいます」
「はぁ。つまり……」ラウニーは考えて「イェソドに出入りするのは小型船と採掘船2隻の合計3隻で、全部で何人だ?」
カルロスが「33人」と答え、ラウニーはそれをメモ帳に書くと「じゃあとりあえずカナンさんの兄弟の名前と、黒船の船長の名前をここに書いてくれ」とカルロスにペンとメモ帳を渡す。それから溜息混じりにボソッと呟く。
「一気に33人かぁ。これはちょっと大事だぞ……」
ガーリックが嫌味っぽく「ターメリックの奴がこんなのを拾うからだ」と護を見る。
護はニッコリ笑って「あ、ちなみにダアトの遺跡見つけましたよ」
「えっ、ダアト?」
「人工有翼種の」
「いや雲海の中には沢山の遺跡がある。それがダアトという証拠は」
「御剣人工種研究所の写真があります!」
ガーリックは驚いたように「写真……」と呟いてから困った顔になる。
「……今もうダアト探しをする人は居なくなってしまったが……」
カルロスはラウニーに「書きました」とペンとメモ帳を返す。
ラウニーは「じゃあそのダアトの件も含めて相談して来ます。ガーリックさん、また」と言って部屋から出て行く。
ガーリックは一同に「とりあえず今はこんな所だ。結論が出るまで船で待機しといて下さい」と言い、入り口のドア前に居る警備の有翼種達に「彼らを船まで案内してやって」と指示する。
街外れの採掘船停泊所には、大小様々な船に混じってカルナギのブルートパーズとアンバーが並んで停まっている。アンバーの周囲には数人の警備が居て、時折、物珍し気にアンバーの船体を見に来る野次馬達に、近付かないよう注意している。
アンバーの船内では数人のメンバーが食堂に集い、ターさんとカルナギと雑談をしていた。
食堂の入り口側のテーブルの、壁際の席にターさんとカルナギが座り、そのテーブルを囲むようにアンバーのメンバー達が食堂の背もたれの無い四角い椅子を各自持ってきて座ったり、近くに立ったりしている。
穣が驚きの声を上げる。
「えっ、蛇口からイェソド鉱石水が出るぅ?」
カルナギが「純水が出る蛇口もあるが」と言うとマリアが「なにそれ?」と尋ね、ターさんが説明する。
「護君の言う、普通の水って奴だよ。つまりイェソドエネルギーの無い水」
それを聞いてカルナギが「普通の水か。確かに普通の水って言ってもいいな」
穣の後ろに立っているアキが、不安気に「あの……料理にはどんな水を使うんですか?」と聞くと、ターさんが「鉱石水は普通は調理には使わないよ。味が変わるから」
するとマリアの隣に居る透が驚いて「イェソドエネルギーで食べ物の味、変わるの?」
「うん」ターさんは頷き「あ、でも石茶には使う。石茶って有翼種のお茶ね。鉱石水で淹れる」
アキが「えぇ?」と驚いて「そんなお茶……人間は大丈夫なんでしょうか?」
カルナギが笑って「ダメだな!」と言い、ターさんも笑いつつ「石茶は、注意しないとダメだね!」と言ってから「もしもイェソドで生活するなら、気を付けた方がいいね。中和石っていう石を着けていれば大体大丈夫だけど」
「そ、そうですか。……恐いから船から出ない事にします」
不安そうに溜息をつくアキに、カルナギが微笑んで言う。
「まぁここは麓の街だし、出ても大丈夫だぞ。上の方の街に比べたら全然問題ない」
ターさんはちょっと苦笑気味に「イェソド鉱石のある辺りは、気を付けた方がいいけどね、あと石茶も……」と付け加える。
カルナギはターさんを見て「別に死にゃしないだろ? 余程か弱い人間でも無ければ」
「死にゃしないけど具合は悪くなるよ?」
「そうか」
そこへ中央階段の方から「ただいまー」という声が聞こえ、少しして食堂の入り口に剣菱が顔を見せる。
皆、口々に「おかえりなさい」
「スマンが誰か」と言い掛けた剣菱は、カルナギとターさんに気づいて「あっ! どうも、ようこそウチの船へ」
穣は椅子から立ち上がって剣菱に「護が世話になってる採掘船ブルートパーズの船長、カルナギさんです」と紹介する。
「おお。私はアンバーの船長、剣菱と申します」
カルナギは座ったまま「宜しく」と言い、穣達を指差して「何か皆に用事があったみたいだが?」
「あぁ。ええと『全員、採掘準備室に来い』って誰か船内放送してくれ。これから我々の身分証明書の為の登録作業をするそうだ」
電話のある場所に一番近いアキが「はーい」と返事をする。
「あと穣。ダアトの御剣研の写真、プリントしてくれ。有翼種に渡すから」
それを聞いてターさんが「お。さっき見せてもらったアレ、もしかしてニュースに使われるかも?」
穣は「じゃあ凄いキレイにプリントしないと」と言い、透を見て「ちょい助っ人して透! ……プリントしてきまっす!」と透を連れて食堂から出ていく。
採掘準備室にはB6サイズ程の大きさの薄い四角い端末と、ペンを持った警備の有翼種達が数人いて、登録作業を始めている。
「じゃあここに、どっちでもいいから手を置いて」
警備の有翼種に言われ、機関長の良太が端末表面に手を置くと、端末が淡く光る。
「よし。あとはここに名前と読み方を書いて」
有翼種からペンと端末を受け取った良太は指示通りに名前を書き、再びそれらを相手に返す。
「では確認しますね、ALF ETO ALA456江藤良太、間違いは無いね?」
「はい」
「ちなみに、この記号と番号にはどういう意味があるの?」
「人工種ナンバーっていうものです。ALFは作った製造所、ETOは作った製造師、ALAは遺伝子型、456が個体ナンバーで、どこで誰に作られたかが分かる仕様」
「へぇ……」
護が皆の登録作業を見ていると、登録が終わったマゼンタが護の所に来て言う。
「有翼種もタブレット使うんだー」
「うん、一応ネットみたいなのもあるからねぇ」
「へぇ。ちなみにあそこは何してんの?」
マゼンタは採掘準備室の端の方を指差す。穣とカルロスとターさんが、警備の制服では無い、茶色いカバンを持った年配の男性有翼種と話をしている。
護はニヤリと笑って「インタビューされてる」
「へ?」
「遺跡の研究者だってさ。ちょっと様子を見に行こう」
カルロス達の方へ歩き出す護。マゼンタもそれに続く。
少し近付くとカルロスの声が聞こえて来る。
「イェソドからの距離は、かなりあります。人間の都市とイェソドの丁度中間あたりなので」
続けてターさんが「大死然の反対の方、皆が行かない方の死然雲海」と付け加える。
「なるほど……」
研究者は思案気に呟いてから「他には?」
穣が「今の時点で分かる事は全部話したかな」とカルロスを見る。
カルロスは穣にウンと頷いてから、研究者に言う。
「そのうちまた行くので、何か分かったらお知らせします」
「ぜひ、お願いします。今、人工有翼種の研究する人、殆ど居なくなったからね……。場所が人間側の方角となると、調査に行くのはちと難しいし。……それにしてもありがたい、貴重な写真をありがとう」
研究者はそう言って手に持った茶色いカバンを少し持ち上げ大切そうに胸に抱える。
「では、私はこの辺で……」
研究者はニッコリ微笑み、ターさんに言う。
「君が今度は何を連れて来るのか楽しみにしてるよ!」
「え。俺が連れてきてる訳じゃ」
困り顔のターさんに、カルロスが苦笑して「勝手に来る奴がいっぱいいる……」
「船長、確認をお願いします」
レトラは登録者一覧を表示させたタブレット型の端末を剣菱に見せる。
「全員登録していますね?」
剣菱は一覧を確認して「はい。全員います」
レトラは剣菱を含め、アンバーの一同を見回しながら
「では証明書発行まで待機していて下さい。この付近はウロウロしても構いませんが、街の中には入らないように。特に人間の方は、出来るだけ船から出ない事をお勧めします。……有翼種にも、色々な考えの方が居ますから」
一同「はい」と返事をする。
レトラは「それでは」と言い、警備の有翼種達と共にタラップを降りて行く。
カルナギも「じゃ、俺もこの辺で」と手を振ってタラップを降りる。
ターさんや護達は「おつかれさまー」「またねー」等と手を振って見送る。
「やれやれ……」
ウーン、と大きく伸びをした剣菱は「さってと!」と言ってから一同を見て「じゃあかなり遅くなったが、とにかく昼飯だ。アキさん、ターさんの分も頼む」
アキは「お任せを! 下ごしらえしといたから30分後に昼食開始できるよ!」と言い階段室へ走る。
マリアとバイオレットが「私も手伝うー!」とアキを追う。
剣菱は他の皆に「30分後に昼だそうだ。それまで適当に……」と言って溜息をつくと「しかし腹減ったな。お菓子でも食うか」
サッ、と透が手を挙げて「船長! 俺は昨日クッキー焼いてきました、持ってきましょうか!」
「おっ、頼む!」
「了解です!」と階段室へ走る透。ターさんがその後姿を見ながら言う。
「透さんのクッキー、護君が絶賛してた。俺も食べてみたい」
穣が「んじゃ軽くお茶にするべ」と言い、剣菱も「んだお茶だ」他の皆も「お茶だお茶だ」と早速、椅子や小さなコンテナを集め始める。
数分後。
テーブル代わりのコンテナの上にはお菓子用のトレーに盛った透のクッキーとお茶のポットが置いてある。それを囲むように各自が適当に椅子やコンテナに座り、自分のカップでお茶を飲む。
茶色いマーブル模様の四角いクッキーを手に取ったターさんは、少し眺めて「形がキレイだね、キチンと四角い」と言ってから口に入れてモグモグ食べると「サクサク! うん、確かに美味しい」
「そ、そう?」
嬉し気に微笑む透。
ターさんはお茶を飲み、もう一つクッキーを摘まんで食べて「うん、噂通り美味しいよ透さん!」
「ありがとう。良かった」照れながらお茶を飲む。
カルロスもクッキーを摘まみ、口に入れて「……うん。どっかの護の作ったクッキーとは大違いだ」
その言葉に透が驚き「えっ、護がクッキー作ったの?」
穣も「マジかよ、ほんと変わったよなお前……」と目を丸くする。
透は興味津々でカルロスに「どんなクッキーだったの?」
「硬すぎて割れない。物凄い甘い」
更にターさんも笑いながら「食べるのが辛い!」
護は「そこまで言う?」とターさんを睨んでから、透のクッキーを手に取って言う。
「こういうのが食べたいなぁと思って自分で作ったんだよ! 本に書いてた通りにやったのに、なんか失敗した」
透が「じゃあ今度、作り方教えてやるよ」と言うと、護は「いいよ別に、俺、やっぱ食べるの専門だから!」と嫌そうに言い、ふと「あっ」とカルロスを見る。
「……なんだ?」
「ふと思ったんだけどさ。アンタが石茶を出して透がスイーツ作ったら、イェソドで喫茶店やれるなぁと」
カルロスと透が「はぁ?」と目を丸くする。ターさんが「おぉ!」と言い、悠斗や剣宮も「いいねぇ!」とパチパチ拍手。マゼンタが叫ぶ。
「それアリかも! 透さんのスイーツはぶっちゃけ美味い!」
透は「い、いや……作るのは好きだけど……」と口籠る。
カルロスは「私の趣味は探知で、石茶は単に好きなだけだ!」
穣が驚く。
「探知は趣味だったのか」
そこへ剣菱が「ところで皆。有翼種との交渉の窓口になる代表を決めなきゃならないんだが、誰がいいと思う?」と言って一同を見回す。
マゼンタが「代表?」と聞き返す。
「うん、イェソドと関わる採掘船の人工種や人間を、責任持ってまとめる人だな」
穣が「船長じゃダメなんですか?」と言うと剣菱は
「俺は人間の管理連中と交渉するだけでお腹いっぱいだ」
「あぁ確かに。じゃあこの二人のどっちかだな」
穣は護とカルロスを指差す。
カルロスは「最初にドンブラコした奴で」と護を指差す。
護は「イェソドまで走ってきた奴で」とカルロスを指差す。
「護の方が有翼種の知人多いじゃないか」
「カルさん俺より年上だろ? しかも黒船勤続13年」
ターさんが言う。
「二人でやったら? とりあえず年上の方が代表、年下が副代表とか」
穣が「流石ターさん。決まったな」と言い、剣菱が「皆、それでいいか?」と一同に聞く。
各自の返事。
「オッケー」「いいでーす」「ほーい」
タイミング良く船内スピーカーがピピーと鳴り、採掘準備室にアキの声が響く。
『ゴハンのお知らせでーす。ゴハン出来たよー』
「よしメシだメシ」穣が立ち上がる。
「ターさん食堂へ行こう!」
悠斗はマゼンタの肩に手を置き「俺達は船室で食うのでごゆっくり!」
マゼンタは一瞬「え」と驚いてから「あ、うん船室で食いますんで!」
穣は悠斗に向かって「サンクス」と礼を言ってからターさんに言う。
「食堂、全員入らないから、はみ出た奴は船室とか適当なとこで食べるんだ。採掘船ルール」
「ほぉ」
一同、ノンビリと昼食をとる。その後も、特にする事も無いので各自適当に自由時間。
自室の片付けや掃除、洗濯をする人も居れば、勉強や読書をする人もいる。
剣菱は船長室のベッドで仮眠、カルロスは食堂の四角い椅子を四つ並べてその上で仮眠を取る。その横のテーブルではターさんが護や穣、ネイビー達と茶飲み話。採掘準備室ではマゼンタとマリアと数人のメンバーが、下ろしたままのタラップから勝手に船内に入って来た十匹近い妖精達と駆け回って遊ぶ。
数時間後。
護が食堂の壁の時計を見て不安気に言う。
「もう夕方だけど、証明書まだかな」
ターさんの隣に座っている穣がテーブルに肘をついて手に顎を乗せつつ「役所仕事は遅いってのが定石だ」
「それ管理だけじゃ……」
「まぁノンビリ待とう」
テーブルの上には妖精が一匹。
穣はその丸い妖精の頭をポンポン叩く。すると妖精は穣に反撃。肩に乗って耳でポコポコと穣の頭を叩く。穣は妖精を捕まえて手に取り、ひっくり返してシッポの辺りを見ながら
「しかしコイツら、クチはあるのにケツがねぇぞ」
そこへアキが食堂に入って来て皆に聞く。
「船長、起きて来た?」
護の隣に座っているネイビーが「まだ来てない」と答える。
「まだ寝てるのか。……昼食が遅かったから夕飯何時にするのか確認したいんだけど……」
穣が「いつも通りでいいんじゃね?」と言い、ネイビーも「うん、いつも通り18時合わせで」
「オッケー、じゃあパパッと作ろう」
キッチンに入るアキ。
ネイビーがボソッと呟く。
「……船長、珍しく爆睡してるわね」
「そこの人もな」
穣は並べた椅子の上で寝ているカルロスを指差す。
護が言う。
「そこの人は単なる寝不足だけど、船長はさ……。凄く疲れたんだろうなぁ……」
ネイビーが「そうね……」と言い「人工種より人工種の事を良く分かってる船長よね……」と呟く。
「うん」神妙な顔で頷く護。
穣が言う。
「管理との戦いに不毛なエネルギーを使うよりも、自分達の世界を構築する事に力を使え、か。……まぁ、あの管理さんを変えようと思ったら相当莫大なエネルギーが必要だろうな。下手したらそれだけで人生が終わる」
ネイビーは溜息をつくと
「だから私達は、自力で立たなきゃならないのよ。それが、剣菱船長から受けた恩の恩返し。私達の変化は他の人工種の変化に繋がる。護さんの変化が私達を変えたように」
護は「……変えたのかな」と首を傾げて「俺はターさんに恩返ししないと」
ターさんは笑って「もう十分、返してもらってるよ」
そこへ食堂の入り口にマリアが現れ、中を見て「あ、ゴハン作り始まってる」と言うと「私も手伝う!」とキッチンへ。続いてマゼンタとオーキッドが食堂の入り口に顔を出して「夕飯何時?」と聞いた途端。
椅子で寝ていたカルロスが「んー」と唸り、上体をムクリと起こして「何か来るぞ」と欠伸をする。
「寝言言ってる!」
カルロスは目を擦りながらマゼンタに「起きてる」と言い、立ち上がりつつ「下に、あのレトラって人が来る」と言ってまた欠伸をする。
「お」
護や穣も立ち上がる。マゼンタがカルロスに「寝ぼけてない?」
「寝ぼけてない」
護が食堂から出ると、中央階段の下の方から「誰かいませんかー」という声。
慌てて「はい! 今行きまーす!」と護を先頭に階段を下りる穣やカルロス、ターさん達。
採掘準備室に入るとレトラが一人で待っていた。
レトラは護に下の方が少し膨らんだB5サイズの封筒を渡して「身分証明書です。常時携帯して下さい」と言い、「一応、ケセドの街の中は自由に行動してもいいですが、他の街には行かないように。それと人間の方がイェソドエネルギーの強い場所に近付かないよう十分、注意して下さい。あと黒船とカナンさんご兄弟の件は、明日、決定事項をお伝えします」
「明日?」
「今日はちょっと決まらないようなので。鉱石採掘の件も明日になります」
護は少し不安気な顔で「そうですか……」と返事する。
レトラは「ではまた明日。恐らく午前中には来れるかと」と言い、踵を返してタラップを降りて去っていく。
身分証明の入った封筒を手に「ありがとうございまーす」と見送る護達。
穣はふぅ、と短い溜息をついて「……明日か」
カルロスは欠伸をして「仕方ない、今日はとっとと寝よう」
「アンタさっき寝てたやん」
「気にすんな」
護はガッカリした顔で穣に言う。
「……カナンさんの件、すんなり許可されると思ってたんだけどなぁ……」
「向こうにも事情があんだろ」
そこへ、ふとカルロスが
「そういえば私は今晩、アンバーに泊まるのか?」
穣は「あー……」と言って「護のベッドはあるけどな、カルさんのベッドは……」
護はカルロスに「俺、毛布さえあれば、どこでも寝るからカルさん俺のベッド使って」
「ならば私はケセドの街の宿に泊まる」
「いやいや」
カルロスはキッパリと「街の宿にした。決まりだ」
ターさんが割り込んで一言。
「石茶が飲めるもんねぇ」
護は「あ、そーか、そーいうことかー」と納得する。
カルロスは「ウム」と頷き「アンバーでゴハンを食べたら宿に行く」
続いてターさんも「じゃあ俺もゴハンをご馳走になったら実家に帰ろう」
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